04 兄と妹
「やあシャーリー! 久しぶりだね」
「お久しぶりですハロルド兄さん」
ハロルド・バイロンが第三船団にいる。
その事が気になっていたシャーリーは、面会のアポイントメントを取った。
正直多忙を極めているだろうから、難しいだろうかと思ったのだが。
割合とあっさり面会が叶って拍子抜けしている。
「ああ。本当に久しぶりだ。最後に会ったのは何時だっただろう?」
「多分私が訓練校に入校する前ですから……ああ。もう八年にもなりますね」
多分その理由の一つに最近会っていなかった末の妹の顔を見たいという物が含まれていたのはシャーリーにも理解できる。
機械へ欲情する変態と言われるバイロン一族だが、この兄は比較的人情味がある方だ。
十歳ほど年上だが、他の兄姉たちとはこんな気楽に会話できない。
「そんなにか。君は全然本家にも顔を出さないからね」
移民船団の防衛軍所属となってしまえば中々他船団へ行くことが出来ない。
それこそ他船団へ移籍でもしない限りは。
必然、実家に顔を出すことも出来ない。それについては少しだけ申し訳なく思っている。
「フレデリカ何て大層寂しがっていたよ」
兄姉の中でもう一人の例外であるハロルドにとっての妹で、シャーリーにとっての姉の名前が挙げられる。
「ふ、フレデリカお姉さまにはその内またご挨拶を……」
少々、シャーリーとしては苦手としている相手だ。
嫌いではない。嫌いではないが……苦手だ。
「そうしてやってくれ。さて、こうして妹の顔を見られて嬉しいが……まさかそれだけの為に来たわけじゃないんだろう?」
見破られていたかとシャーリーは思う。
まあ、顔を見たかったというのも本音だが。
本当はその来訪目的に探りを入れに来たのだ。
ただ真っ向からそれを言う訳には行かない。
「正直に言いなさいシャーリー。いくら欲しいんだい?」
「お小遣いねだりに来たんじゃないです!」
そういえば、とシャーリーは思い出す。
幼い頃のシャーリーがハロルドに会いに行くときは何かおねだりする時だったと。
「何だ違ったのかい」
「違いますよ、もう」
何時まで子供だと思っているのか。
いや、貰えるならば貰うが、とは思うシャーリーだったが。
「そうなると……まいったな。君が私を訪ねてくる理由が思いつかない」
「いえ、普通に第三船団に家族が来てたら顔ぐらい見せに来ますよ……」
「まあ世間一般の普通はそうなんだが、我が一族の普通はちょっとあれだからね」
「確かに」
他人よりも機械。そんな変態共の集まりだ。
改めて考えると。どうやって両親は結婚まで行ったのかシャーリーも気になってくる。
「そう言う意味では、随分と君はらしくなくなったねシャーリー」
「へ?」
「だってそうだろう? 君だってその典型的なバイロンだった」
「あー。確かにそうかもしれないですね」
などと言っているが、仁とジェイクが聞いていたら激しくハロルドに同調しただろう。
訓練校時代のお前は正にそれだったよ! と。
被害者二人はさておき。
シャーリーが所謂真人間に近付いた頃というと――。
「ふむ。なるほど」
そのシャーリーの表情を見てハロルドは口元を釣り上げた。
「男だな」
「げほっ!」
咽せた。
「その反応。心当たりがあると見た」
「いきなり変なこと言うから驚いただけです! 何を根拠に!」
「何。種を明かせば大したことじゃないさ。機械以外に興味を持つバイロンの人間は、単純にもっと他に愛する何かを見つけた者が多いというだけさ」
「愛する何か……」
「例えばフレデリカなら君だが」
「凄い納得できました」
偏愛と言われても頷ける姉の名を挙げられてシャーリーは頷く。
だが待って欲しいとシャーリーは考える。
だってそうなると。
シャーリーが変わった切っ掛けは。
もう言うまでも無くて。
「どうしたんだいシャーリー。顔を真っ赤にして」
「お、お構いなく」
兄の前なのでどうにか自制したが、ここが自室だったら今頃シャーリーは頭を抱えてのたうち回っている。
「そう言えば兄さんは何故第三船団に? こちらの支社に用でも?」
「うん? ああ。まあそんなところだ」
嘘だとシャーリーは察した。
既にBW社の第三船団支社には問い合わせてある。
結果は白。
ハロルドはこの滞在期間、ここの支社へ訪問したのはたったの一回。
あくまで形式的な物だけで、今後予定も入っていない。
身内にすら隠したい事、とシャーリーは考えていると、ハロルドが笑った。
「可愛いねシャーリー」
「はい?」
「そうやって必死に取り繕っていることがさ。もっと正直に聞きなよ。何が目的かってね」
「何を……」
「君が第三船団の支社に問い合わせた事は私にも伝わっている……といえば少しは素直になってくれるかな?」
「なっ……」
「ダメだよシャーリー。君はあくまで経営者一族の人間というだけで、実質的な役職は何も無い。その点私は外様とは言え第二船団支社の役員だ。私の方が耳が良いとは考えなかったのかな?」
迂闊だったとシャーリーは己を責める。
確かに、実家の権力のごり押しで調べることは出来るが、それ以上の権力を持つ者にまで誤魔化せるはずが無かった。
「さて、君がそんなにも私の事を調べまわる理由……ちょっとこれは心当たりがない」
「……単純な好奇心です。兄さん。多忙を極める兄さんが第三船団に来た。なら何かあると考えるのは普通ですよ」
「そこで積極的に調べに行くというあたり。君らしくないとは思うけど……まあいいさ」
余裕たっぷりに、ハロルドはこの話題を打ち切る。
「さて、私が来訪した目的だが――まあ端的に言えば移民船団全てを、いや人類をより良い方向へと導く為の研究。その一環だ」
「人類を……?」
そのフレーズは。
つい最近も聞いた。
(やっぱり第二船団の派遣部隊と、ハロルド兄さんは繋がっている!)
こんな大層なお題目が全く無関係な所で一致するとは思えない。
状況的に見て関係性は明らか。
逸る気持ちを抑えて、シャーリーは更に尋ねる。
「それは、どんな?」
「それは言えない。誰が聞いているかも分からないからね。備えている私は兎も角、君が危険に晒される」
「……そうですか」
あくまで気遣いの体を取っているが、ここでは話すつもりはないのだろう。
「だが私は信じている。この計画が……ライテラが動けば、人類は救われる」
「兄さん?」
「あらゆる事象にて正しき物語を。それこそが――」
「兄さん!」
熱っぽく。或いは浮かされた様に語る兄の姿に、シャーリーは強めに呼びかける。
焦点がシャーリーに合う。
しまった。このまま語らせておけばぽろっと重要な事を吐いてくれそうだったと後悔。
「すまない。興奮してしまった。少々大きなプロジェクトでね。私も柄にもなく高揚している。間違いなくこれは人類史に残る研究となる」
「はあ」
「ははは。シャーリーには退屈な話だったかな」
「いえ。兄さんもバイロンだなあって思っただけです」
もう少し突っ込みたいと思うが、あんまり聞きすぎると戻れなくなる可能性がある。
この情報を持ち帰る事を優先した方が良いだろうとシャーリーは判断した。
「すみません、兄さん。こちらから尋ねておいてなんですが……この後約束がありまして」
「おっと話し込んでしまったね。私も次の予定がある。しかしそうか。そのおめかしは約束の為かな?」
「ええ。まあ。食事に誘われまして……ドレスコードある店だっていうので」
ジェイクも店を構える身として料理研究は欠かせないらしい。
そして今回は満を持して、高級店の味を盗みに行くのだとか。
まあ奢りだというから行ってやろうかという気持ちになる。
「なるほど。その相手が君の意中の男と見た」
「いや。アイツは違います」
ジェイクは……友人としては良いが恋愛対象として見るのは難しいとシャーリーは即座に否定する。
その答えにハロルドは楽し気に笑った。
「なるほど。アイツは違うんだね」
「もう! からかわないで下さい!」
「はははは! いや。君がそんな反応をするとはね! 楽しい時間だったよシャーリー。この後も楽しい時間を過ごせることを祈ってる」
「ハロルド兄さんもお元気で。また会いに来ますね?」
「いつでも……と言いたいところだがしばらく多忙でね。一度くらいは食事をしたい物だが」
「その時は是非」
ハロルドの奢りならば今日のジェイクの店にも負けないくらいの高級店だろう。
少し楽しみである。
「……少し遅れてしまいますかね」
手首の時計を見てシャーリーは小さく呟く。
履きなれないヒールで歩きにくい。
それでも四苦八苦しながら、ジェイクの指定した店に入っていった。




