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B級聖女の日常  作者: さん☆のりこ
11/23

アクアマリン(前編) 

街になじんできました。

 朝日がようやく青い山の峰から顔を出し、街の黄色い瓦が白々と輝きだしてきた、薄紫の不安げな空が青みを増して明るく元気になっていく。


そう、人はそれを早朝と呼ぶ。


おはようございます、大西詩乃で御座います。

私はこの異世界で新聞配達の人のごとく、早朝に家々の裏口を巡っています。

正直眠いです、辛いんです。


    *****


 事の始まりは10日前、生意気そうなそばかすだらけの男の子が、いきなり店に訪れたのが始まりだった。


「おい、お前。魔術で水を出せるって本当なのか?」


偉そうな物言いに少々イラッとしたのは確かだ・・客商売だから顔には出さないけどね。そんな騒ぎに気が付いたのか、お店で手芸をしていた年配のお客さん達が揃って店先を振り返えり良い笑顔で言った。


「あら、オイじゃないかい。こんな店に珍しいねぇ、加工場の仕事はもう終わったのかい?」


この子はねえ、働き者の良い子なんだよ~。

昨年の春にこの子のお母さんが末っ子を生んでさぁ、可哀想に産後の肥立ちが悪くってぇ、気の毒にも亡くなってしまったんだよ。

そうそう、あの時は大変だったもんだ。

幸い近所に赤んぼを生んだばかりの嫁さんがいてさぇぁ、その嫁さんに貰い乳をして、どうにか末っ子を育ていたんだよ~。

赤んぼももう随分と大きくなっただろう?

そろそろ1歳過ぎたかねぇ?柔らかい物でも食べさせておやりよ。

お婆さんがいるから、まだどうにか暮らせているけどねえ?もう彼女も歳が歳だし・・難儀な事さ。


男の子が一言も説明しないまま、個人情報がダラダラと垂れ流されている。

・・べらべらべら・・恐るべし、小母さんネットワーク。


オイ君は4人兄弟の長男で12歳、魚市場の加工場で見習いの見習いで働いている。家族はお婆さんとオイ君、弟妹は女・男・女のメンバーだそうだ。大黒柱の父親は船乗りで、今は毛皮商人を乗せて、遠く王領まで船を出していて現在は不在。

両親が居ない寂しい家庭で、お婆さんを支え兄弟を励まし、孤軍奮闘しながら過ごしていると言う。ふ~ん大変だね。


「でっ?私 用 何?」


子守りは無理だぞ経験無しだ、下に兄弟もいないからね扱い方も解らない。


「朝、俺が水汲みをしていると、どうしても加工場の仕事に遅刻してしまうんだ。代わりに妹が頑張ろうとしているけど、妹は7歳にしては力が無くて上手く水を汲めないんだ。お婆さんは腰が痛くて重いのは無理だし・・」


ああ、あの子にゃあ無理だ。

そりゃそうだ、体の弱い子でね、年中風邪を拗らせて熱を出すんだ。

可愛い顔をしているんだけどさ、可哀想に食が細くてヒョロヒョロしててさ。

お婆さんは一昨日ぎっくり腰をやっちゃってね、あたしゃお見舞いにニームの肉を持って行ったよ。痛いし癖になるからねぇあれは。

魔王の一刺しとはよく言った物さ。


『ぎっくり腰・・魔女じゃ無くて魔王の一刺しなんだ、どっちにしても痛そうだけど』


・・小母さん達が訳知り顔で頷いている。


「俺が加工場の仕事をしている間だけでいいんだ、俺んちの水瓶に魔術で水を入れてくれないか?」


困った時はお互い様だろ!と、オイは偉そうに薄い胸を張る。


『ああっ?ちょっと表へ出ようか?人にものを頼む態度をお教えしましょうかぃ?お互い様って、あんたに助けて貰えるスチュエーションなんて、微塵も思いつきませんわ』

詩乃が内心で物騒な事を考えていると。


 

「そりゃ良い!助かるわ~」


小母さん達の能天気な声が次々上がった。


『はあ?まだやるなんて返事してないんですけどぉ?』


詩乃の内心の葛藤はスルーされる、明日から詩乃は水汲みに出動するらしい。

あぁ・・おば様達の圧力にはかないません、古今東西、界を跨いでもその約定は変わらない。そんな訳で、詩乃は早朝から街を徘徊するはめになったのだ。



初めはオイの家だけだった。


詩乃の手の中にはアクアマリン・・癒しと活力をもたらし、心身を健やかに保つ清冽な石だ。明るい海の様な、流れる水みたいな美しい水色をしている。


早朝にお邪魔したオイの家は、下町の家ではよくある訳間取りで、土間が広く取って有り、ここで炊事をするのだろうと思われる昔ながらの古い建物だった。女手が足りない為に掃除が行き届いていないのか、雑然していて、何となく元気がない家に見えた。

肝心の水瓶はと言うと、なんとドラム式洗濯機くらいの大きさがあった。

デカいな・・これを満たすのは、体が弱っている者には至難の業だろう。


『仕方が無い、これも浮世の付き合いだ』


こほん・・と、偉そうに尤もらしく水瓶の上に手を翳す。


『アクアマリンよ美しい水の石よ、人々を潤す清らかな水を与えたまえ』


詩乃の手が光ると、みるみるうちに水が水瓶の底から湧き出てきた。

井戸の水の様な濁りもなく、透明度が高い水はあっという間に満たされた。

挿絵(By みてみん)

これには子供達もお婆さんも、驚き涙を流さんばかりに喜んでくれた。

・・ので、詩乃も少々良い気分になった、自分の手柄では無いんだけどね、偉いのはアクアマリンちゃんだ。

オイの家族は慢性の水不足で喉が渇いていたのか、思い思いにコップを水瓶に突っ込んでゴクゴクと飲んでいる、おいおい御毒見も無しかい?


ところが騒ぎを聞きつけた、隣の家の老夫婦がやって来て、驚きそして羨ましがったのだ。

いいないいな、お水いいなと。


詩乃は些か驚いた。

何処の馬の骨か解らない様な者が、怪しげな魔術で出した水など気持ち悪く無いのだろうか?遅効性の毒だったらどうするのだ?

なぜ、そんなに詩乃を信用する?貴族は毒味が基本だぞ!


ところがみんな、ニコニコと笑い、美味い美味いと水を飲んでいる。

どうやら海の近いこの街では、井戸水にわずかだが海水が混じっていて仄かに塩風味らしい。

ふんふん、なるほど・・詩乃は水を出すときに<南アル〇スの天然水>と、かつて見たCMをイメージしているので美味しい水が湧き出すのであろう。


『えへん!へんへん!!日本の水は美味しいのだよ』



     *******


詩乃の美味しい水の話は噂になって、瞬く間に街中に広がった。

家もお願い、こっちもお願い・・・と依頼は日々増えていった。

喜ばれると嬉しいし、頼られると頑張ってしまう・・まこと詩乃はニッポン人であった。




そんな訳で本日も下町一周の旅だ。


水は早く補充した方が助かる、奥さん達も働いているのだ、家事はさっさと終わらせて仕事に行きたい。この世界は基本早寝早起き達で、朝日と共に活動をはじめ、夕日と共に家へと帰り、夕飯食べてさっさと寝でてしまう。

・・ネットもないしね、起きていてもしょうがないのだ。

肉体労働が主な、第1次産業がメインな超健康生活優良者達。

朝からテンションが無駄に高い、高血圧親父がワンサカいる。

海水入りの井戸水のせいで高血圧なのだろうか?詩乃は密かに疑っている・・このまま詩乃の水を飲み続けると、この人達でも大人しくなるのだろうか?


「シーノンありがとな、干したラタだ。食うと胸が大きくなるぞ」


ツルツルの卵頭のセクハラ親父だが、これでも加工場の偉いさんだ。

奥さんがレシピを教えてくれる、なんだかんだ言って親切な人達なのだ。


日替わりであちこちから差し入れという名の報酬をもらう、娘さんと2人で暮らしている貧乏そうなお母さんは、娘さんのお古のスカートとブラウスをくれた。娘さんはもう小さくて着られないからと・・・。私、同い年なんですけど~(涙)。襟の刺繍が可愛らしい、お母さんが一生懸命刺したものだろう。




そんな毎日は、充実していないわけではないし、まあ嬉しいのだが、何か引っ掛かるセリフを思い出す。


「平民のB級魔術師なら、便利に使われるだろうよ」


・・・ご説ごもっとも、慧眼御見それ致しました。

詩乃の魔力検査をした、銀髪の青目の<鬱気味魔術師長>は元気だろうか?

2~3回しかあった事はなかったが、聖女様LOVEで鬱陶しい人だったが。




 朝の一仕事を終えて家に帰る、朝食の用意をする時間帯だ。

今日の御福分けは干しラタとマトト、それから魚の(多分、ほ乳類。)白い脂身、脂身は溶かして食料油として使うらしい。漁港が有るくらいだから、肉より魚の方が手に入りやすい。


詩乃は脂身を熱して溶かしつつ、干しラタを水で戻して細かく切った。

茹ででつぶしたトポテと混ぜ小判型に整え塩とハーブで味を調える、白粉を付け卵をくぐらせ、おろし金(木製だが)で下したパン粉をまぶして揚げれば・・。


「干しタラのコロッケ~」


惜しむらくはウスターソースが無いことだ。

手作りに凝っていた詩乃も、ソースの裏面表示に書いてある材料を全部集める気持ちにはならなかった、凄い数の素材が入っていたっけ、凄いなソース。

懐かしの味<その4>だ、ちなみに詩乃は中濃ソース派だ。




 出来立てのコロッケをお皿にのせてハンカチを被せる。

リーパパの店に持って行って、コロッケパンにグレードアップしてもらうつもりだ。お店に常備してくれないかな、作るの面倒だから是非置いてほしいものだ。


そんな事を考えつつ詩乃は歩き出した、ご近所さんだから冷めないうちに着くだろう。


突然強い風が背中を押して、詩乃は危うく転びそうになった。

乱れた髪が顔に当たって痛い、潮の香りが強く感じられる・・海鳴りが大きく響いて体が震える程に振動している・・まるで海が迫ってくるようだ。


「何だろう?なんか変だよ?」


思えば詩乃がトデリに来てから、天候が酷く悪くなった事は無かった。

海と空の間から、突然黒い雲がモクモクと湧き出し、凄い勢いでこちらへ向かって流れてくる。干された洗濯物がバタバタ音を立ててはためいて、突風に飛ばされてどこかへ消えてしまった。


詩乃は何とも言い難い、漠然とした不安を感じながらリーの店へと急いだ。


次回、嵐で荒れます。


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