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B級聖女の日常  作者: さん☆のりこ
18/23

ブルーレースアゲート  

日常の話です。

 結論から言うと、気の毒な事に魔獣はバラバラに粉砕された。


そうして・・魔獣が受けた衝撃は反射されて高波を起こし、港の中に嵐の日の高潮のごとく海水をなだれ込ませてしまったのだ。


「ちょっ、子爵様やりすぎでしょぉ」

「なんか、いつもより凄くなかった?」


・・・詩乃は騒ぎ立てている皆から、そっと視線を逸らせた。


「奥様と結婚したばかりだから、良い所を見せたくって無駄に張り切ったんじゃないの~」


高台の人々は港の惨状に暫し呆然となっていたが、それでも人が死ななくて良かったと喜び合っていた。


   ****


 港近くの家では潮を被ってしまい、何もかも濡れてしまったのだが、元より家電製品も無い世界なので機械の故障などの2次被害は無い。家具や衣服を洗ったり、汚れの掃除をすれば大丈夫なんだそうで詩乃は密かに安心した。唯一困ったのが布団だったが、ちょうど年に1度の布団替えの時期だったので、藁を運ぶ商船が来るまでの数日、不便を強いられるくらいで済んだのだった。


布団替えとはトデリの冬支度で、秋に穀物を収穫した後の干した新しい藁を共同購入し、布団の中身として古いものと入れ替える行事なのだと言う。

新しい藁は船の中で燻蒸されていて、虫もいないし温かくて具合が良いらしい。

使い終わった古びた藁は街の外に積み重ねられ、海風が強い日に燃やされる。

この煙は冬に発生する雪虫が、街に侵入するのを防ぐのに役立つのだそうだ。

雪虫は別段悪さはしないのだが、蚊柱の様に沸き立って鬱陶しいらしい。



 港の活況は続いている、倒された魔獣は良い素材が取れるらしく、子爵様は狂喜乱舞でウハウハだ。

魔獣の皮下脂肪は非常に厚く、およそ50センチは有るそうだが、これから良質の油が採れるとの事で高値が付くらしい。公爵領の各港から、ぞくぞくと商船がやって来ては言い値で買い取っていく。

肉は騎獣の(家畜化されたドラゴンとか)餌になるらしい、硬くて人では噛み切れないそうだ。また、水性魔獣の皮は水を弾き丈夫なので雨衣として重宝されるらしい、これは街の皆で公平に分けるのだそうだ、必要だものねレインコート。鞣すのは魔獣に慣れている兵士の仕事らしく、配給されるのが今から待ち遠しい。

街中全員でお揃いだね・・デザインで差別化するしかないのかな?

裁縫の腕前、女子力の見せ所か・・今年の冬は熱いぜ!


 また子爵様は今回の魔獣の売り上げで、壊れたり沈んでしまった船の代わりに新造船を作り、漁船団と商船団を再編成すると宣言したので、筋肉さん達の熱い支持がうなぎ登りになり街中が暑苦しくなっている。・・誠に結構な事である。



 港の魔獣はさておき、漁業組合の加工場ではギーモンの製品化が最盛期で忙しい。産卵期なので卵を沢山抱えているのだが、これがトデリの数少ない名産品らしい。メスの卵を膜から外し、潰さない様に綺麗に洗ってバラバラにし、特製の液に漬けて加熱殺菌された瓶に詰め込むトデリ名産ギーモンの卵漬け。

解ります、瓶詰めイクラですね。


『ああぁ~、醤油と米が此処に有ったなら、憧れの零れそうなイクラ丼が味わえるのに』


心で涙を流していたら、寡婦組合のおばさんに邪魔じゃま、と追い払われた。

手間のかかるイクラの加工は寡婦組合のお仕事だ、高値で取引される分時給も良いそうで、おばさん達の鼻息も荒い。働きなー!


オスの白子の人気はいまいちな様で、寂しそうに隅の籠に山積みにされている。

此方では茹でてスープに入れたり、潰してスパイスを混ぜ込んで練り合わせ、パンに塗って食べるらしい。レシピは少なそうだ。


賄いに使って良いかと尋ねたら、好きにしろと言われた。

よろしい、ならば好きにさせてもらいましょうか。

最盛期は忙しいので、持ちまわりで賄いを作って食べている。

ホントにもう、腹半分で動ければ良いくらいの食事なのだ。


『忙しいのは解るけれどさぁ・・美味しくないんだよねぇ~』


日本人の食への拘り、執着心を舐めないでいただきたい!

本日のシェフはこの詩乃様だぃ、どうぞおまかせ下さいませ・・っだ。


加工場の外に簡易の竈が手来ていて、此処で賄いを造る、鍋も大きいのが揃っているね。ふむふむ。ちょうどオイが通りかかったので、賄いに使うから鍋に一杯、魔獣の脂身を貰ってきておくれと頼んだ。



   *****



 ちゃらっちゃっちゃっちゃ~~~~

懐かしのテーマソングを、鼻歌で歌いながらお料理を開始する。


先ずは白子の下ごしらえ、軽く塩を振ってしばらく置いておく。

その間にスープを作ろう、寒いからねぇ~温かい汁物は欠かせません。

ギーモンのアラを洗って水と共に鍋に投入、ぐらぐら煮て出汁を取り灰汁は丁寧に掬っておく。その間にトポテをセッセと剥いて4ッに切り分け、丸ネーギュの櫛切りと一緒に鍋に投入。スープが半分に減るまで、ほっておいて大丈夫。

さて、臭みの取れた白子は水で洗い流し、膜や血管などを取り除く、一口大に切り分けたらザルで待機。


オイが脂身を貰って来てくれたので、鍋を火をかけ脂を溶かしていく。

<空の魔石>をボールと泡だて器(誰もいないから電動)に変えて準備よし、卵の黄身と白身に分けてそれぞれ泡立てる。フワフワ黄身に水を加え、小麦粉と重曹(あったのだよ、これが)を振るい入れそっと混ぜる。それから泡立てた卵白と合わせ、パセリのようなハーブとノアさん家のスパイスを混ぜ、フリッター液を完成させる。本当は白子は天麩羅で抹茶が良いんだけれど、抹茶もポン酢も紅葉おろしもないからね・・洋風揚げ物で我慢だ、下味もバッチリ付けたし美味しいぞ!


白子の半分は焼き物にした、ニンニクのような根菜と、バター、魔獣油でざっと炒めて塩と青物ハーブを散らす、お酒が欲しくなる一品だ。白子の焼き物はお爺ちゃんが好きだった、日本酒と合うってニコニコ食べていたっけ。


さてさて、料理も後半戦。


なべの灰汁を取り去ったら、家から持ってきた牛乳を静かに注ぎ入れていく。塩とバターで味付けをしてコクが足りなければ粉チーズを散らして、食べる直前にハーブを入れる。ギーモンのミルクスープの出来上がりぃ~。

鍋の中で魔獣の脂が透明に溶け出して、揚げ物の準備も整った!

さあ、どんどん揚げていくよ!白子のフリッター、外はサクッ・中はトロ~リのアツアツだ!


セッセと作業をしていると、リーとリーパパがパンの配達にやって来た。

この時期忙しいから、デリバリーの出前パンを頼む人も多い。

せっかくのパンだが、フリッターはパンに挟むと食感が楽しめないから、ここは別々に食べて欲しい。

リーパパが興味深そうにフリッターを見ている、熱いから気を付けて・・言おうと思った傍から、口の中に放り込みアチアチッと騒いでいる(笑)


良い香りが漂ったせいなのか、お腹を減らせた筋肉さん+剛腕お母さん達が三々五々集まって来た。



    ****



 1日の仕事が終わって家路につく、気持ちの良い疲労感で満ち足りている。

あれから賄いの手伝いをしてくれたリーとアンの3人で、連れ立って歩いて帰宅の途中だ。疲れてはいるがお喋りは止まらない、タフじゃ無ければトデリでは生きていけないし、女の子が黙るのは食べている時と眠っている時だけだ。


「あの魔獣の皮って短い毛が生えてて、それが水を弾くんだってさぁ。

背中の黒い色の所と、お腹の白い所が良品らしいんだけど、後は斑のブチ模様なんだって。ブチ模様は嫌だよねぇ~。なんかプークみたいでさぁ」


他愛の無い話が続いている。


そんな時・・あぁ、私はこんな生活がしたかったんだなぁ~と改めて思う。

友達と気を使わないで話す、裏も表も気にしないで良い・・普通の会話。


『トデリに来て良かった、この街が好きだ』


・・・そうフッと思った。

!っと変化に気が付き、鞄の中の<空の魔石>を取り出してみたら・・いつの間にか<空の魔石>が勝手に変化していた。


手の中に転がる涼し気な淡い青に、白いレースを重ねたような、繊細な爽やかさを纏った石・・ブルーレースアゲート。

怒りや苛立ち、激情など高ぶる感情を鎮めて、冷静さを取り戻させてくれる石って言われている。心の平和と充足感を、思い出させて穏やかにしてくれる石・・。


そうか・・。

今、私はブルーレースアゲードを無意識に造れるほど、心が平和に穏やかになっていたんだ。


『良かった・・本当に良かったね、私・・』


何となく込み上げて来た涙を誤魔化す様に、馴染んで来たいつもの景色を眺める・・と、いつも青く見えていた山々の上の方が白くなっているのに気が付いた。


アンが教えてくれた、あれは雪なんだと・・。

山がすべて白く見えるようになれば、本格的な冬の到来だ。

山の雪は4~5日もすると下まで降りて来て、やがて森のすべてを白く覆ってしまう。

そうして、あっという間に雪は街までやって来て、人々は長い冬を息を殺して耐えるのだ。極寒期には、港も氷に塞がれてトデリは陸の孤島となり果てる。


「でも、今年の冬はやる事がいっぱい!

お父さん達は船を造るし、私達は魔獣の皮で外套を作ったり、手仕事をしてお小遣いも稼げるしね。冬が楽しみなんて、生まれて初めてよ。雪が少ない時にはシーノンのお店に行ってもいい?お喋りしながら一緒に手仕事しよう?」


女の子達の話は尽きない、誰が一番上手に外套を作るか競争だ。

明るい笑い声がトデリの街に響く、詩乃はいつまでもこの日常が続くと、当たり前の様に信じ込んでいた。


挿絵(By みてみん)



トデリから青い山々を挟み、そこから遥か遠く彼方で。

・・王宮で、冬の社交界が始まろうとしていた。


白子は天ぷらで、抹茶塩が好きです。

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