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・行方がわからなくなったので、 

 

「つまり、殿下の行方がわからないと? 」

 わたしは、キューヴにアゲート。それから留守を預かってくれて砦に残っていたサードニクス将軍の四人で、殿下が何時も執務を取っているホールのテーブルを囲む。

 将軍が難しい顔でわたしの言葉を繰り返す。

 大げさにはしたくなかったから、皆には内緒でとりあえず将軍だけに話を持ちかけた。

 

「ね? 

 もしかして気まぐれで、どこかに自分から出かけて息抜きしているってことありえない? 

 殿下どこに行くにも誰かついて来るんだもん。

 一人になりたい時だってあると思うんだけど? 」

 思いつきで言ってみる。

「それは絶対にありえませんよ。

 今の殿下にとってはここで珊瑚様のお顔を見ているのが一番の息抜きなんですから、お一人でどこかに行くなんてこと絶対あるわけないんです。

 もしどこかで息抜きをしようとお思いになったとしたら、珊瑚様だけはお連れになっているはずです。

 時折こぼしていらっしゃいましたから」

 キューヴが真顔で言う。

「どこか他には充てがないのか? 」

「いいえ、最近の殿下はどこかの邸に立ち寄るようなことも絶えていましたし」

 気遣わしげな視線をキューヴはわたしに送った。

「供は居なかったのか? 」

 話を反らすように将軍がキューヴに訊く。

「いえ、何時ものとおり護衛二人を伴って王都は出ています」

「そいつらはどうしたんだ? 」

「いえ…… 」

 キューヴは首を横に振った。

「殿下と共に行方がつかめていません」

 

「とりあえず、僕はもう一度王都へ向かいます。

 道々何か情報があるかも知れませんし。

 何らかの理由で警護の人間とはぐれているとしたら、その人たちと遭えるかもしれませんし」

 キューヴが立ち上がる。

「じゃ、わたしも行く! 」

 立ち上がってキューヴに続こうとする肩をやんわりと押さえつけられた。

「珊瑚様は、こちらでお待ちください。

 何時殿下がお戻りになるか分かりませんし。

 それに、お忘れですか? 珊瑚様は王都には入れないんですよ」

「うん…… 」

 わたしは睫を伏せてしぶしぶ頷く。

 

 ただ待っていろって言われたって…… 

 

 何も手につくはずもない。

 だけど…… 

 ここに来てからのわたしの行動範囲はあまりに限られ過ぎていて、どこで何がどう起こっているのかなんて全く思い浮かばない。

 

 わたしはただぼんやりと殿下が何時も座っている椅子に腰をおろしてただ黙って座っていることしかできなかった。

 

 

「珊瑚ちゃん。居るかい? 」

 ゆっくりと日が傾き、採光効率の悪い建物の中は何時の間にか真っ暗になっていた。

 心辺りを当たるといってアゲートも将軍も姿を消し、ひとりぽつんと居る広いホールの闇の中に料理人のおばさんの声が響く。

「え? なに…… 」

 慌てて立ち上がって手をついた見えない先で、机の上の書類が滑り落ち乾いた音とともに足元に散らかる。

「何してるんだい、明かりもつけないで。

 アゲートは? キューヴはどうしんだい? 全く主人の居る部屋に明かりも持ってこないなんて…… 」

 呆れたようにぶつなりながらおばさんは中に入ってくる。

「みんな、下で食事をはじめているよ。

 一緒に済ましておしまい」

「うん」

 返事はするけど、そんなの喉を通るわけもない。

「そうそう、これ…… 

 これを渡しにきたんだった」

 言ってポケットの中から一通の書状を取り出してわたしに差し出す。

「さっき、王城から珊瑚ちゃん充てに届いたんだ」

「わたし、に? 」

 首をかしげてわたしは訊く。

 ここへ来てからこれまで、王城から殿下に届く書類は山ほどみているけど、わたしに届いたことなんかない。

「ああ、たしかに、あんたに渡してくれって言ってたよ。

 丁度、庭に居たからあたしが受け取ったんだ。確かに渡したからね」

 言うとおばさんは螺旋階段を下ってゆく。

 

 わたしはその書状を持ってとりあえず下のホールに下りる。

 情けない話、何時も明かりはアゲートに支度してもらっていたから、蝋燭にどうやって火をつけていいのか分からない。

 もちろん、マッチやライターがあれば話は別だけど。

 ここでそんな文明の利器にお目に掛かった事がない。

 下の階から火のついた蝋燭を一本借りてこないと、わたしじゃどうしようもない。

 

 皆が食事中のホールは殿下が仕事をする上のホールほどじゃないけど、そこそこに、食事の支障にならないほどには明るかった。

 食事を続けている皆の邪魔にならないようにしながら、できるだけ明るい場所で書状を開こうと手を掛けた。

「なんです? 」

 手元を覗きかけられた声に顔を上げると将軍の姿がある。

「戻っていたの? 」

「先ほど戻りました。

 ご報告にあがろうと思ったのですが、上の部屋に明かりがなくお休みかと思いましたので、先に食事をと…… 」

 将軍はバツが悪そうに言った。

「そうじゃないんだけどね」

「今、明かりを入れさせます」

 わたしの言葉を受け、将軍は側にいた給仕の少年に言いつける。

 再び上のホールに戻ると、何時も殿下が居る時と同じように明るくなっていた。

 

「それで? 」

 将軍はわたしの手にした書状を開くように促した。

「あ、うん」

 明かりの下で椅子に腰掛けそっと封を切る。

「そちらに一任する」

 いかにも上質といった感じの手触りのいい紋章の入った紙にはそう一行書き付けられていた。

 そして、それとは別の手触りの悪い粗末な紙の書状がもう一枚添えられている。

 公文書や殿下の文字とは格差のある、明らかに稚拙な文字が並んでいた。

 

「将軍、これ…… 」

 一通り目を通したわたしの手が震える。

 それを抑えながらわたしは将軍に書状を差し出した。

「そういうことですか。

 キューヴを、呼び戻したほうがよさそうですね」」

 書状に目を通し、顔を上げると将軍は大きく息を吐く。

「僕がどうかしましたか? 」

 言っている側でキューヴの声がした。

 

 

「どうして殿下が人質に? 」

 書状を前にわたしは呟く。

「相手は殿下と珊瑚様の身柄の交換を申し出てきています。

 目的は明らかに、珊瑚様かと…… 」

 キューヴが答える。

「だったら、殿下を誘拐するよりわたしを直に拐ったほうが早くない? 

 そのほうが、よっぽど楽だと思うんだけど? 」

 わたしだったらわかる。

 強引に羽交い絞めにでもされたら、恐怖で動けなくなってそのまま縛られて、馬にでも乗せればどこにでもつれていける。

 だけどあのガタイの殿下が誰かに拘束されるなんて絶対に考えられない。

 わたしが首をかしげるのと同時に開け放たれたドアから風が吹き込んで室内の蝋燭の炎を一斉に揺らす。

 その炎の作り出す影がわたしの不安を一掃あおった。

「そりゃ、そうですが…… 

 魔女に直接手を出したりしたら、どうなるかわかりませんからね。

 呪われてその場で蛙や蛇に変えられる事だってありうるわけですから。

 普通はやりません」

 キューブが苦笑いした。

「それに珊瑚様、ほとんどここから出ないですからね。

 拐おうたってチャンスが…… 

 おまけに、殿下の手元から殿下の秘蔵の魔女様を拐ったなんてことになったら、殿下が黙っていません。

 国の軍隊投入してでも取り返しに行きますよ。

 それよりは殿下を拘束するほうがたやすいかと。

 何かもっともな理由をつけておびき出し、どこかへ監禁してしまえばいいのですから」

「恐らくは、魔女殿がご自分で納得して出向いてもらうのが目的かと…… 」

 将軍が言い添える。

 

「だから、『一任』の訳? 

 わたしの意思で好きにしろって? 」

 もう一枚の書状を前にわたしはキューヴに訊いた。

「国王陛下って何を考えているの? 」

 今まで一度も会ったことのない人間に、こんな大事なことを任せる神経がわたしにはよく分からない。

 

「えっと、その…… 

 陛下はすばらしい方ですよ。

 絵画や楽器演奏はプロ級ですし、ご自分で戯曲も書いたりなさいます。

 ただ、そのですね…… 」

 キューヴが口篭もる。

 

 それで陛下の人となりがなんとなくわかってしまった。

 要は人付き合いと言うかそっち方面が苦手な芸術家肌ってことだ。

 誰かと争うなんてとんでもないって温厚派。

 

 なので政治関係のほとんどを殿下が担っていたと。

 

 殿下が三日と開けずに王都に居たのってそのせいだったんだ。

 恐らくは政治手腕の振るわない父王を見ているうちに、みていられなくなって手を出したのが運のつき。

 体よく全部押しつけられたというか、面白くなって離せなくなったというか。

 どっちなのかは分からないけど、事実上、この国の政治は全部殿下が担っていたんだ。

 

 今更ながらに理解する。

 

 そして…… 

 

 わたし、大好きな殿下のこと、好きなだけで何にも知らなかったんだなって…… 

 それが凄く悔しくて情けない。

 

 情けなさ過ぎて思わず涙がこぼれそうになった。

 

「珊瑚様? 」

 異変に気がついたようにキューヴがわたしの顔を覗き込む。

「ううん、なんでもない」

 わたしは今にもこぼれそうになった涙を慌てて拭うと首を横にふる。

 

「朝になったら馬を、用意してくれる? 」

 キューヴの顔を真直ぐに見てわたしは言う。

 

 今回の件、国王陛下は自分の手には負えないって言っているんだ。

 ならば、こっちで、わたしが何とかするしかない。

 

「珊瑚様、まさか? 」

「条件を飲む気ですか? 」

 キューヴと将軍の声が重なる。

「待ってください。

 今王都に使いをやっています。

 殿下の右腕になれる力量を持った人物に召集をかけておりますから。

 皆が集まれば、魔女殿が表に出なくとも事を収拾する方向に持ってゆける策を練ることができます」

「ううん。

 わたしのことで皆に迷惑は掛けたくないし。

 それにね、これはわたしの勘なんだけど、城の中というか砦の中というか、とにかく殿下の周辺にその誘拐犯の仲間というか、手を貸している人間が居るんじゃないかなって。

 だったら人数が増えれば増えるほどこっちの手が向こうに筒抜けになる可能性が高くなるでしょ? 」

 

 例えば砦からほとんど出ないわたしを拉致するチャンスがないと知っていたり、殿下には腕に覚えのある護衛が二人も張り付いているのに拉致されてしまって、その人たちも帰ってこなかったりするあたり、こっちの情報がすでに流出していると思っていい。

 

「だから、わたし、行ってくるね」

「そんな! 相手が何の目的で珊瑚様を要求しているのかわからないんですよ? 

 相手の手に渡ったらどんな扱いをされるか…… 

 もし珊瑚様に何かあったら殿下に申し訳がたちません」

「うん。

 でもね、大丈夫だと思うんだ」

「どこにそんな根拠があるって言うんですか? 」

 キューヴが声を荒げる。

「キューヴ、わたし、魔女なんだよね? 」

 そのキューヴの顔を覗き込んだ。

「ええ…… 」

 ふいに違う方向に話題を振られキューブは少し戸惑ったように答える。

「本当にキューヴがわたしのことを魔女だって思っているんなら、信用して。

 今、わたしの勘は大丈夫って言ってるの。

 それにね、わたしを殿下の身代として要求しているのって、わたしに用があるからなんだよね。

 普通の女の子なら命とかしか価値ないかも知れないけど、要求したのって魔女だよ? 

 きっと何かわたしの能力を使ってやりたいことがあるんじゃないのかな? 

 だから、大丈夫。あっちへ行ってもきっとお客さん扱いだよ」

 わたしはキューヴを安心させるべく少し微笑んだ。

 

 

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