神様の初仕事
「ミヤヒメ様。ウズナを連れて参りました」
カンナ様がそう言ってわたしを紹介しました。
わたしたちはさきほどまで、金色の空の下にある雲にいました。それが急に周りがぼやけて、気がつくとけっこう深い山の奥に来てました。
おそらくカンナ様の術で移動したのでしょう。一瞬です。
今、目の前にあるのは森の中に建てられた社です。そこから大きな舞台が張り出していて、背後には大きな岩山があります。深い森から突き出した岩山は、たぶん遠くから見てもよく目立つでしょうね。
そして舞台には、立派な装束をまとわれた女性がいます。両手に鈴を持ってシャンシャンと鳴らして舞ってました。何かの儀式をしてたのでしょうか。
「よく参ったな。ウズナよ。おぬしのことは生まれる前から知っておるぞ。今回はつらい役目を任せてしまったな。じゃが、これも身魂の修業じゃ。悪う思わんでくれよ」
女性──ミヤヒメ様が、舞いを止めてそう語りかけてきました。
「事故のショックは残っておらんかの?」
「ミヤヒメ様。ウズナは少々、記憶が混乱してるようでございますよ」
話を聞きながら、ミヤヒメ様が舞台から降りてきました。わたしはあまり背の高い方ではありませんけど、ミヤヒメ様はけっこう小さいですね。頭のてっぺんが、わたしの鼻の頭よりも低い位置にあります。
「事故の恐怖や苦しさは残っておらんかの?」
「そのあたりの記憶は、さっぱり……」
「そうか、事故の巻き添えで死ぬつらいお役じゃ。苦しまずに逝けたのなら、それは何よりじゃ」
ミヤヒメ様が手を伸ばして、わたしの頰に触れてきました。手に持ったままの鈴が、わたしの耳元でシャラシャラと鳴ってます。
「ミヤヒメ様。さっそくですがウズナに仕事をさせてはいかがでしょうか。今は記憶がないだけで、急に事故を思い出して苦しむかもしれません。そうなるまでに仕事を初めさせれば、少しはつらさも和らぐかと思いますが……」
「それは、ちょうどよい。人探しを手伝ってくれぬか」
カンナ様の言葉に、ミヤヒメ様がすぐに仕事を出してきました。
「神様が人探し……ですか?」
「意外かのう?」
わたしの疑問に、ミヤヒメ様が微笑みながら聞き返してきます。
「はい。神様なら、すべてお見通しかと思ってました」
「ははは。そこは守護神次第じゃな。自分の担当する臣民や人民を、始終見ておる守護神もおれば、運命の節々が来た時にだけ目をかける者もおるからのう」
そう答えたミヤヒメ様の後ろに、ふわっと映像が現れました。そこにどこかの旅行会社のCMが映されます。
「ウズナにわかりやすく教えるなら、運命というのは旅行プランで、守護神様はツアーガイドじゃ。移動時間と宿泊場所だけは予め決まっておるが、その間の行動は自由じゃな。その自由時間、ツアーガイドはツアー客全員を面倒見きれんじゃろ。いく人かのツアー客とは一緒に行動するかもしれんが、その他の客は集合時間通りに戻ることを祈るだけじゃ」
どこかのCMかと思ったら、『神様旅行社』って書いてありました。よく見たらツアー客役がミヤヒメ様で、ガイド役がカンナ様になってます。芸が細かいですね。
「困ったことじゃが、ツアー客が全員、時間通りに集まるとは限らんのじゃ。中には自由時間を楽しみすぎて集合に遅れる者もいれば、事故に巻き込まれて集合場所へ来られなくなる者もいるからのう。可能であれば自力で次の予定の場所まで来てもらうが、それができん場合もある」
「それで人探し……ですか」
「そうじゃ。今、わらわの眷属たる臣民が一人、行方不明になっとるのがわかってのう。つい先ほど捜索隊を出したところじゃ」
ミヤヒメ様はそう答える間に、映像がすうっと消えていきました。
「よくあるんですか?」
「しばらく増えておったが、今は少し減ってきたかのう。ほとんどは運命にないもらい事故じゃ」
「運命にない事故? そんなものがあるんですか?」
「あるぞ。というか、運命を背負っておるのは臣民と人民だけじゃ。他に定められた運命のない住民というのがおってのう。その住民の起こしたトラブルに巻き込まれて、運命を狂わされることが多いのじゃ」
「臣民と人民、それと住民?」
その違いって、なんでしょう?
これから覚えることが多そうです。
それとも記憶が戻ってないから、知らない言葉になってるのでしょうか。
「カンナよ。行方不明になっとるのは、おぬしが運命を指導した臣民の一人じゃ。この娘に何かあったら未来が変わるぞ」
ミヤヒメ様の前に何かの映像が浮かびました。それを空中を滑らせるようにして、カンナ様に送ります。
「大学の入学式に……出席してない?」
「担当する守護神の話じゃ、どこかへ出かけたまま下宿先へ戻っておらんそうじゃ」
「いつからですか? 新しい生活の品を買いに出たのか、近所の探検に出かけたのか。それとも大学が始まる前に大きな街まで行ってみたのか。それによっても、どこで事件や事故に巻き込まれたか……」
「守護神も初めての街だったので、まわりの神にあいさつ回りして三日ほど目を離してたそうだ」
「三日も?」
「氏神のところで、ちょいと花見に誘われて……な」
「あそこの氏神様、木花咲耶姫様の系列ですか。普段は恋愛と安産の神様だけど、今の季節はお花見の神様……ですねぇ」
問題の女性の顔が、ちらっと見えました。少し丸顔で、髪がちょっとくせっ毛になってます。
映像には他に細かい文字も書かれてますけど、日本語ではありません。なんて書いてあるんでしょう?
「カンナよ。わらわはお宮を離れられんゆえ、おぬしも捜索に加わってもらえぬか」
「そうですね。ウズナくんの指導にもよい機会でしょうし……」
そう言ったあと、二人が顔をわたしに向けてきました。
「では、よろしく頼むぞ」
「お任せください」
カンナ様が一礼したところで、また急に周りの景色がぼやけました。カンナ様の移動の術でしょう。
今度はどこへ飛ばされるのでしょうか。
また雲の上です。
でも、今度の雲の上は青空ですね。わたしたちは今、白い綿雲の上にいます。
「彼女が下宿してるアパートは……。あのあたり……だね」
カンナ様が地図で場所を確かめてます。
ここはどこの街でしょうか。たぶん知らない街です。
近くに海が見えますね。沖に島一つ見えないので、太平洋でしょうか。
でも、海沿いの土地は狭いですね。すぐ近くまで小さな山というか丘が迫っているせいです。その山を越えたところが平らになってますので、そこに大きめの街が作られている感じですね。
で、その街沿いの山の中に、大きなキャンパスが作られてます。あれがたぶん大学ですね。
これから探す人が下宿するアパートは、その山から降りた街の中に建てられてます。
「屋根に誰か乗ってますね」
なんか変な人がいました。まだ肌寒い季節なのに、ジーンズと半袖のTシャツ一枚という姿です。寒くないのでしょうか?
というより、あれ、人間ではありませんね。
その前に、わたし、なんで雲の上にいるのに、こんなに周りがハッキリ見えているのでしょうか。目は悪い方ではありませんけど、右目一・〇、左目一・二。ここから何キロも離れたところにあるものを、ここまでハッキリ見えたことはなかったはずです。
「ウズナくん。行くよ。ついてきたまえ」
「あ……」
カンナ様が雲からピョンと飛び立ちました。そのままスーッと問題のアパートへ向かっていきます。
自然とやられてましたけど、わたしたちは飛べるのですか?
わたし、飛んだことないんですけど……。
「ウズナくん。飛べるとイメージしなさい」
カンナ様が振り返って、わたしを手招きしてました。
「イ、イメージ……ですか? 落っこちそうなんですけど……」
「落ちると思うのなら、きみはなぜ雲の上にいるんだい? 重力に引かれて落ちるのなら、もう突き抜けて落ちてるはずだろう?」
「え? それは……」
ここ、ただの雲の上……ですか? 何かの足場だと思って……。
──ずぼっ!
いきなり落ちました!
ただの雲と気づいた瞬間、足場のイメージが消えちゃいました。
「ひゃあああ〜……」
落ちる落ちる落ちますぅ〜。雲を突き抜けて、下に街が見えます。
「ひぃぃぃ〜……」
怖くて目を開けてられません。風がすごいです。その風がどんどん強くなっていきます。このまま地面に落ちて、わたしは死ぬんですか?
あ、もう交通事故で死んでますけど……。
「うむ、なかなか器用なイメージだな」
カンナ様の声です。わたしの前にいて、一緒に落ちてる……のですか?
「よく止まったまま落ちれるものだ……」
「…………はい?」
目を開けてみました。
目の前にカンナ様がいます。わたしを感心した目で見てます。
次に上を見ました。雲の底が見えます。それもあたしの頭の上、二〇メートルぐらいのところに……。
わたしは下から吹かれる風に乗って、浮いてる感じ……ですか?
まったく落ちてません。
「落ち着いたかな?」
「はい。たぶん……」
風が止まりました。それでも、私は浮いてます。落ちないですね。
「さあ、行くよ。浮いて移動する感じをイメージしてごらん」
「えっと、こんな感じ……ですかね?」
さすがに身体を前に倒して飛ぶのは恐いですね。立ったままの姿で、前に移動すれば……。
「みごとな幽霊ポーズだ」
「…………ああ、ホントです……」
自然とわたしのポーズが、膝から下が後ろに曲がって、両手も折りたたまれて胸のあたりでブランと……。
なるほど、幽霊のあのポーズには意味があったですか。
「あとは慣れるだけだ。先に行ってるから、自分のペースでついてきなさい」
「あ、はい」
カンナ様がピュンと飛んでいきました。というより、まるで瞬間移動です。もう着いて、屋根にいる人に声をかけてます。
あの人、やっぱり人間じゃなかったみたいですね。
「お、ようやく到着できたね」
ようやくと言われましたけど、数キロを五分です。けっこう早く着いたと思うんですけど……。
「おお、JKだ! JKだ!」
屋根にいた男の人が、わたしを指差してはしゃいでます。
わたしは死んだ時の恰好のまま。高校の制服を着て、学校指定のカバンを肩に掛けたまま……ですもんね。
一方で男の人は『独り者こそが我が生き様』と筆文字で書かれた白いTシャツを着て、色のうすい破れたジーンズを穿いてます。頭は短く刈って無精ひげ。なんとも個性の強い恰好です。
「こちらはアパートに住んでる人の守護神だよ。人探しの間に彼女が戻ってきた場合に備えて、屋根の上で見張ってくれてるんだ」
「へぇ〜。そうなんですか」
ということは、まだ見つかってないのですね。神様って、どうやって人を探すのでしょうか。
「ん〜〜〜〜〜。お嬢ちゃん、どことなく神坂三幸ちゃんに似てるね」
男の人が、わたしをしげしげと見ながら、そんなことを言ってきました。
「知ってるんですか?」
「おうよ。拙者が守護してる坊主が、熱を入れてたご当地アイドルだ。あの娘っ子がいたから、坊主、足繁く帰省してイベントに行ってたんだがなあ。半年前だっけ、受験勉強を優先するためにアイドル活動を休んだだろう。あれ以来、坊主、正月にも家に帰らない親不孝者よ」
男の人が「しょうがないヤツだ」という顔で、守護してる人のことを語ってくれます。
そんな人がいたのですね。知りませんでした。
「朴念和尚。本人ですよ。この子……」
カンナ様がわたしの後ろに立って、肩に手を置いてきました。
「はあ〜? まさか、おっ死んじまったのか?」
「はい。そういうことで……」
男の人が顎をはずさんばかりに口を大きく開けて、わたしをジーッと見てきます。
……え? 朴念和尚? この人、お坊さんだったのですか?
そんな男の人に、カンナ様が簡単に事情を説明してくれてます。
「ああ、なるほどなあ。お嬢ちゃんのアイドル活動も、因縁ミタマのお役目だったわけか。こりゃあ、坊主が泣くなあ。休業宣言した時も帰省しなくなったほどだ。しばらく立ち直れんかもしれんぞ」
因縁……? また知らない言葉です。
「ウズナくん。こちらの朴念和尚は、四五〇年ぐらい前のお坊さんだよ。虚無僧修業しながら京へ向かう途中、尾張のあたりで物盗りに殺されたのが最後のお役目だ。この人たちの死がきっかけで織田信長が徹底した野盗刈りを始めてね。商売人たちが安全に物を運べる世の中になるきっかけになったんだ」
「お嬢ちゃんとは殺され仲間だな。拙者もあの死で輪廻からハズレたからね」
この人、本当に元お坊さんでした。その恰好からは、とても見えません。
もしかして服装や髪型は自由にできるのでしょうか?
いつまでも死んだ時の恰好のままなんて決まりはないんでしょうね。
お店があるのですか?
いえ、違いますね。きっとイメージです。移動もイメージでした。服装もイメージすれば、好きな恰好に替われそうです。
そうとなれば、さっそく試しに……。
いえ、今はやめておきましょう。失敗して素っ裸になるのが恐いです。
そんなことを考えてる間に、カンナ様が周りにたくさんの映像を並べてました。パソコンのモニターがたくさん並んでる感じです。
「捜索隊。まだ足取りをつかめてないみたいだね」
神様の世界にもパソコンやスマホみたいなものがあるのでしょうか?
あの文字が読めないので、まったくわかりませんけど……。
「あの娘っ子の魂、やたらとキンキラに輝いとったからなあ。なるほど、よほど重要な運命を背負って生まれてきたわけかい」
朴念和尚さんが訳知りのようなことを言って納得してます。
「魂がキンキラ……ですか?」
「おっと、そういやあ、お嬢ちゃんは神様に成り立てだから、まだマトモに魂を見たことがないかもしれんな」
「はい。まだ見てません」
という以前に、まだ神様の見習いになった自覚すらありません。
「で、拙者が魂と言ってるのは、正しくは魂を入れる器だな。この器が魂の霊格や育ち具合によって姿が違うんだよ」
「はあ、そうなんですか……」
今日は死んでからの情報量が多すぎて、理解が追いつきません。思考が止まりかけてます。
「それでだ、立派に育って金色に輝くようになった魂ほど、生まれてくる時に大変な使命を背負ってるんだ。お嬢ちゃんも輪廻からハズれて神様になったんだから、金色の魂を持ってるはずだぞ。もちろん拙者も、そこの旦那も……」
「そう……なんですか?」
自分の身体をパンパンとたたいてみました。見えないので、わかりません。
「事件や事故に巻き込まれてなければいいけどね」
カンナ様が会話に加わってきました。
「旦那。見つかったかい?」
「いや、まだ足取りすらつかめてないらしい」
カンナ様が答えて、軽く天を仰がれる。
「それにしても捜索隊が出てくるなんて、あの娘っ子、どんなに大きな使命を背負ってるんだい?」
「保食の神様からの使命で、日本を世界有数の農業生産大国にする基幹技術を確立させる運命だよ」
「日本が農業生産大国になるんですか? こんなに小さな国で?」
ついそんな疑問が、口を衝いて出ました。
「彼女は宇宙開発に関わる中で、狭い宇宙船で使う農業技術を発展させるんだ。それが日本の土壌にハマるんだよ」
「あ、そういう……」
妙な説得感です。
「しかしマズイなあ。こういう運命を背負わせる子は何人か用意して競わせるんだが、他の子が軒並み努力不足で運命通りの大学に合格できてないからね。今のままだと彼女に替わる人材がいないぞ」
「そりゃあ、御大層な運命を負った子だったんだな」
朴念和尚さんが呆れてます。
こういう同じ運命って、同時性って言うんでしだっけ?
同じ時代に同じことを研究する学者さんが何人もいて、そのうちの一人だけが歴史に名前を残す競争ですね。
でも、競う相手がそろって受験に失敗って……。人選に問題はなかったのでしょうか。
「朴念和尚。我々はこのあたりで捜索に加わります。このあとも見張り、お願いしますよ」
「おう。気ぃつけてな」
カンナ様の言葉に、朴念和尚さんがニコッと手を振ってくださいます。
それに手を振り返そうとする前に、カンナ様がわたしの腕をつかんで、また空間を移動してしまいました。
「ここは……?」
「彼女の部屋だ」
移動先は、アパートの部屋の中でした。彼女が下宿する部屋のようです。
ちなみに、わたしたちは靴を履いたままなので、何となく宙に浮いて床に足を着けないようにしてます。
「カンナ様。捜しに行くのでは?」
「その前に部屋を見て、ヒントがないか見ておこうと思ってね」
そう言いながら、カンナ様が部屋の中を見てまわってます。
部屋は散らかってないけど、壁ぎわにダンボールが三つ。まだ引っ越しの片づけは終わってないみたいですね。
ベッドがあって、窓にはカーテンが掛かってます。開けたままなのは、暗くなる前に部屋に戻るつもり……ですか?
「あ、このカーテン、フックが足りないですね。もしかして、これを買いに出かけたのでは?」
「ほう。よく気づいたね。こちらも、それらしいものを見つけたよ」
カンナ様が床を指差しました。
何かのコードが散らばってます。コードが届かないんですね。
「電源タップも買いに行ったみたいですね」
お出かけのだいたいの目的はわかりました。あとは、どこへ買いに行ったかですね。
「大きな通りですね」
駅前には大きな通りが走ってました。その上に駅のある鉄道高架が交差してます。
わたしたちは部屋を見たあと、また朴念和尚さんに声をかけて、買い物に行きそうな場所をいくつか教えてもらいました。
一番の有力候補は駅前の商店街です。さすがは大学の最寄りですね。学生さんらしい人の姿が目立ちます。大学の周りはお家賃が高めなので、一駅、二駅離れたとこから通ってくる学生さんが多いそうです。定期代が掛かっても、それでも安い部屋が多いそうです。
そういう学生さんだけが目当てではないでしょうけど、駅前にはスーパーや百貨店、飲食店、娯楽施設が集まってます。
「お侍さんに、軍人さん……ですか?」
駅前を行き交うのは人に交じって、明らかに時代の違う恰好をしてる人たちがいます。歩いてる人も多いですけど、中には宙に浮いてる人もいますね。たぶん、あれが守護神様でしょう。守護する相手に付き添ってるのでしょうか。
それにしてもわたし、それを落ち着いて見てます。最初から驚いてもいません。もう置かれてる状況に慣れちゃったのでしょうか。
それに朴念和尚のように現代風?な恰好になってない人も多いんですね。
このあたりは守護神様それぞれ……でしょうか。
気になるのは、思ったよりも守護神様の数が少ない感じがします。守護神様が付き添ってるのは、三〜四人に一人ぐらいでしょうかね。もっと少ないですか?
中には大名行列になってる人もいますけど……。
「あ、花束です」
交差点にある横断歩道のところに、白い花束が供えられてました。ここで交通事故があったのでしょうか?
「む、まだ新しい花束だね。ウズナくん。近くに霊はいないか?」
カンナ様が、いきなりそんなことを聞いてきました。
「どういうことですか?」
「これが運命されてない事故だったら、死んだ人の魂は守護神や産土が見つけてくれるまで行き場を失うんだ。その間、パニクって何するかわからないからね。その場で途方に暮れて地縛霊になるか。とにかく家に帰ろうとして浮遊霊になるか。自暴自棄から悪霊になる人もいるし……」
「地縛霊とか浮遊霊って、そういうものだったんですか? この世への未練とかじゃなくて?」
「そんなものは人間が勝手に想像したものだ」
意外な真実です。
「あのぅ、後学のために……。運命通りの事故だったら?」
「それはウズナくんの時と同じだよ。運命通りの事故なら、必ず守護神や産土が近くまで来ていて、すぐに魂を回収してあの世へ送るんだ」
「なるほど……」
運命で決まってるなら、準備して待ってるわけです。
「ソコノ霊ナラ、可哀想ダケド運命ダネ。守護者ガ待ッテテ回収シテッタヨ」
後ろから声をかけられました。
「……きゃあ!」
顔を見て、思わず悲鳴が出ました。そこにいたのは真っ白なお顔のお巡りさんです。人間じゃありません。白い埴輪です。物の怪です。
「男ノ子、信号無視ノ車ニ撥ネラレタヨ。オ母サン、取リ乱シテタネ」
今日、一番怖いです。しゃべり方も……。
「ところで警吏殿。この娘を見かけませんでしたか? もう何度も尋ねられてるかもしれませんが」
カンナ様が空中に映像を浮かべて、白い顔のお巡りさんに尋ねました。
「コノ娘、目立ツカラ、ヨク憶エテルヨ。魂ガ強イ金色。スゴイ身魂ダ。行方不明ラシイネ。サッキモ巫女ノ神ニ聞カレタヨ」
捜索隊もここを通ったみたいです。
「最後ニ見タノ、昨日ノオ昼ダヨ。アソコデ先輩ノ学生ニなんぱサレテタネ。ムリヤリ車ニ乗セラレテ、アッチヘ連レテカレテタヨ」
「巫女……。たぶんヒノデくんか。みんなに情報をまわさず、また一人で突っ走ってるな。これは……」
話を聞いていたカンナ様が、困った顔をされてます。
巫女のヒノデさんですか。どんな方なのでしょうか。
「アノ先輩ノ家、ワカルゾ。巫女ニモ教エタ。ココダ」
白い顔のお巡りさんが、空中に地図を浮かべました。それをカンナ様が受け取ります。
「ありがとう、警吏殿。ウズナくん、行くよ」
「あ……」
またカンナ様がわたしの腕をつかんで空間移動です。
白い顔のお巡りさんに、ちょっと聞きたい疑問があったのに……。
「うわぁ〜。高級そうな建物です」
高級マンションです。九階建てです。周りのマンションに比べて、明らかに一つずつの部屋の面積が違います。天井も高そうです。
マンションから渡り廊下で立体駐車場につながってます。こちらは三階建てです。たくさんの高そうな車が並んでます。
世の中にはお金持ちっているんですねぇ。死んでから初めて見ました。
「この建物の五階一号室か」
白い顔のお巡りさんに教えてもらった住所です。
わたしたちは今、建物の正面にある公園の上にいます。公園からは並木が目隠しになって、マンションの通路が見えないようになってます。でも、今は並木の上に立ってるんですよね。おかげでマンションの通路が丸見えです。
「ヒノデくんだ。外で誰かと話してるが、捜索隊にはまったく情報を流してないな……」
通路に巫女装束を着た人がいました。あれがヒノデさんでしょうか。
一緒にいるのは、神様の一人でしょうかね。何か必死にヒノデさんに謝ってるみたいだ。
「ヒノデくん。また一人で突っ走ってるのかい? 単独行動は控えるように何度も注意してるだろう」
「あ、カンナ様。これは……」
ヒノデさんでした。こちらを向いたヒノデさんは、すっごくキレイな方です。昔の女優さんのようなお顔立ちです。
「ひぃ〜っ! もっと上の神さんが来たぁ!」
相手の方が、その場で座り込んでしまいました。腰から力が抜けた感じです。
わたしたちのような神様でも、腰が抜けることがあるのでしょうか。
「それで、ヒノデくん。彼女は見つかったのかね?」
「まだ確認してません。その前にこちらの守護神の方が必死に止めようとしてきまして……」
カンナ様の確認に、ヒノデさんが答えました。
「止める理由はあるのですか?」
「あなた様ほどの神様でしたら、止める理由はございません」
次にカンナ様に聞かれた相手が、まるで観念したように答えます。
なんでしょうね。このやり取りは……。
「では、中を検めさせてもらいますよ」
そう断ったカンナ様が、ドアをすり抜けて中へ入っていきました。
鍵が掛けてあっても、神様には通用しませんね。
「見つけた。すぐに捜索隊に連絡して、守護神をここへ来させるぞ」
すぐに戻ってきたカンナ様が、ドアから顔だけを出してそんなことを言ってきました。
そして次にドアから手が出てきて、わたしたちにも入るように指招きしてきます。
「壁抜けって、初めてやりますけど……。あ、できました」
ドアに頭を打つこともなく、するっと中へ入れました。
中も広いですね。ドアの中は広い玄関で、その奥にも広いリビングが見えてます。その先に見えるベランダまで広いです。
で、捜している女性は、奥のリビングにいました。大きなソファに仰向けで寝ています。
そしてその奥では大きな家具が倒れて、誰かが潰されてます。ウンウンと唸ってます。意識はあるけど、家具の下から出られないみたいです。
だけどこの人、なんで下半身が丸出しなんですか?
この人の穿いてたと思われるズボンとパンツが、部屋の中に投げ捨てられてます。
「申し訳ございません! このお嬢様の魂が金色に輝かれてるのを見て、このままではとんでもない不祥事になると思いまして、ギリギリで行為に及ぶ前に止めました。わたくしめにできるのは、これが精一杯でございます」
この部屋の主の守護神様が、それはそれはみごとな土下座をしていた。
ここでいったい何が起きてたんですか?
「急いで救急車を呼ばないと危ないわね。この子、お酒と薬で昏睡させられてるみたいだわ」
そう言い出したのはヒノデさんです。ゴミ箱に錠剤を包装してたものが捨てられてます。テーブルにはオレンジジュースが置かれてますけど、そこに薬が入れられてたのでしょうか。キッチンにはお酒のビンも置かれてますね。これもジュースに混ぜたのでしょうか。
「カンナ様。見つかったって?」
「よかったぁ〜。事故で亡くなってたら、ウカヒメ様とミヤヒメ様に顔向けできなくなるところだったわ」
「さすがカンナ様。お早い解決だ」
そこへ続々と神様たちが集まってきました。捜索隊のメンバーみたいです。
「見つかったのはいいけど、どうやって病院へ運べばいいの? まだ危ないわ」
心配してるのが彼女の守護神様でしょうか。彼女と似たようなお顔立ちです。
「そちらの手配はしてございます」
そう言ってきたのは、土下座してる守護神様です。頭を上げて、
「できれば助けが来るまでは、誰も部屋へ入れたくなくて……」
なんて言い訳してきます。
──ピンポ〜ン
「ショーゴ。明日の始業式だけどさあ」
そこへ部屋の呼び鈴が鳴らされて、お客さんが鍵を開けて入ってきました。合い鍵を預けている彼女さんですか?
「エ、エリ。助けてくれ……」
男の人が、ホッとした声で助けを呼びます。
「ショーゴ? ん……」
リビングに入ってきた彼女が、無言になってスマホを手にしました。
「あ、もしもし、警察ですか。事件です」
冷静に警察を呼んでます。静かに怒ってます。助けようとはしません。
このあと警察が来て、この部屋の持ち主は逮捕されました。女性誘拐監禁事件の現行犯だそうです。
余罪を調べると、これまでにも何人もの女性に声をかけては、強引に部屋へ連れ込んで食い物にして捨ててたそうですね。この事件が発覚したので、大学は退学させられました。
捜してた女性ですけど、お薬とお酒の飲み合わせが悪かったみたいですね。あれから更に三日間も昏睡してたそうです。でも、あの女性には神様の手厚い守護がありますからね。後遺症のようなものはないそうです。
これをやった男の人は、本来は犬として生まれる魂を持った人だそうです。それが現世では人として生まれてきちゃったんですね。神様にとって今回の事件は大問題でしたので、天罰を落として犬に戻すという話が出たそうです。でも、守護神様が必死に食い止めようとしましたからね。その功績に免じて、すぐに犬に戻されることだけはないそうです。
こういう動物の魂を持ってる人って、どのくらいいるのでしょうね。
これがわたしの神様としての初仕事です。とにかく知らないことばかりでした。これから神様の修業が始まりますけど、とにかく先が不安です。