・帰りたいと思ったので、
それから、ひと月後の砦の中はまるで中身をひっくり返すような忙しさだった。
あちこちで大掃除と補修がされ家具が入れ替えられる。
「早朝からうるさくて申し訳ありません、珊瑚さま」
朝の身支度を手伝いに来てくれたアゲートが気の毒そうに言ってくれる。
「ううん。大丈夫。
それよりわたしに何か手伝えることある? 」
ひとり何もしないで暇そうな顔をしているのが申し訳なくてわたしは訊いてみる。
「いいえ、ご心配なく。
手は足りておりますわ」
ふんわりとした笑顔を向けてアゲートは言ってくれる。
「それよりも、ドレスを新調いたしませんと…… 」
次いで困惑気味に眉根を寄せた。
「わたしの? いいよ。
この間作ってもらったばかりだし、その前のも着られるもの」
わたしは大慌てで首を横に振った。
あの大量の絹を使うドレスはさすがに贅沢すぎる。
アゲート達だって、わたしが着させてもらっている物よりはるかに質の下がるドレスにも拘わらずそう何枚も持っていないみたいだ。
何となくそうわかっているからなおさら申し訳ない。
「まだ当分わたしはここから出られないって話だし」
どこに行くわけでもない、結局はここからでられないのならそんなに着飾る必要もない。
「それに着飾ったところで、見せたい人は側にいないし」
わたしは息を吐く。
殿下はあれ以来王都にいったきり戻ってこない。
たとえ触れることができなくてもその姿を目に入るところにいたい。
そう願っても今のわたしにはそれさえも叶えてはもらえない。
今回だって隣国の姫君はその日程のほとんどを王都に滞在する。
途中、術をかける都合上一日二日この砦に立ち寄るという予定になっていた。
たったそれだけの為にこの騒ぎはどうかとわたしは半ば呆れていた。
本当ならわたしが出向いてちゃちゃーと片付けちゃえばいい話なのに、それだけの間ですら、わたしは王都には近寄らせてもらえない。
実際に魔女と魔女が顔を合わせるとどんなことになるのか、全くわからないけど、それほど短期間でも危険と言うことらしかった。
「ですが、時期国王付きの魔女様があまり質素なお姿では威厳にかかわりますので……
殿下もそうしろと仰ってくださっていましたから…… 」
……あの日以来殿下はすっごくわたしに気を使ってくれる。
まるですべてを償おうとするかのように。
でもそれを素直に受ける気にはならなかった。
自分から言い出したくせに、かすかな反抗。
「なにしろ、この国では召還魔女はお后様より位が上になりますから」
「そうなの? 」
わたしは茫然と目を見開く。
「ご存知なかったのですか? 」
アゲートの言葉にわたしはこくこくと頷いた。
「あたりまえです。
お后さまは世継ぎを儲けるための単なる道具ですが、召還魔女は国王の片腕も同じですからね」
不意に割って入った余計な人物の存在を明らかに敵視するかのようにアゲートは辛らつな言葉を使う。
「アゲート、ありがと。
大丈夫よ。そこまで言ってもらわなくても、わたしそんなにめげてないもん。
正直言っちゃうとね。
人の心を操ることなんか、わたしにさえできるかどうかわからないんだよね」
わたしはちろりと舌を出す。
「……そうなんですか? 」
驚いたようにアゲートは目をしばたかせた。
「うん。
だってやったことないもの」
頼まれて死にかけた仔猫の命を引き戻したり、昔の怪我のせいで引きずるようになってしまった足を治したりはしたけれど、人の心を云々というのは実際のところまだ未知数。
どうやっていいのかさえもわからない。
けど相手は人の心だから、誰かを実験台にしてできるかどうかを試すのさえ嫌だった。
「では、どうして、できるなんて引き受けたりなさったんですか? 」
「引き受けてないわよ、別に。
殿下にはちゃんと『できない』って言ってあるし。
国王陛下に殿下がなんていったのかは知らないけど、わたし直接お断りできる立場じゃないから」
「そんな、いいかげんな……
こうして姫君をお迎えする準備が始まっているってことは、珊瑚さまが仕事を引き受けたことになっているんですよ。
もしできなかったら珊瑚さまの評判が下がってしまうんですよ? 」
アゲートがわたしに詰め寄った。
「いいのよ、それで。
そしたら誰もわたしのこと充てにしなくなるでしょ?
能力なんて、国王陛下の魔女様のように病を治すだけに使うことができれば沢山だと思うの」
命をどうこうするのだってほんとはやばいんじゃないかなって思うし、ましてや人の感情や行動を好きに操れるなんてことになったりしたら、それこそ世界征服できてしまいそうだ。
「そりゃ、召抱えた魔女がこんなじゃ殿下にも迷惑かけちゃうけど、そのくらいは許容範囲にしてもらえばいいんだし」
「その能力喉から手が出るほど欲しがっている人なら歯軋りしそうですね」
アゲートは笑った。
「それで、なんなの? この荷物…… 」
数日後、部屋の中央に積まれた荷物の山にわたしは睫をしばたかせた。
ドレスに靴。宝飾品まである。
「殿下からですよ。
珊瑚さま、良いお顔なさらなかったから、殿下が適当に見繕ってくださったんです」
荷物を運びこんできたアゲートが言う。
「いいって言ったのに…… 」
わたしは眉根を寄せた。
こんなにしてもらってもわたしは返すものが何にもない。
「それから、近々また、国史と経営学の教師がきて下さるそうです」
「本当? 」
寄せた眉根が自然に緩む。
最初一度に三人もの家庭教師に一週間びっしり詰め込まれた時にはさすがにびっくりしたけど、キューヴがあの時に言っていたように忙しいみたいで、それからは一人ずつ時折来てくれるようになった。
これで暫くは暇を持て余さなくていい。
つまりは余計なことを考えている暇がないってことだ。
それが何より嬉しかった。
その筈だったのに……
どうしてこうなるんだろう。
「殿下が明日は珊瑚様もお出迎えにでてくださいと仰っていました」
一足先に戻ってきたキューヴが言う。
「それって…… 」
「はい、セラフィナ王女が殿下の魔女殿にご挨拶をしに伺うそうです」
「結局来るんだよね」
わたしはつぶやく。
「何か? 」
「できないって言ったんだけどな」
「そういう問題ではないんですよ」
キューヴはうっすらと笑った。
「王女が殿下と結婚なされば、珊瑚様ともずっと近しいお付き合いをすることになるんです。
最初からお顔を知っておくほうが何かと問題にならないと思います」
その言葉に少しだけ胸が痛む。




