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・雨が降ったので、 

 

 しとしとと、窓から入ってくる音にわたしはため息をつく。

 同じ音は今日で三日目。

 そのせいであちこちじっとりと湿っている。

 ただでさえ小さい窓から差し込む光はものすごく弱くて、昼間だと言うのに視界は暗い。

「どうしました? 」

 わたしの顔を鏡越しに見てアゲートが訊いてきた。

「雨、止まないね」

 わたしは窓の外に視線を送りながら言う。

「そうですね、でも普通のことですよ? 」

 アゲートは別に気にする様子もなかった。

「ひょっとして雨季? 」

「ええと、少し違いますけどそんなものです。

 王都に近いほうはもうちょっとマシなんだそうですけど、ここは聖域が近いから降り始めると止まらないんです。

 一旦降り始めると少なくとも三、四日は…… 

 普段は雨が少ないほうなんですが。

 さ、できましたよ。珊瑚様」

 口にくわえていた最後のピンをわたしの髪に押し込むとアゲートは言った。

「ありがと」

 わたしは鏡に写る自分の髪型を確認しながらお礼を言う。

 伸びた髪は慣れないせいでどう扱っていいのかわからず、その上この雨の湿気で広がり放題。

 さすがにわたしの手ではどうすることも出来なくなっていた。

「王都か…… 

 殿下も今王都にいるんだよね。どの辺? 」

 アゲートの顔を見上げてわたしは訊く。

「ここより南になります。

 殿下も普段はそちらでお暮らしになっていらっしゃいますよ」

「じゃ、ここは? 」

 別荘なようなものなのかと、気になる。

「ここは聖域を守る砦なんですよ」

 言って微笑んでくれる。

「要は別荘、別邸、出張所? みたいなもの? 

 だからあんまり人がいないの? 

 ずっと気になっていたのよね。

 コーラル殿下、第一王位継承者って聞いていたんだけど、その割にここって警備の人とか、身の回りのお世話をする人が少なくて寂しいなぁって」

「まあ、そんなものです」

 アゲートはわたしの言葉に苦笑いをする。

「本当はここの主はもう珊瑚様なんですけどね」

「はい? 」

 妙な言葉にわたしは耳を疑った。

「ここは聖域に近いこともあって歴代の魔女様がパートナーである王位継承者が王位に着くまでお暮らしになる場所なんです。

 もうご存知かと思いますが次代の魔女様は王都に入ることができないので。

 ですから殿下も珊瑚さまが着てから随分足しげく通ってくれるようになったんですよ。

 それまではいいところ一年に一度か二度…… 」

「じゃ、やっぱり殿下ってここが家じゃないんだ」

「そうなりますね。

 ですから今まではこの砦に付随する荘園の陳情者も皆王都の方に出向いていたんですよ。

 随分楽になったって喜んでいます」

「その荘園ってもしかして…… 」

「はい、事実上はこの砦の主のものということになりますから、荘園主は珊瑚さまということに。

 ご存知なかったんですか? 」

 アゲートが首を傾げた。

「うん。

 わたしね、陳情者が来ると殿下がわたしを側に侍らせておくのっててっきり広告塔みたいなものだと思ってたんだけど…… 」

「違いますよ。

 本来なら珊瑚さま7采配を振るところを殿下が代行して下さっているんです。

 ですから同席はあたりまえなんです」

「そんなこと殿下一言も言ってくれなかったから、余計に負担掛けてたのかな? 」

「いえ、お気になさらず。

 もともと珊瑚さまがここにいらっしゃる以前は殿下の持ち物でしたし。

 歴代の魔女様はこういうことに疎い方がほとんどですから、何時の時代も次期国王が代行していたという話です」

 気がつかなかったけど、なんか、わたしって相当重いもの背負ってる? 

 妙な思いに苛まれる。

「殿下がそこまで珊瑚さまにお話にならなかったのはきっと余計な負担を掛けさせたくなかったからだと思います」

 それを察したのか、言ってアゲートは微笑んでくれた。

 

「そっか、殿下の住まいはここじゃないんだ…… 」

 窓の外の降りしきる雨をぼんやり眺めながらわたしは呟く。

 殿下はこれでも足しげく来るようになったというさっきのアゲートの言葉に胸が絞られる。

 殿下には殿下の生活があって、その忙しい時間を割いてわざわざここに来てくれているんだといわれるとこれ以上わがままいえない気がするけど…… 

 それが哀しい。

「いかが致しました? 珊瑚さま」

 黙りこんでしまったわたしの顔をアゲートが覗き込む。

「ううん。なんでもない。

 いつまで降るのかな? 

 ね? 退屈しない? 」

 いっけない。

 またアゲートに余計な心配かけさせちゃう。

 わたしはできるだけ明るく声を張り上げた。

「そういえば珊瑚さま、最近乗馬に熱心でしたものね。

 将軍が、飲み込みが早いって誉めていました」

 くすりとアゲートが笑みをこぼす。

「そう? なのかな? 

 なんか全くその実感がないんだけど…… 」

 馬の気持ちはイマイチわからない。

 そのせいか時々馬はわたしの意図したところへ鼻を向けてはくれず、自分の好きな方角に好き勝手に歩いてしまう。

「でも見ていて今にも落馬しそうな危うさは全くなくなったとか、言っていましたよ」

「う…… 」

 わたしは口篭もる。

 確かに、最初は馬を歩かせるどころか乗ってその姿勢でいるのさえ一苦労だった。

「早くお天気になるといいですね。

 そしたらきっと珊瑚さまの気も晴れますでしょうし」

 そう言ってアゲートは茶化すように笑った。

 

 

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