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B級聖女の日常  作者: さん☆のりこ
17/23

ヘマタイト

 更に秋が深まっていく、詩乃的には南関東の真冬な感じなのだが、まだまだ薄着で歩いている筋肉さんが多い。筋肉は発熱するのか?


寒がりの詩乃に嬉しいサプライズが届いた、領都に出かけていた奥様が以前に作ったアクセサリーの代金として、冬越しの物品あれこれを選んで贈ってくれたのである、お金で受け取るよりも良いでしょう?と。詩乃は珍しい保存食や薪、可愛くて暖かい衣料に大喜びだ。


まさかセーターひとつ得るために、毛糸を買って染色から始まり、すべて手作りで製作・調達しなければならないなんて思いもしなかったのだ。

服を買うなら領都より地元の方が、気候に合った使い勝手の良いものが売っているでしょう・・等と、思った自分が甘かった。

服は自分で仕立てる、生地は冬の家仕事で織る・・じつに家内工業的世界が広がっていたのだ。トデリのお母さんたち、過労死しないのだろうか?

・・どうぞご自愛下さいませね。


    *****


 さっそくセーターに手袋・マフラーを装備して、風よけの外套も羽織る。

自作の真田紐の太いベルトを締めて鞄を吊るせば、水甕巡りの旅の準備は万端だ。

鞄の中は、ハンカチと<空の魔石>が入っている、何が有っても大丈夫な様にと。


詩乃のモコモコの姿は皆の笑いを誘った、歩くより転がった方が早いだろう?とか。だが風邪をひくより百倍マシだ、風邪は万病の基!用心用心・身の用心。



 ベリーに続き、茸狩りにも兵士に守られながら行って来た。

リーとアンは、詩乃とず~と一緒にいたけどね!例の新米兵士は、こちらをチラチラ見ていたけど近づいては来なかった。何かビビッているみたいだが、何故だろう?解せぬ?リーパパにでもドヤされたのかな?有り得そうで笑える。


詩乃がお弁当にと小さいミートパイを沢山焼いて持って行ったら、美味しかったのか若い衆ホイホイとなってしまった。でも詩乃はまだ子供と思われているので、他のお嬢さん達にはライバル視もされず、まだ小さいのに感心な子ね~扱いされた。

お礼に皆から茸を沢山分けて貰った、自分で採ったのは毒キノコが多かったのでとても有難かった。ノアさんに「沢山採ってくるからね~」などと言った手前大助かりだ。


山の裾野は広葉樹の森なので、紅葉が美しく見事なのだが、その葉っぱが何故か紫色やピンク色・水色などのパステルカラーなので紅葉と言って良いのか・・微妙?だと思う。


    ****


 秋は皆忙しいので、お店に来る人は少ない・・本当に忙しいのだ。

林業組合から割り当てられた薪を運んだり、風車で挽いた粉を粉屋さんから買って来たり(お年寄りの家へ運ぶのは見習いの仕事だ)、茸や肉を干して保存食に加工したり、秋に屠られた家畜でソーセージやハム・ベーコンを作ったり・・野菜を氷室にいれるのも忘れちゃいけない。栄養バランスが大事なんです!


 保存食作りは初めてなので、ノアさんの家と御一緒にさせてもらった。

各家に秘伝のスパイスが有るそうで、ノアさんの家族は男性が多かったのでピリッと辛めのスパイシー風味なんだそうだ。街の風下に幾つか燻製小屋が有り、グループ事に順番に使っていく。街の中が美味しそうな香りに包まれて、これがトデリの晩秋の風物詩なんだとノアさんが笑った。


保存食の加工は初めてだ、家族の食事を担当していた頃でも燻製の制作まではしなかった。結構煙や香りが強いから、ご近所が近いと加工しずらい・・それにスーパーには美味しい燻製が一杯売っているし、酒の肴的な物が多いから中学生の詩乃にはヘソクリの敵だったしな。

毎日覚える事が多いので、王都の黒歴史など思い出す暇がない。肉体労働万歳!


大量の食糧が備蓄されて行く、どの家にも地下室が有り(詩乃の家には無いけど)冬の食料品が溜め込まれて行く。TVで見た北欧やロシアの家の地下室みたいだ。

冬の暮らしの安寧が、この秋の仕事の出来不出来に掛かっているのだ、死活問題なので小さな子供から~働き盛りの人は勿論、腰の曲がったご老人まで、それは良く働いている。

この世界に定年は無いのだろうか、案外家のお爺ちゃんなどは馴染んで暮らせるかもしれないが・・お婆ちゃんは嫌がりそうだな、趣味の絵手紙教室に通えないしね。


話を聞いてみると、皆さん長く寒い冬は勿論嫌だけれど、秋の大仕事が終わって一息ついて、家の中でゆっくりおやつを食べながら家族と話をしたり、好きな手仕事がゆっくり出来る吹雪の日もチョッピリ好きなんだそうだ。

冬の支度が万全じゃ無ければ、とても言えない事だけれどね・・。

そんな忙しい日々が続いていた時だった。



 岬の潮見台から「きたぞー!!魚影だー!!」と叫ぶ声と、カン・カン・カンとリズミカルに鳴らされた鐘のせいで、街中に歓声が響きわたった。

鴎の様な鳥がギャアギャアと鳴いて、海に大きな鳥山が立っている、海が盛り上がって見えた。鮭に似たギーモンという名の、美味しい魚が産卵の為に海から河へ遡上しに来たのだ。秋に起こる現象で、漁民の多いトデリの街では1年で最大のイベントなのだそうだ。魚は塩漬けや燻製にして内陸の他領にも売り出される、一番の稼ぎ時だ!筋肉さんたちは殺気立っている。


筋肉さん達は、嵐を免れ応急修理を施された漁船で船団を組み、音で脅しながらギーモンを河口から港の方に追い込んで行く。港の中に迷い込んで来たギーモンは人間たちの取り分だ。残りは河を遡り、動物や魔獣の餌となり、生き残った物が次の命を繋いで行くのだろう。

欲張って魚を大量に捕れば、餓えた魔獣の襲撃を受けるので、漁獲量は厳しく制限されている。


この忙しい時に、沖の方から白波を蹴立てて、何かアザラシくらいの動物が迫って来た、ギーモンを狙ってやって来た海獣だ。海の上はギーモンと船と海獣で、もうシッチャカメッチャカの大騒ぎだ!落ちたらどうするのだ?

港の中に追い込まれて来たギーモンは投網でどんどん上げている、船が魚で一杯になると魚港に戻り奥さん達に投げ渡す。それを籠に詰め込みドンドンと加工場に運び始める。流れる様な無駄の無い作業だ、某自動車会社でも改善の余地は無いだろう。


船が空になると、また沸き立っている鍋のような海に突っ込んで行く。

大丈夫なのか?頑張れ筋肉さん!壊れんなよ船!!

筋肉さん達は、ついでとばかりに海獣のド頭を棍棒で殴って仕留めている。

凄い・・美味しいのかな?海獣って。


「忙しい 恐縮 が、魔獣と動物の違いってなぬだ?」


詩乃の質問に奥さん達は、魔力の有る無しだと教えてくれた。

魔力の強い魔獣の討伐は、平民では難しく兵士や騎士の仕事だと言う。


加工場に魚を運び終わった奥さん達は、出刃包丁の様なナイフでギーモンを次々に捌き始める、凄い迫力だ鱗がエプロンに付いてギラギラ光っている。

手の空いている見習いは、大人の指示に従って魚の後処理に奔走する。

詩乃も腕まくりしエプロンを付けた、洗った魚に塩をまぶす作業に行くように指示されたのだ。周りは小さい子達ばかりであったが・・・。

オイをチラッと見かけたが、彼は魚を加工する作業手順通りに進行する手伝いをしていた、手慣れている様で小さな子供達に指示まで出してる。

頭脳労働だな、少しだけ・・ムッとしたような気が微かにした。


カカン・カカン・カカン・・・リズムの違う鐘の音が響いて来た。

『今度は何だろう?』

詩乃が不思議に思って顔を上げると、周りが息をのんで固まっていた。




「魔獣だー!!イゲが来るぞー!!」


カカン・カンカカン・カカン・カンカカン鐘が狂った様に連打される。

危機感が半端ないんだけど、物を知らない詩乃でさえ不安になって来た。


《港に居る平民は高台に直ちに避難!兵士は魔術具を設置しろ!》


何処からか、子爵様の声が役場の放送の様に響いてきた。

港近くに居た平民は背負い籠にできるだけギーモンを入れ、急な坂道を直登ルートで行列を作って高台に向かう。家に残っていた老人や小さい子供は別の、もう少し坂が緩やかなルートで避難しているのが見えた、オイの家族が近所の人に支えられながら坂を登っているのが見えた。頑張って!


詩乃も魚を担いで直登ルートを登った、キツイ、膝がガクガク笑っている。

くそーーーー使えんな、自分!!

高台の広場に出ると港が眼下に見えた、漁船は魔獣が迫る港の入り口から離れるよう必死に帆を操作している。


「逃げて、逃げて、逃げて!!」


皆、手を握りしめ、抱き合いながら固唾をのんで港の先を見つめている。


『あれは、なんだろう・・東宝系?マー〇ル系』


大きな、クジラとトドが合体したような魔獣が迫って来た。怖い!


魔獣が迫り来る防波堤の先に、大きなボウガンの様な魔術具を台に設置して、起動しようと子爵様と兵士たちが奮闘している。だが魔獣が起こす波が邪魔をして、なかなか弓を引き絞れない。波に兵士の一部が攫われて海に投げ出されてしまった。


「危ない!!」


甲高い悲鳴が上がる。

子爵様がやっと弓をセットし終えたのか、魔術具が徐々に光り出してきた。


おおう・・・人々のどよめきが溢れる。

とうとう、大魔獣が港の中に入って来た。こっち来んな!


     *******


 この喧騒の最中、詩乃は一人、皆と離れ高台の隅に立っていた。

ベルトに吊るされている鞄の中身、<空の魔石>を握りしめ一心に祈っている。

できる、できる、きっとできる!お願い!みんなを助けて!!


「お願い<空の魔石>よヘマタイトとなれ、戦いの守護石として危険や災いを避け、人々に勝利をもたらせ・・」



青く輝いていた魔術具の光が、突然紫と黒の合わさった様な不思議な色に輝きだした。子爵様は驚き、兵士たちは動揺を隠せないでいる。


「これは、一体・・・」


ヘマタイトの色だ・・光は変色しながら、どんどんと輝きを増して圧が掛かって来る。

何かに「はっ」と気付いた新米兵士が、振り返って視線を高台を向け、其処に一人で佇む詩乃に気付き目を止めた。


魔術具だけに集中して、一心に祈っている詩乃は、その視線に気が付かない。


光が強く溢れ出しーーーキーンーーーとした音が鳴り始めた。

弓のセットがようやく整い、魔獣に向かって子爵様が狙いを定めた。


「衝撃備え!いくぞ!!」

「実行!」


弓が放たれる瞬間に、詩乃は思いっきり叫んだ・・願いが届く様にと。

弓が吸い込まれるように魔獣の身体に命中し、大きな体が弾け飛び、その大きな衝撃と騒音で高台は騒然となた。

・・・誰も詩乃が叫んだ声は聞いていなかった。


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