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B級聖女の日常  作者: さん☆のりこ
16/23

シトリン

 「ねむい・・目覚めが良く無い・・体が重い]


メンタル弱っ・・昨晩の一件で王都関連の黒歴史を思い出したせいなのか、今朝の目覚めは最悪の気分だった。体調が感情に影響されるって、こんな状態を言うのだろうか・・鬱な気分だ。


詩乃はベットからノソノソと起き出すと、鹿の子絞りで染めたカーテンを少しだけ開けた・・寒いから。まだ夜明け前なのに、霜でも降りているのか街全体が白っぽく見える。


「寒ぅ、寒いよぉ~」


トデリの住民にはまだ秋の初めだが、環境にまだ慣れていない詩乃の体感ではもう冬だ、朝一番に街中を歩き回るのは正直言って辛いのだが。

今日も今日とて水瓶巡りの旅に出る、住民として認められるまで頑張るしかないのだから。


「笑顔!笑顔!」


詩乃はポッペを叩いて気合をいれた。


挿絵(By みてみん)


 朝霧で濡れそぼりながら歩いていた詩乃に、声を掛けてくれる人が居た。


「ノアさん おはよ」


家の前でノアさんがお茶を用意して待っていてくれた、昨晩詩乃を送って行ったお兄さんが憮然とした顔で帰って来たので、何か仕出かしたのじゃないかと心配していたそうだ。


「嬉し 温か~い いただきま~す」


お茶を頂きながらノアさんとお兄さんの話を拝聴する、ノアさんの足の話だ。


ノアさんがまだ4歳で、お兄さんが8歳の時。

2人で追いかけっこして遊んでいて、お転婆だったノアさんは勢い余って崖から転落し足に大怪我を負ってしまったのだそうだ。

別段お兄さんは悪くは無いし、しいて言うならば・・当時のノアさんが落ち着きがなく、おっちょこちょいの性格だったのが災いしたのだった。

それでもお兄さんは、ノアさんが怪我をしたのは自分のせいだと思い詰めて、それからやたらと過保護になってしまったのだと言う。


「俺は結婚せずに、一生妹の足代わりとなり面倒を見るんだ!」


・・とか宣言したせいで、お兄さんに片思いしていた娘さんに随分と恨まれて大変だったそうだ。それがやっと結婚してくれる事になって、内心ホッと肩の荷を下ろした気分でいたらしいが。ノアさんの仕事に関しては頑固で、トデリを出て行くのは大反対しているそうなのだ。

・・シスコンも極まれりだね!


「ノアさん どうするしたい? ノアさん気持ち 一番 大事

 ノアさん 大人 子供ない 自分 きめれ? 私 決めトデリ来た のよ」


・・・そう、自分で決めて王都を出て此処まで来たんだ。


【王都を出るならば庇護は叶わん、その後どうなるのかは其方次第だ。野垂れ死にしようが、王家は関知しない。その覚悟があるならば好きにするが良い】


えっらそうに!クソッたれ王子が!!

上等だよ、自己責任!


詩乃は意地と突っ張りだけで、単身この北の辺境へとやって来たのだ。

決意の無い者に、どうして赤の他人が手を貸してくれるだろうか。

震えるほど怖くても、初めの一歩は自分から歩き出さなきゃ始まらない。


「お茶 ご馳走様した 美味しかた です」


そう言って詩乃はまた歩き出す、空が薄っすらと白み始めて来た。



 お昼過ぎにノアさんの御両親がお店にやって来た、噂のチビの店がどんな所なのか気になったのだろう。視察ですね?大歓迎です。

ドアの札を<オープン>から<留守>に変えて、家の中を案内する。


1階は店舗と、手芸教室をする中庭を挟んでダイニングキッチンがある。

裏口を開けると細長い庭があり、以前に貰った野菜が数種類植えてある畑が・・8割方雑草なのだが。南向きの庭なので成長は良い様だ、元庭師見習いとしては心苦しいが店が忙しいので仕方がない。庭師の皆様が見たら何と言うか・・非常に申し訳ない気分だ。

階段下にはトイレ、空の魔石でいつも清潔、ペーパーはないが洗浄と乾燥の魔術具で完璧だ!常時スイッチはONにして有るので店に来るお客様達も使用可能、勿論ノアさんだって使える。


2階は中庭の吹き抜けを挟んで2部屋、北側の部屋は洗面所とバスルームがあり洗濯物も干せる、端っこにはトイレもあるよ。

3階も2部屋、南向きの部屋には屋根裏部屋に上る梯子が付いている。


「私 今2階 部屋使うしてる ノアさん来る 私3階部屋使う」


日本の古民家風だからね、ちょっと渋い蕎麦屋風インテリアだ(笑)。ご両親は珍しいのかキョロキョロ見回していた、掴みはOKかな?後はノアさん次第だね。



    ****



 夕方店じまいをしていたらリーがやって来た、このところ店に来なかったから久々だ。いつも元気いっぱいで、笑顔のリーがしょんぼりして様子が変だ。


『あの色男の新米兵士の野郎、リーに何かしてくれやがったか?』


ちょっとだけ散歩しない?リーが誘って来た。

人に聞かせたくない話なのだろうか、リーの足は街はずれの海を眺める小さな人気のない公園に向かって行った、二人でベンチに座りボォ~ッと海を眺める。


「あの人、本当は商人の子供じゃ無いんだって。

詳しくは話してくれなかったけど、たぶん貴族様に仕えている人に縁を持つ人みたい。秘密の仕事を受けて、兵士に紛れてトデリに来んだって。でも、終われば帰らなきゃならないから・・」


リーの大きな緑色の目が、涙で溢れそうになっている。


「君は素敵な女の子で、仲良くしたいのだけれど・・帰るのが辛くなるから、ごめんね・・って」


私、辛くて辛くて。

泣きながら座り込んでいたら、山の手のパン屋の娘さんが通り掛って。


『山の手のパン屋さんの娘?あの大物狙いで執事が目当とか言う、趣味の悪い嫁に行きそびれそうな女の人の事か?』


「あの人、執事様狙いじゃなくて・・兵舎が気になって、ずっと子爵様の館に行っていたんだって。私ぐらいの歳の頃、やっぱり新しく来た兵士さんと仲良くなって、お付き合いを始めて。いずれ結婚したいねって・・そんな話もしていたんだって」


けれど任期の終わった彼は、迎えに来るから待っていて・・と言葉を残したまま、消えてしまったのだと言う。聞いていた住所に手紙を送っても宛先不明で戻って来るし、兵舎に問い合わせても除隊していて、後のことは解らないと素気無く言われてしまう。あれから・・もう何年も経ってしまったけれど、それでもヒョッコリと現れる様な気がして、ついついパンを届ける傍ら兵舎を見に行ってしまうのだそうだ。


「よくある話なんだって・・。

女の子と適当に遊んで、任期が終われば捨てて帰ってしまう。

後を追ってトデリを出た女の子も何人かいたらしいけど、その後・・良い話は聞いた事が無いって。最初にちゃんと断って来たんだから、マシな男だったって・・深入りしないうちで良かったねって言われちゃった。

・・私なんかが、あんなカッコ良い人に好かれるはず無かったんだよ・・」


「そんなことない!」


大声で言うと、詩乃は俯いてブンブンと頭を振った。


ない!ない!ない!!!


【カッコいい俺様があんな小動物、本気で相手にするわけないだろう?

あれは聖女様のお気に入りだ、あれを此方に引き入れれば聖女様を捕り込みやすくなる。第一王子の王太子擁立に弾みがつくだろう?だから仕方無く嫌々付き合ってやっているんだ】


違う!違う!違う!


【用が済めばお終いよ、結婚?冗談じゃない。

あのチビだって、俺様みたいな良い男に優しくされて、満更でもないんだろう?

良い思い出を作ってやっているんだ、十分なご褒美じゃないか、光栄に思ってほしいぐらいのものだ】


あんたなんか嫌いだ!大っ嫌いだ!!!

詩乃は顔を覆って涙を堪える。


「ううううう~~~~~~」

「なんでシ~ノンが泣くの?嫌だ、泣かないで泣かないでシ~ノン!」





 暗くなっても帰って来ないリーを心配して、リーパパがリーを探しに来るまで、二人は夜の公園でえぐえぐぐずぐずと泣いていた。

遮光器土偶のような目になった二人を見て、ウンザリした様にリーパパは溜息を吐いた。初恋は実らない、成人前の恋など麻疹の様な病気の一種で通過儀礼だ。

リーパパは内心、愛娘の病気が拗れず、軽く済んだことに安堵していた。


兵士どものクソッタレ具合は良く知っている、それを子爵や街の衆が黙認している事もだ。兵士が補充されないと困るのだ、地元の兵士だけでは魔獣を防ぎ切れないのだから。兵士は任期中、命を懸けて街を守る、多少の楽しみも必要なのだろう。

・・うちの娘を泣かしたら容赦しないが。


ちなみにリーパパのパパ、りーのおじいさん(すでに故人)は、兵士としてトデリにやって来て、可愛い女の子に捕まっちまった方のクチだったのだが、その事は孫娘のリーには内緒だった。兵士にしたって、家を継げない2男・3男、その他大勢な御身分なので派遣先で落ち着くのも良い話なのであった。



    ****



 さて、ノアさんは決断したら早かった。

下街に顔のきく奥さん達を集め寄合を開き、あっという間に手仕事組合を立ち上げてしまった。今は商人さんと手間賃などの話し合いをしている、手練れの商人さんを相手に一歩も引かない迫力だ。交渉事に役に立たない私は、ノアさんの指示でセッセと商品のサンプル造りに励んでいる。見本が無ければ、価格の設定は出来ないし、手仕事組合の各グループに、お手本として渡すので責任重大なのだ。


本来のノアさんが覚醒したって感じかな?生き生きしていて何よりである。



想定外だったのは、引っ越しして来たノアさんが案外と厳しい人だった事だ。

朝眠くてグズグズ布団に包まっていると、さわやかに引っぺがされる。寒!

わざわざ3階に上がってきてやるのだ!足悪いんじゃ無かったっけ?

・・・ビックリだよ、そう言ったら。


「労わってくれるのなら、早く起きて下さいね?」


・・だってさ。


でも水配りに出かける前に、温かい物を飲んで暖を取って行けってお茶を用意してくれるし。帰ったらご苦労様って言ってくれて、美味しい朝ご飯を並べてくれているし。良い事尽くめだよ!嫁に欲しいねマジで!トデリの男は見る目が無い。それに、家の中に話し相手がいると嬉しい。平民の言葉は貴族のそれより解りやすいし、私もお喋りが上手くなれると良いな!



 そんな中、商人のビアロさんが詩乃に提案をして来た。


以前奥様に造った詩乃特製のネックレスを見たそうで、もっとシンプルな感じにして、平民の金持ち層に売り出さないかと言って来たんだ。

お貴族様に睨まれない様に薄い色石で造って、お出かけや観劇、パーティーなどに使う平民用のアクセサリーが作れないだろうか?・・だって!


良いではないか、良いではないか!


やっぱり詩乃は手芸より、石の細工の方が好きなので、やりたい気持ちが抑えきれない、高校を卒業したら彫金の専門学校に行きたかった詩乃さんである。


更に商人さんの提案で、ノアさんの手仕事組合と詩乃の石細工工房は別組織となり、手仕事の方は意匠のアイデアを出したり、材料を供給するサポート要員?となった。

石の方で十分稼げるので、細工物の儲けを受け取るのも辞退した。

王家から貰ったお金も(手切れ金)もまだあるし、ガメツクしたってしょうがない、皆が喜んでくれればそれで良いのだから。



 敏腕組合長のノアさんが、手仕事組合の登録名を何にしようかと相談して来た。


それならば<シトリン>はどうだろう?


これから頑張るノアさん達に、ピッタリの名前だと思うんだ。

せっかくだから組合長のノアさんに、記念に<シトリン>を造って、ペンダントに加工してプレゼントした、薄い黄色が清楚なノアさんにとても似合っている。





シトリン・・・豊穣の象徴として、仕事の成功をもたらす。   

特に新規の事業のスタートを守り、トラブルを防ぎ、財運をもたらす幸運の石。


仲間ができました。ノアのおにいさんは、まだ納得していません。シスコンだから(笑)

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