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02 触れたらいけない

 一方その頃。

 

 仁を手玉に取っているシャーリーは。

 

「ああああああああああああ」


 自宅のベッドで悶えていた。

 

「やってしまったやってしまったやってしまった」


 口から漏れるのは只管に暴発してしまった自分自身の事だ。

 やらかした。

 今のシャーリーの心情はそれに尽きる。

 

「明らかに時期尚早でした……仕掛けるタイミングを間違えました……!」


 ゴロゴロゴロゴロ。

 

 ベッドの上でシーツを蹂躙する事を止めないままシャーリーは一週間前の事を思い出しては顔を赤くしたり青くさせたりと忙しい。

 

 一歩踏み込んで。

 ダメだったらまた引いて時期を見るつもりだった。

 

 だけど。

 自分でも思っていた以上にここしばらくの生活は楽しくて。

 己の中でも未練を抱いていたらしい。

 

 一度知ってしまった蜜の味は甘美で。

 六年かけて忘れた味を思い出してしまったのが運の尽きだった。

 

「うあああああああああああ」


 あの夜の事を思い出して。

 恥ずかしさで身悶えする。

 

 もう本当に。

 赤裸々に告白してしまった。

 

 もう何なのか。

 何であそこまで暴走してしまったのか。

 

 シャーリーの脳内審査員が手を挙げる。

 

『はい! 何か初めて見た仁の弱い姿にキュンと来てしまったからです!』

『ちょっと自分の中のS気が刺激されました』

『っていうかあれ、有無を言わさず押し倒せば行けたんじゃないかと思います』


 などなど。

 

「うがああああああああ!」


 頭を抱えて絶叫する。

 防音に優れた部屋でなければ隣人から苦情が来るところだった。

 

 だがもう兎に角恥ずかしい。

 ただただ恥ずかしい。

 

「何なんですかあれ! あんな風に迫った事一度もないでしょう私!」


 そのせいで、大分仁は押されていたのだがそれはさておき。

 

「あああああ……記憶から消したい……私と仁の頭からあの一時間を……いえ、十分だけで良いので消したい……!」


 せめて最後の押し倒したあたりだけでも良いから消して欲しい。

 

「どんな顔して会えばいいんですか……」


 この一週間。

 兎に角仁を避けていた。

 

 まず行動範囲が被りそうな場所には行かない。

 常に退路は確保する。

 

 その二つを徹底して顔を合わせずには済んでいる。

 だがそんな事長く続けられるわけがない。

 

 というか、今の段階でも支障が出ている。

 普段ならば兎も角、遠征訓練を控えた今、訓練生を受け持つ教官の一人と会話をしていないというのは結構なネックだ。

 

 そろそろ逃げ回るのも限界。

 だが――。

 

「ダメです。今仁の顔を見たらどうなるか」


 真っ赤になるくらいならまだいい。

 仕事の話をするだけなら何とかなる。

 

 だがもしも。

 あの時の話をされたら。

 

「ダメですダメです絶対にダメです!」


 あの時はあの謎のテンションがあったから行けたのだ。

 素面に戻ってしまえば、とても怖くて返事何て聞けはしない。

 

「何か、何かいい手は……仁の顔を見ずに済む起死回生のアイデア……!」


 シャーリーは必死で頭を巡らせる。

 そうして遂に、彼女の頭脳は一つの画期的なアイデアを思いつく。

 

「これだ! これしかない!」


 言うまでも無いが。

 

 今のシャーリーは正気ではない。

 

 ◆ ◆ ◆

 

「えーそれでは定例会議を、始めます……」


 遠征訓練の各部門間で行われる定例会議。

 進行役が本当に始めても良いのかと不安げな声を挙げる。

 

 参加者も、今は進行役ではなく一人の参加者を見つめている。

 その中の一人である仁も、何とも言えない表情でその一人を見つめる。

 

『こーほー。あ、私の事はお気になさらず』


 整備部門の担当者。

 シャーリー・バイロンは溶接時に使用するマスクをかぶったまま出席していた。

 

 気にするわ! という参加者全員の突っ込みが心の中で揃った。

 

(何をやっているんだアイツは)


 仁もその中に漏れず、意味不明な行動に困惑していた。

 妙に存在感のあるマスクに睨まれた進行役は気の毒な程狼狽えていた。

 流石に溶接マスクを前にプレゼンする経験など無いだろうから無理も無い。

 

 その会議が終わって。

 

「軍曹」

『おや、中尉。どうしましたか。こーほー』

「いや、どうしたのかはこっちのセリフだが……」


 頭でも打ったのかという質問は自重した。

 代わりに積み上がっていた確認事項を投げかけていく。

 

「訓練生用のオービットパッケージの件だが」

『それでしたら手配済みです。こーほー』

「実機訓練を事前に行いたい。整備スケジュールに余裕はあるか?」

『こーほー。そうですね。確認してまた連絡します』

「なあ。その溶接マスクなんだが」

『それでは失礼しますねこーほー』


 逃げ出そうとするシャーリーの肩を仁は掴む。

 

「おい、待てよ。まだ話は終わってない。あとそのマスク本当に何なんだ」

『マスクって何の事ですかこーほー! 私に話す事はありません!』

「俺にはあるんだ。この前の事だが――」

『こーほー。聞こえませんね』

「ええい! そのマスク外せ! 真面目な話が出来ない!」

『こーほー! 何するんですか中尉のエッチ!』

「溶接マスク外そうとしただけでエロ呼ばわりされる筋合いはねえよ! は・ず・せ!」

『こーほー! い・や・で・す!』


 もみ合う事数十秒。

 必死の抵抗に仁は諦めた。

 何かこう、婦女子に乱暴しているような気分になってきたのだ。

 いや、実際にやっていることはそれとほぼ同じで嫌がる女性の装身具を引きはがそうとしていたのだが――。

 

『私は忙しいんです中尉! こーほー。これで失礼させていただきます!』

「あ、おい」


 仁が力を緩めたのを見逃さず、溶接マスク姿の不審者は機材の陰へと消えていった。

 追いかけることは出来ない事も無いが、格納庫で追いかけっこをするのは流石に危険だった。

 

 そこまで計算していたのかは定かではないが――まんまと逃げられたという事になる。

 

「くそ。何となくそうするんじゃないかとは思っていたが……」


 あの夜に帰った時点で、シャーリーはその話の続きをする気が無いとは分かっていた。

 溶接マスクは完全に想定外だったが。

 

「こうなったら次は……次は……どうしよう」


 元エース東郷仁。

 逃げ回る女性相手に有効な手段を持ち合わせていない事に気付く。

 

 舐めるなと、仁は不敵に笑う。

 この程度の窮地は幾度となく切り抜けて来た。

 戦場での経験。

 それを総動員すれば、たとえ不慣れな女性関係であっても有効な手は打てる。

 

「と言う訳で今回の模擬戦の戦術想定は、逃げ惑う敵を如何に追い詰めるかだ。俺は全力で逃げる。お前らは全力で捕捉して撃墜してみせろ」


 既に述べた事で改めて言うまでもない事なのだが。

 今の仁も大概ポンコツである。

 

「逃げ惑う敵か……やはりどこかに誘い込むのが定石だと思うけどどう?」

「なるほど。誘い込むか……」

「いえいえ。ここは寧ろ徹底的に追い込みましょう。私の機動力なら相手に追従できると思います」

「なるほど。徹底的に追い込む」

「しゃらくせえ。一撃離脱。ケツ捲って逃げてる奴なんて逃げ回る前に一撃で仕留めりゃいいんだよ」

「なるほど。一撃か」


 訓練生の三人が何とも言えない微妙な視線を交わす。

 コウが視線で。

 

(行けよ小隊長)


 メイが。

 

(任せましたよユーリア)


 ユーリアが。

 

(あんたたち面倒事人に押し付けるのホント止めてよ!)


 とアイコンタクトで会話する事約1秒。

 

「あの。教官」

「うん?」

「一応こちらの作戦会議なので聞かないでもらえるとありがたいのですが……」

「……そうだな。すまない」


 肩を落としてすごすごと引き下がる仁。

 至極真っ当な事を言ったはずなのに、ユーリアは自分が悪いことをしたような気になる。

 

「あーあー。ユーリアが教官をいーじめた」

「逆パワハラってやつだな。ひでえ奴だ」

「アンタたちこそ一応上官の私をいじめたり逆パワハラしてるじゃないのよ!」


 ここぞとばかりにはやし立てる二人にユーリアは全力で突っ込む。

 

「にしても、今回の想定は妙だな。遠征訓練に関係があるとは思えねえ」

「確かにそうですね。惑星探査で逃げ惑う相手を撃墜するなんて想定あるんですかね」

「あっさり流さないで欲しいんだけど。でもそうね。確かに妙」


 しばし考えて。

 ユーリアは重々しく口を開いた。

 

「これはあれね。気になるあの子を落としたいけど逃げられているからどうすればいいかと考えた教官の」

「さて、シミュレータールーム行こうぜメイ」

「ええ。どっちが先に着くか競争しますか?」

「ねえお願い。放置はやめて」


 まさかユーリアの妄言が当たりだとは。この場の誰も想像できなかった。

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― 新着の感想 ―
[一言] ポンコツ2人w ある意味お似合いw ユーリアは普段があれだから相手にされない(((^-^;)
[一言] ピンク脳すげえ。
[一言] 更新ありがとうございます。
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