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・魔女として召抱えられたようなので、

 

 窓の外をぼんやりと眺めながらわたしはため息をつく。

「どうしました? 」

 わたしの顔を鏡越しに見てアゲートが訊いてきた。

「さ、できましたよ。珊瑚様」

 口にくわえていた最後のピンをわたしの髪に押し込むとアゲートは言った。

「ありがと」

 わたしは鏡に写る自分の髪型を確認しながらお礼を言う。

 一晩で腰まで伸びた髪は慣れないせいでどう扱っていいのかわからず、さすがにわたしの手には余った。

「退屈…… 」

 わたしは一つあくびを漏らす。

「ね? キューヴ暇かな? 」

 ブラシを片付けるアゲートにわたしは顔を上げて訊いた。

「キューヴならいませんよ。

 コーラル殿下の従者ですから、一緒に王都にいっています。

 ご存知なかったんですか? 」

 そういえばここ数日殿下の姿もみていない。

「うん。何も言ってもらってなかったし、パン作りに夢中になっていたから気がつかなかったのよね」

「殿下のご身分が、ご身分ですからね。

 一応ここの主と言うことになってはいますけど。

 視察とか、謁見とかいろいろあって、ここには長期ご滞在になる事はないんです。

 主に王都にいらっしゃいます。

 今度は珊瑚さまがいらっしゃいますから,、もう少しここに立ち寄る頻度は増えるとは思いますけど」

「そっか、殿下もキューヴも居ないんだ。

 ……がっかり、馬にでも乗せてもらおうかなって思ったんだけどな」

 先日生まれて初めて乗った馬の背中は視界が高くなってものすごく気持ちが良かった。

 でもそれを堪能できるような状況じゃなかったから、今度はゆっくり乗らせてもらいたいななんて思ったんだけど。

「馬ならご用意いたしますよ? 」

「うん、ありがと。

 でもいいよ、一人じゃ乗れないもん」

 せめて自転車でもあればねぇ…… 

 なんて思うけど、馬と馬車が主な移動手段じゃ、それは望めないでしょう。

 それ以前にここにショッピングとかできる施設とかあるのかな? 

「こんなに退屈するんなら本の一冊も持ってくれば良かったかなぁ」

 無理は承知で言ってみる。

 そもそも自分の着る物一つ持ち込めなかった時点でそれは不可能だってわかっているんだけど。

「本ならありますけど? 

 書庫にご案内いたしましょうか? 」

「あはっ! 無理無理…… 

 こうして言葉が通じるだけでも奇跡なんだもん。

 さすがに字までは読めないと思うんだよね」

 わたしは少しだけ顔を引きつらせて笑う。

 本当は、ここの文字覚えればいいのはわかっているんだけどね、もともと長居するつもりはないから、勉強は正直面倒なんだよね。

「せめてここが王都城下なら珊瑚様も退屈なさらなかったのかも知れませんのに」

 気の毒そうに言ってくれる。

「王都の城下って? 」

「賑やかなんですよ。

 あたしも昔小さな頃に母さんに一度だけ連れて行ってもらったことがあるんですけど、お店とか市とかたくさんあって…… 」

「アゲート、居るかい? 」

 そんな話をはじめたとき、窓の外から声がする。

「あ、はい! 」

 ベッドを整えてくれていた手を休めてアゲートは窓から顔を出した。

「殿下のお帰りだよ、もうすぐ到着されるそうだ」

 窓の外から誰かが叫ぶ。

「はい、すぐ行きます! 」

 答えるアゲートの背後で城の中が急にざわめき始めた。

「じゃ、わたしはお出迎えにいくので…… 」

 ドアの側でアゲートは軽く頭を下げる。

「わたしも行くほうがいい? 」

 そのあとを追おうと急いでわたしは立ち上がる。

「いいえ、お出迎えは使用人の仕事ですから、珊瑚さまはこちらでお待ちください。

 後ほどお呼びがあると思いますから」

 言って少女は部屋を出て行った。

  

 ひとり残されたわたしは誰も見ていないのをいいことに大きく伸びをした。

 建物のあちこちから人の気配が一気に溢れ出す。

 人いきれ、足音、話し声。

 城の中の人数が一気に増えたことを物語っていた。

 

 わたしはエプロンを手に取るとキッチンへ下りてゆく。

 どうせ暇なんだし、この騒ぎだとキッチンでも大忙ししているんじゃないかと思う。

「何か手伝うこと、ある? 」

 キッチンへ顔を出すとわたしは訊いた。

「ジャガイモの皮でも剥こうか。

 わたしはキッチンの傍らに置かれたジャガイモの樽の側に陣取った。

「そりゃ、この剣幕だからね。ありがたいんだけど」

 その場にいた料理人のおばさんが少し眉をひそめた。

「大丈夫よ、誰に言われたわけじゃない、わたしが自分でやりたいって言ったんだもの」

 言ってナイフを手に取った。

「いたいた、珊瑚様。

 こんなところにいらしたんですか? 

 一体何をなさって…… 」

 慌てた様子のキューヴが顔を出す。

「あ、うん。

 お手伝い。

 皆忙しそうにしているのにわたしだけ暇してるのってなんだか悪いでしょ? 」

「魔女殿のお仕事はここではないはずですが」

 キューヴは渋い顔をする。

「来てください、コーラル殿下がお呼びです」

「今? 」

「はい」

 キューヴの答えにわたしはナイフを下ろすと立ち上がる。

 汚れた手をエプロンでぬぐうとそれを外してキッチンでた。

「嬉しそうですね」

 ホールに急ぐわたしの顔を覗き込んでキューヴが言う。

「あのお顔、見ているだけだって目の保養だもの」

 言うだけで顔がにやける。

「そう? ですか」

 キューヴが思い当たらないというように頭を傾げた。

「そりゃ、誰もが認めるような美貌とはちょっと違うわよ。

 間違っても美少年とかなんて言葉は当てはまらないと思うよ、わたしだって…… 」

 少なくとも今は。

 もう少し、あと十年前だったら絶対そうだったと思われる、通った鼻筋に彫りの深い整った顔、きれいな波打つアッシュブロンドに、揃えた青灰色の深い瞳…… 

 さすがに美少年の年齢は過ぎて、どことなくワイルドな風味が加わって、それがわたしにはたまらない。

 なんて…… 

 趣味が一般から外れているって友人にも言われる…… 

 いいじゃない、好みは人それぞれなんだもん。

 

 狭い螺旋階段を上り、ドアの前に立つと、わたしは一つ息を吸う。

 下がっている前髪に軽く手櫛を通して整えると、ドレスの裾に視線を走らせる。

 ん、大丈夫。

 そう確信してからドアをノックした。

「お帰りなさい」

 ホールの一角に置かれたソファに腰をおろしくつろぐ殿下の姿に、思わず頬が緩む。

 ……やっぱり、いい男だ。

「で、早速だが、魔力は? 」

 男は射るような瞳でわたしを見据えると口を開いた。

「ぐ…… 」

 正直返事ができない。

 それはそれはもう、ちっともさっぱりかけらも魔女としてのチカラが覚醒した感覚なんて持っていない。

「駄目か…… 」

 男は落胆したようにため息をつく。

 そんな残念そうな顔しないでよ…… 

 目の保養にならなくなっちゃう。

 

 って、原因はわたしだから仕方がないか。

 

「それはそうと、キッチンでメイドの真似事をしているとか? 」

 男の片眉がいかにも気に入らないという風に少しあがった。

「ごめんなさい。

 そんなことする暇があったら、魔力を何とかしないさいって言いたいのよね」

 わたしは男の視線におびえて思わず身を竦める。

 とは言われても、どうすりゃいいんだってもので…… 

「でもね、おじいちゃんに少しでもやわらかいもの食べてもらいたかった、っていうか…… 」

 その言葉にふっと、男の表情が緩んだ。

 何故だろう、その表情にときめいてしまう。

「その件に関しては礼を言うよ。

 先王が喜んでいた。

 歯が弱ってしまってもう久しいこと満足に食べることのできなくなっていたパンをまた食べることができるようになったと…… 」

 殿下は目を細める。

「先王って、おじいちゃん、先代の国王陛下だったの? 

 っていうか先代の国王陛下って生きていたの? 」

 思わずわたしは声を上げた。

「生きていたって失礼な」

 そばにいたキューヴが声を上げる。

「よい」

 殿下がそれを制した。

「だって、普通先王が亡くなると次の王が王位を継ぐものじゃないの? 」

 思わずつぶやく。

「いや、パートナーの魔女を失って王位を退いたんだ」

「魔女を失うと退位って? 」

「そう、この国の王位につく条件は自分専属の魔女を抱えることだ。

 したがって魔女を失うと同時に王位も失う」

 ……どうりで。

 出迎えに来てくれたり、上等な衣類を着させてくれたり、わたしの扱いが莫迦丁寧な理由がわかった。

 って、言うことはわたし魔女じゃなかったら裸で放り出される? 

 

 気がつかなかったけど、なんかヤバイことになっていたのかも? 


「そんな顔しなくても、追い出すつもりはない」

 わたしの表情を読み取ったように殿下は言う。

「すくなくとも料理人くらいはできるだろう。

 皆が言っていた。今度の魔女殿は気さくで誰にでも簡単に魔法を教えてくれると」

「魔法って、あれはただの料理のレシピよ。

 そりゃわたしだって、扱っているのが農薬みたいなものだったら危ないからそうは簡単に誰にでも教えるって訳にはいかないかも知れないけど、料理は広げれば皆がおいしいもの食べられるじゃない」

 わたしは殿下に笑いかけていた。

「そういうわけだから、わたしキッチンに戻らせてもらうわね」

 もちろん、誉められてかぁなり気を良くしていたから。

 無性に何かおいしい手料理を食べてもらいたくなったのだ。

「駄目だ」

 キッチンに向かおうと背を向けたわたしを殿下は呼び止める。

「は? まだ何か? 」

 わたしは首を傾げた。

 さっき殿下も言ったように、今のわたしにはキッチンの下働きくらいしかできない。

 ここにいたって何の用も成さないはずなんですけど? 

 

「お前には私付きの魔女としてここにいてもらう」

 そう言って殿下は自分の隣の椅子を視線で示す。

「はい? 

 だから、わたしまだ魔法はさっぱり…… 」

 ほんと冗談抜きに、キッチンにおいて置いたほうが余程使いみちあると思うんですけど? 

「とにかくだ、呼び出してしまった以上は今のところお前が私の魔女だ。

 契約も済んでいる。

 魔術を使いこなせまいと、ここにいてもらわねば体面が保てない」

 ……わたしって、広告塔って、こと? 

 さっきの王位云々のことから考えてもたぶんそうなんだろうな。

 きっとこの国の王様は力のある魔女とか魔法使いの存在と力を借りて国を治めている。

 だから世継ぎの王子にも次期王付き魔女の存在が側にないと都合が悪いとか、下手すれば世継ぎと認められないとか…… 

「う~ 」

 わたしは無意識に軽く唸っていた。

 もしかして、じゃなくて、もしかしなくても、わたしとんでもないところへきちゃったみたい。

 こうなっちゃうともう逃げるに逃げられないんじゃないの? 

 

 その頭の片隅を、妙なことがよぎる。

 逃げられないのはともかくとして、わたしあの場所にあの格好で放り出されていたらどうなっていたんだろう? 

 もしも殿下とキューヴが迎えにきてくれなかったら…… 

 あの格好のまま動くことができずに、最終的にあの大きな鳥に食べられていたのかな? 

 そう思っただけで身の毛がよだつ。

 今まで、全く知らない所で知らない人に囲まれて気が動転してたから全然気がつかなかったけど。

 

 

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