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My Tale  作者: 氷滝 流冬
3/12

2 本の中

 庭園都市の名の通り、ラフェスタの街中は緑で溢れていた。舗装された道の両端は草花が咲き乱れ、木々が立ち並ぶ。家の軒先には花壇があり、庭は色とりどりの花で溢れ、水が流れている道もあるので、まるで巨大な公園の中に家が建っているかのようだ。

 背の高い家が立ち並ぶ大通りは、通りの中央には草の道があり木がある一定の間隔で植えられている。中央分離帯のようだと希咲は思った。けれど木の間隔が広い為、人が通っているのを見ると横切る事も可能らしい。そんな大通りを歩いて行って着いた先は、四階建ての一際大きな家だった。白塗りでシンプルだけれど、窓辺に置かれた花や装飾の施されている玄関があるから何だか華やかに見える。

 玄関へと続く短い階段を数段上るとメイミは振り返った。

「ここがわたし達のお家、ウルズサークルですよ」

「すっご~い、思ってたのよりずっとおっき~!」

「そりゃ、みんなで住んでるからな」

 広いことは知っていたけれど、やはり実物で見ると違うものだ。日本だと共同住宅になっていてもおかしくはない大きさのその建物には、感嘆の声しか出ない。どこの豪邸かと思う程の大きさで、一般の家が三軒は楽に入るのではないだろうか。でも確かに、大人数で住むにはこのくらいの大きさはないとならないのだろうと納得のできる大きさだった。

 ウルズサークル。各町を守護している《テイマー-テイマー-》の住んでいる家を、それぞれサークルと呼んでいる。「仲間」や「輪」という意味のサークル。古のテイマーが、テイマー同士は家族であるという願いを込めてつけたものだという。みんなの家であり、テイマーの拠点になっている家。サークルにはそれぞれ名前がついていて、ここは挑戦を意味するウルの名を持つサークルだ。

 中に通され、玄関からすぐのリビングへ入ると一人だけ、シキと同い年くらいの青年がソファに座っているのが見えた。

(あ、あれテツだ)

 短髪で目つきの鋭い、少し気だるげな青年にも見覚えがある。何度か小説の中に登場しているテイマーの一人だ。彼は大きなソファに座って、背もたれに片腕を置きながら本を読んでいる。

「おう、テツ、いたのか」

 リュウセイの声に気が付くと、テツは本から目を上げ振り向く。

「おかえり。今いんのはオレだけだぜ。みんな出かけちまったから留守番さ」

「あ~、なるほどな。それで暇になったからって珍しく本なんか読んでたのか」

「バーカ。お前と違って、オレは本も読むの」

「テツが? あ、シキの真似か?」

「うっせ」

 帰ってきて顔を合わせるなりそんなじゃれ合いをするリュウセイとテツに、ユウイもメイミも微笑ましそうに見ている。リュウセイとテツは兄弟みたいに仲が良くて、あんな言い合いはいつもの事だ。

 どちらかと言えば、リュウセイがテツに遊ばれている感じだが。

「あ、そうだテツ、紹介するよ。こいつは希咲。今日からここで暮らすことになったんだ」

「ふ~ん、キサキね。またテイマー増えたのか」

「いや、希咲はテイマーじゃないよ」

「ま、いいんじゃねえの? テイマーだろうがそうじゃなかろうが関係ないし。今更、一人増えたとこで問題もないしな。リュウセイ、お前が全部面倒見ろよ」

 そう言うと本に視線を落とし、逆の手でひらひらと手を振るテツ。

「って、何で俺!? ここは普通メイミじゃねえか?」

「お前、今一人だろ。文句言わずに従え。シキがいない今、ここでのルールはオレだ」

 テツに言われてぐっと言葉を詰まらせるリュウセイに、希咲はある事を思い出して納得していた。

 テイマーは決まって子どもが多い。大人になると少なからず心が穢れる為に、年を取るにつれてテイマーの力は衰えていってしまう。早ければ二十歳前後、遅ければ二十後半で力の源であるマテリアを失ってしまうという事だ。そしてマテリアは、生まれてくる別の誰かに宿り、新たなテイマーを生み出す。マテリアはそうして循環しているのだと、小説でも最初の方で説明していた。

 テイマーは、生まれて間もない頃から自分がテイマーであると認識している。永久に受け継がれるマテリア、終わらないテイマー。それが小説のタイトルである、エンドレステイマーの名の由来だった。

 子どもが多い中で統率を取るには、年上の者達がしっかりと面倒を見なくてはならない。自然と年功序列のルールができ、年下は年上の言う事に反論しないという暗黙のルールまで出来ているのだ。

 今この家に住んでいる者の中で一番上なのはテツなので、リュウセイは従うしかないのだった。

「……判ったよ」

 溜め息混じりに返事をすると、リュウセイはリビングから出て行く為にドアの方へと向かう。

「リュウセイ」

「あん?」

「手は出すなよ」

「なっ! 誰が出すか!」

 呼ばれたので何かと思って振り返ってみればそんな事で、顔を真っ赤にして怒鳴るリュウセイ。「そうか」と言って本のページを捲るテツはきっとからかっているのだろうが、真顔で淡々と言われると動揺してしまうというものだ。

 思わず赤面したリュウセイはハッとして希咲の顔を見たけれど、キョトンとしたまま首を傾げている彼女はどうやら意味が判っていないらしい。何となくホッと安堵したリュウセイだったが、それでいいのかと少々心配になってしまうのもまた事実。とりあえず今は気にしない事にして希咲を自室へと案内する。

 階段を上がり二階の突き当りの部屋へと向かうと、希咲を中に通した。

 二段ベッドと机、タンスが置かれただけのシンプルな部屋だ。昔、夏のキャンプで行ったコテージを思い出す。

「おじゃましまーす」

 言って部屋の中に足を踏み入れる希咲に、リュウセイは半眼になる。

「希咲、部屋に入るのにそれはどうよ……今日から、お前の部屋でもあるんだしさ」

「あ、それもそっか」

 あははと笑うと部屋の中を物色し始める彼女を見ながら、リュウセイは二段ベッドの下段に浅く腰掛けると膝の上に肘を置き、頬杖をつく。希咲は部屋の中を見回り、机の引き出しを開けて楽しそうに中を見ている。

 そんな彼女とは対照的に、リュウセイはどこか疲れたような表情。

「なあ、希咲」

「ん? 何?」

 名を呼んだが、リュウセイを見ずに返事をする希咲。その手にあるのは手紙だろうか。読むのに夢中になっているようで、目は文字を追うのに必死という感じだ。プライバシーも何もあったものではないが、読まれて困るようなものを入れていた覚えはないのでとりあえず手紙に関しては咎めない。

 それよりも、と口を開こうとしたけれど、声を出そうとしてすぐにやめた。

 声をかけたにも拘らず話しかけてようとしないリュウセイに、希咲は気にしていないのかそのまま手紙を読み続けている。沈黙の中、何度か声を発するのを躊躇う素振りを見せてから、漸く声を出した。

「あのさ、希咲……俺は男だ」

 だが、やっと話した内容があまりにも滑稽でリュウセイは自嘲気味に笑った。けれど希咲はそれでもリュウセイを見ようとはしていない。

「うん、知ってる」

 そして希咲はただ一言、あっさりとそう言った。

 判っている。そんな事はリュウセイにだって判り切っている。当然だが、リュウセイが言っているのはそういう意味ではない。

「いや、そうじゃなくて! ……希咲、お前は女だ」

「うん。生物学上はそうだね。そればっかりは変えられないし」

「だから、そういう意味じゃ――」

 もう一度反論しようとしたところで手紙を読み終えたらしく、紙を畳んで机の中にしまった希咲が立ち上がる。そしてくるりと振り返った希咲はリュウセイ――ではなくベッドを見た。

「あたし、ベッドは上がいいな! 二段ベッドって憧れてたんだぁ。いいよね?」

 ニッコリと笑って問いかけてくる希咲に、空気に飲まれたのか呆気に取られたような顔で「ああ」と返事をすると、希咲は嬉しそうに二段ベッドの上へと梯子を上っていく。頭上から聞こえてくる楽しそうにはしゃぐ声に、リュウセイは大きく溜め息をついた。

 この先、大丈夫だろうかと本気で心配した瞬間だった。

 けれども当の本人があの状態では悩んでいても仕方がない。そもそも、一人で悩んでいるのが馬鹿らしい。だから頭を切り替え、話も切り替える事にする。

「なあ、希咲」

「何?」

「実際のとこ、いつまでこっちにいるつもりなんだ?」

「んー?」

 突然の質問に、希咲はベッドの手すりにもたれかかるように体重を預け、思案する。

 いつまでいられるのかよりも、いつになったら帰れるのかと言う方が適切だ。何故なら、どうやってこの世界に来たのかすら、今の希咲には判らないのだから。

 けれど希咲は心配などしていなかった。何とかなるだろうという思いと、せっかく本の中に来たのだから思いっきり楽しみたいという思いがあるからだ。何とかなるだろうというのは何の根拠もない事だが、それでも今の希咲に不安はない。

「判んない」

 だから今言える最も確かな答えを言ってみれば、リュウセイも「そうか」と一言返す。

「帰るアテは?」

「さあ」

「さあって……お前、帰りたくねえの?」

 驚いたようにベッドから身を乗り出して見上げてくるリュウセイと、キョトンとしたような表情の希咲の目が合った。何か変な事を言ったのか自分では判らないとリュウセイを見ていれば、呆れたように半眼になってしまった。

「何とかなるかなーって。こういうのってさ、戻ってみたら元の時間でしたってこともあるし、急ぐ必要ないかなって。それに、せっかくリュウセイ達と逢えたんだもん。楽しみたいよ」

 ニコッと笑う希咲に、リュウセイは面食らってしまった。

 どうやらこの異世界から来た少女は、異世界から来たという事を深く考えていないらしい。深く息を吐きながら、見上げていた顔を降ろして俯く。

 どうしてこう、誰も彼もが疑問を抱かないのか不思議で仕方ない。ユウイとメイミは底なしのお人好しで、シキは何かを勘ぐるような視線を向けてはいたけれども決して訊いてこない。

 それから数秒だけ沈黙が降り、静かになった部屋でリュウセイは「おし!」と気合を入れるような声を上げた。そしてベッドから立ち上がると、二段ベッドの上段にいる希咲を見上げる。

「買い物行こうぜ!」

「買い物? 何か欲しいものあるの?」

「だから違うって。いつ帰るか、というか帰れるか判んないってなると、いろいろ必要だろ? 街の案内がてら行ってこようぜ」

 ニカッと笑うリュウセイ。

 こういう気遣いができるところを見ると、やはりリュウセイだと再確認させられる。本で読んだ通りだ。声も行動も性格も言葉も――何もかもが読んだままの人。声はあくまで希咲の想像上のものだけれど、それでもピッタリと一致している。

「あ、そういえばこの服じゃ目立つんだよね?」

「んー、まあな。けど大丈夫だろ。いい考えがある」

 そう言って部屋を出たリュウセイが向かった先は、ユウイの部屋。ユウイがいつも羽織っているマントを借りて着れば平気だと考えたようだ。その事を伝えるとユウイはすぐに了承してくれて、希咲は借りたマントを着てみた。

 身長差がある為、短めのものを借りたにもかかわらず希咲の着ている服はすっぽりと隠れた。膝下まであり、スカートも全て隠れるとその姿は何だか。

「ねえ、何か変質者っぽくない? 露出狂っていうか……」

「へんしつしゃ? 何だそれ。それに、んなマント着てたら露出なんてしてねえじゃん」

「いや、まぁそうなんだけど……こっちの世界には、変質者も露出狂もいないんだ……」

「そんなカッコしてる奴なんて結構いるぜ? んなこと気にしてないで、さっさと行くぞ」

 何だかはぐらかされてしまったような気がするが、納得いかないながらも返事をするとリュウセイに連れられてサークルから出て行った。


 外に出て街の通りを歩いて行けば、賑やかな声が耳に届く。少しすると店が立ち並んでいる通りが見えてきた。たくさんの人々で賑わうその通りが、所謂、商店街というものになるのだろう。

 日本でいう街や都会と呼ばれているような場所と雰囲気は似ているけれど、それでも北欧、ヨーロッパの街並みと表現するのがしっくりくるだろうか。そうは言うものの、実際にはヨーロッパに行った事がないので何とも言えない。

 そんな事を思いながら、初めて田舎から上京したかのようにキョロキョロと辺りを見回しながら顔を綻ばせている。

 隣を歩いているリュウセイは、何がそんなに珍しいのかと言うように不思議そうに希咲を見ている。

「希咲、あんまり余所見してっとぶつかるぞ」

「あーうん。でも初めて来る場所って面白いし、変わったもの多いから、つい」

 リュウセイにとっては当たり前のことなのだろうけれど、希咲にとっては珍しい光景ばかりだ。

「変わったもの? 例えば?」

 キョトンとしているリュウセイは本当に何がそんなに楽しいのか判っていない様子なので、希咲は左手にあった果物屋らしき店へと近寄った。

「例えば~……」

 呟きながら、出店のようになっている店頭に所狭しと並んでいる果物たちを見回し、中でも目を引いた、青い桃のような形状のものを手に取った。そう、形は桃そのもの。けれどもその色は青。真っ青というか、とても自然界で作られる色ではない。合成着色料を使っているのではないかと思ってしまう。これを絞ったら、かき氷にかけるブルーハワイ味のシロップが作れそうだ。

「これって何て言うもの? 果物、でいいの?」

「ああ、エクスポジションか。食えないことはないけど、薬にするのが一般的だな」

「飲むの?」

「いや、塗る。痛み止めの効果があるんだ」

 見るからに体に悪そうな色をしているのに薬になるとは。最初に使おうと思った人の気が知れない。

 名前だけ聞けば、何となく治りそうな気がしなくもないのだが。

「じゃあ、これは?」

 持っていたエクスポジションという名前らしい桃のようなものを置いて、傍にあった星形のものを手に取った。蜜柑のようなオレンジ色に黄緑の波打った縞模様が入っているそれは、模様だけを見ればスイカに見えない事もない。しかし、色合いは悪趣味すぎる。

 確かに希咲の世界にもスターフルーツという、切ると断面が星型になる果物があるけれどそんな可愛いものではなさそうだ。

「もしかして、これも薬?」

「いんや? コザックっていう主食にもなるもんだ。種類でいえば、穀物になっかな」

「穀物? これ、お米とかと一緒ってこと? どの辺が穀物?」

「いや、どの辺も何も、なぁ」

「米とかと同じ種類のものには全くもって見えないんだけど」

 この毒々しい色の部分は、殻と言う事なのだろうか。そもそもこれが種子となると、育った植物がどんなものになるのか恐ろしくて想像したくもない。

 しかし、主食としているというのだから、味がどうなっているのか興味がないわけでもないのだが。

「まあでも、それらはこの地方の特産品だから知らなくても当然かな。ほら、これなら知ってんだろ」

 徐に手に取ったそれは、赤々と熟しきったような色のリンゴだった。それはリンゴというよりはトマトに近い色合いをしているが、形や見た目はリンゴそのものだ。

 ちゃんとしたものもあるのだという事を知り、何だかホッとする。

 料理描写のない世界観は危険なものが多く存在するのだなと、希咲は思った。その他にもガラス細工のように透き通っていて綺麗なのだが、食べたら口の中が血だらけになりそうな食用の花や、牛面魚など。どれもこれも特産品だとリュウセイは言うが、正直なところ特産にしようと思った人の気が知れないものばかりで、正直少し怖いとも思った。

 目的地であるらしい服屋へ向かう途中にある店を眺めては、どういう店なのかをリュウセイに訊ね、「へぇ」と訊いた方も訊かれた方もお互いに思っていた。文化の違い、世界の違い。どちらにとっても興味深く面白い。

 リュウセイにとっては、全く知らない未知の世界の事。希咲にとっては、知ってはいたけれど感じた事のない空想の世界の事。それらを知るという事は、他の何ものにも代えられないとても貴重な体験だ。

 それから数分も経たずに街の雰囲気が先程の市場よりも幾分か落ち着いている場所へとやって来た。店の外装もがらりと変わり、出店であっても布やアクセサリーなどが目に留まるようになった。リュウセイの話では、どうやら商店街の中でもエリアが三つに分かれているという事だ。先程の食糧や医薬品のエリア、服やアクセサリーなど身に着ける物のエリア、そして治療院や宿屋などの各種施設のエリア。

 今は衣服のエリアに足を踏み入れていて、希咲の歩くスピードがぐんと遅くなった。じっくりと見ながら歩いているところは、やはり女の子。そういうものに興味が出る年頃だ。メイミや一緒に暮らしている他の女性達も、よくこうやってショッピングをしているなぁとリュウセイはしみじみ思った。

 ショーウィンドウから中を眺めている希咲に、リュウセイはそっと近づいた。

「何か気に入ったのあるか?」

「可愛い服はあるんだけど、似合うかは判んないからなぁ。そもそもコスプレみたいになりそうだし」

「コス……何?」

「ん? ああ、こっちの話。ね、リュウセイはどういうのが似合うと思う?」

 そう言って再び歩き始めた希咲の隣を歩きながら、リュウセイは頭の後ろで手を組んだ。

 どういう服が似合うかと問われても、正直リュウセイには判らない。リュウセイ自身は、服に何か拘りがあるわけではないのだから。それに、こういう事は同じ女性であるメイミの方が適任ではないだろうかと思う。誘った本人が思う事ではないのだが。

 思いながらふと視線をずらした時、その視界に捉えたものをリュウセイは見逃さなかった。その視線の先にある店を向き、リュウセイが足を止めた事に気付いたらしい希咲も自然と立ち止まる。

「どうしたの?」

「希咲、これなんかどうだ?」

 リュウセイの見ている方には、店頭に飾られている服。

 少し変わったセーラー服のような襟がついた、長めの丈の半袖の上着。パフスリーブの袖が女の子らしい。その隣にはキャミソールワンピースのような、裾が二段になっているワンピースがある。

 色は白を基調としている、派手すぎず地味すぎない、明るく可愛いパステルカラーのもの。

 あまりファッションに興味のある方ではないらしい希咲も、その服には何か惹かれるものがあったのか目がキラキラと輝いている。

「ちょっと、試着してきてもいい……?」

「おう、もちろん」

 躊躇いがちに窺うようにリュウセイに訊ねてきた希咲に対し、リュウセイは即答するとニカッと笑って送り出してやった。すると希咲はすぐに店の中へ入って行き、店員と話をすると服を持って奥の方へと向かって行った。後に続くように店の中に入ったリュウセイは、すぐに終わるだろうとボーっと服を眺めていた。

 そして待つ事、数分。

 シャッとカーテンの開く音がしてそちらを見てみると、そこには着替え終わった希咲が何だか嬉しそうに頬を染めていた。

「おお、似合うじゃんか」

「うん……自分でもビックリ。リュウセイ、センスいいんだね」

「たまたま目に入っただけだって」

「それでも、なかなか見つからないよ。リュウセイのおかげ」

 ニコッと微笑めばリュウセイは少し照れたように笑って返した。

 このまま着て帰る為、店員に元々着ていた服を入れる袋をもらい、その間にリュウセイは支払いを済ませた。ブーツはメイミがくれると言っていたので目的は達成されたわけだ。


 制服を綺麗に畳んで袋にしまった希咲が店から出ると、リュウセイはドアの横にあるショーウィンドウに腕組みをしながら体重を預けて待っていた。

「お待たせー。行こっか」

「おう」

 歩き始めた希咲が抱えている紙袋がひょいと持ち上げられ、軽くなった事にリュウセイを見上げればその手には紙袋が抱かれている。

 自分で持てるよ、と言おうとしたが、リュウセイが先に口を開いた。

「こういうのは男の仕事」

「気にしなくていいのに」

「そういうわけにもいかないだろ。希咲にだけ持たせるとか、有り得ねえし」

「……そういうもん?」

「そういうもん」

 きっぱりと言い切ったリュウセイは結局そのまま引き下がってくれる事はなく、早々に諦めた希咲は、リュウセイと仲良く話しながら並んで歩いて、リュウセイ達と一緒に過ごす家――ウルズサークルへの帰路に着くのだった。

 エルグランドの服でウルズサークルへ戻ればユウイとメイミからは似合っていると称賛され、これを選んだのがリュウセイだと告げれば、メイミは微笑みながらリュウセイを見、ユウイは意味ありげな視線を送っていて、照れたようなリュウセイはそれを隠すように部屋へ戻って行ってしまった。

 そんなリュウセイにユウイとメイミは更に顔を見合わせて笑っていて、希咲は仲が良いなぁと思いつつリュウセイの部屋へと向かった。


 夕飯は、希咲が知っている料理から食べ物かすら疑うような料理まで様々で、ユウイとリュウセイの間に座った希咲は、両側から料理の説明をしてもらいながら食事を堪能した。街に出ていて昼間いなかったテイマー達には簡単に、凄く遠くから来ていて帰るまで暫くウルズサークルに住む事になったと説明すると、最初は知らない希咲がいる事で緊張していた年下の子達もすぐに打ち解け、皆が希咲を歓迎してくれた。これはテイマーならではなのだろうと希咲は思う。

 元々、他人同士が集まって出来ているサークル。テイマーとして目覚めるとすぐに親元を離れてテイマーとなるので、他人と家族になる事など極当たり前であり、それを拒むような心の持ち主はテイマーにはいない。

 心を表す《真詞-マコトバ-》というものがあり、《邪影者-ファントム-》を浄化させる為にマテリアを放出する時に用いられる。リュウセイの真詞は「アル・スハイル・アル・ワズン」。強い精神力と冒険心という意味の言葉。真詞には負の言葉は、一切ない。つまり、心に負がないという事を示している。

 そんな彼らが羨ましくもあり、少し哀しくもあった。

 何だか、人間ではないような感じがした。彼らは本の中のキャラクターなのだから生きていないのと同じ、そう言われて生きているような、そんな感じがした。


 その日の夜は、希咲は部屋に戻るなりベッドに上がるとすぐに横になった。

 そんな希咲に溜め息をつきつつ、リュウセイもベッドの方へ向かう。

「ね、リュウセイ」

「ん?」

 突然上から降ってきた言葉に、ベッドに横になろうとしていたリュウセイは足を止めてそのまま希咲の方を見る。背の高いリュウセイは立ったままでも簡単に二段ベッドの上段を見る事が出来て、寝転がっている希咲と目が合った。

「呼んだだけ」

「お前なぁ」

 何がしたいんだと言いながら頭を掻き、息をつくとリュウセイはベッドの下段に腰を降ろした。

「リュウセイ」

「何だよ」

「……呼んだだけ」

 立て続けに二度も呼んだだけと言う希咲に、呆れたように片眉を顰めるリュウセイ。本当に一体何がしたいのだろうか。全くもって理解できない希咲に疑問を抱きつつ、寝る体制に入る為に横になった。

「リュウセイ」

 三度目の呼びかけに、小さく息をつく。

「どうした?」

「……リュウセイって優しいね」

「……は?」

 唐突過ぎる話に、何の事か理解できずに思わず声を漏らした。

 さっきから何なんだと思いつつも、希咲の次の言葉を待つ事にする。

「だってさ、普通だったら三回目は返事しないでしょ。だから優しいんだなぁって」

「何だ希咲。今のやり取りは、優しさを調べる為のもんだったってか?」

「え? いや、そういうつもりじゃなかったんだけど。面白かったから、つい?」

「あのなぁ」

 希咲にからかわれたのだろうか。それにしては何とも悪意のない事で、この感覚はテツにからかわれている時と同じようなもので、何となく面白くない気になる。悪意のあるからかいをされたいわけではないのだけれど、何となく気持ち悪いのも確かだ。

「で? 呼んだホントの理由は?」

「忘れたからいいや」

 思わず、ベッドに突っ伏してしまった。

 これでは本当に確認の為だけのやり取りだったかのようではないか。そもそも忘れるようなら面白がって遊ばなければいいのにと思うものの、すでに忘れてしまっているのだから仕方がない。

 そうしていると静寂の中に規則正しい呼吸が聞こえてきて、「ん?」と眉を顰めて体を起こしベッドから降りて見上げてみれば、いつの間にやら眠ってしまったらしい希咲は寝息をたてていた。

「マイペースだな……」

 眠っているというのであれば起こす必要はなく、希咲の足元に畳まれている掛布団を肩までかけてやると、微笑しながら息をついて再びベッドに寝転がった。

 枕元に置いてあるボタンを押して電気を消すと、月の光が差し込んでいるだけの暗闇に辺りが包まれ、夜は更けていった。




 翌朝。

 目を覚ましたリュウセイは温もりを感じてゆっくりと目を開け、視界いっぱいに広がる蜂蜜色に、まだ起きていない頭が完全に活動を停止した。数回瞬きをして、それから段々と覚醒する頭が、それが何なのかという事を認識して途端に顔がカァーッと熱くなる。

「なっ! き、希咲!?」

 横になったリュウセイの腕を枕にしてすやすやと眠っていた希咲だったが、今の大声で目が覚めたらしい。声を漏らし、ゆっくりと上半身を起こすと目を擦っている。

 希咲が起きた事で腕が自由になり、リュウセイは慌てて距離を取るように壁にべったりと張り付いた。

「何で、希咲がここで寝て、いや、何で一緒にっ」

 慌てふためくリュウセイ。やっと頭が起きてきたらしい希咲は目をぱちくりとさせ、リュウセイを見、辺りをキョロキョロとし、それから状況を把握したらしくポンと手を打った。

「夜中にトイレに起きたんだけど、上るのめんどくさくなったっぽい」

 あわあわとどうしたらいいのか判らず呆然としているリュウセイを見てから希咲はベッドから降り、何事もなかったかのようにそのまま部屋から出て行ってしまった。ドアの閉まった音の余韻が消えた頃、リュウセイは壁に背をつけたまま脱力する。

 頭からは湯気が出ているような状態で、顔は真っ赤だ。

「む、無防備すぎんだろ……」

 バクバクと鼓動の早い心臓。まだ腕には希咲を抱いていた時の温もりや、頭の重さ、柔らかな髪の感触が残っていて思い出すと更に頬が熱くなるのを感じた。

「あ~……俺、いつまで耐えられんだろ……」

 まだ一日しか経っていないのに、すでに挫折しそうだった。


 今日はシキと年長二人が、ラフェスタにあるもう一つのサークル――ニイドサークルのリーダー達と会議があるという事で、本日の皇心探しは行われない事になった。

 皇心探し、基、皇心の回収はテイマーのもう一つの役目である。皇心は世界中のありとあらゆる場所に落ちていたり埋まっていたりしているので、それを一般人が触れないように回収して回っている。

 エンドレステイマーの《騎士-ナイト-》の意思を受け継いだ者は、リュウセイ達と同じサークルで暮らしている、ハルトという青年だ。専ら皇心の回収をしている為に、殆どラフェスタにはいない。その上で、騎士の意思を継いでいる彼は世界に負を蔓延させる為に、様々な実験を行っていた。普段から世界中を回っているハルトだからこそ、テイマーを邪影者化するという目的の実験を誰にも気づかれずに行う事が出来ていたのだ。実験の内容は、テイマーの持つテイマーコアに、負を宿らせる事。

 ここラフェスタで起こる事件は、ハルトが戻って来てから数週間経ってからの事だった為に、誰も関連性を疑わなかった。そして、他の地で行っている場合も殆ど人目につかないように注意を払っているので、誰にも気付かれずに計画を進めていた。皇心回収で四大都市を巡っているハルトの事は他の都市のテイマーも知っていて、ハルトがどこに居ようと誰も気に留めなかった事が要因だ。ハルトと一緒に世界を回っているスオウという、ハルトとは親友に当たるテイマーの彼にも気付かれる事はなく、後に、膨大な量のマテリアを暴走させ無理やり邪影者化するという所業をされたのは、そのスオウだった。 

 ハルト達が行っている皇心回収を、他のテイマーも都市の中や都市の周辺で行っている。遥か昔から繰り返されている事だが、未だ全ての皇心を回収する事は出来ていない。時の流れと共に地形が変化してしまっている上に、世界中に眠っている事が要因だ。

 ウルズサークルでは、今日はリュウセイ達が当番の日だったのだが、突然中止を言い渡されてリュウセイはリビングで、ユウイが座っている椅子の背に腕を置いている。

「どうする? 今日、他に用なかったよな」

「そうだね。どうしよっか」

 そんな二人の会話に、希咲は彼らを見つめながら頭の中の本のページを捲っている。

 シキ達は確か、ラフェスタにあるもう一つのサークル――ニイドサークルの方で何か異変がなかったかどうかを訊きに行っていた筈だ。

 ラフェスタの北部と南部に位置するそれぞれのサークル。回収した皇心は各々のサークルで管理されるのだが、その数がどれくらいあるのか、皇心の種類がどうなのか、他にも邪影者を討伐したのかや誰が邪影者化したのかという情報収集など、いろいろと共有する為にこういった会議という名目の情報交換が定期的に開催されていた。

 今日の会議は急遽、決まったものだったらしい。それは昨日リュウセイが見つけたテイマーコアの一件があった事で、シキが交換できる情報があるかもしれないと思い立案していたのだ。昨日回収したテイマーコアは、もう一つのサークル、ニイドサークルのテイマーが所有する皇心だった。もし、ニイドサークルでテイマーが一人いなくなっていれば、その人物が邪影者化したという事だ。

 小説の中で、急に暇になってしまったリュウセイ達はどうしようか悩んだ末に、散歩と称して水辺を回る事にしていた。ラフェスタの中には川が流れている為、その川に皇心が流れつく事がよくあるらしい。ラフェスタの人間が邪影者化する可能性が高くなるので、そうならないようにしようという事だ。

 あくまで散歩だと言い切っていたけれど。

「天気いいし、散歩にでも行かない?」

「散歩?」

「うん。川の傍を歩くのも気持ちいいと思うよ」

「ああ、散歩な。いいな、それ」

 判っていると、凄く不自然に聞こえる会話。周りには小さな子がいるから気を使っての事なのだろうか。それとも、リーダーであるシキがいないのに勝手に回収に行く事がバレないようにする為なのだろうか。

 確か、両方だった気がする。

 そんな事を考えて近くの椅子に座ったままリュウセイ達の方を眺めていると、不意にリュウセイと目が合った。けれども、すぐに視線を逸らされる。

「希咲も行く?」

 今度はユウイに見られて、やる事もないので「行く」と返事しようとしたところに、慌てたような声が聞こえてきた。

「いや、希咲はあれだよな、その、メイミが今日買い物当番だった筈だからそっち行った方がいいよな」

「あ、そうなんだ。じゃあ、メイミの手伝いしよっかな」

 そう言った時、丁度メイミが買い物籠を持って出かけようとしていて、希咲は椅子から立ち上がるとメイミの方へと駆けて行った。


 その後ろ姿を見送って、ホッと安堵の息を漏らすリュウセイ。

 そんなリュウセイに、ユウイは笑みを浮かべた。

「リュウセイにも春がきたのかな」

「なっ、そんなんじゃねえよ」

「希咲、良い子だと思うよ」

 ニコニコと笑っているユウイはきっと何かを確信しているのだろうけれど、それは恐らくリュウセイが感じているものとは違うもので、こうなったユウイには何を言ってもそっち方面に持っていかれるので早々に諦めると、散歩をする為にウルズサークルを後にした。

 

 一方の希咲はメイミと一緒に、昨日リュウセイと来た商店街へと向かって歩いている。

「希咲が一緒に来てくれて良かったです」

「あのままサークルにいても暇だったし、メイミ一人じゃきっと大変でしょ?」

「今日はそんなに量は多くないですよ。でも、希咲と一緒の方が楽しいです」

 まるで花が舞っているように、ふんわりと笑うメイミ。同じ女の希咲でも、可愛いと素直に思う。ずっと一緒に育ってきたユウイが惹かれるのも当然の事だと思う程に。

 こうして女二人で歩いていると、どうしてもしたくなる話題がある。本来、希咲は経験がないのであまり参加する事はないのだが、今目の前にいるのは小説の中のキャラクターで、メイミに関しては気にならない訳がない話題だ。

「メイミ、好きな人っている?」

 唐突な質問にキョトンとするメイミ。

 こんな物語の序盤で訊くような話でもない気がしたけれど、それでも訊いてみたいと思った。

「いるですよ」

「みんなが好き、とかじゃなくてだよ?」

 天然な彼女の事だからそう言われるのではないかと思って予め伝えてみると、メイミは何も言わずにニコッと笑った。

 これはつまり、判っていると取っていいのだろう。

「……どういうとこが好きとかって、訊いてもいい?」

 躊躇いがちに問いかければ、メイミは希咲から視線を外して前を向いた。けれども浮かべられた微笑が消えてはいないので、嫌な訳ではなさそうだ。

「そうですね……いつも一緒にいたいって思うですよ。ずっと、ずっと一緒にいたいです」

「……こういうとこが好きだからっていうのはないの?」

「好きな部分があるから好きになったのではないですよ。その人だったから、好きになったです。同じ性格や同じ顔の人がいても、好きにはならないですよ」

 それは、ユウイがユウイだから好きだという事。「その人」とメイミは濁していたけれど、希咲は相手がユウイだと知っている。もしユウイと同じ人がもう一人いたとしても、メイミはその人を好きにはならない。ユウイでなくてはならないという事なのだ。

「そう言う希咲はどうなんです?」

「え、あたしは、その……微妙?」 

 まさか訊き返されるとは思っていなかった為に動揺して出た言葉に、希咲は自分で苦笑する。どういう事なのかとキョトンとするメイミに、言おうか言うまいか迷っていた希咲だったけれど、メイミならいいかなと思って口を開いた。

「昔ね、見た夢があるの」

「夢、です?」

「どこかの森で迷子になって、淋しくて泣いちゃって、そのまま崖から落ちちゃったんだ。でも痛みはなくって、どうしてだろうって思ったら男の人に抱かれてたの。顔も名前も思い出せないけど、その夢の中で会った男の人の事がずっと好きだったんだ。でね、最近その夢の男の人にすっごく似た人が……」

 そこまで言って、希咲はハッとする。

 自分は夢の男の人に似ているからリュウセイを好きになった。つまりそれは、リュウセイが好きなわけではない事になるのではないか。ただ好きな人に似ていたから好きで、その感情を恋と勘違いしていたのではないだろうか。リュウセイを見てドキドキする気持ちは偽物なのではないだろうか。

 急に黙りこくってしまった希咲を不思議に思って、メイミは希咲を見やる。

 呆然としたような希咲に、メイミはそっと微笑んだ。

「理由は人それぞれです。きっかけも。人と違っていいですよ。好きっていう気持ちが大切です」

 こういう事を聞くと、メイミが年上なんだと実感させられる。そして何より、とても眩しく感じた。

「……メイミ、大人だね」 

「はいです。希咲より年上ですから」

 ニコッと笑うメイミに、そういう事じゃないんだけど、と思わず噴き出した。こういうところもメイミの魅力だと思う。

 希咲に笑顔が戻った事で、メイミもとても嬉しそうに笑っていて、市場の活気の中に少女達の幸せそうな笑い声が響いていた。


 それから食材を買い集め、時間があるからと希咲とメイミが向かった先の広場近くの川の淵を、後からサークルを出たリュウセイとユウイは歩いている。

「せっかくだから希咲も連れて来てあげれば良かったのに」

「メイミと買い物行ったんだからいいだろ」

「あんなに思いっきり視線逸らして拒否したら可哀想だよ」

「いや、だってあんなことあって、まともに顔なんか……」

 言いかけて、思い出してしまったのか耳を真っ赤にすると、ユウイからも顔を背けたリュウセイ。

 そんなリュウセイに微笑みつつ、ユウイは目を伏せる。

「昔から言ってたよね。僕にだけは絶対に話してくれるあの話。希咲には、伝えないの?」

 痛いところを突かれ、リュウセイはすぐ横を流れる川を見つめた。揺らめく水面に映る自分の顔は酷いもので、足元にあった小石を蹴って川に落とすと波紋が広がった。

 希咲の事を紹介した時にユウイが見せた表情を思い出し、やはり気付いていたのかと思うと溜め息が漏れた。ユウイには伝えていたのだから、気付くのは当たり前だ。言い分も判る。だが。

「……言わねえよ。判ってるだろ、ユウイだって」

 自分と希咲の関係を思えば、言える筈がない。言ったところで、困らせるだけになるのだから。

「それでリュウセイが後悔しないなら僕はいいと思うけど」

 話は一段落したとばかりに、それ以上の追及をするつもりのなかったユウイがいつもの表情で前を歩いて行った為に、すぐにその背中を追いかける。リュウセイの表情は、未だ複雑なものだった。

 川沿いを歩いて行って辿り着いた広場で、リュウセイ達がばったりと出会ったのは、今会うには少しばかり後ろめたくなる人物。

 希咲とリュウセイは目が合うなり、反射的にお互いに顔を背けていた。

 そんな二人を見つめて微笑んでいるユウイとメイミは、まるでここで落ち合う事を示し合わせていたかのようだ。

「何で、ここにいんだよ」

「メイミが時間余ったから広場にでも行ってみないって言うから」

 ぎこちない希咲とリュウセイの会話。すぐに訪れる沈黙。昨日だったらこんな風に黙っても何ともなかったのに、今は何だか落ち着かない。

「なあ、希咲」

「何?」

「もう、ベッド間違えんなよ」

「あ、うん。あれはごめんね」

「俺だって男なんだから、気をつけろよ」

「え? どうして?」

 今までぎくしゃくしていたのに、何故か最後だけいつものようにキョトンとしていて、リュウセイは思わず希咲の方を向いた。そうすればやはり声の通りの表情をしている希咲がいて、リュウセイは盛大な溜め息をついてしまった。

 どうしてあそこまで話しておいて、そこだけが判らないのだろうかと。

 こうなるともうお手上げ状態で、これ以上、希咲には何を言っても無駄だと判断したリュウセイはもう一度息をつくと、右手を差し出した。

 突然出された手を見つめ、それから自分の右手を乗せてみる。

「お手?」

「何でだよ! ……男の仕事」

「……ああ」

 男の仕事だと言われて自分の手を見てみれば買い物籠を持っていて、昨日言われた事を思い出した。荷物を女に持たせて自分が手ぶらなのは納得いかないのだとか何とか言っていたとという事を。

 拒んでも聞かないんだろうなと思うと、素直に籠を差し出した。

「よろしくお願いします」

 深々と頭を下げてみれば、呆れたような声が降ってくる。

「どんだけオーバーなんだよ」

 言って希咲の頭を軽く撫で、それからウルズサークルの方へ歩いて向かう。そんなリュウセイに笑みを浮かべて追いかける希咲。

 雰囲気が和やかなものに変わった事を感じてユウイとメイミは顔を見合わせると笑い合い、ユウイもメイミが持っていた紙袋を受け取って、希咲達の後をついて行った。

 その道中は昨日と同じように話が盛り上がっていて、希咲の中でもやもやとしていたものは胸の奥へと消えていった。


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