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・妙なものを持ち込まれたので、 

 

 結局、みんなの言うとおりダンスは本当に日の出まで続けられた。

 日が沈むと広場の中央ダンスをするスペースを邪魔しない場所に松明が何本も焚かれ、昼間に近いような明るさの中で、人々は踊りつづけた。

 そして山の端が白く染まり太陽が顔を出したところでようやくお開きとなる。

 

 衣装を脱いで自分のベッドに潜り込んだのはその直後だった。

 外から響いてくる小鳥の声をうるさく感じながら、窓からはいる光を遮るように毛布を頭の上まで引っ張りあげる。

 視界を暗くすると今日一日の疲れがどっと湧き出し、わたしはそのまま眠りに引き込まれていった。

 

 目が覚めたのは正午頃だと思う。

 この時期日差しは正午になると窓から差し込むことはなく、部屋の中は僅かに熱を帯び、全体が薄暗い日陰になっている。

 さすがのアゲートもまだ寝ているのか、それとも気を利かせてわたしを寝かせておいてくれるつもりだったのか姿がない。

 わたしはいつものデイドレスを着込むと髪を適当に三つ編みに編んで部屋を出た。

 薄暗い螺旋階段を降り、戸外に出る。

 砦の中はいつもよりしんと静まり返っていた。

 きっとまだ休んでいる人も多いんだろう。

 

 なんて思いながら歩いているとティヤが早速寄ってくる。

 

「あんた、もしかしてお腹空いたの? 」

 腰を落として頭を撫でてあげながら言葉をかけると、ティヤはそのとおりと言うように尻尾を振り目を輝かせる。

「呆れた、昨日皆から骨を貰ってたのに…… 

 いいよ、ミルクでも貰ってあげる」

 わたしは立ち上がるとキッチンへ足を向けようとした。

 

「魔女様? 」

 そこを呼びかけられわたしは振り返る。

 たまに砦に出入りしている年齢のいった男が中の城門を潜りこちらへ歩み寄ってくる。

 身分はわからないけど、多分村の人。

 でもってたびたび砦に来るんだから何らかの役がついているのは確か。

「えっと、何か、御用ですか? 」

 男に向き直りながら問い掛ける。

「お疲れのところを大変申し訳ございませんが、至急殿下にお取次ぎを願います。

 大変なことになりました! 」

 男の顔は僅かに蒼ざめている。

 昨日の祭りの疲れとかそういうのじゃないみたいなのは、その顔が困惑気味に歪められているので見て取れた。

「少し、ここで待っていてくださいね」

 男に言い置き、ティヤの頭をなだめるように撫でるとわたしは砦の中に戻った。

 

「殿下、起きて、る? 」

 寝室のドアを軽く叩いて声を掛けてみるけど変事はない。

 無理もない話で、昨日例の調査から帰ってきてそのまま祭りのダンスに加わり朝までだ。

 本当なら寝かせておいてあげたいんだけど…… 

 

 皆、同じ思いなのだろう。

 ホールにも誰の姿も見えず、この階は静まり返っていた。

 

 でも、あの人をあのまま待たせて置くわけにも行かないし…… 

 

 一つ息をつくとわたしはもう一度ドアをノックする。

 ……やっぱり返事はない。

 

 ほんっとに、さすがに申し訳ないんだけど。

 もし話を聞いて大した用件でなかったらまた寝なおしてもらうことにしよう。

 うん。

 

 勝手にそう決め付けて寝室のドアを開けた。

「殿下、入りますよっ……と」

 一応入り口で声を掛けてベッドの脇に向かう。

 

「コーラル殿下? 」

 枕の上のその整った顔を覗き込んで声を掛けてみる。

「ん? ああ…… 」

 言葉にならない返事をした後、うるさいとでも言わんばかりに寝返りを打ち背を向けられてしまった。

「殿下、起きて…… 」

 そっと手を伸ばしてその肩を揺すってみる。

「何だ、お前か…… 」

 うっすらと目を開けるとそう言ってわたしの腕を取り引き寄せようとした。

「寝ぼけて、る? 

 あのね、殿下。

 お客様が来てるの。

 殿下にどうしても大至急の話があるって」

 うっかりするとそのままベッドに引き込まれそうな勢いの殿下の手を解きながらわたしは言う。

「なんだって、今頃…… 」

 唸るように言って殿下は起き上がる。

 その顔には明らかに疲れの色が滲んでいる。

「時間的には、今頃っていえないんだけどね。

 もう正午だもん」

 ベッドを降りる半裸の殿下にわたしは側にあったガウンを取り上げ肩に掛ける。

 その殿下を伴って砦を出ると、中庭の中央に先ほどの男は立っていた。

 何か確認するように、口の中でぶつぶつと言葉を呟きながら指を順番に折っている。

「お待たせしました」

 わたしの声に男は顔を上げる。

 そして殿下の前に出ると片膝をついて姿勢を下げた。

「一大事でございます、殿下。

 ハシカの患者が出ました」

 男の顔はさっき以上に青ざめている。

「何? 」

 砦を出た時にはまだどこか眠たそうだった殿下の目が急に見開かれた。

「おとといの晩から我が家に宿を取っていた、楽団員の一人なんですが…… 

 今朝方急に熱が上がりまして、咳と共に発疹が…… 

 明らかにハシカの症状ではないかと、医者を呼びにやったところ間違いはないかと…… 」

 男は簡単に説明する。

 殿下の顔色がその言葉に明らかに変わる。

「至急キューヴを起こせ。

 それから将軍と、砦中の人間をたたき起こすんだ! 」

 男の言葉は殿下を覚醒させるに充分なものだったらしい。

 いつもは力強いけど穏やかな殿下の声が穏やかさを失っている。

 わたしはそれに後押しされるようにキューヴの部屋に急いだ。

 

「キューヴ起きてる? 」

 中で恐らく眠っているキューヴを起す意味もかねてわざと乱暴にドアをノックして声をかける。

「珊瑚様? どうかしましたか? 」

 やはり疲れの色を残したキューヴが肩からガウンを羽織った状態でドアを開けてくれる。

「殿下が、大至急って…… 

 キューヴだけじゃなくってここの皆を起こせって」

「どういうことですか? 」

 ドアの前に立ったわたしを残し一旦部屋の奥に消えると、身支度を整えているらしいキューヴの声が聞こえる。

「わかんないんだけど、さっき村の人が来て、殿下に至急の用があるって言って。

 取り次いだら、ハシカが何とかとか…… 」

「な…… 」

 キューヴが言葉を失う。

「珊瑚様、申し訳ありませんが、キッチンと厩と…… 外の方の使用人に声をかけてくださいますか? 

 きっとキッチンに起きている誰かがいるはずですから、言ってくださればその人が皆を起こしてくれるはずですから」

 言う、キューヴの顔もさっきの男同様に青く変わっている。

 なんだかわからないけど、今は事情を聞くよりそのほうが先みたい…… 

 わたしは言われるままに今度はキッチンへ急いだ。

 

「それで、お前の家族は? 」

「はい、すぐに避難させましたが」

 わたしがキューヴを起こしにいっている間に、殿下は男からもう少し詳しい話を聞きだしていたみたいだった。

「いくところがなければこちらで預かろう」

「ありがとうございます。

 ですが、すでに手遅れかも知れません。

 それどころか最悪の場合、村中が…… 

 タイミングが悪かったです。よりによって祭りのさなか、楽団員が持ち込むなど」

 男は眉根を寄せた。

「とにかくだ、その楽団員を含めて村から誰も出すな。

 祭りの客人もだ。

 各家にも指示を出せ」

 殿下の声に呼応してたたき起こされて集まってきた数人が動き出す。

「それから、誰か、王付きの魔女に連絡を。

 ハシカの患者が出たことと、薬と医者の手配を…… 」

「でしたら、それは僕が行きます」

 キューヴが前に出る。

 みんなの顔が妙に緊張して引きつっている。

 なんだかよくわからないけど、何か悪いことが起こっているのだけは理解できた。

 患者とか、医者とか、薬とか端々の単語から、それが病気関係じゃないかってことも。

「ハシカって、あの麻疹? 」

「ご存知なんですか? 珊瑚様」

 呟いたわたしに行きかけた足を止めキューヴが訊いてくる。

「伝染病だよね? 」

「はい。それもかなり感染力の高い、致死率も高い厄介な病です。

 もしも国中に広がると取り返しのつかないことになりますから。

 何とかこの砦の周辺の村だけで済ませないと…… 」

 それだけ説明してくれると、キューヴは厩へ向かって走っていった。

 

 

 それからの砦の中は、昨日の祭りの余韻どころではなかった。

 いつものホールの空気が痛いくらいに張り詰めている。

 殿下の指示に従って、何人もの人間が出入りを繰り返す。

 もたらされる報告を書き付けられる書類。

 患者の症状と名前。

 それはあっという間に増えていった。

 そのたびに殿下の表情が険しくなってゆく。

「わたしにできること、ある? 」

 その顔を覗き込んでわたしは訊く。

 殿下のこんな顔見ているだけで辛くなってくる。

 少しでも手伝えることがあるんなら…… 

「いい、お前はここに居ろ」

 聞き取れないほどに小さな声で呟いた殿下のわたしの手を握り締める手に力が篭る。

 その手から言い様のない不安が伝わってくる。

 表情を険しくして、いつもと変わらない様子に見えた殿下だけど、相当動揺しているのがわかって、わたしはその手を握り返す。

 

 大丈夫だよ…… 

 

 そんな思いを込めて。

 

「殿下、薬はまだでしょうか? 

 そろそろ重症者が…… 」

 村から戻った将軍が難しい顔で言う。

「キューヴは何を手間取っている? 」

 その言葉を受け殿下は唇を噛んだ。

 

 キューヴが王都から戻ったのはその直後だった。

「遅い! 」

 殿下が当り散らすように叫ぶ。

「申し訳ございません。

 薬の材料の一部を探すのに手間取りまして」

 キューヴは報告をはじめた。

「それで、薬は? 」

「はい、残念ながら国王付きの魔女殿から製作不可能との返事が…… 」

 キューヴが言う。

 その顔は凄く辛そうに歪んでいた。

「どういうことだ? 」

「魔女殿の話によると、この病の薬を作るのに必要なある材料が魔女の手元に今ないそうで。

 しかもその材料が至極入手困難なもので、国中探してもあるかどうか…… 

 一応国中を今探索するように手配はしてきたのですが」

「なんてことだ…… 」

 殿下が頭を抱えてうめくように言う。

「何しろこの病は十数年に一度流行する程度の稀なものですから、陛下の魔女殿も薬の用意がなかったようです。

 ……もしこのまま材料が見つからなければ、死者の続出は必至かと」

 キューヴの顔が更に辛そうに歪む。

「ね? その入手困難な材料って、どうしても手に入らないもの? 

 もしかしたらわたしに探せるかも知れないし教えて! 」

 わたしはキューヴに詰め寄った。

 できるかどうかなんてわからないけど、でもあの流れを辿れば、見つかるかも知れない。

「井戸の水源だって何とかわかったんだから、やってみる価値はあると思うの」

「無理ですよ、ユニコーンの角なんて…… 

 そもそもユニコーン自体がめったにお目にかかれない幻の生き物なんです。

 確かにここは聖地に近いので年に何度かの目撃情報はありますけど、その姿を目にできるだけでも幸運で、接触できるましてや角を手に入れられる可能性なんて万に一つも…… 」

 キューヴが言いよどむ。

「キューヴ? 今なんて? 」

 わたしは茫然としながら訊き返した。

「ですからユニコーンの角なんて入手不可能だと」

「わたし…… 持っているかも…… 」

「珊瑚様、こんなときに冗談はやめてください! 」

 キューヴが声を荒げた。

「冗談じゃないと思うんだけど…… 」

 わたしは記憶の奥に何かがあるような気がしてつぶやく。

 

 確か、以前どこかでわたしはあの生き物に遭ったような気がする。

 

 ……そう、ユニコーン。

 あの今にもこわれそうな華奢で美しいまるでガラス細工のような生き物に、わたしは出会っている。

 

 あれは…… 白いミルク色の霧の中…… 

 

 罠に掛かった子供を助けて…… 

 

 確かお礼をもらった。

 

 記憶の片隅に埋もれていた光景が、頭の中を真っ白に覆っていた霧が少しずつ薄くなってゆくように徐々に姿を表した。

 

 どうして忘れていたのだろう? 

 お礼をもらったことどころか、子供を助けたことも、それ以前にあの生き物に出会ったことさえもわたしは何故かすっかり忘れきっていた。

 

 

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