ラリマー(後編)
やや鬱気味・・・。
え~っと、丸投げってなに?困ったように皆に聞かれた。
なんと!丸投げが通じなかった、トデリには丸投げなる単語が無いのか?
皆で協力し合い、困った時はお互い様で暮らしている人々だ。怠ければ自分の評価が下がるし、仕事から弾かれてしまう。狭い共同体の中で、そんな暴挙はできないのだろう。
「・・・言葉選ぶ 間違無い そう! 適材適所!!
皆 得意 違う 私 作る得意 でも計算とか 人にやれ 言う だめ。
無理 得意無い ノアさん得意 計算とか 商人さん 話す する」
うんうんシーノンと話していると、訳が分からない事も多いしね。
叔母さん達が頷き合ってる。すいませんね!!悪う御座いましたね。
「そうね~、それに私はシ~ノンちゃんが一人で暮らしているのも心配よ。
ここの冬は厳しいらしいし、私は夫がいるから安心だけど、シ~ノンちゃんはまだ小さい子供だし」
のろけかい!奥様、私の実年齢知ってますよね?
「とにかく、ご家族とも相談したらどうかしら?それから手仕事組合に参加したい人を集めて、皆で話をし合って、ノアさんに組長になってもらうか、どうするか決めると良いと思うわ。代表が決まらなければ、ビアロさんも手間賃とかの話し合いも出来ないでしょう」
奥様はおっとりと仰ったが、返事は早くね?と詰めるのも忘れなかった、部下に厳しいタイプの管理職の様だ。
ノアさんは静かに考え込んでいた。
****
夕方の鐘が鳴り、そろそろ店じまいだ。
今夜は何を食べようかな、などと考えながら一日の売り上げの計算をする。
帳簿は(薄い木片を束ねた物で、木簡と言うほど立派な物じゃない)日本語とアラビア数字だ、この世界の字は書けない。だって、難しいんだもの!
丸っこい字で、一番似てるのはタイとかあの辺の国の字だ。
覚えられる気がしない、無理!放棄!!
帳簿付けが終わったら、魔術で軽く風を吹かせて糸くずなどを隅に吹き寄せ、ゴミ箱に入れて掃除の完了、こんな作業は生活魔術の得意技で魔力が有って良かったと思える。
台所に移動し野菜を洗っていたら、裏口のドアをノックされた。
オイだった、ノアさんの家からのお使いで、食事に来るようにと伝言を頼まれたそうだ。
『・・なるほど、面接ですね・・』
大事な娘に仕事を振って来た相手が、どんな奴か見極めたいんですね。
よろしい、ならば受けて立ちましょう・・第一印象は大事だしね。
お食事に招待されたのなら、こちらからも何か持って行くのが礼儀だろう。
ちょうど干しベリーを入れて焼いた、パウンドケーキが良い具合に食べ頃だ。
これを持って行こうと、皿ごと布に包んで籠に入れてたら<ゴクリ・・>と喉の音がした。オイの目がパウンドケーキにロックオンしている。
まあ、食べたいよね頃~。仕方がないので、オイの家の分も切り分けてあげる。
「お前、良い奴だな!美味そうだな!これ!」
オイの良い子な所は独り占めしないで、家族に持って帰って行くところだろう。
数口づつしか食べられなくても、家族皆で食べた方が美味しいと知っているんだ。
オイに案内され、連れ立ってノアさんの家へと向かう。
歩きながらオイのお父さんの話を聞いた、お父さんの乗った商船は<導きの輝き>で無事港へとたどり着く事が出来たそうだ。
『・・良かった・・・』
しかし船は無事だったが、体が冷え切って亡くなってしまった友人のお父さんもいて、単純には喜べないんだとオイは辛そうに言う。
お父さんはオイの妹が貰ってきたボタンを、服に着けていたのだそうだ。
詩乃は知らなかったが嵐が来る前から、魚が良く採れる縁起のいい物として、漁師の間でボタンは密かに噂さになっていたらしい。
噂を知ったノアさんがボタンを買って、お兄さんと同じ商船に乗っているオイのお父さんにも、どうぞと言って分けてくれたのだそうだ。
お父さんが無事帰ってくるようにと願いながら、妹ちゃんが一生懸命自分で服に縫い付けていたらしい。
「お前にも感謝しているけど、ノア姉ちゃんにも感謝しているんだ。
うちは死んだ母ちゃんの薬代で借金して貧乏だから・・ボタンが買えていなかったから」
・・・異世界は厳しいよ、こんな小さい子がお金の話なんて。
「だから、ノア姉ちゃんには元気に好きな事をしてほしいんだ」
・・・お姉ちゃん萌えですか、解ります。
優しいお姉ちゃんは人類の宝、厳しい生活のオアシスですもんね。
自分がそんな姉ちゃんになれるか・・と問われれば、答えはNOだが。無理!
そんなこんなを話しているうちに、ノアさんの家へと着いた。
近いじゃん・・めっちゃ近いじゃん。
オイと別れて、ドキドキしながらドアをノックする。
「今晩は 詩乃です オイに言われ きました もしもし~」
呼ばわっていたらドアが開いた、内側に開いたドアの前に立つ男の頭が見えない、デカいデカすぎるぞ。首なし男、その2ですか・・この辺のドアって、もっと大きく造ったらいいんじゃね?
首なし男2はノアさんのお兄さんで、今度結婚すると言う頑丈そうな人だった。
顔は濃いので見分けが付かない、よくいる船乗りって感じで目つきが鋭い。
ご両親は水瓶巡りですでに顔を合わせていたらしく・・詩乃は覚えていなかったけれど・・眠いし機械的に作業しているしね。
水をいつも有難うとお礼を言われた、少し嬉しい。
此処の家は両親とノアさん兄弟の4人暮らし、他の弟妹は結婚していて別の所帯で暮らしていると言う。家の中はノアさんの手作りなのか、暖かそうなタペストリーや敷物が敷かれていて、特定の住人に似合わず(誰とは言わんが)女性的だった。つまみ細工も飾ってあった・・むぅ・・いつの間に、これは技術流出だな・・まぁ良いけど。
お母さんの料理は漁師風のブイヤベースみたいな煮込み料理で、香辛料が効いていてとても美味しかった。詩乃のパウンドケーキも喜んでもらえたし、夕食会は恙なく済んだ。面接にしては拍子抜けだが、お暇しようと挨拶したら送っていくとお兄さんが立ち上がった。
・・面接はまだ続くんかい、圧迫面接はご遠慮します。
黙って歩いていると気まずいよね、お~い、何か喋っておくれ。
詩乃が思っていたら突然しゃべりだした、テレパシーでも伝わったのか?
・・でもその内容は、かなり驚く事だった。
お兄さんは商船に乗って隣の王領の他、かなり遠くの街、そう王都にも行ったことが有るそうだ。王都に行ったのは2年前、聖女様が大神のお導きで召喚されたと王都中がお祭り騒ぎの時だったそうだ。
大神に愛されし美しい巫女姫、輝く様な黒髪と叡智を宿した神秘的な黒い瞳。
魔力の歪みを正し、世界を安寧に導く光を宿した聖なる女性・・、そんな話が王都中に流布されていた。
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「・・俺はあちこちと出かけていて、沢山の人を見てきたが。
黒い髪を見たのはあんたが初めてだ、黒い髪はこの世界で<聖女様>ただ一人だけだと聞いている。あんた、何者なんだ?顔つきもここいらの奴には居ない薄い顔だし、言葉も不自由で常識も無い。魔力持ちの様だが、貴族は何故あんたを野放しにしている居ないんだ。何処から来たんだ、何故トデリに来た、何故俺の妹に近づいたのだ?」
『黒髪ってそんなに珍しいんだ・・・』
トデリでこれと言って関心を持たれ無いのは、ど田舎無い過ぎて余計な情報が無かったのが幸いしたのかも知れないな。あの公爵様がトデリを選んだのは、別に意地悪何かじゃ無かったのかな?真相は闇の中だけどね、う~ん返答に窮するね。
「私 聖女様の じゃま 貴族 私」
詩乃は指先でピンっと弾く仕草をして見せた。
妹さんに仕事の誘いをしたのは他意は無い、詩乃に出来ない事は他の人がすれば良い。反対するなら無理強いはしない、別の人にやってもらうから。
貴族は私に興味はないし、妹さんが面倒に巻き込まれる事は無いと思う。
『多分だけれど・・』
詩乃はその様な内容を拙い言葉で懸命に伝えた。
「仕事 決める ノアさん 私 受ける だけ」
そう言うと詩乃は送ってくれたお礼をし、家の中に入って行った。
お兄さんの顔を見る気にはなれなかった、どうせ詩乃を疑う嫌な顔をしているに決まっているから。
あんた何者なんだ・・・か、自分でも知りたいよ。
こんなド田舎に来てまで、今更王都の話をされるなんて思わなかった。
しつっこい藪蚊に纏わり付かれている様な、イライラとする不快感が有る、放って置いて欲しい、こっち見んな!だっ。
私の居場所は何処なんだろう、まだトデリの一員には成り切れていないのか。
『私は何者なんだろう、何者に成りたいんだろう・・』
こんな時に、心の痛みを和らげてくれる石は・・やっぱりラリマーだよね。
詩乃は<空の魔石>をラリマーに変えて、胸に握りしめてベッドに入った。
・・新たな道を歩みだす勇気を与えて下さい・・と、願いながら。
自分探しの年頃ってありますよね。(暖かい目)