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・髪が伸びたので、 

 

「ん…… 」

 なんだろう? 

 手足が泥のように重い。

 昨日なんかしたっけ? 

 

 ベッドの中で寝返りをうちながら考える。

 

 ……なんか、妙な夢見ちゃったな。

 きっとバスタブで溺れかけるなんて莫迦な醜態演じてしまったからだ。

 手足が重いのもそのせい。

 

 それにしても今日はなんだって小鳥がこんなに囀るんだろう? 

 うるさいからいいかげんにして欲しい。

 でないと二度寝ができそうにない。

 

 そのくらい小鳥達はいっせいに囀っている。

 それはかつてないほどの音量で…… 

 …… 

 ………… 

 ! 

 

「うにゃぁ! 」

 飛び起きると同時にわたしは妙なかつて口走ったことのないような悲鳴をあげていた。

 ……ここ、どこ? 

 いや、どこなのかはわかってる。

 夕べ入ったベッドだ。

 確かロンディリュウィナ王国の城だか砦の一角。

 

 予定としては目がさめたら自分の部屋、……のはずだったのに。

 

 全く変わっていないって? 

 小鳥のさえずりが煩いわけである。

 ここはどう見ても自動車が終日行き交う街中じゃなくて、自然がいっぱいのわたしが知るところのど田舎と同じ環境。 

 

「どゆ、こと? 」

 

 そしてもう一つわたしが悲鳴をあげた原因がある。

 

 ……髪が、視界に入ったのだ。

 

 肩に掛かるか掛からないかできっちり切られているはずの髪が、なぜか膝に下ろした手の辺りで。

 もちろん抜けたとか言うのじゃない。目に入ったのは毛先の部分でそれは頭上から垂れ下がっている。

 そっと、おそるおそる手を上げて頭皮近くからひと房手指に絡め引っ張ってみる。

 当然のように髪は動かなかった。むしろ軽い痛みすらある。

 って、ことは誰かが悪戯に寝ている間にウィッグをかぶせてくれたわけでもなさそうだし、自毛ってこと? 

 いやいやいやいや………… 

 ないないないない………… 

 わたしは激しく首を横に降る。

 いくら何でも一晩で肩の位置の髪が腰下まで伸びるなんて話絶対に聞いたことがない。

 何かのまちがえ、それとも夢の続き? 

 そうだ、夢に違いないって! 

 もういちど寝なおして起きれば髪も家も元通り! 

  

 そう、だから二度寝しよう。

 そう決め込んでベッドの中に潜りなおそうとした時、誰かの視線に気がついた。

 

「あの、おはようございます」

 昨日のメイドさんらしき少女、アゲートがベッドの側に立って半ば呆けたような顔をしながら言った。

「…… 

 見てた? 今の? どの辺から? 」

 思わず問う。

 

 だってあんな醜態…… 

 誰もいないからこそあれだけ慌てふためけたわけで、誰か側で見ているなんてわかっていたら絶対に少しは自重する。

 

「えっと、魔女様がご自分の髪を引っ張る辺りからでしょうか? 

 妙な悲鳴というかお声が聞こえたので、何かあったのかと様子を伺いに参ったのですが…… 」

 少し言いずらそうにアゲートは答える。

 

 うわぁ…… やっちゃった、よ。

 みっともないとこ見せちゃった…… 

 

 頭を抱え込もうとした隣でアゲートがくすっと笑みをこぼした。

 わたしはその声にふと顔を上げる。

 この子の自然な笑顔、初めて見た気がした。

 

 ま、無理もないのかも知れない。

 主人がいきなり知らない人間を連れてきて、「魔女だけど世話しろ」なんて言われたら、わたしだってヤダ。

 得たいの知れないだけじゃなくて、機嫌を損ねたら何されるかわかんないし。

 きっと、昨日からずっと緊張のしっぱなしだったんだろうな…… 

 

「あたしったら、ご無礼を。魔女様を笑うなんて…… 」

 わたしの視線がいったことに気がついて、少女は慌てて真顔に戻すと頭を下げる。

「いいよ、気にしないで。

 ……それより、その『魔女様』ってのやめてもらえるかな? 」

 なんだかわたしの中の「魔女」のイメージがあんまりいいもんじゃないから、そう呼ばれても全く嬉しくない。

「珊瑚って呼んで」

 笑みを浮かべて言って、わたしはベッドを降りた。

 

「髪型お変えになったんですね」

 ドレッサーの前に座ったわたしの髪にブラシを通してくれながらアゲートは言う。

「えっと、そのなんていうか…… 

 いや、そういう問題じゃないと思うんだけど…… 」

 わたしは鏡越しに少女の顔を見上げた。

「はい? 」

「だって、人間の髪が一晩で肩から腰まで伸びるって、どう見ても普通じゃないでしょ? 驚かないの? 」

「いいえ、魔女様っと、珊瑚さまは魔女様ですから、このくらいできてあたりまえなのかなぁって…… 

 それにしてもお綺麗な黒髪ですね」

「はぁ…… ありがと…… 」

 なんか、この国の人って魔法とか慣れ親しんでいるって感じだなぁ…… 

 あまりの動じなさにこっちの方が拍子抜けする。

 

 と、言うことは、この髪ってわたしが自分の力というか魔法を使って伸ばしたと思っているってこと? 

 やだなぁ、それは…… 

 だってわたし、魔法の呪文にも魔法の薬にも何にも使った覚えないし。

 強いて言うなら、昨日、着させてもらったあのドレスにぱっつん髪は似合わないな、少し長ければいいのにって思っただけなのに。

 

 ……  

 もしかして、それって…… 


 昨日コーラル殿下の前でキューヴが言った言葉が浮かぶ。

 

 魔力を持ったことに気がついて魔法が使えるようになるのに数日掛かるって…… 

 あれって本当だったってこと? 

 

「珊瑚さま? いかが致しました? 」

 いつのまにか髪を整え終わり、ドレスの着付けを手伝い終えたアゲートがわたしの顔を覗き込む。

 

「ううん、なんでもない」

 わたしは首を横に振った。

 

「ね、アゲート、鋏貸してくれる? 」

 顔を上げるとわたしは少女に頼んだ。

「鋏ですか? 」

 アゲートがわたしの言葉に首を傾げる。

「うん、これ切りたいから…… 」

 わたしは首の周りにまとわりつく今整えてもらったばかりの髪を持ち上げた。

 

 こうして生まれて初めて腰まで伸ばしてわかったんだけど、わたしの髪って相当なくせっ毛だったみたいで、すとんとストレートの落ちてはくれて居なかった。

 ふわふわとゆるくウエーブを作って背中に広がっている。

 とにかく、このままじゃ邪魔で仕方がない。


「切ってしまわれるのですか? 」

 アゲートが少し残念そうな顔をした。

「だって、邪魔だし」

 

「お手入れなら、いつでもお手伝いしますよ。

 それに殿下は確か長い髪のほうがお好きだった筈です…… 」

「それ、本当? 」

 わたしは上目遣いにアゲートの顔を覗き込む。

「ええ、殿下のお側に侍る方はだいたい見事な髪で評判の方が多いんですよ」

 

 だったら…… 

 このままでもいいかな。

 

 なんて思ってしまう、わたしって? 

 

 

「では、ホールへどうぞ。

 殿下が朝食をご一緒したいと仰っていました」

 首をかしげていると改めてアゲートがわたしの顔を覗き込んで言った。

 

 昨日のあの大きな部屋の下の階は食堂になっていた。

 やっぱりドアのある壁に取り囲まれた大きなホール。

 入ると一足早く来ていたと思われる殿下はすでに食事をはじめていた。

「おはよう。魔女殿」

 優美な形の白磁のティーカップを傾けながらコーラル殿下は言う。

 相変わらずいい男だなぁ、なんて見惚れてしまう。

 何でこの人の容姿はわたしの好みどおりなんだろう? 

 これがこんな状況でなくってわたしの世界の現実だったら絶対に口説きに掛かるんだけどな。

「……おはようございます」

 魔法なんか使えないなんて豪語しておきながら今日の隠しようもない髪を抱えてどんな顔をしていいのかわからなくてわたしは視線を落としたまま席につく。

 それともう一人、ダイニングテーブルの正面に座る老人。

 着ているものといい席の位置から言ってもとっても身分の高いらしき人。

「あんたが、コーラルの連れてきた魔女さんか? 」

 老人はわたしの顔を見て訊く。

「黒髪の魔女とは珍しい…… 

 名は? 」

「珊瑚です。薙銅 珊瑚。

 あの、わたしまだ魔女かどうか…… 」

「よいよい、最初は誰でもそういうもんだ」

 老人はそれ以上わたしに余計なことを聞こうとはしなかった。

「その髪…… 

 昨日の奇抜な髪型もよく似合っていたが、このほうが良いな」

 食卓の上に広がってしまった静寂を何とかしようとでも言うかのようにコーラル殿下が満足そうに言う。

「だから言いましたよね? 

 日を追えばきちんと魔法が使えるようになると」

 殿下と同じ白磁のティーカップでお茶を供してくれながらキューヴが耳元でささやいた。

 ハーブティだろうか、カップの中ではピンクのお茶が同じ色の花びらと共に揺れている。

 お茶を淹れ終わるとキューヴも一緒に席につく。

 次いで昨日見た階下のホールにたむろしていた男達がやってきて同じテーブルについた。

 ここでは、主も従者も皆で同じテーブルを囲み同じ食事を摂るのが習慣みたいだ。

 食事はパンとスープとお茶だけの簡単なものだった。

 

 でも実際のところを言えばわたしにはそれがまだ自分が使った魔術だという実感が持てない。

 ひょっとして誰か別の魔法使いがわたしに術をかけたんじゃないかな、なんても思えてしまう。

 

 そんなことを考えながら籠に盛られたパンに手を伸ばす。

 

 どこに居たって食事が基本。

 それがわたしのモットー! 

 だってお腹が空いていたらいい考えも浮かばないし、動かなくちゃいけない時にだって動けない。

 

 手にとったパンは異常に固かった。

 う~ん。この時代のパンなんて所詮こんなものなのかな? 

 味は素材の味が引き立って悪くはないんだけど、噛むのが大変。

 特にわたしやわらかいものに慣れてるからなぁ…… プリンとかチョコレートとか口の中に入れると溶けてしまうようなもの大好きだし、ご飯もおかゆに近いようなやわらかめに炊いたのが好き。

 ……顎が鍛えられそうだ。

 そう思っているにはわたしだけではないようで、正面に座っている老人など相当苦労を強いられている。口に入れてから飲み下すまでにかなりの時間を要している。

 パンだったらもっと簡単にやわらかいのが焼けると思うんだけどな。

 わたしが食べる分には少し位硬くてもかまわないけど、老人が食べるには少し気の毒だ。

 その姿を見ながらなどと思いながら食事を終えた。

  


「ね、厨房、台所、キッチンどこ? 」

 ホールを出ると同時にわたしはキューヴに詰め寄った。

「はい、この建物の外になりますが? 

 食事に何かご不満でも? 

 だったら僕が言っておきますけど」

 急にそんなこと言われてキューヴはたじろぎながら言う。

「ん? そうじゃないんだけどね。

 ちょっと分けてもらいたいものがあって…… 」

「ではご案内しますね。

 こちらです」

 先に立って歩くキューヴは狭い螺旋階段を下りて、外へでる。

 中庭の真中にある井戸を通り過ぎ、その対角線上の塀沿いの一郭を目指しているようだ。

「あのね、キューヴ。

 わたしキッチンって言ったんだけど? 」

 キューヴの足は速く、ついついこっちも早足になった。

「ですから、キッチンはこちらです。

 石造りの砦とは言っても、屋根も床も木ですからね。

 キッチンではどうしても火を使いますから防災の為に離れているんですよ」

「に、したって遠すぎない? 」

「そうですか? 普通だと思いますけど」

「だって、食事をするホールって三階なんだよ? 」

 聳え立つ建物を見上げてわたしは言う。

 しかも階段は入り口から一番遠い場所にあるんですけど? 

 エレベーターなんて、ないよね。

「もしかして。食事を運ぶためのシステムとかある? 」

「いいえ、全部人力で運んでいます」

「あの細い階段を? でも、それじゃスープ冷めちゃうよ? 」

「そうですね…… 出入り口も階段もあれだけしかありませんから」

「じゃ、わたしの部屋って入り口から一番遠い、とか? 

 もしかして逃げられないようにするため? 」

「さあ、どうでしょう? 」

 キューヴはうっすらと笑った。


 連れて行ってもらったのは建物を出て中庭を渡った塀沿いの一郭だった。

「皆に紹介しておきます。

 新しい魔女様です」

 忙しそうに働いている数人の男女にキューヴが紹介してくれる。

「へぇ、今度の魔女様は黒髪かい? 」

 動かしていた手を止め、それをエプロンの端でぬぐいながら年かさの体格のいい女性が言うとわたしに軽く頭を下げた。

「それで、魔女様があたしらに何のようだい? 」

「あのね、蜂蜜ありますか? 

 あと、レーズンとそれと何か蓋のできる容器があったらお借りしたいんですけど…… 」

 早速わたしはお願いをはじめた。

 

「で? 花と草なんか摘んで何をしようって言うんですか? 」

「パンをね、焼きたいなぁなんて思ってね。

 レーズンがあれば簡単だったんだけどね、レーズンの概念がなかったのよね」

 ドライフルーツって初歩的な保存食だと思ったんだけど、ここじゃ違ったみたい。

 ジャムとかオイル漬けはあったんだけどね。

「これでパンですか? 」

 突然戸外に出てそこらへんの草やら木の花の花びらを摘み始めたわたしに付き合ってくれたキューヴが首を傾げた。

「ま、見てて」

 


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