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・突然求婚されたので、

 

 ちいさな明かりを手に暗い螺旋階段を上る。

 昇りきった先のホールを寝室へ向い歩いていると、たどり着く前に誰かの手で別の部屋に引き込まれた。

 途端に唇を奪われる。

 誰? 

 少なくとも殿下じゃない。

 手の感じや使っている香水の匂いでわかる。

 嫌悪で身の毛がよだつ。

「や…… 」 

 眉を寄せると腕に力を込め、わたしはその体を突っぱねた。

「何すんのよ! 」

「思ったよりもつれないんだな」

 闇の中から声が響く、聞き覚えのある声。

 確か王女の従者のオプシディアンとかいった男…… 

 怒りを込めたわたしの声とは反対に男は至極冷静そうだった。

 つれないも何もない。

 それ以前に全くの初対面に近いような男にこんなことをされる覚えはないんだけど。


「何か用? 」

 わたしは闇の中に浮かび上がる影を睨み付けた。

「君と取引しようと思ってね」

「取引って…… 」

 何か物騒な感じを含んだ言葉にわたしは眉をひそめる。

 

「ここの魔女って奴は、国王の片腕でありながら国王とは別の夫を持つんだってな」

「だから何? 」

「俺を君の夫にしてもらおうと思って」

「な! 

 どーして、いきなりそんな話? 」

 思わず声が大きくなる。

「いいだろう? 代わりに君を護ってあげようって言っているんだから」

「どういうことよ? 」

 一歩距離を取りながらわたしは訊く。

 男の頭の中では完結しているんだろうけど、わたしには全く理解不能だ。

「俺と結婚するか、一生地下牢暮らし、どっちがいい? 」

 男はわたしを見据えるとうっすらと笑う。

「どっちも嫌よ」

「俺さ、セラフィナ王女の乳兄弟なんだよ」

 わたしの答えに反応せず男は言う。

「だから何? 」 

「だから、俺は王女を赤子の頃から知ってる。

 あれはさ、見た目とは違ってかなりの女だ…… 

 その上に持ってきて国王が甘やかして育てたからな、何でも自分の思い通りにならないと気が済まないんだ」

「それがわたしとあなたが結婚することとどう関係あるのよ? 」

「あいつはさ、正直言ってすでに君を邪魔者だと思ってる」

 男の言葉に息を呑む。


 ……それは否定できない。

 なんとなくそんな感じはしていたから。

 王女をよく知っている人間の口からそうはっきり言われて、やっぱりって思う。


「君は、危機感って言葉知らないのか? 」

 男は一つ息を吐く。

「もし、あいつがこのままコーラル殿下の所へ輿入れしたら、君はどうなると思う? 

 そうだな、地下牢か、いいところ城の塔にでも閉じ込めてその能力だけ搾取されることになるだろうな。

 あ、脅しじゃないぜ。

 あいつはそのくらいのこと簡単にやってのける」

「つまり王女様はわたしが邪魔だから、厄介払いしたいって事なんだ」

「そういうこと。

 だから、取引。

 俺をお前の夫にしてもらう代わりに、俺はお前を王女から護る。

 俺は幸いにもあいつの弱みを知っているからね、君一人くらいなら簡単に護れるよ。

 少なくとも地下牢暮らしからは救ってやれる。

 悪い話じゃないだろう? 」

 

 おおよそ男の言いたいことはわかった。

 だけど、この男の考えていることがまるっきり見えてこない。

 何が目的でこんな提案をしてくるんだろう? 

 

「はい、そうですか」

 なんて間違っても口にできない。

 

「……さすが、魔女」

 黙っていると男がつぶやく。

「自分の命や扱い云々よりも、理由が知りたいってか。

 いいよ、教えてやっても」

 男の手が、わたしの顎の辺りに伸びてくる。

 白い長い指先がそっとわたしの顎を上げる。

 おとなしくしていたら顔がよってきそうな予感がしてわたしはその手を振り払った。

 

「俺さ、あいつに子供の頃から惚れているんだよな、

 あの気の強い性格のところも何もかも…… 

 ところがあいつは一国の王女。

 俺らみたいな身分の低い人間には手の届かないどころか、近い将来他国へ放り込まれて以後会うこともできなくなる。

 それで、どうしたらこれから先あいつと離れずにいられるか考えた」

「だからわたしに目をつけたって言うの? 」

「そう。

 国王の片腕たる魔女の夫ともなれば、自然にセラフィの側にいられるからな。

 それに…… 」

 男は言いかけてふと口を閉ざす。

「俺は運がいい。

 幸いにも今度の魔女は若い上に独身。

 その黒い髪は俺の好みじゃないけど、それは別にどうってことない」

 

 ……って、言いたいこと言ってくれるじゃないの。

 要は王女のストーカー? みたいな。

 というか、王女に惚れてるんなら他の女に手なんか出すなっての! 

 

 聞いているうちにダンダン腹が立ってきた。

 

「お生憎様。

 わたし、自分を好きになってくれる可能性のない人と一緒に生活なんてできないから」

 ふん。

 と鼻を鳴らす勢いで言ってしまった。

 

「いい話だと思ったんだけどな」

 つぶやいて、男は何かを考えるように口を閉ざす。

「ま、まだ急がなくても大丈夫そうだし、考えといてよ」

 言いながらするりと男はわたしの脇をすり抜けてドアへ向う。

「いい返事を期待してるよ」

 念を押すかのように言って、部屋を出て行った。

 

 

「どこがいい話なのよ? 」

 一人部屋に戻ると、男に言われた言葉をわたしは呟く。

 さっきから何度となくその言葉がわたしの頭の端で渦巻いていた。

 好きでもない人間と一緒になってでも好きな人と一緒にいたいって、どういう神経なんだろう? 

 そう思う反面、そこまでするほど、王女さまのことを好きなんだなって。

 なんかものすごく切なくなる…… 

 

 ため息をついてわたしはベッドに潜り込んだ。

 

 

 翌朝、朝食を終えて自室に戻り恐らくは出発の身支度をしている筈と思う殿下の部屋のドアを叩く。

「殿下、ちょっといい? 」

「なんだ? 」

 あけたドアから顔だけ入れると、キューヴの手を借りてフロックコートを羽織っていた殿下が顔を向けてくれる。

「キッチンのおばさんと話したんだけど、このままだと小麦がね。

 来年の収穫までもたないかもって…… 」

「入れ」と身振りで指示されて、わたしは部屋の中に踏み込んだ。

「他の穀は? 」

 殿下の片眉が上がる。

「それは充分。むしろ余ってるんだけど。

 ごめんなさい。

 ……その、多分わたしのせい」

「何故そうなる? 」

 肩を竦めて縮こまり殿下を見上げると、その表情がふと緩んだ。

「パンの消費量が激しくて…… 」

「気にするな、お前のせいじゃない。

 小麦は追加を手配しておこう」

「殿下、そろそろお時間です」

 身支度を済ませた殿下をキューヴが促した。

「ああ」

 返事をするとドアに向かいながら、わたしに歩み寄る。

 その手がわたしの頬に伸ばされると、仰向かされ額に軽く唇が落とされた。

「あ…… 」

 わたしは睫をしばたかせる。

「皆の前ですると、お前、嫌がるだろうに? 」

 笑みを浮かべて殿下は言うと触れていた手でやさしくわたしの頬を叩く。

「どうした? 」

 そのまま黙って上げたままになっているわたしの顔を見下ろして殿下が問い掛けてくる。

「ううん。なんでもない」

 わたしは慌てて首を横に振った。

 

 でも、本当は…… 

 殿下の唇がわたしの額に触れた瞬間、いつものように見えた今ありえない光景。

 今回は、何故か漠然としすぎてはっきりしない。

 そのぼやけた光景が妙に気に掛かる。

 正直なことをいってしまえば、どちらかというとまた何か嫌な感じを抱かせる。

 だけど、それは先日のものとは違った感じのもので、はっきりどうとはいえない。

 強いていえば今すぐに命にかかわるようなことではない。

 

 だからといって引き止められないのも確か。

 それなら余計な不安を抱かせるようなことを言っちゃいけない。

 そう思ってわたしは口を噤む。

 

「そんな顔をしなくてもいい、すぐに戻る」

 どうしてもわたしは何でも顔に出てしまうらしい。

 いつもと同じ言葉をまた言われる。

「うん…… 」

 目を伏せたわたしの傍らを通り過ぎ殿下はドアに向かう。

「珊瑚様、お見送りを」

 キューヴに促されて、わたしも慌てて二人の後を追った。

 

「いってらっしゃい」

 不安を抱えたまま、王女と共に馬車に乗り込もうとした殿下の手を取り、その熱を確かめるようにわたしは握り締めた。

「ああ、留守を頼んだぞ」

 わたしに、というよりは王女様に聞かせるように言って殿下は馬車の中へと消えていった。

 

 

「で? なんだってあんたがここに残っているわけ? 

 オプシディアンさん」

 あたりまえのようにわたしと並んで立ち、殿下と王女様の乗った馬車が城門を出てゆくのを見送っている男の顔を見上げてわたしは訊いた。

「冷たい物言いだな」

 男はその長身の目線からわたしを見下ろす。

「そりゃ、そうでしょ。

 王女様が王都に戻ったのに、どうしてお付きのあんたがここに残ってるのよ? 」

「残念だけど、俺は今回王女の従者できたんじゃないからな。

 あくまでも話相手。

 だから別に王女と別行動しても何の問題もない」

 男はしれっと言う。

「そんなわけないじゃない。

 お話相手って、王女さまの近くにいないと勤まらないんじゃないの? 」

「ま、普通はそうなんだけどな。

 今回は特別…… 」

「何が特別な訳? 」

「話の種に君のことを探ってこいとさ」

「探るって何をよ? 」

 妙な言葉にわたしは首を傾げた。

「さてね、でもいろいろ知りたいんじゃないのか? 

 あんたの生い立ちから、どうやって王子を取り込んだのかまで、全部」

「な…… 」

「珊瑚さま! 」

 その言葉に抱いた怒りも手伝って、言葉を失ったタイミングでアゲートが呼びかけてくれた。

「いらしてください。

 キッチンでバッテリーの在庫のことでもめていまして…… 」

「あ、うん! 」

 わたしはアゲートの元へと駆け出した。

 

「もめているってどういうこと? 」

 アゲートの側まで行くと問い掛ける。

 先日までそんなこと一度だってなかった。

「ごめんなさい、嘘です」

 アゲートがちろりと舌を出す。

「嘘って…… 」

「わたしが気に入らなかったんです。

 あの男、ここに来てからずっと珊瑚さまを妙な目つきで眺めているんですよ。

 もう、気持ち悪くって…… 

 それに、さっきの珊瑚さま、あの男と話しながら凄く嫌そうなお顔されていたので」

「そんなところまで見ていてくれたんだ…… 

 ありがと。困ってたから、助かった」

「ところで、あの男、どうしてここに居座っているんです? 

 王女様は王都にお帰りになりましたのに? 」

 背後の男に時折視線を投げながらアゲートが首を傾げた。

「残って、わたしと親交を深めなさいとかって王女様に言いつけられたみたいよ」

「珊瑚さまと、ですか? 」

「とにかく、早いところ追い出す方法考えるから。

 心配しないで」

 わたしはアゲートに笑いかけた。

 

 

「なにかあったのですか? 」

 アゲートとキープに向かって歩き始めると、図上から声が掛けられる。

 見上げると馬に乗った、ツァボラ教授の姿があった。

「暇ができましたのでな。

 久しぶりに魔女殿に、ご教授をと思いまして…… 」

 教授は何かを楽しみにしている時の子供のような笑みを浮かべる。

「それは、ありがとうございます」

 その笑顔に嫌な予感がしてわたしは顔を引きつらせた。

 

 

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