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・帰ってくれなくて困ったので、

 

「全く弱りましたな…… 」

 深夜のキッチンで顔を向かい合わせた将軍は声を潜めて言ったあと渋い顔をする。

「うん」

 わたしはその将軍を前にあからさまに一つため息をついた。

 深夜のキッチンは、いつものように明日の食事の下準備におばさんが残っているだけだ。

 それを承知でわたしはここへ将軍を誘った。

 キープの中は意外に声が響いてしまう。ここなら今の時間おばさんしかいないし、でも毎晩遅くまで灯りのついている場所だからここから明かりが漏れても誰も気にしない。

 おまけにキープからも離れている。

 

「本当は殿下に連絡して対処してもらえば一番いいのは解っているんだけど…… 」

 わたしは睫を伏せる。

「そうしたら姫君も一緒に来てしまいますからね」

 将軍が苦笑いをする。

「それじゃ、元の木阿弥じゃない? 」

 それに殿下の隣にあの姫君が立っている姿はみたくない。

 

 きっと、あの男も一緒なんだと思う。

 殿下の隣にべったりと張り付く姫君の姿を見たくなくて、強引にここに残ったんじゃないかな、って思える。

 

 おばさんがパン種を捏ねる手を休めた。

「それじゃ、あのおひいさんに病気にでもなってもらったらいいじゃないか」

 次いでわたしの隣に座り込みながら言う。

「なに? どういうこと? 」

 わたしは目を見開いておばさんの顔をみつめる。

「いや、本当にじゃなくていいんだよ。

 キューヴにでも言って嘘の書状を送ってもらうんだ。

 おひいさんが熱でも出したとか何とかね。

 異国で、主が倒れたとなればお付きがこんなところで油を売っているわけには行かないだろう」

 おばさんは手元のポットからお茶を注ぎ、わたしと将軍に差し出したあと自分の口元にも運ぶ。

「何を差し置いても慌てて帰るって寸法さ」

「でも、そんな嘘なんてすぐバレない? 」

「ばれたって構うもんか。

 ここに居座っていたんじゃおひいさんの病状はわからないからね。

 王都に戻るしかない。

 戻ったら今度はキューヴにがっしりと捕まえていてもらえばいいわけだ。

 それとも、あれだよ。

 珊瑚ちゃん。

 嘘をつくのがいやだって言うんなら、あんたのその能力で何とかなるだろう? 」

「おばさん! 」

 わたしは思わず声をあげ椅子から立ち上がった。

「それは、ちょっと、無理、かも…… 」

 思い直して腰を椅子に戻しながら消え入るように呟く。

 

 おばさんの言うことは解る。

 人の怪我を治せるんなら、人を傷つける事だってできる筈。

 能力を反対に使えばいいんだから。

 

 さすがに、それは試したことがないし、やるつもりもない。

 誰構わず呪ったりしたら、本当にわたしの知っているところの魔女だ。

 

第一、火あぶりになんてされたくないもん。

 

「まぁ、珊瑚ちゃんじゃ、そう言うだろうね」

 おばさんは笑っている。

「できると思っちゃいないよ」

 何故か声を落として窓の外に気を使うようにしながら囁いた。

「さ、今夜はもう遅いし、お二人さん寝な」

 気持ちを切り替えるように大きな声をあげる。

「一晩寝れば何かいい案を思い浮かぶかも知れないだろう? 」

 おばさんは立ち上がるとわたし達を追い出すように言う。

「明日の朝は珊瑚ちゃんの好きなベリーのパイを焼いて置くから、楽しみに寝るといい」

 更にそう言って、わたしの背中を押し、キッチンから追い出した。

 

「どうしますか? 」

 月明かりのした、将軍がわたしの顔を見下ろして訊く。

「仕方ないから、今夜はもう休もうか」

 ため息混じりに言ってわたしはキープに向かって歩き出す。

「おばさんの言うように、一晩寝れば何か考えつくかも知れないし。

 将軍もどうしたらいいか、何かいい案考えておいてくれる? 」

「わかりました」

 笑顔を向けてくれると将軍は城門楼の方へ足を向けた。

 

 

 翌朝の食卓には本当にベリーのパイが乗っていた。

 ここのベリーのジャムは素材がいいのかおばさんの腕がいいのかものすごくおいしくて、それを使ったパイやタルトは絶品だったりする。

 お気に入りのおいしいものを口にして、ここのところ沈みがちだったわたしの気持ちも少し浮き立つ。

 おばさんにお礼を言うつもりで、機嫌よくキープの外階段を下りていると、目の前を突然塞がれた。

 

「あんた、人の心や体調まで操れるんだって? 」

 オプシディアンが何故か怒ったような表情で立っている。

 そのせいでさっきまで浮き足立っていたわたしの心は一気に掻き曇った。

「だから何? 」

 わたしは男を睨みつける。

「気味の悪い能力だな」

 オプシディアンは吐き捨てるように言った。

「そんなの余計なお世話でしょ」

 気味が悪かろうと悪くなかろうと、そんなのこの人には関係ないはずだ。

 男の脇を通りぬけ、下へ降りようとしたところをその手が伸び壁際に追い詰められ止められる。

「それで、その気色悪い能力を使って俺のセラフィナに何をするつもりなんだ? 」

 これでもかと言うほど顔を近付け、搾り出すように言う。

「なんで、それ…… 」

 思わずわたしの口からこぼれる言葉。

 

 何故この男はそんなことまで知っているんだろう? 

 もしかしてどこかで聞いていた? 

 

 首をかしげながらもはっとする。

 だから料理人のおばさんは昨日あんなことを口にしたんだ。

 そういえば、なんとなく外の様子を気にしていたみたいだった。

 男自身か、男につながっている誰かが、キッチンの側で耳を立てていたのに気がついていたんだ。

 だから、男がその話を耳に入れれば、王女を守るためにすぐにでも王都に戻るんじゃないかって思ってわざと王女に危害を加えれば、なんて提案してくれたんだ。

 この男以外の隣国の誰かに聞かれたらものすごい問題になっちゃう少し乱暴な話だけど。

 こうして男がわたしの前に来たってことは少しは効果があったってこと。

「どうせならさ…… 」

 わたしの目の前に迫る男の顔が気味悪く歪む。

「その能力、他の方角に使ってくれないか? 」

「は? 」

「あんたの能力があれば、事は簡単だろう? 

 俺だからわかるんだけどさ、セラフィナはあんたの王子に惚れている。

 それもかなりな」

 ……そんなの言われなくてもわかっている。

 初めて対面した時から。

 王女はそのことを隠そうともしなかった。

「だからさ、あんたの能力でその感情をなかったことにしちまえばいいんだよ。

 簡単だろう? 

 そうすれば俺はセラフィナを連れて国に帰れる。

 あんたの前には二度と現れない。

 あんたはあんたの王子をまた独り占めできるって訳さ。

 使わない手はないだろう」

 

 まるで心の内を覗かれたみたいで、わたしは男の言葉に息を飲む。

 

「お断りよ」

 思わず男の横顔をひっぱたきそうになり、それをこらえてわたしは手を握り締める。

「図星だろ? 」

 男はくっと笑みを漏らす。

 

 ……おんなじだ、国王陛下と。

 わたしは男にきこえないように心の中で呟く。

 

 どうして皆わたしの能力勘違いするんだろう? 

 

 命をつなぐことはできるけど、その反対もできるかも知れないけど、どうしてそこが人の感情を操ることに繋がるんだろう? 

 そこまでできるなんてとんでもない勘違いだ。

 皆が希望することが全部できるほどの能力があったら、当然もといた世界に帰ってる。

 それができないからここにいるんじゃない。

 

 でも…… 

 

 わたしは奥歯をかみしめるともう一度ぎゅっと手を握る。

 

「ね、わたしのことそこまで聞いて、セラフィナ王女のこと心配じゃないわけ? 」

 わたしは男を見据えると言って、次いでおもむろに瞼を伏せる。

「今頃、高熱出していたりして…… 」

 呟くように続けた。

 男の顔色がさっと変わる。

 

「な、そんなことしたら外交問題に…… 」

 顔を引きつらせながら男は呟いた。

「なると思う? 

 わたしが能力を使ったのか、それとも本当に病気なのか、どこで証明する訳? 

 少なくともわたしは『知らない、できない』って言い続けるだけだけど」

「く…… 」

 男は苦しそうに顔を歪め、唇を噛んだ。

「……そろそろ、王都に戻る頃、だ、な」

 明らかに狼狽しながらわたしから視線を反らせて呟くように言う。

「荷物をまとめなくては…… 」

 うろたえながらもそう言ってわたしの前から離れていった。

 

「じゃぁな、もうこれっきり会わないことを祈ってるよ」

 急いで用意させた馬に乗り込むと男は捨て台詞のような言葉を残して砦を出て行った。

「やれやれ、だね」

 その後ろ姿を見送っていると、何時の間にか背後に来ていたおばさんが呟くように言った。

「ありがとう、おばさん。

 本当に助かった」

 わたしはおばさんに向かって頭を下げる。

「いや、あんただけじゃなく、あの男には砦の皆が迷惑してたからね。

 とっとと帰って欲しいって皆が思っていたんだよ。

 もちろんあたしもね」

「キッチンの外で誰かが聞き耳を立てているなんてよくわかったよね」

「なに、あんたらと違って毎晩あそこにいるんだ。

 いつもと違う物音がすればわかるに決まっているだろう」

 おばさんは笑い飛ばす。

「それより、今朝のパイはどうだった? 」

 バツが悪いのか、照れくさいのか、話をはぐらかすようにおばさんは言う。

「うん。最高においしかった。

 ありがとう」

 わたしは笑顔を向ける。

「そりゃ、よかった」

「ね、今度ジャムの作り方とあのパイのレシピ、教えてくれる? 」

「いいけど、料理上手の珊瑚ちゃんじゃ教えなくてもできるんじゃないかねぇ。

 あたしの仕事奪わないでおくれよ」

「うん」

「じゃ、キッチンへ行ってお茶にしようか」

 おばさんはそのふくよかな手でわたしの肩を抱いてキッチンへ促した。

 

 

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