マラカイト
とうとう冬将軍がやって来て、雪は絶え間なく降り注ぎ、トデリの街を砂糖菓子の様相に変えてしまった。詩乃は軽く雪だるまになりつつも、いまだに水瓶巡りの旅を続けている。
トデリの雪は詩乃の知っている雪と少し違っていた、水分が少ないのか強く握っても砂の様にサラサラと指の間を零れ落ちてしまう。
『これじゃぁ、雪だるまは作れないね・・』
トデリでは外国仕様の3段式の雪だるまなのか、それとも日本の様に2段式なのかと気になっていたのだが、誰もそんな非生産的な事はしないのであったよ・・・・とほほのほ。
冬場は井戸の水も凍り付く、例年なら専用の木桶に雪を溜めるか、氷柱をブチ折って溶かして使うかするのだが。
「シーノンちゃんのお水はとっても美味しいから、吹雪じゃなかったら、悪いけど昼間でいいから来てほしいの~」
と熱いリクエストが多かったのだ、詩乃も雪を溶かして飲んでみたが、たしかに美味しくはなかった。
まあぁ、これも浮世の付き合いだ、しょうがないと言ったらしょうがない。
どこの誰とも知れない、薄い顔をした奇妙な物を売っている、トンチキな人間を受け入れてくれているのだから<有難うと言う感謝の気持ち・詩乃のお父さんが使っていた、温泉地のお土産の湯飲みに書いてあった言葉だが>・・を忘れたらあかんでしょうよ!
半ば自棄になりつつ、吹雪いて視界の悪い雪道の坂を漕ぐ様に進む。
この辺では靴底に、魔獣の小腸の内側を干して(腸内フローラが良いのか、凸凹しているのだ)膠で貼り付けてアイゼン代わりに使っている。使用感は良いのだが、猫(多分ネコ科の動物、ちなみに野良)が靴底を食べたがってジャレ付くと言うか、齧ってくると言うのか・・平たく言うと襲われるのである、柴犬くらいの大きさのモフモフにだ!舐められているのか、詩乃にタカって来る率が多い。
朝が早いと誰も歩いていないので助けが無い、詩乃は仕方なく自衛として無い<空の魔石>を使う。
「マラカイト・・邪気を跳ね返せ、実行」
モフ野良なんぞは、この程度で十分だ。フンッ!
石がカッと光ると、モフたちは慌てて逃げて行った。
ホッとした詩乃が、ふと視線を感じて振り返ると・・そこには雪に塗れた大男がヌボッと立っていた。
「魔術か」
気に入らなそうに呟く、得体のしれない不気味な奴だな・・と。
「あれ?お知り合い だけ?恐れ入る だが?どいつ だ?」
「ノアの兄貴だ!」
怒鳴られちゃった・・・そんなに怒らなくても・・・。
この世界の濃い顔カテゴリー(髭ズラ)なんて、見分けはなんか尽きませんって・・とか言ったら、また怒るのかな?怒鳴られて慌てた詩乃がよたよたとバランスを崩し、派手に尻餅をついて座ったまま坂を凄いスピードで滑り降りていく、ビックリしてお互い顔を見つめ合っちゃったよ。
『見ていないで、た~す~け~て~』
心の中で絶叫していたら、通りかかった筋肉さんが助けてくれた。
有難かったけど、このエピソード冬中話題にするんだろうな・・話題に乏しいから、笑って貰えて気分が晴れたら何よりだけどさ、ふんっ。
お尻がジンジンして痛い、ノアさんのお兄さんはお詫びにと家までオンブして送ってくれた。背中が広いから開脚が厳しいんですけど、軽く又裂になっている。
「いつまでトデリにいるつもりだ、こんな田舎に留まっていないで早く帰れ」
歩きながら、ぶっきらぼうにそう言い放つ。
「帰る?どこに?」
「自分の家に帰ればいいだろう」
はあぁ~?ムカッとした、何言ってくれるんだ、このシスコン男。
「私の家 何処 ない 聖女様 巻き込まれ 来た 私帰る ない」
お兄さんのオンブする腕が、ギュッと緊張して固くなったのが解った。
「私、好きでこの世に来た違うよ?勝手に呼ぶしたのは、王族や貴族だし?ホント何時だって帰るしたい。なのに魔術師長、帰る出来ない言う。家族に会いたい、お米が食べたい、お味噌汁飲みたい 帰りたい、帰りたい、帰りたい、帰る、帰る、返せ、返せ、か~え~せ~!!!」
立派な八つ当たりですね、でも絡んでくる方が悪いんだと思う。
『人の気も知らないでさっ!』
頭に来ただけに、お兄さんの背中にゴンゴンと頭突きをくらわせてやった。
お兄さんは黙って頭突きを受けていた。ダメージは全然なさそうだ・・つまらん。
家の裏庭の門を開けると、ノアさんが屋根付きデッキの下で待っていてくれた。
外でブラシを使ってしっかり雪を落とさないと、部屋の中では溶けて周りを濡らしちゃうからね。いつも帰るとノアさんがブラッシングしてくれる、ワンコみたいだけれど仕方がない、一度部屋中ビチョビチョにしたのでお怒りなのだ。
「あら兄さん、おはよう、珍しい組み合わせね?どうしたの?」
「どう ない、ノアさん アニキ 朝飯食っていくでよ?足りる 飯?」
詩乃の言葉は筋肉さん達に影響されて、やや乱暴気味になって来ていた、子供は悪い言葉から覚えていくものだ。
「何でもないですよノアさん、お兄さんも朝食を食べていくそうですが、朝食は足りますか?」
「そう、それ。そん 感じぃ」
有難い事にノアさんは詩乃の言葉を丁寧に添削してくれる、最初にお願いしたのだ、言葉を覚えたいと。しかし彼女自身、北方の訛りでコテコテなのだが・・自覚が無いのは仕方のない事であろう。
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朝食後は<空の魔石>でアクセサリーを造る、仕事なんだけれど詩乃にとっては楽しい作業だ。
富豪向きだから、組み紐ではなくチェーンの方がいいだろうか?
駅ビルなんかに有る10代の女の子向きの、安いアクセサリーショップの品揃えの感じを思い出しつつ造っていく。チープだけどキラキラで可愛い感じ、モチーフはお花が受け入れやすいかな?あんまり派手だと貴族の反感を買うから、色味を抑えながら、石のカットも大人しめで造っていこう。
一個出来上がれば、後は3Dプリンターと<空の魔石>を実行して量産だ、色違いでどんどん造る。
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3階の北側の工房で楽しく作業していたら、ノアさんから声が掛った。
中庭が吹き抜けているので、下からでも良く声が通るのだ。
アンとアンのパパさん、それから知らない偉そうな人がやって来たそうだ。
今は天窓は閉めてあり、窓を埋める雪をしたから覗く事が出来る・・薄ぼんやりと明るい不思議な景色で詩乃は気に入っている。
中庭の端に魔術具のストーブが置いてあって、終日火(魔力の)が熾っている、暖かいのでそこにお招きする。寒い中お越しいただいたので、温めたお酒をチョッピリ入れたお茶を出した、トデリの習慣で子供でも飲んでいる。此処の人達はアルコールに強い、詩乃なら一口で真っ赤になってしまうお酒をグビグビと口にする。
「今、造船所で船を沢山造っているのは知っているだろう?」
アンのパパが話し始めた、木工部から説明に来たそうだ。
「船乗り達が、船に乗せるお守りをシ~ノン君、君に造って欲しいのだそうだ。
君のボタンを身に着けていた船乗りは、この前の夏の嵐の中でも全員が助かっていただろう?ご利益が有ると話題に成っているんだ。船乗りだけじゃなくて、船自体を守ってくれる物が有ったなら、皆安心して乗船出来ると願われてなぁ」
はぁ・・。
偉そうな人は船長の方だそうで、あの嵐の中でボタンの威力を身に染みて感じたのだそうだ。
「私、凄いしてないぜ。あのボタンは買った奴の願い宿る、凄い ボタン贈った奴だぜ。」
それでも、心強いお守りは関係者一同どうしても欲しいのだそうだ。
「お願いシーノン、お金が沢山いるなら分割じゃ駄目?」
いえいえ、お金の問題じゃなくて。
「祈る、お守り。神殿 仕事?私、造る 既得権益に喧嘩売るぜ?」
トデリではそこの所どうなっているんだろう?ボタンはあくまでも手芸品として売ったのだ、守護の効果は予定外の副産物だし。
「トデリには神殿も無けりゃあ、神官なんぞ居ないぞ?」
「生まれてこの方、見たことねえし、そんなもん」
・・・そんなもん扱いですか?神官が?
王宮では結構デカい顔してブイブイ言わせていたけどねぇ~。
・・あれ、変だぞ?
「結婚式 葬式、どいつ やるだ?」
「どの方がなさいますか?」・・ノアさん歪みねえ。
「そりゃぁ、子爵様だろう、夏の嵐の葬式で葬式の服着ていただろう?」
・・・それ、神官服の穢れの儀式バージョンですから。
子爵様が代行か、一体全体一人で何役やるんだろう人材不足も大変だな。
「海の守護神 いないのか?林業組合 木工部が、作 ちゃ ないかい?」
「海の守護神がおられないのですか?木工部の方が。作っていないのですか?」
・・そう、それ。
作らせていたのだが、それで効果が無かったので詩乃の所に来たと言う。
神殿の前に、木工部に喧嘩売っちゃってるよ~くわばら、くわばら。
「子爵様 許可 OK 出た 造る いいぞ」
それから詩乃はポーズを考えて、
「神様の像、こんな風に石を持つポーズ 木工の奴 作るせろ、私後で願う石造る 入れ込む」
ボタンから石にバージョンアップだ!女神様がボタン持ってちゃ変だろう。
人の仕事を横取りするのはいけないしね。ワーキングシェアは大事だしね。
皆も納得してくれたし、詩乃は良い大岡裁きだったと悦に入っていた。
詩乃は知らなかったのだ。
子爵様は冬の社交界で王都に出かけていて、トデリをずっと留守にしていただなんて。トデリ一帯の住人が、貴族や神官など見た事も無くて、自分達の思う様に生活している自由人達だなんて。木工組合のひょろ長い青年が、仕事が無くて暇を持て余していただなんて・・。
雪だるまは、2段式が可愛いと思います。