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・収穫祭だったので、 

 

 中門を潜ると、広場の城壁は花綵で飾られ、紋章を描いた旗が翻る。

 楽器を持った楽隊の人々がその前に並び、軽やかな音楽が流れていた。

 ここでも何かしら手を動かしている人々がいて、みんなわたしが着させてもらったような可愛い民族衣装に身を包んでいた。

 傍らにはいかにも急ごしらえと言った感じの石を乱雑に積み上げた竈があり火が焚かれて、大きな鍋がかかり、その隣では何かの生き物が姿のまま焼かれている。

 その香ばしい匂いがあたりに広がる。

 いつものようにわたしの足元に寄ってきていたティヤが鼻をひくつかせていた。

「ティヤもあとでおこぼれもらえますよ」

 今にも肉に飛びつきそうな様子の犬に、アゲートが言って聞かせている。

 

「何時の間に…… 」

 その光景を前にわたしは呟く。

 これだけの会場を整えるのには何日も前から皆で準備をしていたはずなのに、恥ずかしい話わたしは全く気がついていなかった。

「言ってくれれば少しはお手伝いできたのに」

「珊瑚さまもちゃんと手伝って下さっていたんですよ」

 アゲートが言う。

「わたしが? 」

 わたしが気を病まないように言ってくれているのは見え見えで、何かに手を貸した覚えは全くなかった。

「パン生地、大量に捏ねていただきましたもの。

 おばさんが大助かりだったって言ってました。

 あれだけは慣れない人間に捏ねさせると生地が台無しになってしまうから、どうしても珊瑚さまの手をお借りしたかったって…… 」

 アゲートが微笑む。

「あの生地って、お祭り用だったの? 」

 わたしは茫然と呟く。

 そう言えばいつもより多かったような気がしないわけでもなかったけど、殿下が滞在しているときには一緒に来ている従者の数とかも多いし、おまけにお持ち帰りなんかしちゃうものだから、パンを焼く量が増えるのっていつものことだし、あんまり気にしていなかった。

「甘いクッキーも子供たちに大好評なんですよ」

「パンの発酵を待っている間に焼いた、アレ? 

 でも、あれはキッチンの皆で食べてって、そんなにたくさんじゃなかったはずだけど? 」

 わたしは首を捻る。

「そのあと、わたし達も同じレシピで焼きましたから、村の子供たちに配る量は充分に間に合いました」

 そう言ってくれるアゲートとわたしの前をお菓子の入っているらしい包みを握り締めた子供たちが、はちきれそうな程の笑顔を輝かせて駆けて行く。

 その笑い声が、澄み切った蒼空に楽隊の音楽と一緒に広がっていく。

 

 

 やがて、日が真上に上がりそれぞれが仕事を終えたように広場に集まってくる。

 その中には、いつもなら火の番があるからとキッチンをなかなか出ようとしない料理人のおばさんの姿まである。

 

 言葉ない、誰かの合図で、楽隊の演奏が始まった。

 リコーダーに似た縦笛と、抱える大きさのハープ。それにアコーディオン、ヴァイオリン、それから、なんて言ったっけ、中東辺りの琵琶に似た楽器。

 それらの音色が合わさり、素朴だけど重厚でリズミカルな曲を奏でる。

「これから、明日の朝まで夜通しダンスです。

 実りの神様に、今年の豊穣の感謝と、来年の豊穣をお願いするのに楽しんでいただくんですよ」

 アゲートが簡単に説明してくれる。

 曲が始まると同時に村人達は広場の真中で男女別れて二列に並び向かい合う。

 一礼するとお互いの手を取り曲にあわせてスキップするように一歩ずつ前に出て進んでゆく。

 それは、皆が着ているこのかわいらしい衣装と同じような、どこかの国の民族舞踊に似ている。

 ダンスって言うからてっきりワルツとかを予想していたので、酷く拍子抜けした。

 と、同時にわたしは安堵もする。

 これだったら皆に混じって何とか踊れそう。

 ワルツは多分無理だけど…… 

 

「踊りましょう、珊瑚さま」

 アゲートがわたしの手を引いてダンスの列の中に引き入れると給仕係の少年の手に渡した。

「ごめん、わたしね。

 ダンス初めてなんだけど…… 」

 エスコートしてくれる少年に言う。

「大丈夫です。オレも子供の頃から毎年踊っているけど、赤ん坊でも踊れるほど簡単だから。

 前見て真似したたら格好になるはずだし」

 言ってウインクしてくれた。

 言われるままにみようみまねでステップを踏む。

 基本スキップ途中でターン。

 踝丈のスカートの裾が翻り、脚を掠める。

 それだけを曲にあわせて身体を動かす。

 確かに踊り初めてしまえば割と簡単。

 

 でも…… 

 なんだろう、すっごく楽しい。

 

 こんなにうきうきするのってすっごく久しぶりだ。

 子供の頃の夏祭りとか花火大会を思いだしちゃったりする。

 なんか、こんなに無条件で浮かれれるのってそれ以来のような気がした。

 

 興にのってダンスが続く。

 何時の間にか広場の片隅で焼かれていた肉や鍋の中の煮物が皆に振舞われ始めていた。

 采配を振るっていたのはもちろんキッチンのおばさんだった。

「珊瑚さま、お腹空きません? 

 何かもらってきましょうか? 」

 ダンスの列から外れて広場の片隅に引き上げたわたしを見つけてアゲートが駆け寄ってくる。

 アゲートの言葉どおりに、一曲終わるとまた次と切れ間なく続くダンス。

 皆適当なところでダンスの列の中に出たり入ったりして、その合間に食事をしているみたいだ。

「ありがと、でもまだ大丈夫だよ」

 わたしは上がってしまった息を整えながら答えて、全く終わる様子のないダンスの列を見つめる。

 その視界の端に入る外に向かった城門の向こう側に、一塊になってこちらへかけてくる馬の群れを見つけた。

 先頭に領主の一団である印旗を立て、その後ろを大きな栗毛と、鹿毛の馬が続きその後を数頭…… 

 

 あれは…… 

 

 わたしの心が一気に浮き足立つ。

 

 本当は、今すぐこのまま駆け出したいところなんだけど…… 

 あまりに人目が多すぎてさすがにそれは気が引けた。

 代わりに、ティヤがはしゃいだ吼え声を上げて馬に向かって駆けて行く。

 牛の苦手だったはずのティヤが上手に馬の脚を回潜りながらじゃれ付いている。

 やがて一行は城門を潜り広場の前で馬を下りた。

 

「今年の乙女は、誰だ? 」

 馬を下り手綱を馬丁に渡すと、疲れも見せずに殿下は声をあげた。

「そういえば…… 」

 ダンスの続く中で誰それとなく声をあげる。

「今年は名乗り出たものがいないみたいですが…… 」

 年かさの男が言う。

「珍しいこともあるものですね。

 いつもなら二・三人は必ずいるんですけど…… 」

 殿下と一緒に戻ってきたキューヴが花冠を手に何時の間にかわたしの隣に立ち囁く。

「お帰りなさい、お疲れ様。

 そうなの? 」

 わたしはキューヴをねぎらってから訊く。

「ええ、中には三年連続なんていう兵もいたんですけど、彼女は? 」

「ローズなら春に結婚しましたよ」

 アゲートが言った。

「そういうことか。

 『聖なる乙女』は加護があるから、きっといいところにお嫁に行ったんだよね? 」

 茶化すようにキューヴがアゲートに訊いた。

「もちろん。

 王都で手広く商売している商家ですって」

「じゃ、彼女がユニコーンを王都に連れて行ってしまったのかな? 」

 言って笑みをこぼす。

「ね? その乙女っていないとどうなるの? 」

「どうって別に…… 

 この花冠を被って、最終のダンスを殿下と踊る人がいなくなるだけですよ。

 単なる象徴みたいなものですから、いないから祭りができないとかそういうんじゃないんです。

 とにかく、この村の収穫祭は一つ満月が空にある正午から翌日の明け方まで踊りつづけるのがメインですから。

 なので、僕も行って来ますね」

 キューヴはダンスの列の中に飛び込むと、その中にいた男の一人と代わってもらい優雅にステップを踏み始めた。

 さすが殿下の従者と言うのか、その身のこなしは村の男たちとは一味違う。

 それはみる人皆同じらしくて、わたしの背後で若い女の子達のため息が聞こえた。

 

「ヴォルカだ! 」

 暫くすると、殿下が楽団に向けて声をあげる。

 

 演奏が一瞬止まりすぐに曲調の違う曲が流れ始めた。

 同時に広場の中央で列を作っていた人々が場所を空けるように引いてゆく。

「来い」

 殿下がわたしに視線を向けると手を差し出してくれた。

「わたし? 

 無理無理無理…… 」

 思いっきり首を横に振る。

「ステップなんてわかんないもん」

 さっき皆が踊っていたダンスなら一度踊ってるし、何とかなるんだけど、皆が場所を空けたってことはまた別のダンスだと思う。

 こんなことなら、この間、カイヤ夫人のダンスのレッスン先延ばしにしないで受けておくんだった。

「では、アゲート」

 殿下はわたしの隣に立っていたアゲートに声を掛けた。

「簡単なんですよ。

 見ていてくださいね」

 言ってアゲートは殿下の前に進み出る。

 

 ドレスの脇に手を入れて軽く持ち上げると膝を折り殿下に礼を尽くす。

 次いでかなり距離をとり殿下と向かい会う。

 そしてパートナーの顔を真直ぐに見詰めたまま、横に軽いステップを踏み脚を蹴り上げる。

 同じステップを何度か繰り返して少しずつパートナー同士が歩み寄ってくる。曲調が錆に差し掛かるときにはほとんど触れそうなほど近づいていた。

 そこで曲が一旦止まる。

「今度は珊瑚さまの番ですよ」

 殿下に軽く礼をしてわたしの隣に戻ると、息を弾ませながらアゲートはわたしの背中を押し出した。

「え? ちょっと! 」

 断る前に曲が始まる。

 わたしは戸惑いながらも先ほどのアゲートのステップを真似て踊ってみる。

 男女の動きの差はほとんどなく、正面の殿下のステップを真似れば何とかなった。

 そして少しずつお互いの距離が近づいてくる。

 ほとんど触れられる距離まできた。

 

 やった。

 これでなんだかわかんないけど、終わりだ。

 

 そう思ったとたんにわたしの腰は殿下の両手で掴まれていた。

「わたしが三まで数えたら両足でジャンプだ」

 耳元で殿下が囁く。

「はい? 」

「一、 二の…… 」

 訊いた答をよそに殿下はカウントをはじめる。

「さ、ん! 」

 言われるままに両足で軽く飛ぶとその勢いを借りてわたしの躯は空に向かって高く抱え上げられる。

「え? わっ! 何? 」

 驚いて目を見開いているとわたしの視線の下で殿下が子供っぽく笑っている。

「もう一度だ」

 降ろされると同時に言われ、言われるままにもう一度飛ぶ。

 殿下は曲に乗ってまたわたしの躯を抱えあげる。

 

「もう、いいよぉ。

 わたし、重いし…… 」

 周囲の視線を感じてわたしは殿下に言う。

「まだだ、まだ一曲終わっていないぞ」

 言いながらまたしても殿下はわたしの躯を掲げる。

 ……最終的に七回。

 最終的にはさすがの殿下の息も乱れていた。


 曲が終わると、続けざまにまた別の曲が流れ、広場の中央では数人で新しいダンスが始まる。

 アゲート達の言うように、この人達は本当に切れ間なく一晩中踊るみたいだ。

 殿下はといえば、広場の片隅に引っ込むとあっという間に中学生くらいの年頃の女の子に取り囲まれてしまった。

「どうしました? 」

 アゲートがわたしの顔を覗き込んでくる。

「ん? 殿下って女の子に人気があるんだなぁっと思って…… 」

 胸の奥に少しだけジェラシーが起こるのを感じながらわたしは言う。

「ヴォルカを完璧に踊れる男性は人気なんですよ。

 何しろ体力と、腕力と、リズム感が必要ですから。

 それとパートナーとの相性も。

 でないとパートナーを高く掲げることができないんです。

 先ほどの珊瑚さまとのダンスを目の当たりにしたら、若い女の子達は黙っていませんよ」

 アゲートはやんわりと笑ってくれる。

「行きましょう、珊瑚さま。

 ダンスはまだ続きますし、最後に備えて少し何かお口に入れて、それからお休みになってください」

 

 

 アゲートに続いて広場の片隅に作られた即席の竈の場所に移動する。

 殿下のことは気になったけど、あの様子じゃ側に行ってお帰りの挨拶をすることもできそうにないので諦めた。

「楽しんでるかい、珊瑚ちゃん」

 料理人のおばさんが金属のカップに入れた飲み物を差し出してくれた。

「気をつけてくださいね、珊瑚さま…… 」

 何かを言いたそうなアゲートの声を耳に、散々ダンスをした後の喉の渇きも手伝って、わたしはそれを一気に喉へ流し込み途端に咳き込んだ。

 砂糖を入れたワインのような、妙な味が口に広がる。

「……一応、それ、お酒です」

 聞いた時には遅かった。

 アゲートはそのわたしの様子を目に渋い顔をしている。

「そういうのは…… 

 こん、けん。

 もう少し早く言ってくれると嬉しかったかも」

 むせながら片目を開けてアゲートを見上げながらわたしは言う。

「すみません。

 大丈夫でしたか? 」

「平気、少しむせただけだから…… 」

「いま、お水持ってきますね」

 アゲートはわたしから離れて人を掻き分けて奥へ消えた。

 

 なんか、こんな時にまでアゲートの手を焼かせてしまうのが申し訳なく思っていると、わたしの隣で同じように誰かが咳き込む音がする。

 

 顔を上げると、楽団の交代要員らしく揃いの衣装を着た若い男が軽く咳き込むんでいる。

「大丈夫? 」

 言って顔を覗き込むと、よほどお酒に弱かったのか明らかに青い顔で軽い咳を続けている。

「お水、持ってこようか? 」

「いえ、大丈夫です。

 ご心配かけてすみません」

 男は咳を続けながらわたしに軽く頭を下げると、その場を後にした。

「珊瑚さま、どうしました? 」

 大ぶりの木のカップを持ってアゲートが戻ってきた。

「ん? お仲間を見つけたの」

 わたしはカップを受け取りながらやんわりと微笑んだ」

 何時の間にかティヤが側に寄ってきて、お祭りのご馳走をねだるように鼻を鳴らす。

「はいはい、今もらってあげるね…… 」

 アゲートが言うと、それを聞いていたかのようにティヤの鼻先に僅かに肉のついた骨が差し出される。

「魔女様もいかがですか? 

 今年の肉は家のなんですが、なかなか脂が乗ってうまいですぜ」

 肉についていた男が勧めてくれた。

 

 

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