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魔王と女王と人間たち(2)


 そして翌日。


 陽が昇りはじめる頃から賑わいを見せていた城下町は、移動するための隙間を見つけることすら難しいほどの人に溢れていた。


「壮観だな……」


 エイリーク城は謁見の間から続く屋上庭園の縁から、目下に広がる城下町の様子を眺めるアルシアは感嘆の声を漏らす。


 目算で、ざっと数万は下らない民衆。豆粒よりも小さいそれらが、壮大な式典の始まりを今か今かと待ち望んでいる。


 どこから聞こえてくる金管楽器の重厚な音色や、そこかしこにはためくエイリークの国旗、そして城下町のざわめき。誰も彼もが、この日を祝っている。


「どこにいるかと思えば、外に出ていたか」


 背後から聞こえてきた足音にアルシアは振り向く。


「ほぉ……」


 そして、またもや漏れるのは感嘆の吐息。


 エイリーク十三世が着こなしているのは、所々に精緻で複雑な刺繍が施された豪奢な純白のドレス。

陽光に照らされて煌めく黄金色の髪は縦に盛られ、大輪の華を咲かせた艶やかな形にセットされている。

口元を彩るは鮮やかな紅、頬は染めるは薄桃色の頬紅。

 女王たる尊厳さに絶妙な加減で混ざる可憐さは、アルシアの目を引くには充分で。


「我に惚れたか? しかしそれは当然のこと。この美貌はおよそこの世で比肩する者なしとまで称えられているからなっ!」

「もう少しお淑やかであれば文句はないんだが……」

「物静かな態度で国が治まるのであれば苦労しないわっ! 多少の不遜あっての王というものだろう!」

「不遜や高慢は身の破滅を導く。あまり推奨はせんぞ」

「ぬぅ……知ったふうな口をききおってからに……っ」


 どうしてそこまで言われなければならないのか、と疑問に思いつつ、アルシアは溜息を溢す。


「さて……こんな言い争いを繰り広げている場合ではなかったな」


 庭園に備え付けられたベンチに腰をかけて視線を地面に落とすアルシア。

 そして、深呼吸を一つ。震える喉元を擦り、ゆっくりと息を吐く。


「魔王とあろう者でも流石にこれだけの人間を前にして、怖じ気づいたか?」

「民草からの信頼というものなど、これまで測ったためしもない。失敗すれば死ぬという明確な恐怖にさらされているのだぞ? 平静でいられるものか」

「それもそうか……だが、貴様をこんなところで亡くすのは惜しい。我にできることがあるなら遠慮なく申し出るがよい」

「気遣い、感謝する」

「して、舞台で語ることは準備できているのか?」

「もちろんだとも。ここは魔王アルシァにとって最後の晴れ舞台。であれば、真の姿を披露するのも悪くはないことだと思わんか?」

「……その結果、エイリークがただでは済まなくなったときには責任を取ってもらうぞ」

「そうなれば責任を取るよりも先にこの首が文字通り飛ばされているがな」

「こんなときに笑えない洒落はやめろ」


 城下町に広がる陽気な雰囲気とはかけ離れた、酷く重い空気。

 それは厳かなものともまた異なる、異様なものだった。

 場違いなあまり、式典の準備で大わらわな衛兵や従者たちも近寄れないほどに。

 そんな中、束の間の静寂を破るのはまたも女王だった。


「……少なくとも、我は信じている」

「そうか」

「勘違いをするな。貴様のことは当然として、このエイリークに――いや、ラストリオン全土に住まう人間が、魔王アルシアを信頼し、感謝している。そう信じているのだ」

「……そうであればいいなぁ」

「やってきたことに自信を持たないでどうするのだ」

「……そう、だな」


 この世界で生きてきた人間たちに問うは、魔王アルシアに対する気持ちそのもの。

 それを問うのは、神の裁定とやらよりも、よほど恐ろしい。

 争いのない世界を願って邁進していた、その成果だ。

 ここで示されるのは、平和を望んだ魔王アルシアと人間たちの答え合わせの結果。

 自らが歩んできた道の正しさだ。


「そろそろ式典も始まる。最後に一つだけ、発破をかけてやろう」


 毅然とした表情を浮かべて、エイリーク十三世がはっきりと告げる。


「貴様の信じるラストリオンの人間を信じろ。怯えることはない。竦むことはない。恩を仇で返す大馬鹿はおらん。貴様が史上最大の危機に陥っているという状況で、手を貸さない薄情者はおらん。胸を張れ。誇りを持て。だから……これまで数世紀にわたって築きあげてきたものを、我に見せてくれ」

「……そこまで言われた以上、無様なものは見せられないな」


 俯いていたアルシアは顔を上げる。

 そこにあるのは、戦場で勇者を迎えるときの、凛とした隙のない威風。

 迷いを捨て、弱気を封じ、かつてない最大の試練へ向かうに相応しい堂々としたものだった。


「どうやら持ち直したようだな」

「女王様。そろそろです」


 アルシアがベンチから立ち上がると、謁見の間から駆けてきた衛兵が宴の始まりを知らせた。


「うむ。承知した。全世界へ映像を流す準備も万全だな」

「ええ。機材の調子は問題ありません」

「よかろう。それでは、我の挨拶は手短に済ませるとしようか。……準備はいいな、魔王」

「ああ。問題ない」


 アルシアは両手で自らの頬を叩き、気合いを入れる。


 あとは、為すべきことを為す。

 ただ、それだけだ。



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