ラリマー(前編)
新米兵士の姿を、頭の天辺からつま先までジロジロと眺め回す。
くすんでいるが金髪の範疇だ、僅かにでも貴族の血が入っているのだろう。
王都には金髪・銀髪・ストロベリーブロンドやハニーブロンドと、各種取り揃っていたから気にならなかったが、金や銀の系統の髪色が貴族の特徴に他ならない。
子爵様はかなりくすんだ枯草色で、金髪の範囲にギリギリ入る?ような色だ。
奥様は栗色だし、陰険針金執事は濃い茶色だった。
詩乃は彼から距離を取り、目を細くして見つめていたが口を開いた。
「2度も助けて貰って、ありがとう御座いますと言うべきですか?
あなたに?それともあなたの雇い主に?わざわざこんな田舎までご苦労な事ですね。私は平凡に暮らしていますので、報告するべき事も無いと思いますけど」
「青熊の動きを止めて<導きの輝き>を使えたのに?平凡な訳ないでしょう?
上が何を考えているかは知らないし、興味も無い俺の仕事は君のガードだけだ」
詩乃の傍を離れる気はないようだ。
あんたを信じる理由もないけどね、ボディガードは不要です。
この街は治安も良いし、お貴族様を煩わせるつもりは御座いません。
では、ごきげんようと詩乃はさっさと帰ろうとした。
「君の友達の女の子、リーちゃんだっけ?彼女が俺の周りをウロチョロしているから、嫌でも顔は合わせる事になると思うよ~」
小馬鹿にしたような顔で兵士がそう言った時、いきなり詩乃が兵士の胸倉を掴み下げた。速い!顔を突き合わせ目と目が合う、詩乃は氷のような冷たい目で睨み付けていた。
「リーにチョッカイを出すな、あの子は幸せになるべき子なんだ。あんたはいずれトデリを出て行くんだろう。悪戯に気のあるふりをして、あの子を振り回すな。リーを泣かせたら絶対に許さない」
驚くような感情の無い冷たい声だった、周囲の空気の温度が下がった気がする。
物理的に・・・新米兵士は息を飲み動けない様子だった。
【いいか詩乃、喧嘩は気合と先制攻撃だっ!】
脳筋お兄の教えが此処異世界で活かされるとは・・有難うお兄よ、貴方の教えが初めて役に立ちましたよ。
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早朝、詩乃は水甕巡りを続けている。
亡くなってしまった漁師の家族に詰られるかと内心ビクビクしていたが、誰も詩乃を責める事をしなかった。殺されかけながらも<導きの輝き>を起動した話は広く伝わっていて、感謝することが有っても恨むなどありえないそうだ。
オイが盛大に脚色して吹聴したらしい、彼は小説家の才能が有るのかもしれない。
今や針金(以下略)は悪の権化のように言われていて、トデリから出ていくしかないだろう。詩乃が現れなければ、彼もここまで愚かな事をしでかさなかったかもしれないが・・それは詩乃の与り知らぬ事だ。
水の補給が終わり帰宅したら、朝食を頂き、店の品物を造ったり並べたりして開店の準備をする。<空の魔石>で造っているところを、大ぴらに見せられないので開店前に制作だ。
漁師組合からボタンの追加注文が入ったし、林業組合からもボタンの大口注文があったりで結構忙しい。林業も森には魔獣がでるし、山には迷い道?何それ?が有るそうなので、なかなかに危険な仕事との事だ。お客様の無事の帰宅を祈り、次々とボタンを造っていく。
漁業が錨のマーク、林業は・・ドングリと双葉の2種類を見本に造ったところドングリが採用された。
子爵様の館の鐘楼から、9時の鐘の音が鳴り響けば開店だ。
三々五々、お客さんがやって来る。いらしゃいませ。
その日によって客層が違う、天気によって急に休みになったりするからね。
本日は子育て後半の奥さんが多い、トデリ最強(物理)のグループだ門も壊すよ。
皆さん冬に備えてセーターを編んでいる、毛糸はトデリ郊外の牧場で賄える。
メメイと言う羊のような動物の毛を買い取り、洗い・ほどいてゴミを取り去り、均一にならして糸に紡ぐのが寡婦組合の大事な仕事だ。残念なことに、今年は新たな寡婦が出てしまったので毛糸が量産されている。
染色は毛糸の状態で行なう、各家庭で細々と草木染などしていたのたが、手間がかかるし、できる事なら他の仕事がしたい。冬の前はやらなければならない事が盛り沢山なのだ。
そんなこんなで、詩乃が染色を請け負った。
くじゃく石で緑色・藍銅鉱で青色・鶏冠石で赤~オレンジ色・石灰の白から墨の黒まで。
もう媒染も無くめちゃくちゃだが、<空の魔石>が大活躍している。
染まるんだから万事OKだ、ご都合主義バンザイ!文句あっか!
薄い染から~濃い染まで、色を混ぜて新色を造ったり。
カラーバリエーションが豊富でございましてよ(笑)。
色見本の糸を見せてから注文を受ける、完全個別注文制だ。
兄弟で下から順に薄い~濃い青のセーターを着せるのだと、張り切って編んでいるお母さん。7人兄弟ですか、そうですか・・頑張って下さい。
お昼近くになり、新たなお客様がやって来た。
「あらあら、皆さん逃げないで~。お昼を持ってきたのよ、皆さんでいただきましょう?」
ニッコリ笑った子爵様の奥様だった、流石の最強グループ(物理含む)も驚いた様だが、奥様の目力で有無を言わさず食事の席に付かされた。
もぐもぐゴックン美味しいね、白身魚のフライのバケット。
マヨがタルタルソースに進化している、流石ボウおじさん、子爵様の館の料理長(料理人1人・キッチンメイド1人)な事はある。
マヨは瞬く間にトデリに浸透した、美味しいものに国境?異界境?は無かった!
初めは奥様にドギマギしていたおばさん達だが、食べ始めたらリラックスしたのか、おばさんパワーのなせる業なのか自然に話をしていた。
食後のお茶を飲みながら、奥様は端っこにヒッソリと座っていた影の薄い人を紹介した。
「この方は公爵領都スランの商人のビアロさん、服飾関係の商いをされているの。
シ~ノンちゃんのお店の細工物を紹介したらね、領都や王都で是非売ってみたいとおっしゃるの。どうかしら?冬の内職にちょうど良いと思うのだけれど。
皆さん、上手に作れるでしょう?トデリの名産になると思うのよ?」
皆の顔が良いパァッと輝いた、それから慌てて心配そうに詩乃を窺い見る。
作って売るのは別にいい、皆に小金が入るのも良いことだ、寡婦さん達も助かるだろう。
「私 作る 良い思う でも 私 計算へった 作った人 顔 覚える大変
(皆濃い顔で、服も似たり寄ったりだから、違いが解りにくいんだよ!)
別の人 作る進行 お金 管理する よい」
そう言ったらおばさん達は、栗色の髪をきつく結ってひっつめ、地味な服装をした女の人をガン見した。
常連さんのノアさんだ、いつも静かに手を動かしている無口な人で、裁縫の腕を見込まれて服の仕立てを請け負うこともあるらしい。
「ノアはね、こう見えて小さい頃はそりゃあヤンチャでお転婆で、いっつも走り回っていたものさ。あんな事故が無かったら、今でも走っていただろうよ」
「まったく、この子は走りすぎて崖から落ちたんだよ。海に真っ逆さまだよ、今でも肝が冷える。よく怪我だけで済んだもんだ」
でも、その怪我でノアさんは足を悪くしてしまった。
歩けない訳ではないけれど、立ち続けてする仕事などは無理なのだそうだ。
ノアさんは頑張って字も覚えたし、計算も出来る様になったけれど、この街は小さく雇ってくれる所が無い。トデリの外へ出て働きに行きたい、住み込みの仕事をしてみたいと希望しているのだが、家族は強く反対しているそうだ。
年齢も23歳となり結婚は諦めたのだと言う、肉体労働が基本のこの世界では、彼女の足はかなりのハンディキャップとなるのだろう。
「今度、兄さんが結婚するんだろう、実家に居ずらい気持ちも解るわ」
『・・小姑的な奴かな?』
寂しげに笑うノアさんの儚げな顔を見て詩乃は考える、ノアさんは自分を変えて世界を広げたいんじゃないのかな・・と。
家族が心配する気持ちは解るけど・・ノアさんの可能性を阻み、前に進もうとする心の妨げになっているのは家族じゃないのかなあ?
そんなノアさんの寂しげなイメージは、ラリマーと言う石に似ている。
柔らかい薄い青で空と海が合わさったような、優しくてどこか寂しげな色。
「ノアさん 仕事やろう! 手仕事組合の 組合長 偉い人なる いいね。
私 仕事 ノアさんに丸投げね 此処に住む いい 部屋開いている。
実家近い 家族安心 私 朝 水瓶巡り忙しい ノアさん 朝ご飯作る いい!」
突然の提案に皆息をのんだ。
・・・・丸投げって・・・なに?と。
ラリマー・・・乱れた気持ちを整理して、葛藤を取り除き、
新たな道へと踏み出す勇気をくれる石。