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連れてこられたのは調査課、いや会社かよ。

 まずこれを言わせて欲しい。春休みが悪い。


 なにしれっとさらっと何処かに行っているのだ春休み。


 別れの挨拶の一つや二つ、するのが当然だろう。これではあまりに失礼ではないか。


 それにあの時は時計も悪い。アラームを設定したのにその時間には俺を起こさなかった。


 怒り混じりに時計を見ても、我関せずとでも言うようにして、薄情にも高くなった陽の光に照らされていた。


 そんなこんなで俺は、入学式に遅刻した。


 それからというもの、友達が出来ない日々。


 そしてそのまま今日、五月二十日まできた。


「お前ら! 今から自由時間だ。班決めたが、そいつらとこの町、散策してこぉい!」


 三百人程が一堂に会し、大きな公園の草原の上に三角座りさせられた所に、暴力的な声が響く。


 その嘶きともとれる声を発しているのは、松坂しげるといい勝負しそうな程に黒い教師。


 猿のような見てくれで、おそらく体育教師だろうと思っていた。


 だがあれで担当は家庭科。


 あの丸太あるいは桜島大根のように太い腕で、銀杏切りや桂剥きを披露した時は、開いた口が塞がらなかった。


 散策してこいと言われて立つ他の生徒の趣は、皆一様に明るく、青春の一ページに刻むつもりらしい。


 ーーーリア充爆発しろ、ボンバー。let's goで突き抜けるぞ、ほんとに。


 そんな呪詛を心でブチまけながら、班と称された形だけのグループに向かった。


 メンバーはーーーなんてことはない。普通の少年と普通の少女二人。


 俺はこいつらの名前も知らない。


「楽しそうだね!」


「うん! 何処行こっか?」


「やっぱ鹿みたい!」


「鹿煎餅とかね!」


 あはは、あははと笑いあっている。ん? 何処に笑ったのだろうか。


 そもそもここ奈良公園じゃないのだが。


 女子二人はどうやら元から仲が良いらしく、息ピッタリの会話を披露している。


「何処行く? かな」


 と、少し俯きながら班の男の子が俺に話しかけてきた。


 ラッキー。その控えめそうな雰囲気を感じて、俺はいけると踏んだ。


「俺ちょっと腹痛いから、トイレ行ってくるわ」


「そうなの? 付いて行こうか?」


 無駄に優しい奴だ、いいっての。ある種の社交辞令的なものだと汲み取って欲しい、ホントに。


「ダーイジョーブ、ダーイジョーブ。シンパイシナイデー」


 動揺して棒読みになってしまったじゃないか。まぁいい。どんな形であれこれで巻いた。


「そっか、分かった。仕方ないけど残念だよ、頑張ってね」


 少し罪悪感残るからそんな言い方止めて欲しい。


 あと頑張ってねとか意味わかんねぇわ。何に頑張れって言うんだよ、下ネタかよ。


「お、おう」


 他の女子はまず俺に興味なんて皆無だろうから言葉は必要ない。


 そのまま生徒の合間を縫って、俺は進んだ。


 チラと脳裏に過ぎるのは、財布に入っている所持金だ。


 元々入っていたのは一万円、ラノベ三冊買うのにざっと二千円使った。


 あとは萌えヒロインのストラップや諸々に三千円程使ったから、ざっと手持ちは五千円程だろう。


 手描きなのだろう絵が表紙になっている栞には、自由時間は四時間。


 よし、十分に行ける。そう思い心中でガッツポーズをした。


 というのも、俺にはある計画があった。


 ズバリ、映画館で劇場版のアニメを観る。


 一期二期共に神アニメだったのだ。その神アニメが映画化。そうなれば観るしかないだろう。


 しかもスマホで調べれば、近くに上映している映画館があるときた。


 ならこの自由時間、有効に活用するしかないだろう


 そう心を決めて映画館まで来てしまった。


 チケットを購入、せっかくだからジュースも。


 予約していなかったから不安だったがそれも杞憂。あっさりと席が取れた。


 顔面がカメラの変な男がダンスしているのを観ながら、俺は席に着く。


「さ、ジュースを置いてっと」


「ひゃっ!」


 と、隣の席に座っていた人の手に触れてしまった。


「あっ、すみません」


「いえ、こちらこそ……」


 そこで触れた相手を見て絶句した。暗闇でもはっきりと分かる。


 茶色を基調としたシンプルなブレザーに特徴に乏しいシンプルな赤のネクタイ、うちの高校の制服だった。


「……」


「……」


 さらに衝撃だったのは、スクリーンの拙い光に照らされて浮き上がる顔、つまりは見知った顔だったのだ。


 というか俺が勝手に知ってるだけで、向こうは俺のことは知らないだろう。


 てか超有名人だし。


「……お前、浅田聡美?」


「……」


 隠し通すつもりなのか、理解がついていっていないのか、未だに彼女は言葉を発さない。


「なんでこんなとこに」


 自由時間に一人映画館にいる。


 だからそんなことを書くのは少々野暮だった気もしたが、一応は聞いてみた。


 彼女は「はぁ。」と肺まで噴き出しそうな溜息をして、漸く口を開いた。


「どうしよっか」


 小聡明な眼差し。よく考えれば、彼女はこの時から蠱惑的態度だったように思う。


 それにこんなシチュエーションにどうしよっかなんて言葉、デートか何かと勘違いしてしまいそうだ。


「というか、なんでここに?」


 今なら答えてくれそうな気がして、もう一度問く。


「えっへん。ズバリ映画を観るためじゃよ」


 急にお爺さんキャラに転向か、謎い。こんな人だったのか。


「君も、映画でしょ?」


 あははと笑いながら聞いてくる彼女。


 その言葉には「この映画なんだ?」というのを含んでいる気がした。


「あ、アニメとか観るんだ」


「何言ってるの!」


 こんなところに居るっていうのに少し彼女の声は大きくなった。


「アニメはもはや日本の一大産業だよ? そこから転じたコスプレなんかもう……」


 さっきのあははに比べて、今はぐへへと笑っている気がする。


 ビックリだ。アニメ、というか二次元に興味があったとは。


 まさかsboとか魔法科高校の優等生とか観ているのか。


 だったら話してみたい。その衝動に強く駆られた。


「あのさ」


 そこまで言った俺の言葉を、彼女は遮った。


「もう映画始まるよ?」


 彼女の唇の端は上に向いていて、微かに微笑んでいるようだった。


 そうして俺は、俺たちは、映画を二時間鑑賞した。


 ✳︎✳︎✳︎


「おどれらぁ‼︎ 何処行っとったぁ‼︎」


 いやそんな怒り方しないでほしい。家庭科担当だろあんた、なんで生徒指導なんだよ。


 というか調理実習してたのかもしれないけど、(そもそも遠足に調理実習という謎)エプロンに三角巾で怒らないでほしい。


 笑いとりにきてるよね?


 俺と浅田聡美は二時間と映画を感服するまで鑑賞し、楽しげに感想を言い合いながらチケット売り場まで来た。


 そこにいたのは何処の動物園から逃げ出してきたのか、真っ黒い猿がいた。


 おどれらぁってなに、俺今から金巻き上げられんのか。まぁろくに残ってはいないが。


「黙秘か⁉︎ 黙秘なんやな⁉︎ そうかそうか、おどれらぁそうするんやな」


 ホントに怖い。脅しと大差なくね?


 背比べオブどんぐりじゃね? ごめんなさい、ちょっとカッコつけました。


 というかそもそも、ここ映画館の中ですよ? 何処行っとったぁ‼︎ って、分かって言ってますよね?


 そんな反論出来る筈もなく、鬼の眼力を見せる顔を見れる筈もなく、無言という細やかな抵抗を決行した。


「あの、すみませんでした。けど、私はこの人に連れてこられただけで……」


 売ったわ、この人、人売ったわ。


 隣で一緒に怒られている浅田聡美は、涙混じりにそう言った。


 その涙で相殺しようとしているのだろう。


 いや、ポップコーン口に付いたまんまだから。


 つーか俺はジュースだけだったが、彼女は堂々とポップコーンセットだった。


 彼女の方が大罪じゃね? 強欲の罪だわ、いや暴食かな?


「ちちち、違いますよ‼︎ この人も普通に映画観てましたから‼︎」


 そんな抵抗も虚しくみっちり怒られた後、再びその用件で職員室に呼び出された。


 まだ初夏で大して暑くもないのに、職員室ではエアコンが効いていた。


 ったく、これだからこのエプロン教師は。


 俺の横には赤い髪の少女ーーー浅田聡美もいる。


 今日は火曜日。気分なのかポニーテールだ。


 明日は水曜日、まさかツインテールになってたりしないよな? ここで既にコスプレしてたりしないよな?


 浅田サトミの憂鬱ってか、やかましい。


「話聞いてんのか峰上、先生なんの話ししてた?」


 矢場い。その言い返しはないわ。


 別に消しゴム弄って遊んでたわけじゃなし。

 そのケシカスを投げて楽しんだわけでもない。


 小学生かってのはさて置き、俺さっきまで夜ご飯の後なんのラノベ読もうか考えてたんだよ?


 ないわー、そりゃないわー。


「えっと、あれですよね? あれあれ、ほらあれ……」


「そうだ」


 え、なんか話通じちゃったんですけど。まさか先生案外チョロい人?


「なんか楽しみです」


 と、横で浅田聡美が笑いだす。足を後ろに曲げてキャハッなんでやってる。今怒られていると思うんだが。


 楽しみ、楽しみ? まぁ話し合わせとけば何とかなるか。


「まぁいい。研究してもらうからな」


「…………………………なんて?」


 聞き返さずにはいられなかった。


 ✳︎✳︎✳︎


「はいるぞー」


 ガラガラと音をたて、先生はその立て付けの悪いドアを開けづらいそうに開けた。


「どうぞ」


 中から聞こえたのは艶かしいそんな声。よくそんな短い言葉を色っぽく出来るものだ。


「し、失礼しまぁす」


 そうやって言うのは浅田聡美。


 恐る恐る先生に続き、浅田聡美、俺の順で入る。


 ちゃんとレディーファーストしたよ? やっぱこういうところに俺の紳士性ってのが出るよね。


 なんて? ただビビって先行かしたんじゃないのか? バカも休み休みに言ってほしい。そんなことは断じてない、多分(小声)。


「新人だ、まぁ良くしてやってくれ。コイツらは恐らく逸材だぞ。なんせ学校行事をサボって映画観に行くくらいだからな」


 いや何それ、めっちゃ詳らかに喋るじゃん。やめてほしい。


 と、先生はこっちに鋭い眼差しをむけてきた。


『自己紹介だ』という意味を含ませているのだろう、少々カッコつけているなこのオヤジ。


 それが癪に障ったから汲み取りたくない。


 大体カッコつけてるけど、エプロンに三角巾だからね?


「なに黙りこくってんだ、自己紹介しろ自己紹介」


 言われたので仕方なく。


「えーと、峰上優樹といいます。この春この高校に来ました」


「あの、浅田聡美といいます。彼と同じでこの春にこの高校に来ました。さとみんって呼んでください」


 知らない、そんなの初耳だぞさとみん。やめろ、やめてくれ。


 真顔でそんな。え、笑いとりにいってるの?


「もっと明るく、俺の頃なんてのは盃交わす勢いだった。ってのはともかく」


 全然ともかくじゃねぇ。盃を交わすってあんたやっぱヤクザの成り上がりだろ。


 ユアーメロディのエプロンだけど。


「仲良くしてやってくれ。それじゃ俺はこれでな。部でケーキ作る約束してるからな」


 そう言うと踵を返し、颯爽と先生は扉の向こうに消えていった。


「そう、貴方達ね」


 蜜柑を思わせるような綺麗なオレンジの髪、人一倍色っぽいおねいさんだ。


「自己紹介するわ、私の名前は橘美咲。この『調査課』のリーダーよ。呼び方は……そうね、何でもいいわ」


 なにその『調査課』って、会社じゃあるまいし。


 てか課のリーダーって課長かよ。案外身分低くて笑ってしまいそうになる。


「うふふ、ちょうど男の子が欲しいと思ってたのよ。いいところに来たわね」


 そうして取り出したのは黒い鞭。それを見て背中に怖気が走った。


「ここへの参加祝いとして、弄ってあ・げ・る」


 ハートが語尾に付いてそうな口調、それがイケナイ雰囲気を醸し出す。


「ま! じょーだんはさて置きっと! 私の名前は武田奈々! よろしく! 呼び方は時と場合に使い分けてね」


 釈迦力というべきか天真爛漫というべきか。思えば彼女武田先輩はこの時から既にコスプレしていた。


 今日は戦闘服スタイルだ。マニアックすぎてよくわからないが、コスプレらしい。


「あぁー! それ、駆動戦士タムタムのシルヴィアちゃんですよね!」


「おぉー‼︎ 同士、はっけーん‼︎」


 やはりコスプレらしい。というか映画館のときもそうだったが、さとみんはコスプレに多少なりとも詳しいようだ。


「似てる。めっちゃ似てます!」


 早速意気投合したようで、いきなり抱き合って笑っている。


 と、中にいたのはこの二人だけ。


 中央には謎のボードゲーム。二人はここで遊んでいるらしかった。


「長話もなんだし、ここで説明に入るね」


 似ているのか似ていないのかは分からないが、とにかく武田先輩が話し出す。


「私たち『調査課』はね、このボードゲームを調査するの。


 何でもこのボードゲームってのはね、さっき来たあの鳥山先生のお父さん。


 実家がお寺らしいんだけど、出て来たんだって」


 あの先生鳥山っていうのか。てっきり猿島か何かかと。(全国の猿島さんほんとすみません)


「まず概要から。要は人生ゲームなのよ。だから人生ゲーム同様に定員は八名。基本は人生ゲームと大差ないわ。


 けどここからはちょっと違うの。駒はそれぞれが持つんじゃなくって、みんなで一つの駒を使うの。


 ここから先は全部それ前提で話していくわね


 まずお金制度の存在、所持金があるの。勿論みんなで共同で使用。


 家を買ったり何処かへ行ったり、そんなのにこのお金は使います」


 そこまで聞いて俺は疑問を感じた。お金はというのは畢竟現金で、行くのは水族館や動物園、映画館などだろうか。


 ボードゲームにする意味が分からない。普通に行けばいいじゃないか。


「また、無効化券なんてのもーあります。因みにこれはお金で購入可能だよ。


 ここまではあまり人生ゲームと大差ないでしょ?


 でも違うのはここから。


 このボードゲーム、笑えないのよ? なんてったって、不思議な力があるんだから」


 不思議な力、面白そうな単語が出て来たな。


 横のさとみんは言葉を心待ちにしているのか、あくまで可愛く、息を呑んだ。


「これはね、その止まったマスの世界に飛び込めたりするの」


 理解がついてこなかった。というか、理解不能だ。


 武田先輩も俺達の心にその言葉が、ゆっくりと染み込んでいくのを待った。


「大きな森だったり、海の中だったり。とにかくその中に飛び込めらのよ。


 そうだね、分かりやすく言ったら、異世界に転生だって出来ちゃうんだから」


『異世界転生』それは、男の子なら殆どが一度は夢にみる展開だろう。


 転生してタイムリープしてゼロからやり直したり、青髪の女神連れてなんちゃって冒険したり。


 そんな憧れの異世界転生を眼前の拙い安そうなボードゲームは可能にするらしい。


 早くやってみたくて仕方がない。


 というかそんな代物を目の前にして衝動を抑えられようか、いやない‼︎


「分かったからその下心丸出しの顔はやめなさい、奴隷君。」


「誰が奴隷ですか! 誰が!」


 待ってほしい。いつのまに俺が奴隷に身を窶したか。というのか。


「まー、やってみないことには始まらないよね!


 ほら? どう? ルーレット回してみる?」


 そう武田先輩に言われて、二つ返事で了承した。


「はい! お願いします! 武田先輩!」


「……あはは、私先輩か。うん、良い響きだよ」


 照れる先輩を横目に、俺はルーレットのつまみを回した。


 カタカタと音をたてルーレットは回っていく。


 番号は一から十、そこは人生ゲームと変わらないらしい。


「『3』」


 目で追いながら俺は駒を進めた。


『3』テストで100点を取れ。尚、どんな不正行為も正当な行為とする。


「転生じゃねぇのかよ!?」


 気づけば声を大にして、俺は叫んでいた。


 入学式遅刻してサボって映画観に行って、出会ったのが一癖も二癖もある美少女達。


 慌ただしい日常がこちらに駆け寄ってくる足音が、幽かに聞こえた。

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