タイガーズアイ
子爵様sideの話です。
俺の名はエドワード・ア・マルウム、トデリの街を治めている代官だ。
以前は王都で騎士職に就いていたが、結婚を機に親父に代官職を押し付けられここトデリに戻ってきた。トデリの冬は病を得ている年寄りの親父には堪えるらしい、今は領都に引っ越して気楽な隠居生活を楽しんでいるので文句は無いだろう。俺の結婚式で滂沱と涙を流していたのは、なにも一人息子の幸せを喜んでいただけではないようだ。
公爵は結婚祝いにトデリの街を譲ると言ってくれたが、俺は謹んでお断りした、こんな貧乏でスッカンピンな街、何か災害でも起きたらいっぺんに干上がってしまう。非常事態の時には、大きな公爵領の一地区でいれば何かと援助も有るものだ。小心者の俺はトデリの人間の命を丸ごと預かるなど、とても怖くて出来ない、ごめん被るのが正直な気持ちだ。
此処トデリが嫌いな訳ではない、むしろ大好きだ。
子供の頃から此処の海で遊び、魚を銛で突いて捕ったり、山や森で獲物を狩ったりと領民の子供達と走り回って遊んでいた。むしろ性に合っている、住人も気のいい奴らで気心も知れているしな。
だから待望の嫁をもらった今、王都など好き好んで近寄りたい所ではない。
嫁のアリアは所A級平民の出だが、侍女としては優秀で美しかった。
彼女は思慮深く、いつも目立たぬよう控えめにしていたが狙っている奴は結構いた。俺は勇気も無くグズグズとヘタレていたのだが、彼女の魔力目当てに下級貴族が妾に囲おうと画策していると噂がっ立った。
『妾などとんでもない!ふざけんな!』
ぐずぐずしてる場合じゃなかった。
俺の主義は勝負は先手必勝、真正面から強行突破だ!
「エド?何をニヤニヤ思い出し笑いなんかしてらっしゃるの?」
アリアがお茶のワゴンを押して執務室に入って来た、彼女はいつもタイミングよく執務に疲れた頃を見計らってお茶に誘ってくれるのだ、なんて良くできた嫁だろう。
「お茶など、メイドにやらせればいいだろう?アリアがすることはない、君は子爵夫人なのだから」
「だって、私が入れた方が美味しいのだもの。王宮の女官長様も、お前はお茶を入れるのだけは上手いと褒めてくださっていたのよ?」
メイドの顔が歪む・・このメイドは味音痴なのか、えらく苦いお茶を入れる、色が濃ければ高級と思っている節が有る。
「アリアにプロポーズした時の事を思い出していたのだよ」
「まあ、うふふ・・。あの時のエドは一生忘れられないわ」
イチャイチャイチャ・・・。
こう見えて新婚さんなのだった・・能面メイドの顔は埴輪メイドになった。
「君と結婚した事は望外な喜びだが、貴族にしてしまった事は良心の呵責を感じてしまうよ。つまらない柵や仕来たりがあって苦労かけてしまっているだろう、本当にすまないと思っているんだ。」
「私が努力している事を解って下さるのなら、何の不満もありませんわ。」
メイドは遮光器土偶になり果てていた、そんなメイドを横目でチラッと眺めながら執事が入室して来た。詩乃の天敵3号、陰険針金執事である。
「御寛ぎのところ申し上げません、奥様にド平民のシーノンさんが面会を希望して参っておりますが。如何いたしましょう、追い返しましょうか?」
「相変わらずシーノン殿が嫌いだな、お前は」
呆れた様に子爵様が執事を眺めるが、針金は鉄壁の無表情だ。
「すぐに応接室にお通しして失礼の無いようにね、エドと一緒に参ります」
子爵様夫婦は詩乃の事を結構気に入っていた。
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応接室で1人、詩乃はニコニコ顔で待っていた。
「奥様、ごげきんよう。出来た、持ってきた、見て気に入らない直すよ?」
子爵様の奥様、お店訪問から既に3週間が経っていた。
アクセサリーはとっくの昔に出来上がっていたが、あまり早いと有難味も無いだろうと詩乃なりの計算だった。実は時間がありすぎて、ネックレスと揃いのイヤリングとリング、子爵にはカフスまで造っていたのだった。やり過ぎちゃった感は多分に有るのだが、楽しかったので仕方がない。どうだろうか、ドキドキだ。
「どうぞ、ご覧くさい」
詩乃は布張りの箱に入れられたアクセサリーを恭しく子爵様御夫婦に差し出した。
それは、見たことも無いデザインのネックレスだった。
子爵様御夫婦は思わず息を飲み込んだ。
=光沢のある深緑の石には天使の羽の様な白い模様が浮かんでいる、その天使の羽こそがセラフィナイトの特徴なのだ、天使の加護が有る癒しの石。その石を囲むのはアイビーの葉のデザイン、あちこちに配置して有る透明な石は光り輝くクリスタル・・心身と環境を浄化すると言われる厄除けの石=
使われている石は色が薄く、魔石としては価値が低いのだろうが、美しいと言う一点では群を抜いている品だ。<空の魔石>に新しい価値観を込めた、詩乃渾身の逸品だ。
「よろしけば、イヤリング・リング。セットお買い得。
今なら子爵様、ブローチ、カフス付いてるね。お得するよぉ~」
懇親のプレゼン。
「この石セラフィナイト 邪悪な者 遠ざける 安心 幸せなる」
「この石タイガーズアイ 邪悪奴やっつける 力強い 大事人守れる」
さあ、どうだ!持ってけ、持ってって~(涙目)。
ところが何だか子爵様御夫婦は固まったまま動かない、一心に詩乃のアクセサリーを見つめているままなのだ。これは失敗か~失敗したのかぁ~と、詩乃は逃げ出したくなっていたのだがフリーズが解けた奥様は。
「とても綺麗ね・・私の事を思って造ってくれたのが解るアクセサリーね、有難うシーノンちゃん・・とても嬉しいわ」
奥様の目にはうっすら涙がにじんでいた。
無価値と言われる物の中に、確かな美しさを見出した詩乃の作品は、ご自身と重ね合わす何かが有ったのだろう。
「シーノン殿は魔石に意味を見出すのかい?いつもそのような事を言っているが、君が使っているのは<空の魔石>だろう。そのような力が<空の魔石>に有るのかい?」
「私の世界 石言葉ある この世界 花言葉ある 一緒同じ 願い込めやすい石ある 人によって必要 石違う」
奥様?気に入らない?私また造るよ?。
「いいえ、とても気に入ったわ。
これを頂きましょう、エド良いかしら?付けて下さる?」
奥様はアップになっている白いうなじを子爵様に向けた、イチャイチャイチャイチャイチャチャ・・。
急に目の前で洋画のラブシーンが始まってしまった、これは地味にキツイ。
メイドと一緒に遮光器土偶になってしまった詩乃は、お代はそちらで決めて頂いて結構です・・半分は王都の高級端切れや刺繍糸の現物支給だと嬉しいです・・な意味の言葉を必死にひねり出し、子爵様の館を這う這うの体でお暇したのだった。
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「いや~~ビックリしたねぃ。
ラブシーンは2次元じゃないとキツイものがあるね、リアル美女と野獣」
でも子爵様も奥様も喜んでくれたし、それがとても嬉しい。良かった!
少し疲れた詩乃は、高台にある子爵様の館に続く道をゆっくりと港に向かって下っていった。目の前に海が大きく広がっている、海風が心地よい船が港に還ってくる。一日の終わりが近づいて来たのだ、詩乃の住む下町が目下に見えた。
黄色い瓦屋根の中で、天窓が付いている小さな家。
「あそこが 私の暮らす家 大事な私のお店」
この世界で見つけた大事な大事な私の居場所。
近所の夕食の香りが漂ってくる、子供が走って帰って行く、また明日!明日な~と大きな声で呼ばわりながら。
『海に夕日が沈んでいく、綺麗だな・・ルビーみたい。
この世界でも綺麗な物はいっぱい有るだろう、焦らずに見つけていきたいな』
・・詩乃はそんな事を考えながら・・家に帰って行った。
ルビー・・愛と勝利を導く情熱的な石。
災難から身を守る、お守りに最適な守り石。
次話、お守りが必要になるのか?




