07 迷子たち
「澪が帰ってこない!?」
二週間の遠征訓練の為に雇ったシッターから入った連絡に仁は裏返った声を出す。
電話の向こう側では焦った様子のシッターが、この時間――午後六時になってもまだ帰ってきていない事を伝えてくれた。
場所はロザリオ級巡洋艦内の食堂。
離陸後、アサルトフレーム部隊の訓練生達は大半がここで過ごしていた。
「ちょっと待って下さい」
仁は仮想ディスプレイを展開して、澪のID履歴を見る。
保護者なら、自分の子供の移動履歴にアクセスできるのだ。
午後三時には一度下校。
午後四時に訓練校に入って……そのままだ。
「……ジェイクの所にでもいるのか?」
一度シッターとの通話を切って、ジェイクへと連絡する。
『嬢ちゃんか? いや今日は見てないな』
「そうか……」
『なんかあったのか』
「まだ家に帰ってきていない」
『嬢ちゃんにしてはちっと遅いな……』
「IDの移動履歴を見ると、まだ訓練校から出てないみたいなんだ」
『分かった。こっちで探してみる』
「すまん。助かる」
またジェイクに貸しを作ってしまったと思いながらも仁は、一先ず安堵した。
訓練校の中に居るのならば滅多な事は無いだろう。
だが澪が訓練校で行く場所といえばそれこそ食堂くらいだ。
そこに居ないというのはどういう事か……。
「教官どうかしたんですか?」
「ん、ちょっとな。澪が訓練校で迷子みたいだ」
「それは……心配ですね」
メイも仁と同じように澪を案じた顔をする。
ふと見ると、コウも険しい顔をしていた。
何やらメールを受け取った直後らしい。
「コウもどうしましたか、出発して早々に」
「ああ……守の奴がまだ帰ってきていないらしくてな」
「守君もですか」
「も?」
「澪ちゃんも帰っていないらしくて」
むむ、と二人して唸る。
同級生が二人、帰ってこない。
「二人で時間を忘れて遊びまわっているんですかね」
「澪の居場所が訓練校じゃなければその可能性もあったんだが」
「守は訓練校のID何て持ってない筈だから入れないな……」
とは言え無関係とも思えなかった。
どういう事だろうかと、頭を悩ませる。
そうしていると、食堂の前の通路をシャーリーと、整備系の訓練生達が通っていった。
「何かあったのか?」
「ええ。資材置き場のIDスキャナーが誤動作起こしたみたいで」
「誤動作?」
「はい。何度も認証してエラーを吐いていまして。せっかくなので訓練生達に部品交換させようかと」
「出港して直後なのに大変だな……」
「そんなわけで行ってきます」
まあその誤作動は自分たちには関係ないだろうと仁は直ぐに頭から忘れた。
そうしたところでジェイクから電話が来る。
『ちょっと聞いて回ったんだが、やっぱ嬢ちゃん訓練校の中でうろついてたみたいだ。一回生が見かけてた』
「そうか」
『ただちょっとな……何でももう一人子供を見たって話があってな』
「うん?」
『念のため聞くけどお前ID発行したりしてないよな?』
「いや、心当たりはない……」
『だよな……とりあえず中に居た事は分かったし、出ていった記録も無いからどっかにはいる筈だ。探してみるぜ』
「頼む」
電話を切って溜息を一つ。
一体どこにいるのか……。
◆ ◆ ◆
「お腹空いた……」
「俺も……」
澪は諦めずにスキャナーをぺちぺち叩いていたが、当然ながら全く開く気配が無かった。
もう今は諦めて最初の荷台の辺りでぷかぷか二人で浮いている。
「ずっとこのままだったらどうしよう……」
「いや、流石にそんな事はねえよ……その内誰かここの荷物出しに来るって」
「でも。これそのままどこかのお日様に捨てちゃうのだったら……」
「や、やめろよ。怖いこと言うの……」
「それに誰か来ても、澪たちがお腹すいちゃって死んじゃった頃だったら……」
「に、人間一週間くらい食わなくても大丈夫だって兄貴が言ってた!」
「水は飲まないと三日で死んじゃうって仁が言ってた……」
「怖いこと言うなよお……」
ネガティブな想像に取り付かれている澪を、守は頑張って励まそうとしていたが限界だった。
ついに彼も声を震わせてちょっと泣きそうになる。
その点、落ち込んでいながらも涙を浮かべてもいない澪は流石だった。
ただ結局、二人とも有効な解決策を思いつくことも出来ず。
膝を抱えてぷかぷかする。
澪の不吉な想像のせいで二人ともすっかり元気が無くなっていた。
もはやこれまでか――。
そう思われた時、救いの主が現れる。
澪が諦め悪く叩いていたスキャナー。
その横の扉が開いた。
「おっと。こっから無重力だった」
「気を付けなさいよ。うっかりネジでも落としたらどこに行くか分からないわよ」
「んん……何だろうあれ……」
人だ。
もう躊躇う事無く、二人は叫んだ。
「ごめんなさい! もうしないから助けて!」
◆ ◆ ◆
「はい。……はい。そうです。二週間の予約はキャンセルで……。ええ勿論。キャンセル料は全額払います……はい。ありがとうございます。それでは」
一先ず、ジェイクとシッターに澪発見の報を入れて。シッターのキャンセルもして。
仁は一息ついた。
巡洋艦内に用意された仁の部屋。軍艦という場所には全く似合わない二人の子供。
「それで、どうしてこんなところにいるんだお前たち」
資材置き場へ修理に行った訓練生達はお化けでも出たかと大変に驚いたらしい。
無人のハズの場所から人の声が聞こえたらそれは驚く。
その後、軽く健康状態をチェックして問題なしとお墨付きを得て。
ちょっと眠そうにしている二人を前にしてお説教タイムだ。
「え、えっと……みおが」
「俺が東郷にアサルトフレームを見たいって無理を言ったんだ!」
「ちがうよ。みおが連れて行ったの」
「いや、俺が……」
美しき庇い合い。のハズなのだが何だろう、仁はちょっとだけイラっとする。少し仲が良すぎないだろうか。
「どっちが先かは置いておいて……訓練校のアサルトフレームを見ようと、二人で忍び込んだと……ゲートはどうしたんだ」
「何か通れた」
「えっと、はい。東郷がバシバシ叩いてたら通れました」
それ壊れたんじゃないだろうか。
慌てて訓練校の設備管理に連絡を入れる。
「それで。入れてしまったのは良い。その後は?」
「えっとトラックに隠れたの」
「そしたらここに」
「なるほど……」
このいたずらっ子どもと、訓練生の不手際。
そうした諸々の不運が重なって、この二人は遠征訓練に出立する直前の巡洋艦に潜り込んでしまったらしい。
「笹森訓練生、ちょっと来てくれ」
廊下の前で待っていたコウを室内に入れる。
「教官。この度は弟がご迷惑をおかけしました」
「良い。澪が無理やり連れて来たみたいだしな。謝るのはこちらだ」
守が澪を庇っているのは一目瞭然だった。
むしろ巻き込んだのは澪の方だろう。
「それで……今後の事だが」
「はい」
「流石に子供二人の為に巡洋艦を引き返すわけには行かん」
「分かってます」
「二人は遠征訓練中俺の部屋で寝起きさせる。学校についてもここで自宅学習プログラムを受けさせる。それを笹森訓練生の両親に伝えて貰えるか?」
「分かりました。ご迷惑をおかけします」
再度コウが頭を下げる。
巡洋艦を動かすには金がかかる。
二人を下ろすためにかかる費用を考えると、うかつにその決断は出来なかった。
「兄貴……」
「全くお前は……」
こつんと、コウは守の頭を小突いた。
「親父もお袋も心配してたぞ」
「ごめん……」
笹森兄弟がそんな会話をしている一方で、仁も澪の目を覗き込む。
「悪い事はダメだって言っただろ」
「でもとーやくんに見せたかったんだもん……」
「それでも、だ。お父さんに言えばちゃんと東谷くんの分もID用意してあげたし、何ならちゃんと案内もしてあげた」
流石に遠征訓練の直前は厳しかったが、終わった後ならそう言う選択肢もあった。
「ごめんなさい……」
「次からはちゃんと相談して欲しいな」
「はい……」
しょぼくれた二人を見て。
仁は手を打ち合わせる。
「よし、それじゃあ二人ともご飯にしよう。お腹空いただろ?」
「うん……」
「お腹すきました……」
「じゃあ食べに行こう。まああんまり味は期待しない方が良いけどな」
作戦行動中の軍艦だ。キューブフード中心の暮らしとなる。
魔術師もいないので味は至って普通だ。
「笹森訓練生は後でこの部屋にベッド運び込むの手伝ってくれ」
「分かりました」
元々一人用のベッドに、大人一人と子供二人を寝かせるのは辛い。
レイアウト的には厳しいが、予備のベッドを隣に置くしかない。
「じゃ、食堂に行こう。ついでに中を案内してやる」
自分も甘いな、と思いながら三人を伴って仁は部屋を出た。




