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序章:プロローグという名のコンティニュー

「成り上がりの勇者よ。貴様もここまでだ。俺の勝利はここに確定した」


 死臭の漂う(くら)き荒野にて。

 龍のごとき異形(いぎょう)の翼を羽ばたかせ、(はる)かの高みから地平を睥睨(へいげい)する魔王アルシアは、高らかに勝利を宣言した。


「う……ううっ…………」


 アルシアの視線の先には、もはやその用を為さなくなった鎧兜(よろいかぶと)を着た一人の人間が、虫の息となって地面に転がっている。

 彼はこの世界で成り上がりの勇者ロイと呼ばれ、仲間とともに今宵、魔王アルシアとの最終決戦に挑んでいた。

 すべてはこの世界に蔓延(はびこ)魔族(まぞく)を倒すため。


 だが、勇者と魔王の戦力差には歴然(れきぜん)たるものがあった。


「く、そ…………が…………っ」

「弱い……、弱すぎるぞッ! 肩ならしで終わってしまうではないかッ!」


 ぼろぼろの姿で地面に這いつくばる勇者ロイ。

 その五体に塵の一つもない魔王アルシア。


 誰の目から見ても、戦況は明らかだった。


「ち、くしょう…………僕に、もっと力があれ、ば………っ」

「いくら足掻(あが)いた所で俺には勝てん。貴様ごときの弱者が俺を倒そうなど、夢のまた夢と思い知ったろう」


 数々の世界を救ってきた勇者ロイが振るう奇跡(きせき)(つるぎ)はおろか、洗練された魔法も、鍛え抜かれた特技も、なにもかもがアルシアに通用しない。


「やはり虫ケラごときでは俺の相手にならんな」


 三百年余もの間、この世界――ラストリオンを統治してきたアルシアだからこそ為し得る戦場での身のこなしと立ち回り。そして、鍛え上げられた強靭な肉体と圧倒的な魔力。

 たかだか数十年を生きる人間風情が敵う相手ではない。


 あまりにも絶望的な状況。

 それでも、ロイは僅かな望みと希望を胸に自らを奮い立たせる。


「ま、だ……だ……、まだ、おわっちゃ…………、いない……………………っ!」

「……無様だな」


 いまだ諦めていないその姿勢に、しかしアルシアは感心することはなく、心底呆れてしまう。

 もはや勇敢ではなく無謀という姿勢は、命を投げ出す行為に等しい。

 撤退の判断もできない雑魚につける薬はどこにもないのだから。


「たった一人、瀕死の状態でなにができる? 貴様が連れていた賢者も、バトルマスターも、パラディンも、この戦場から俺がこの手で葬った。絶望的な力の差を思い知ったはずだ。だというのに……ぼろぼろになった貴様たった一人で勝機があるとでも?」

「…………っ」


 ロイの額に脂汗が滲む。

 彼の仲間だった者たちは、アルシアの手によって、すでに葬られてしまっていた。

 それも、たった一撃で、あっけなく。


「さぁ、どうする小僧?」

「…………く、そっ」


 ロイは顔をゆがめた。もはや魔力は既に底をついている。

 味方の蘇生や回復の手段もない。

 希望を託せるのは、握りしめた一振りの(つるぎ)のみ。


「もはや希望の一欠片もないというのに、まだ歯向かってくるか?」

「……立ち上がらないと、あんたを……、倒せないんでなあああっ!」


 奇跡(きせき)(つるぎ)を地面に突き刺し、それを支えに立ち上がるロイは、アルシアの嘲りを振り払うように必死に叫ぶ。


 これに対し、アルシアは哄笑(こうしょう)を浮かべる。ひとしきり抱腹して、ふと笑みを止め、ロイへ射殺(いころ)すような視線を向けた。


「……威勢だけは残っているか。だが、それでどうなる? 虫ケラが吠えたところで世界が味方してくれるわけでもなかろう。奇跡を祈ったところで無駄なあがきだ。どう足掻こうとも貴様が敗北する結末は変わらんっ! ここで消えてもらうぞっ!」


 アルシアが双眸を見開いた。


「――っ!?」


 ロイは見上げる空に、絶望を見た。


 空気が震撼し、収束する魔力が朱い燐光となってアルシアの周囲へと凝縮していく。

 それはまるで、勇者の死を予言(よげん)する凶星(ほし)のごとく。

 (まばゆ)(きら)めき、白熱する。


「――せめてもの情けだ。先へ逝った仲間と同じように殺してやる」


 そして、詠唱。


葬焔(そうえん)――テンタリオフレイムッ!」


 アルシアが両手を天へかざした刹那(せつな)、ロイを中心とした半径数メートルに天空を貫く光柱が発現する。


「っ!? ――ぐっ、ああああああああああああああああああああっっっ!?」

「肉片の一欠片も残さず死滅しろっ! 今度こそ逝ねぃっ! クハハハハハハハハッ!」


 ありったけの魔力を込めて解き放つ必殺の一撃。

 アルシアが誇る極大焼却魔法――テンタリオフレイムは、いかなる存在であろうと塵屑(ちりくず)すら残さず灼き尽くす。

 世界を救う宿命を背負いし勇者といえど、これに耐え得るはずもない。


「フハハハハハハハハハっ……今度こそ、俺の勝ちだ……」


 魔王が勇者の絶対的な死を確信した、そのときだった。


「――――なっ!?」


 突如として、ロイが淡い光に包まれる。


「またもや現れたか!」


 光柱の中にぼんやりと浮かびあがる青白い燐光(りんこう)


「だが、今度こそ勇者を逃がしはしない! 必ず仕留めると誓ったのだ! この絶好の機会、逃がしてたまるものかぁぁああああっ!」


 勇者を包み込む得体の知れない光。

 何度も相見(あいまみ)えてきた最後の砦と呼ぶべき現象。

 あれこそが真に滅ぼすべきもの。


「ハアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!」


 アルシアは全身全霊をもってテンタリオフレイムへ魔力を注ぎ込む。

 ここでロイを逃してはならない。必ず仕留める。


 ぽっと現れた存在が魔王を倒して世界を救うなど、笑止千万!

 滑稽(こっけい)極まりない筋書きもろとも灼き尽すっ!


「オ、オォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!」


 しかし、光柱の色はアルシアの意志に反し、白から青、そして紅へと変化していく。

 それは、魔力がじきに底をつく前兆だった。


 勇者を包み込む淡い光りは消えるどころか、さらにその輝きを増す。


「くっ――!」


 魔力が尽きるのを自覚したマルシアは、左腰に下げていた宝剣(ほうけん)シャムル・ド・ネガルを引き抜き、ロイへ渾身(こんしん)の一振りを見舞(みま)う。

 唐竹に割った、激烈な一閃。


「――っ!?」


 だが、剣が勇者の身体を引き裂くことはなかった。

 淡い光はアルシアの渾身を受け止め、嘲笑(あざわら)うかのように明滅すると、ロイを包み込んだまま一瞬のうちにはるか彼方の空へと飛び去っていく。


「…………く、そがああああああああああああああああああっ!」


 闇夜に包まれる荒れ果てた大地に、この世界を支配する魔王の絶叫が(こだま)した。

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