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B級聖女の日常  作者: さん☆のりこ
12/23

アクアマリン(後編)

残酷な描写が、ちょっとだけあります。

 詩乃は強い風に煽られながら、何とかリーの店まで歩いて行った。

初めての異常事態に胸の鼓動が速くなる・・怖い、怖い、怖いよぉ。


どうにか店に着くとリーパパやお母さん、リーが心配そうに海の方を眺めていた。

下町と言ってもこの辺は海からは遠く海抜も高い、海を見下ろす丘の中腹くらいの位置にある。それなのに暗い空の下に、黒々とした禍々しい海と煮え立つ様な白波が、大きく激しく動いて此方に向かって押し寄せて来るのが良く見えた。


「リー海 へん どした? 風へん怖い 海怖い」


問いただす声も震える、冷たい海風に吹かれて体温も下っている様な気がする。

ガタガタと震え心細そうな詩乃を、りーが抱き寄せてくれた。


リーパパが教えてくれた事によると、これは夏が終わりに近づく頃になると、突然やって来て被害を出していくかなり危険な嵐なのだそうだ。

何の兆候も無く、本当に突然やって来るので防ぎようも無く、運が悪い年になると亡くなる人も出るそうだ。・・毎年の試練なんだと言う。


「今は海から風が吹いているだろう?追い風の今のうちに港に戻って来れないと大変厄介な事になるんだ。海からの風が裏の山にぶつかって跳ね返され、山おろしの風となる、そうなると風の流れが複雑になり帆の操作が非常に難しくなるんだ」


そんな大変な事を毎年繰り返しているなんて!

漁船はエンジンなど積んでいる訳もなく、帆で操る喫水の浅い沿岸用の船だ、嵐には弱そうな造りに見える。


そうこうしているうちに、港の近くに住む家から家財荷物を担いで逃げて来た人達がどんどんと丘に登ってきた。高潮を警戒して避難して来た人達だと言う、女性と子供・老人が多い。男性達は港に逃れて来る船を受け入れ守る為に、港に残って待機している。




「リー おとさん これ 美味し 作った パン挟む みな どぞ」


コロッケは出来立てだから、多分美味しいと思うよ、中濃ソースは掛かって無いけど。まだ朝食前だから、お腹がすいている人も多いだろう。

リーパパはコロッケを受け取ると一度店の中に入り、売り物のパンで詩乃のコロッケやハム・ベーコン・卵を挟んだおかずパンを沢山作り皆に公平に分け始めた。皆もきちんと列を作り、大人しく順番を待っている。なんか凄く慣れていない?災害の避難慣れなんて、全然嬉しくないんだけど?


 ますます空が暗くなり、昼前なのにまるで夜の様だ、風が冷たいし夏じゃないみたい体温が奪われる。

お婆さんを背中におんぶしてオイが坂を登って来た、赤ちゃんを大事そうに抱っこした女の子と、女の子の服をしっかり握りしめている幼い男の子・・オイの家族だ。

良かった・・見知った人が無事だと分かると、何だか凄くホッとする。


漁船がどうにかこうにか港に戻って来た、皆があと少しだ・・もう大丈夫か!そう思った時だった。


「ねえ、沖に船が見えない?あれ・・商船だ!」


誰かが叫んだ、此処トデリから王領に交易に向かった商人の船の様だ。


「商船?まさか、父さんが乗っている船なのか!」


オイの悲痛な声が響く、驚いた赤ちゃんが泣き出してしまった。

お婆さんへたり込み手を合わせ震えている、その背中に男の子がしがみ付いた。


『オイの家はお母さんも儚くなっているのに、この上お父さんまで命の危機なんて・・そんなの酷過ぎるよ!あんまりだよ』


商船の出現に、周りは騒然となった。


「まずいな、この風と暗さで港の位置が掴めていない様だ。このまま沖に流されると潮の流れに捕まり、トデリに帰れなくなるぞ」


リーパパ達が話し合っている。


「導きの輝きはまだなの、早くするよう誰か子爵様に伝えて!」

「子爵様は何をしているの!」


ますます騒ぎが大きくなっていく<導きの輝き>?なんだ、それ?

そう思った時だ、暗い空の中で、子爵様の館の塔に光が灯った。


『導きの輝きって灯台かい!まんまやな!』


確かに子爵様の館は高台に有るから、遠くからでも良く見えるはずだ。

位置が分かれば陸に舟先を向けられ、港を目指し沖の潮に捕まる確率は減るのだろう。どうにか嵐をやり過ごしてトデリを目指す事ができるはずだ。




「ねえ、なんか輝きが小さくない?いつもの半分も無いんじゃないの?あれじゃぁ、海から見えるのかしら?」

「確かにいつもより小さい様ね、もしかして子爵様は留守なのかしら?他の誰かが魔術具を動かしているとか?」


大人たちがザワザワし始めた。


<魔術具!>

馴染みのワードを聞いて、ハッとして顔を上げるとオイと目が合った。


『・・魔術具?できる?私に動かせるだろうか・・平民B級の私に?』


オイが人を掻き分けて詩乃に近づいて来た、ロックオンした目は逸らされないままだ、詩乃は呼吸を忘れた様に動けないでいる。


『私にできる?貴族の査定ではE級だよ?落ちこぼれなんだよ?』


勝手に期待されて、出来ない事に失望されて・・離れて行った人達がいた。

そんな王宮での日々が脳裏に思い出されて、胃がキュウっとなって喉に何かが詰まったような嫌な感じがする。


『また、ガッカリされちゃうかな・・』


詩乃の傍まで来たオイの目が怖い、逸らす事を許さない強い目だ。


「困っている時はお互い様だろ!俺は今困っているんだ!助けろよ!魔術使えるんだろう!お前なら出来るんだろう!!」


ビックリした、オイにいきなり怒鳴られて。

・・甲高い悲鳴の様な声だったが・・余りにも驚いて頭の中が真っ白になった。

あぁ、もう悩んでいるのが馬鹿みたいだ、時間が無い一刻も争う事態なんだから。


『・・もう!やるだけやってみるだけだ!』


覚悟が決まれば走り出すだけだ!


「材料に<空の魔石>を持って行くよ、一度家に戻るから手伝って」


詩乃は非常時になると頭が冴えるのか、拙い言葉がハッキリとするのだが、残念ながら本人にその自覚はない。2人は驚いた周りを置き去りにして走り出した。



   ****



「開けて下さい!詩乃です。子爵様か奥様に合わせて下さい。

私も魔術を少し使えます、導きの輝きのお手伝いをさせて下さい!お願いします」


叫んでも叫んでも門は開いてくれない、館の窓からチラッと馬鹿にした様な能面の顔が見えた。こんなにお願いしているのに、ワザと無視しているんだ。


『海の様子が見えないの!?このままじゃ大惨事になっちゃうのに』


・・困った、子爵様は本当に留守の様だ。

館の前の広場から見上げる<導きの輝き>は、とても弱弱しい光で今にも消え入りそうだ、あれでは海からはとてもじゃ無いが確認できないだろう。


オイは怒って門に何度も体当たりをして、何とか開けようと奮闘している・・が、痛いだけだから止めた方が良いと思うよ。

困り切って門前をウロウロしていると、遠くの壁の上からヒョイっと顔を覗かせた兵士が見えた。気が付いた詩乃が驚き固まっていると、口に人差し指を当てて手招きしている、此方に来いと言う事か?

よくよく見ると、その兵士はリーの思い人の新米色男さんだった。

彼が黙って指さす壁の下の方に、なんと草束でカモフラージュされている、人一人が抜け出せそうな穴が掘られていた。


『情報提供、有難うございます。

さては、あんたら交代で抜け出してサボっているね』


この際大人の事情はどうでもいい、オイと2人で穴を潜り抜け館の敷地内に潜入する、さて塔に向かう通路は何処だろう?


キョロキョロ見回していたら、狭い通路の螺旋階段の中頃で、手だけがニョキッと出ていて<オイデオイデ>している。非常に怪しい感じだが、何故だか案内してくれるらしい。


色男の新米兵士君、貴方も色々と溜め込んでいるのだね・・解るよ、嫌いな上司の鼻を明かしたいのだろう?良いだろう、もう自棄だ!やったろうではないか!


案内されて塔の螺旋階段をグルグルと回る、むやみに高いのかグルグルが長い。

目が回ってクラクラするし、少しばかりフラついて来た。

やっと塔の天辺にたどり着くと、そのままの勢いでオイと一緒になだれ込んだ、何故だか鍵は開いていたから。


ガランとした部屋だった、見張り台なのか窓が大きく開いていて風通しが良すぎる。寒い!

其処には何やら長い筒を持った大砲の様に見える魔術具が有り、その横っちょに陰険針金執事が貼りついていた。魔術具に手を当てている、魔力を流しているのだろうか?


「何しに来た、ここはお前の様な平民の居て良い場所ではない。魔力を持つ、選ばれし者だけが立ち入る事が出来る神聖な場所だ。おい、そこの兵士、こいつらを捕縛して地下牢に連行しろ」


やっぱり陰険針金執事が一人で起動していたんだ、魔力が足りてないのだろう、輝きが点滅して消えかかっている。このままじゃヤバい!


「お叱りは後で、どいて下さい。私がやりますから」

「さわるなああああ!!!!」


いきなり頬を殴られ、ふっ飛ばされて倒れ込んでしまった。痛い!


「シーノンに何するんだ!おまえじゃ碌に出来ないから来たんだろう!父ちゃんの船が危ないんだ!どけよ!」


オイが怒ってぶつかって行く、さっきからワンパターンだな攻撃が。


「平民ごときに何ができる、お前も私を馬鹿にするのか。ふざけんな!!魔術具は貴族だけが扱える、貴族の証と言えるもの。この私に出来ない事が、お前などに出来るものか!!」


『あああああ・・・もう!色々拗らせて』


貴族の出で有りながら魔力の弱かった執事は、色々と面白く無い人生を歩んで来たのだろう。でもそれ、私のせいじゃないから!もういい歳の大人なんだから、自分でどうにか折り合いを付けなきゃアカンでしょうが、周りが迷惑するんだよ!


「オイ!そいつ捕まえといて!」


背は高いけど陰険針金執事は痩せていて弱そうだから、オイの火事場の馬鹿力でどうにかなるだろう。




 魔術具の使い方なんか知らない、私は私のやり方でやれる事をやる!

持ってきた<空の魔石>を大砲の砲身に見える筒の中にぶち撒けた、その数およそ50個か。体ごと投げ出すように、大砲の砲身に覆いかぶさって一心に祈る、私にできるのは願う事だけだ。


「どうか<空の魔石>よ、アクアマリンとなれ!

海の男たちの守護石となり、航海の安全を守れ。

夜空を照らす光となって、愛する者のいる港へと導いて!実行!」



瞬間、目も眩むような光の奔流が溢れ出し、船にむかって走り出した。

館から港~沖合の船まで、まるで海の上を一本の光輝く道が浮かび上がっている様に見える。


「すげえ!やったな!シーノン!!」




『オイの声が遠くで聞こえる・・光に痺れて、目や耳の感覚が無くなって来た』





私ちゃんと出来たのかな・・・。

祈りすぎたのかな?力が入らない・・周りが暗くなっていく・・

目の奥が、まるで夜空のような群青色に染まっていく。

目の裏に、キラキラと星のような金色が輝いて見えた。


綺麗・・・ラピスラズリみたい。

ふわりと笑って、それを最後に詩乃の意識は途絶えた。




ラピスラズリ・・・危険を回避し、幸運をもたらす聖なる石。


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