05 不意打ち
個室の店だ……と若干気後れしながら。
従業員に案内されたシャーリーはちょっと緊張で強張っている。
「ごゆっくりどうぞ」
通された部屋は二人用の物。
どうもまだジェイクは来ていないらしい。
時間には細かいあの男にしては珍しいと思いながら、シャーリーは椅子に座って待つ。
待つこと数分。
「お連れ様をご案内いたします」
そう言って従業員が連れて来たのは――。
「よう」
「はえ」
ジェイクではなく、仁。
それは二人にとっては予定調和。
だけどシャーリーについては完全な不意打ちで。
「あわ、あわわわ……」
一先ず撤退を選ばせる状況だった。
慌てて立ち上がり、店を出ようとするシャーリーだったがあまりに状況が悪い。
「おっと。どこに行くんだ」
出口は仁が抑えている。
案内した従業員は既に姿を消していた。
狭い個室だ。
逃げ場など無い。
あっと言う間に部屋の壁際に追い詰められる。
「お前、最近逃げてるだろ」
「な、何のことですか。っていうかか、顔が近い……」
「しらばっくれるなよ」
壁に手を突いて仁はシャーリーを追い込む。
自分の真横に突き立てられた仁の腕に、シャーリーは更にパニックになる。
「あんな溶接マスク被って顔を見せない様にして……何のつもりだ」
「か、カッコいいじゃないですか」
「お前の趣味は知らん」
顔を赤くして、口をパクパクと動かすシャーリーの姿は何というか。
ちょっと面白いと仁は思ってしまった。昔見た金魚みたいと。
「逃げるな。ちゃんと話をさせろ」
「わ、私に話なんてありませんし」
「ほーう?」
「逃げるだなんて何かの勘違いでは?」
「ほほーう?」
そう、そういう事言っちゃうんだとばかりの態度の仁。
「ここにあの日の録音データがあるんだが」
「何でそんな物持ってるんですかあああ!」
元々真面目な話をしていたので議事録として録音して置いたのだ。
今時珍しい完全スタンドアローンのボイスレコーダーならば流出の心配もない。
「いや、てっきりこんなことがあったから逃げてるんだと思ったんだが……違うか。そうか」
「何かキャラ変わってませんか? そんなねちねち責めるタイプでしたっけ」
「お前のせいで寝不足なんだよ。このぐらいの意趣返しはさせろ」
そう言って仁は壁に着いた手を離す。
間近に迫っていた仁が離れていき、シャーリーは安堵の息を吐いた。
「とりあえず座れよ」
「この状況で食事するんですか」
「するに決まってるだろう。キャンセル料だけでいくら取られると思ってる」
「うわ、みみっちい……」
そんないつも通りの会話をして。
テーブルに着いたら借りて来た猫の様にちょこんと座りこむシャーリー。
今の彼女の気分は蛇に睨まれたカエルだ。
猫も蛇もカエルも見た事ないけれど。
飲み物が運び込まれて。一先ずグラスを合わせる。
「取り合えず乾杯」
「何に乾杯ですかねこれ」
「あー溶接マスク外した記念に?」
「すっごい雑……」
口に含んで、飲む。
「この前の話だが」
「う」
「……本音を言えば驚いた」
言葉を選びながら仁はそう感想を告げる。
「そんな風に見ているとは思っていなかったからな」
「えっとまあ。はい……思われていたらそれはそれでショックです」
隠していたつもりだったのだから。あっさり見破られていたらシャーリーも立つ瀬がない。
「ただ、すまない。俺は……今も令を忘れられない」
「知ってます。その指輪」
ずっと仁が胸から下げている歪んだ指輪。
人の指には嵌めることの出来ない形状となってしまった指輪だった物。
「時々縋る様に掴んでますよ。令さんの物、ですよね」
「……正確にはアイツに渡す予定だった物だ」
個室とは言え、壁一枚向こうには他人がいる場所だ。
あの夜よりは幾らか二人とも冷静に話をすることが出来た。
「結局、渡す事は出来なかったけどな」
それを語る仁の表情にはどうしても痛みが走る。
今尚、刻まれた傷は癒えていない。
「だから。お前の想いにはもう――」
「ねえ。聞き方を変えても良いですか?」
仁の結論を遮ってシャーリーは新しい問いかけを投げかける。
ちょっとだけアルコールの力を借りて。
きっと後でまたベッドの上で悶えることになるだろうけど。
ベッドの上で涙を流すよりはずっといい。
ここ一週間。本心を晒してとてもとても恥ずかしかったけど。
六年前の本心を隠してからの日々に比べればずっと幸福だったとシャーリーは断言できるから。
「聞き方?」
「ええ。貴方は私の事、嫌いですか?」
「いや。そんな事は無いが……」
「じゃあ、好きですか? 人間として」
「人間としてなら」
イエスと頷く。
なるほど。とシャーリーも頷いて。
「じゃあ、もう一つ」
とシャーリーは意地悪に笑う。
「私の事、貴方は何年かかって割り切りましたか?」
「ぐっ」
何と答えにくい事を聞いてくるのか。
「ほらほら。早く答えて下さいよ。話しに来たっていうのに黙っていたらダメですよ」
「二年とちょっとだよ」
「一人で?」
「そこまで言わないとダメなのかよ」
「ダメです。言ってください」
答えを聞いてシャーリーもダメージを受けているはずだというのに尚も追撃する。
完全な自爆だった。
「……令と会って漸く振り切ったんだよ」
「ふむ。やはりそうでしたか」
その答えに、傷つきながらも満足げに笑った。
「つまり、二年付き合った私とは二人がかりで二年かかった訳ですね」
「まあ、そうなる、な?」
シャーリーが何を言いたいのか分からず。
一先ず仁は頷く。
「ならその計算式から求めた貴方の心の傷が癒される時間。誤差も含んで……十年と見ました!」
「どういう計算式だよそれ。っていうか人の心って計算できる物じゃないだろ」
「良いんです。だって私は人間は専門外なんですから! だったら専門分野で近似値求めるしかないじゃないですか!」
「どういう理屈だよそれ!」
ものすごいガバガバな計算式に仁は突っ込むが。
シャーリーの耳には届いていない様だった。
「十年後。私と貴方は36歳です」
「……ああそうだな」
「遅いですが、致命的では無いです」
「……そうか?」
「少なくとも私にとっては」
一つの決意を固めたシャーリーがそこに居た。
「長期戦上等です。十年かけて、じっくりもう一度落としてやります」
「……お前さ。俺の事地雷物件だとか言ったよな」
「言いましたね」
「正直お前の方が特大の地雷だと思う」
我慢していた期間も含めれば十六年。耐えると言ったのだこの目の前の女性は。
報われる保証何てどこにも無いのに。
一歩間違えれば――いや、間違えなくともこれはちょっと、かなり重い。
しかも一度振ってと言う言葉も付け加えられると悪女という単語も追加できる。
超重量級の悪女だ。
「――十年後も変わらないかもしれないぞ」
「そこは私の努力次第ですね。ハッキリ言えばこれは私と令さんの戦いなので、貴方には参戦権がありません」
「俺の話なのにそれ可笑しくないかな……?」
今はもう仁の記憶の中だけにある人物。
それを超える為のシャーリーの戦い。
「ねえ、私はあなたの事、何て呼べばいいですか?」
そしてこんなことを聞いてくるのだからずるいと仁は思う。
きっと中尉と呼べと言えばこの話は終わる。軍曹と呼べば終わる。
シャーリーの六年越しの想いを切り捨てられる。
そんな事言えるはずがない。
シャーリーが六年前枕を涙で濡らしたように。
六年前仁もジェイクと朝まで飲み明かしてたのだから。
「好きにしろよ、シャーリー」
だから仁はそう言う事しかできない。
仁の消極的な言葉に、それでもシャーリーは顔を輝かせる。
「はい! 好きにしますね! 今度こそ末永くよろしくお願いします仁!」
「とりあえず、飯にしよう。せっかく来たんだからな」
「そうですね。最近悩んでいて食欲なくて……とりあえず端から端まで頼みます?」
「訓練生のファミレスみたいなことすんな。俺の財布が死ぬ」
既に予約済みのコース料理を運んでもらって、舌鼓を打つ。
「後言い忘れてたが、ジェイクから感想文の提出を依頼されてる」
「面倒ですね」
「今回この店予約するのに苦労して貰ったからな……」
店の人間の口が堅くないと困るので、結構大変だったらしい。
ついでに言うと今も澪の面倒を見て貰っているので、今回のMVPはジェイクである。
「あ、そうそう仁」
「うん?」
「澪ちゃんの弟か妹沢山欲しいなら十年より早めにお願いしますね」




