カルサイト
巻き込まれ召喚から1年が過ぎた頃の話です。
ボコール公爵領は、セラム海に面して南北に長く伸びている。
公爵領はランケシ王国の中でも広い領地と言えるが使える耕作地は少なく、青い森と呼ばれる広大な樹林帯と高い山に囲まれ天然の要塞といった風情だ。王都に行くとなれば船に乗って波高い海をぐるっと回るか、魔獣に脅かされながらキャラバンを組み、冒険者を雇って青い森の白骨街道(造った時が難工事で、死屍累々だった為に命名されたらしい。)を進むしかない。
その昔、王家が何かと目障りだった公爵を封じ込める為に、わざわざこの地を選び押し込めたのだと、もっともらしい話を領民は信じている。
不遇?な代々の公爵達は生きる為に入り江に数多く港を築き、海に乗り出し他国と交易(たまに密貿易W)することで公爵領を発展させていった。
絶え間ない努力の御蔭か、今ではボコール公爵領と言ったらランケシ王国の中でも裕福な地域だと評価されている。
「まあ、裕福なのは、他国と交易している国際港とその周辺だけなんだけどね~」
ここトデリは公爵領の最北の港町だ。
隣の王領(あまりにも寒いため農業に適さず、狩猟を生業をしている遊牧民が多く住む地域で、誰も欲しがらない為に王領となっているそうだ)と生活必需品と引き換えの毛皮の交易をおこなう他、林業と漁業でなり立っている人口8百人程の小さな町だ。
公爵の代わりに代官として、マルウム子爵と言う赤ら顔の人の好いおじさんが治めている。
「マルウム様は心配性で口うるさいけど、まあ貴族にしては良い人だけどね~。
脳筋の愛妻家で、その愛が暑苦しいんだけど」
子爵が住まう要塞っぽい屋敷を後にしながら詩乃はボソッと呟いた。
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詩乃が美人さんに巻き込まれ、異世界に召喚されてから既に1年の歳月が過ぎていた。
先月にめでたく16歳の誕生日を迎え、この世界の成人年齢に達したのを機会に、美人さん(今は聖女にジョブチェンジしている)の庇護を離れ待望の一人暮らしを始めたのだった。王都から離れて自活して暮らす・・それは詩乃の強い願いを叶えたものだった。
そう異世界召喚されてから・・色々あったのだ・・それはもう思い出したく無いほど色々と。
王都にはいい思い出など無い、詩乃にとっては鬼門な場所だ。
詩乃の意向を聞いた王室関係者各位は嬉々として熟慮した結果、ボコール公爵に詩乃の後見を押し付けた。押し付けられた公爵は、領都から一番遠いトデリの町に詩乃を押し付けた、望み通り静かに暮らすならトデリが1番良いだろうと。
島流し(島じゃないけど)パート2×2である。
見たくないものは、見えないところにナイナイしよう・・お偉いさんの考える事は同じらしい。
そんな風にトデリにやって来て早2週間、詩乃は改めて景色を見まわした。
小さな港に山にへばりつく様に広がる街、暗っぽい海と山に塞がれた空。
更に冬には港が氷で塞がれ孤島の様に外界と隔絶されると言う、雪はいったいどのくらい降るのだろうか・・。
街の造りは、木材が豊富な為か?使える石が少ないのか、石造りの1階の上に木材と白い漆喰で出来た2階~3階が乗っかっている。急勾配な屋根は黄色っぽい瓦で出来ていて、海から見るとよく映えるのだとマルウム様が言っていた。
「そうか、ドイツの古い街並みに似ているんだ、本で見ただけだけで行った事は無いけれど。可愛い?と聞かれれば・・可愛いぃ~~ねぇ?と思えなくもない感じかな?」
それでも詩乃はトデリに来れて嬉しかったのだ、好きでも無い・・むしろ嫌いな王室関係者各位とサヨナラできたし、詩乃に悪意を抱く五月蠅いだけの貴族も居ないこの地に来れて。
一時金も(慰謝料とも手切れ金とも取れるが)貰って懐は温い、大事に使って贅沢しなければ一生暮らしていける金額だと王妃様は言っていた。
そのお金を元にして、詩乃はこの街で小さなお店を開くつもりでいるのだ。
懐かしく二度と帰る事が望めない、家族や友達が住むあの街の憧れていた小さな可愛いお店。
そう、パワーストーン(この世界では魔石と言うのだけれど)のお店を。
『地球だって異世界だって、女の子は魔女っ娘成分が大事!
そう、可愛いは正義さ!』
一人で頑張っているのだから、少しは自分の好きな事をしても良いんじゃないだろうか?
・・そんな風に思っている詩乃なのだ。
「確かこの辺だったのよ、前に占い婆様が住んでいた家があったでしょ。
随分前に婆様死んじゃったけどさ、そこの家に工事が入って綺麗に改築されて、なんか変わった店が出来たんだって。小さい女の子が一人でやっているんだそうだけど、品物が面白いらしいのよ~。」
大きい通りを抜けて、ちょっと奥に入った静かで治安は良さそうだが、客商売的にはどうなの?という立地にそのお店はあった。
間口は狭く2・5メートルくらいか?。
その昔、間口の広さで課税に差があった時の名残なのだそうだが、京の町屋もそうだったか?。偉い人が考える事は古今東西・異界を超えて同じらしい。
3階建で小さな中庭が吹き抜けていて、屋根は開閉式になっている。
夏の今は開け放っていて空が見える、そんな所もますます町屋に似ている。
物件を案内された時、詩乃は一目で気に入り購入した。
店以外の居住場所は木と漆喰で日本の古民家風に仕上げてもらい、竹ひご(特注品)と紙で丸く作った照明に光りの魔石を仕込み、吹き抜けの天井から吊るして蕎麦屋の内装を懐かしんだ。
=自分の好きな物だけに囲まれて暮らしたい=
・・・・・詩乃のささやかな願いの実現だった。
そんな店先で話をしているばかりで、なかなか店に入って来てくれない少女達に、勇気を出した詩乃が店の扉を開け元気良く良く声をかけた。
「ごげきんよう、お前たち 私 店 よく来た。
カルサイト 店 名前、お前たち のんびりしてないで店見る よいぞ?」
残念ながら、1年の歳月を過ぎても詩乃の異世界語は進歩していなかったようだ。
カルサイト・・幸福と繁栄をもたらす石。金運・財運にばっちりだ!
作者は光る鉱物が好物ですので作中にパワーストーンが出てきますが、パワーストーン推しではありません。説明もよく有る文章ですので、へ~ほ~ふ~ん・・・ぐらいに読んでいただければと思います。




