03 追跡の手管
完全に公私混同な発想から始まった模擬戦。
正直若干正気に戻った仁だったが、言ってしまった以上はやるしかない。
「……いや、ホント。アサルトフレームの模擬戦でシャーリーを捕まえるとか何考えてたんだ俺」
今回は反撃禁止。
完全に回避だけで訓練生達の追撃を躱す。
なかなか腕を上げて来た三人へ反撃禁止となると仁としても厳しい事は厳しい。
だが――。
「俺の腕の錆びを落とすにも良い機会か」
ここしばらく、実戦からも離れ、まだまだ未熟な教え子達とだけ戦ってきた仁の腕は間違いなく鈍っている。
漸く、三人がかりならそれなりに歯ごたえが出て来た今の問題児トリオを相手にどれだけやれるか。
一つ確かめてみるのも悪くない。
想定戦域はデブリ帯。
障害物が多い方が実戦(シャーリー追跡)に近いかと思ったのだが、やはり頭が沸いていたとしか思えない。
集中する。
このところ。三人の初撃に関しては殆ど予兆が見られない。
移動の痕跡。
直前までの身の潜め方。
それらはかなりレベルが高くなっている。
何しろエースである仁の目を掻い潜ろうというのだ。
求められる技量は天井知らずで、それに追い縋るだけでも並みの人間には不可能だ。
おまけに連携が四月の頃とは段違い。
多段的な奇襲は、仁も注意していないと捌き切れないだろう。
本当に腕を上げた。
そんな感慨を抱いた瞬間、ユーリアの狙撃が開始を告げる。
スラスターを吹かして回避。
だがその動きはすでに予想されていた。
回避後のスペースに先回りした影。
コウのレオパードがエーテルダガーを引き抜いての近接戦を仕掛けてくる。
「これは反撃じゃないぞ」
同じくエーテルダガーを抜いて鍔迫り合い。
脚を止めてしまった事に気付いて仁は己に舌打ちを一つ。
自分で言いだした想定だというのに忘れていた。
コウの斬撃をいなして、逃走に入る。
「やっぱ性に合わない……」
逃げるよりも敵を撃つことを考えるのがエースの生態だ。
はっきり言って。この状況不本意にも程があった。自分で設定した物なのだが。
「そしてベルワール訓練生か」
追撃するのは勿論と言わんばかりのメイ機。
早い。
仁の機体が通るコースを正確にトレースしてくる。
「ほう……」
振り切ろうと、本気でデブリ帯の中を泳ぐ。
デブリとデブリの隙間。
接触したら即大破してしまう様な速度。これだけの速度を出すにはエーテルコーティングになどほとんどエーテルは回していないだろう。
それにぴったりと着いてくるメイの腕は格段に伸びている。
最初、仁はコウがエースの器だと感じた。
だが腕の上がり方。そこだけを見るのならば、メイはコウ以上だ。
特に五月終わりからの伸び方が凄まじい。
あの日から――コウと和解した日から何か変化があったのは確実だった。
「着いてこれるか?」
笑みを浮かべる。
急制動からの反転。
180度ターン。
シミュレーターのGが仁の身体を痛めつける。
この加速度に、嘗てのメイは耐えられなかった。
それに着いてくる。
真逆の方向に進んだ仁の機体を追尾する。
なら、と心の中だけで呟く。
メイが切り返したのを見て、仁は再度反転。
真逆の方向にかかるGに全身が押しつぶされそうになる。
これにメイは――着いてきた。
ほんの僅か、Gに抵抗して仁の口元が釣り上がる。
本当に腕を上げている。
ならばもう一度。
三度目の反転――と見せかけて90度ターン。
直前まで全く同じ動きからスラスターだけの噴射向き変更で鋭利な軌道を描く。
それにさえ、メイはぴったりと追従してきた。
凄い。と仁は興奮する。
これで振り切れなかったのは初めてだ。
ならもう一回。
再度反転しようとして――。
「あ」
すっかりこれが三機での模擬戦だという事を忘れていた。
目の前に巨大なデブリが迫る。
「これだ」
逃げ場のない場所に追い込む。やはりシャーリーにもこうするしかないと仁は確信した。
まんまと相手の誘い込もうとしている宙域に入り込んでしまったと気付くのは一秒後。
そして。今回の仁は逃げ惑う敵であったことを思い出すのも一秒後。
追いかけっこに夢中になっていた仁が反射的に振るったエーテルダガー。
デブリで動きを止め、回り込んでいたコウ機が止めを刺す。
そんな作戦だったであろう伏兵が真っ二つにされていった。
判定。教官の反則負け。
その日のデブリーフィングはちょっと訓練生達からの視線が痛かった。
◆ ◆ ◆
「と言う訳でジェイク。知らないか」
「…………いや。待ってくれ仁。もう一回頼む。今なんて言ったお前」
「だから。人気のない逃げ場を防げるような場所を知らないか」
「そこで何をするって」
「シャーリーの奴を剥いてやろうと思ってな」
「確かに関係考えろって言ったけどなあ!」
ジェイクは頭を抱える。
どう考えても仁の伝え方に問題があった。
しばらくジェイクはヒアリングを続けて、漸く仁が求めている物を察した。
「あーつまり。みょうちきりんなマスクをかぶって逃げ回ってるからとっ捕まえてマスクを外して話をしたいと」
「そう言っているだろ」
「言ってねえよ。何でそんな事になったんだよ」
「それは……いえない」
「無駄に思わせぶりな態度取んじゃねえよ。何か腹立つ」
舌打ちを一つ飛ばして、ジェイクは腕を組む。
「んなことしないでも。基地の外にでも呼び出せばいいんじゃねえか」
「……おお」
確かに基地の外でまで溶接マスクは被らないだろう。
「やるなジェイク」
「いや。お前ほんと大丈夫か? 何か知能指数下がって無いか?」
「実は寝不足でな……正直大分頭が回ってない」
「大丈夫なのかよ……」
「それもあるから何とか解決したい」
「ああ。不眠の原因もシャロンなのか」
これ利くぞ、と言いながらハーブティーを仁に勧めるジェイクは面白い冗談を思いついたとばかりに笑って言う。
「まさかシャロンの奴に告白でもされて眠れないとかじゃねえよな」
びくりと。
仁が肩を震わせて動きを止めた。
「んな訳ねえだろ……」
「おう。バレバレの反応ありがとよ」
全然誤魔化せていない。
ここでどうするんだなどとジェイクは仁に追撃はしない。
既に仁の気持ちはバーベキューで聞いている。
ただシャーリーにほんの少し同情する。
相手が悪い。
「しゃーない。ここは俺が一肌脱ぐとするか」
「何か良い手があるのか?」
「ああ。あるぜ。とっておきのな」
ジェイクがにやりと不敵に笑う。
「まあ任せておきな」
そう言ってジェイクは己の左手甲に触れて、どこかへ通話を始める。
「よう。俺だ俺……いや、オレオレ詐欺じゃねえよ。ジェイク・ハドソンだよ」
いきなりオレオレ詐欺呼ばわりされたのか。
ジェイクの表情が胡乱な物になった。
「ああ。久しぶりに外で飯でも食おうかと思ったんだがな。そこ予約が二人からなんだよ。ちょっと付き合ってくれねえか?」
何かナンパしているみたいだなと会話を聞いて仁は思う。
「いや! お前を口説くとか何の罰ゲームだよ!」
その発言で仁もジェイクが何をしようとしているのか理解した。うっかり自分の声が通話に混ざらない様に口を塞ぐ。
「ああ。じゃあ明日の夜な」
グッとジェイクが親指を立てる。
「なるほど、お前が呼び出して……」
「実際に行くのはお前って寸法だ。どうよこの完璧な作戦」
「すげえぞジェイク。ぶっちゃけ誰にでも考え付きそうだけど」
「お前は考えついてなかっただろうが。ついでに言うと、その店は個室だ。簡単には逃げられない」
「ジェイク。今日だけはお前が天才に見える」
「褒めるな褒めるな。褒めてるんだよな?」
おまけにその日の夜は、ジェイクが澪の面倒を見てくれるという。
「すまないなジェイク……本気で助かる」
「まあこの手の話は長引かせていい事は無いからな。嬢ちゃんは任せろ。美味いもん食わせてやる」
どうやら智のハンバーグに魅了されていた事へのリベンジをしたいらしい。
燃えているジェイクに仁は心の中で応援する。あれを超えるのは大変だぞと。
「それはそうとよ」
「うん?」
「傍から見るとデートするために子供を親戚に預けた親だよな」
「誰が親戚だよ」
「突っ込むのはそっちか」




