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・何が起こったのかわからなかったので、

 

 車輪から伝わる乱暴と思われるほどの振動が変わる。

 何か硬いものの上を走り出したと感じわたしはそっと窓の外を見る。

 

 窓から見える景色は、いつの間にか一面の畑は消え、代わりに両側を石造りの建物が並ぶ街並みになっていた。

 

 程なく馬車が止まると、待っていたように扉が開けられる。

 困惑したような、安堵したような妙な表情でキューヴが立っていて、馬車から降りるわたしに手を貸してくれる。

 降り立ったのはやはり城と言うよりは砦といったほうがいい無骨な石を積んで作られた無数の塔が寄り集まった建物。

 今までわたしがいたところと違うことといえばその大きさが半端ないって事だ。

 そのものすごい威圧感に気おされわたしは身を竦める。


「急いでください、珊瑚様。

 こちらです」

 キューヴは言うと先にたって足早に歩き出す。

 

 やはり階段を上った先にある跳ね橋式の踊り場の向こうに空けられたアーチを潜る。

「あ…… 」

 そこでわたしは足を止めた。

 

 なんだろう? 

 この肌を刺すようなぴりぴりした空気…… 


 この建物がまるでわたしを拒んでいるように思える。

 それと同時に身体中の力が抜けてゆくような感じに見舞われる。


「珊瑚様? 」

 足を止めてしまったわたしにキューヴが振り返る。

「どうかしましたか? 」

「ね、キューヴ、魔女は同じ土地に二人いたら能力が使えなくなるとかって…… 」

 以前言われたことを思い出して口にする。

 この身体の力が抜けてゆくような感覚はそのせいなんじゃないかって思えたから。


「大丈夫ですよ。

 国王陛下の魔女様には緊急的に城下外へ退避していただいています」

 わたしを落ち着かせようとでも言うかのような普段以上に穏やかなキューヴの声。

「それと、魔女を使う国王陛下にも魔女の力が多少移っていますので、陛下も同時に退避なさいました。

 挨拶できないことを詫びておくと仰っていました。

 ですから、何も問題ないはずなのですが…… 」

 

 キューヴはそう言ってくれるけど、明らかにここには妙な気配が満ちている。

  

 まるで背筋が寒くなるような…… 


 どこからか誰かに見られているような気がして、わたしはその視線の出所を探して、周囲を見渡す。

 だけど、気のせいだったのか誰の姿も見出せない。

「刺されたのは腹部です。

 幸いというか凶器が小ぶりの短剣でしたので傷はそれほど大きなものではなかったのですが…… 

 手は尽くしたのですが、出血が止まらず…… 」

 向こうの砦と同じような狭い螺旋階段を上りながらキューヴは取り急ぎといった感じで話し始める。

 出血が止まらないって…… 

 あの時も、そうだった。

「もしかして、殿下って子供の頃からそういう病気持ってたりする? 」

 遺伝子系の病気がとある王族の中に入り込んで、政略結婚が多かったためにその病が近隣の王族中に蔓延したって話、聞いたことがある。

 症状と殿下の身分からわたしは一瞬その病を疑った。

「いいえ、全く。

 陛下は子供のこれからこれ以上ない、こちらが手を焼くほどの健康体でしたから。

 ご幼少の頃一度、登っていた木から落ちて酷い出血を伴う怪我をなさったことがありますが、その晩、まだ傷がふさがらないうちから走り回って乳母の手を焼かせたとか、有名な話です。

 それに病でしたら、国王陛下の魔女殿の手に負えていたはずなんです」

「だったら、何故? 」

 

 何故同じ事が二度も続くんだろう? 

 妙な違和感がわたしを襲う。

 

「珊瑚様? 」

「え、あ、うん…… 」

 キューヴの声に顔を上げる。

 けど、なんだろう? この違和感。

 わたしの身体をさっきからずっと苛んでいるこの空気。

 

「珊瑚様、こちらのお部屋です」

 螺旋階段を上った先の一室のドアを開けキューヴがわたしを招き入れた。

 

 明かりを落とした部屋の中に置かれたベッドの上に横たわる一つの影。

 わたしは促されるままにそっとその傍らに歩み寄る。

  

 あの時と同じ血の気のない白い顔が闇に浮かび上がる。

 

 わたしはベッドの隣に腰を下ろすと、その手に触れた。

 ……冷たい。

 全くといっていい程に熱を持たない手。

「やはり駄目だな」

「?」

「姫君を愛している芝居を打つなんて簡単だと思っていたんだが…… 」

 つぶやく声と共にそっと殿下の手がわたしの頬に伸びる。

「失敗してこの様だ…… 」

 召還した魔女の名が、自分の名と同じ意味をもっているのも何かの縁かと思っていたが、まさかここまで結びついているとは思わなかった。

 ……こんなに嘘もつけないほどに惹かれてしまうとはな」

「知ってたの? 」

 ああ、歴代三十七人の魔女のうちにはお前と同じ世界の同じ国から召還された者もいた。

 その魔女が残した書物に記されていたよ」

 もしかして、あの本のことかな…… 

 以前書庫で見た和綴じの筆文字の書付を思い出す。

「珊瑚もコーラルも海底から上がる紅い宝石の呼び名だそうだ」

「黙って」

 これ以上体力を使って欲しくない。

 あえぐ息の下で囁くかすれ声をわたしは制する。

 わたしは頬に触れたその冷たい指先に自分の両手を持ってゆき重ねると握り締める。

 それに触れたまま睫を落とす。

 瞼の裏に浮かび上がるいつものあの赤い糸を手繰ろうと…… 

 

 でもすぐにわたしは目を見開いた。

 ないのだ、どこにも。

 いつも瞼を閉じて集中しさえすれば見えるあの筋が。

 途切れているとかそんな問題じゃない。

 全く、一筋さえも見出すことができない。


「どうして? 」

 わたしは茫然とつぶやく。

「珊瑚様? 」

 キューヴが不思議そうにわたしの顔を覗き込んだ。

「どうしよう、キューヴ。

 見えないの」

 キューヴを見上げてわたしは言う。

「見えないって何が? 」

 今までわたしは自分の能力の系統をはっきりと誰にも伝えたことはない。

 だから、わたしの言っていることがキューヴにわかるはずはないのだけれど、何か異様なことになっていることだけは読み取ってくれたらしい。

 いつもの穏やかなだけとは違う真剣な口調で訊き返してくる。

 わたしは首もとの石を握り締めた。

 もう一度目を閉じる。

 だけどいつもの光景を見ることはできない。

 その間にもダンダンと殿下の呼吸が弱くなっていくのはわかる。

 

 何とかしなくちゃ。

 今すぐに。

 

 あせりだけがわたしを捕らえる。

「どうしよう…… 」

 もう一度片手で殿下の手を、もう片手で石を握り締め瞼を閉じる。

 そして瞼を閉じたままその裏側をみるように視線をくまなく動かす。

 そのわたしの目が何かを捉えた。

「なんだろう? 」

 目の端に何かどす黒いものがこびりついている。

 その位置に視線を据えたまま瞼を開けると手を伸ばす。

 わたしから伸びた指先は殿下の傷口へ至っていた。

 触れると傷口から妙な感じがする。 

 この城に入った時のあのぴりぴりとした刺激に似た感覚。

「ね、キューヴ? 」

 わたしは背後で心配そうに見守るキューヴを振り返った。

「凶器は? 殿下を刺した凶器どこ! 」

 最後の方は叫び声になっていた。

 何故だかわからないけれど、どうしてもそれが気になる。

「これですよ」

 キューヴの気配が動いたと思ったら、すぐに何かをわたしに差し出してくれた。


 ……みなくてもわかる。

 これだ…… 


 わたしのすぐ側に差し出されたものから強烈に嫌な気配がする。

 手を伸ばすと一緒にわたしの指先に静電気に似た軽い衝撃が走り、わたしはそれを取り落とした。

 毒じゃない、何か魔術的なものが掛けられている。

 そうわたしは確信する。

 そしてそれと同じ魔力が城のどこからか漂ってくる。

 だからなのかも知れない。

 わたしの能力が使えなくなっているのは。

 

「魔女同士が同じ場所に居てはいけない。

 何故なら、お互いの能力が呼応し反発しどんな災厄が起こるかわからないから」

 そういわれた意味が今身にしみてわかった。

 多分わたしの能力はこの短剣に魔力を込めた誰かに呼応して使えなくなっている。

 でも、誰が一体こんな魔力を。

 ここの主の魔女がそんなことをするとは思えない。

「これ、誰の持ち物? 」

 わたしはつぶやくように訊く。

「陛下を刺した姫君の従者の物です」

「隣国の? 」

 わたしは目を見開いた。

「ね、キューヴ隣国にも魔女って居るの? ここと同じように? 」

「さぁ、聞いたことがありませんが」

「でもね、確かにここにわたしの能力じゃないほかの魔力があるの」

 あせりも手伝って頭の中がぐちゃぐちゃになりそうだ。

 一つ明白なのは、それが王女様のごく身近な人間であるということ。


 陛下の傷が悪化してゆく原因は大体わかった。

 だけどわたしにはそれを止める術がない。

 

 誰なんだろう? 隣国の人間で今ここにいて魔力を持っている者…… 

 今すぐ探し出して排除して欲しい。

 

 だけど時間がない。

 

「何をやっても無駄でしてよ」

 あせるわたしの背後から不意に声がした。

 顔を上げなくてもわかる。

 セラフィナ王女の声だ。

「その短剣で刺されたものは一日と命がもちませんの」

「な…… 」

 どうして姫君がそんなことを知っているのだろう?  

「それにはわたくしの魔力が込められているんですもの」

 くすりと王女は笑みをこぼす。

 

 王女様が魔女? 


 その事実を暫くわたしは受け止められずに居た。

 だって先王陛下が言っていた。

 魔力は異世界から召還された人だけが持つ能力だと。


「信じられないのも無理ありませんわね。

 この世界の人間が、ましてや王女が魔力を持っているなんて…… 」

 ふっと王女は笑みをこぼす。

「わたくし十六年前にあの聖域で父王に拾われた赤子なのですって。

 拾われた時にまだほんの乳飲み子だったことでわたくし自身は何も覚えていないのですけれど。

 単なる捨て子だったのか、それともあなたと同じように異世界からきた者なのかはわからなかったそうだけど、拾った赤子を父は実子として育てることにしたのだそうよ。

 将来魔女となる事を期待して…… 」

 あの時オプシディアンの言っていた姫君の秘密ってもしかしてこれのことだったんだ。

「父王の期待通り、わたくしには子供の頃から不思議な能力がありましたの。

 こうしてわたくしが触れた武器はどんなかすり傷でも必ず致命傷となる傷を与えることができるようになりますのよ」 

 どこからか取り出した短剣に王女はすっと指を沿わす。

 それと同時にさっきと同じぴりぴりとした空気があたりに広がる。

「おかげで困っていましたの。

 父となった国王が放してくれなくて」

 隣国の国王がどんな人間かは知らないけど、絶対放したくなくなるの、わかる。

 だって触れただけで致命傷を与える武器を作れる人間なんてのが手元に居たら仕掛けた戦、全戦全勝じゃない。

 例え自分の手元で使うつもりはなくっても、そう言った相手の手に姫君が渡るのは絶対に避けたいはずだもの。

「今度の縁談は、父の元を離れられる格好のチャンスだと思っていましたのに、あんな他愛もない条件をつけられて…… 

 父王も考えたものでしてよね。

 こちらの王太子はすでに心に決めた方が居るのを知っていて、相思相愛にならなければわたくしを輿入れさせないなどと、とんでもないことを言い出すんですもの。

 おまけに、父ときたらわたくしが取り決めどおりに王太子になびいた時には、王太子を殺せと従者に密命まで与えていたんですもの」

 そういいながら恨みの篭った目でわたしを見据える。

「もしかして、隣国の国王って最初から娘を結婚させるつもりはなかったってこと? 

 娘可愛さじゃなくて、娘の能力を手放すのが惜しかったから」

「ねぇ、不公平だと思いません? 

 あの場所に迎えにきた人物如何によって置かれる立場が変わるなんて…… 

 本当なら、あなたの場所に居たのはわたくしでしたのよ? 」

 王女は少し首を傾げた。

 そんなこと言われても…… 

 多分十六年前にあの場所に赤ちゃんがトリップしてきたなんて誰も知らなかっただろう。

 


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