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My Tale  作者: 氷滝 流冬
10/12

9 世界の歪み

 眼前に広がる王都。大きさは、ラフェスタやフォルティスなど比べ物にならない程だった。中央に向かって高くなっている王都は、富士山がそのまますっぽり入っているのではないかと思う。前にユウイが、エクストレイルに行ったらもっとビックリするだろうと言っていたけれど、正にその通りだった。口からは溜め息しか出ない。

 ここまで送ってくれたアヤタカに別れを告げ、エクストレイルの中へと一歩、足を踏み入れた。

 静寂に満ちたエクストレイル。中世ヨーロッパのような街並みのそこは綺麗で落ち着いていて、けれどどこか淋しさが漂っている。

 人の姿は、見当たらなかった。

「エクストレイルって王都なんだよね。こんなに過疎化してるものなの?」

 王のいない王都なのだからそういう事もあるかもしれないと思って、誰にともなく訊ねてみた希咲。

 しかし、そうではないとリュウセイ達の表情が物語っていた。

「こんなエクストレイル初めてだ。王都ってこともあって、四大都市以外から避難した人の大半が王都に集まったんだよ」

 エルグランドには四大都市しかない訳ではない。嘗ては小さな町や村も沢山、存在していた。今も人が住んでいる所もあるにはある。けれどもテイマーは四大都市にしかいない為、安全を考えて殆どの者達が四大都市に避難していた。

 それは、遥か昔の出来事になる。

 その大半がエクストレイルに来たと言うのであれば、見回して一人も人がいないという事はないだろう。日本の東京だと考えれば、ごった返していてもおかしくない場所だ。それが例え、早朝だったとしても。

 何かあったのだと気付くのに、そう時間はかからない。

「エクストレイルに何があったのかは後で考えよう。先ずは、大図書館を目指す」

 大図書館は、エクストレイル王城広場の北東に位置する。機関車を使えばそう時間はかからない筈だと、ターミナルのすぐ傍にある駅を目指した。

 駅と言っても、電車の駅と言うよりは路面電車の停車駅のようなものだ。機関車も形は路面電車で、道の中央にある線路を走って行くタイプになっている。だが、日本のものと違うのは、電車というよりもヨーロッパのケーブルカーに似た外観をしている事。上に電線はなく、線路はモノレールのレールのようだ。

 扉が開いていたので機関車に乗り込んでみたものの、予想はしていたが運転手はいない。

「どうする、シキ」

「問題ない。前にアヤタカから操縦の仕方は教わった」

 言うなりパネル式の操作盤に手を添え、慣れた手つきで操作を行っていけば電力が供給され、扉が閉まり、機関車は発車した。

 地下鉄のように向い合せに設置された座席にメイミと並んで座り、外の景色を眺めている希咲を尻目に、リュウセイはパネル操作をしているシキの横に立った。

「道、判ってるのか?」

「目的地の設定が出来るみたいだから平気だ。王城前広場に着ければ、大図書館はすぐだから」

「そっか」

 機関車に乗っていれば、一時間もしないで辿り着ける。エクストレイルがどんな状況なのかは依然として判らないままだが、邪影者がいないところを見ると危険はなさそうだ。このまま何事もなく、希咲を元の世界に戻してやりたい。これ以上、エルグランドの暗い部分を希咲に見せたくない。

 泣いていいと希咲には言った。けれど実際のところは、泣かせたくないと思っていた。あの状況で泣くのを止める事は出来ず、泣いている希咲を見るのは心苦しくてリュウセイは抱きしめた。

 自分の腕の中で震えながら泣き叫んでいる彼女に、心が痛かった。

 もう、あんな苦しい思いはしたくない。させたくない。その為には、一刻も早く希咲を元の世界に帰すしか方法はない。

 ラフェスタを出て行った希咲を追いかけている時以上に、時が経つのが遅く感じた。

 暫く走った後、その場所へ入り機関車は停車した。石畳で出来た巨大な広場。奥には堂々たる姿で王城が建っていて、西洋の城を実際に目にするのは、希咲は初めてだった。まだ一度も日本から出た事がないのだから、実物を見る事などない。

「すご……お城だ」

「当たり前だろ。今は誰もいねえけど、エルグランドのシンボルだからな」 

 まるでテーマパークにあるお城のようだ。誰も住んではいないけれど堂々とそこに建っていて、シンボルになっている。女の子なら誰でも一度は憧れる場所。

 城より大図書館だとリュウセイに手を引かれ、向かった先はこれまた巨大な図書館だった。十数段の階段の先には神殿のような入口。入り口の扉も、何メートルあるのか判らないほど巨大で、門だと言われてもおかしくないような大きさだ。

 ユウイが触れれば両脇の壁の中へと扉は収納されていき、全員が中に入れば、また自動的に動いて扉は閉まる。フォルティスに行った後なので驚かないが、エルグランドに来てすぐにお目にかかっていたならば声を上げてキャッキャとはしゃいでいた事だろう。

 中に入ってみても、眼前の光景に唖然とするばかり。

 エントランスからすでに壁にはびっしりと本が詰まっていて、天井までは通常の建物の五階分くらいありそうだ。壁際ギリギリのところには人が一人通れるほどの幅の通路が設置されていて、通路は壁と壁とを繋ぐようにジグザグに空中に浮いている。二階部分には通路はなく、三階部分、四階部分とそれぞれ通路の形は違っている為、見上げれば何かの模様が描かれているようだ。

 遥か奥の方には、更に奥へ続く通路や、左右に分かれる通路なども見受けられる。

「この中で、どうやって探せば……」

 これだけの量の本、何億冊で済むだろうか。

 その中から異界の扉となる本を探し出す事が出来るなど、正直思えなかった。

 エントランス中央部のぽっかり空いた空間で、希咲は立ち尽くした。シキ以外はどうやら大図書館は初めてらしく、反応は希咲と同じようなもの。

「とにかく、行動してみない事にはどうしようもない。エントランスから調べてみよう」

 シキがパンッと手を叩けば、条件反射のように動き始めたリュウセイ達。

 希咲も仕方がないと手近な壁に近付いて、本を眺め始める。

 タイトルは、ハッキリ言って読めないものばかり。どこの文字なのかすら判らないようなもが多い。英語だったら、まだギリギリ読めなくもないのだが。

 けれど、今探しているのは読みたい本ではない。

 それこそ丁度、英語で書かれたYourTaleという題名。そして、嫌でも目立つ漆黒のカバー。

 ずらりと並ぶ本を眺め回そうとしたその時、ふと、一冊の本に目を惹かれた。それは探していた本とは真逆の純白のカバーをした本だった。大きさは丁度、ハードカバーの本くらい。しかし、背表紙には何も書かれておらず、他の本とは違って異彩を放っている。

 キョトンとしながら、その純白の本に手を伸ばした。

「何だ、こんなところにいたんだ」

 触れた瞬間、不意に耳に届いた声。

 氷に触れたかのように体が冷たくなるような気がした。

 希咲も、リュウセイも、その場にいた者全てが声の主を見ようと振り返り、希咲の体は凍りついた。

 エントランスの奥の方から歩いてくる人物。

「スオウ……!」

 それはフォルティスでハルトを殺し、リュウセイ達の前から姿を消していたスオウその人だった。何食わぬ顔で近付いて来るスオウに対し、散らばっていたリュウセイ達はエントランス中央部の一ヶ所に集まる。

 リュウセイは、目を細めた。

「お前こそ、何でこんなとこにいんだよ」

 一定の距離を開けて立ち止まり、スオウは口元に笑みを浮かべた。

「何故? 決まっているじゃないか。ここは王都、僕の都だ。王がいるべき場所にいて何がおかしいんだい」

 これが、本当にあのスオウなのだろうか。

 対峙するのは二度目になるが、目の当たりにしても、声を聞いても、信じ難い。これまで十数年もの間、リュウセイ達が顔を突き合わせてきたスオウとはかけ離れすぎている。高慢で、高圧的なスオウ。これではまるで――。

 哀しそうに眉を顰め、ユウイは、一歩スオウに近付いた。

「スオウ。エクストレイルにいた人達はどうしたの」

 ここに来るまで、結局、人の姿を目にする事はなかった。姿だけではない。影も気配すらもなかった。それは人に限らず、生き物の気配すらも。

「ああ、あのゴミ共のことか。言っただろう。ここは王がいるべき都市。王に相応しくないモノは全て抹消した。邪影者化した人間を全て負のエネルギーとして取り込むことでね」

 笑みは絶やさずに言い切ったスオウ。

「どうやって……そんな能力があるなんて初耳だぜ」

「僕は皇帝だ。エルグランドを統治する者。一度に多数の人間が邪影者になる光景は君達も見ているだろう。あの時よりも確実に力は取り戻されつつある。エクストレイルにいる人間を全て邪影者にすることなど造作もなかった」

 狂っている。

 邪影者化でも、すでに死を意味している。元に戻す事が出来るのは女皇だけとされていて、テイマーは暴走した皇心を鎮める事しか出来ないのだから。皇心を鎮めたところで、影となった人間は元には戻らない。それはつまり、人としての消滅を意味する。

 本来ならば、同時に多数の邪影者が現れる事はない。しかし、リュウセイもユウイも、フォルティスの外にいたメイミやシキもその光景は目の当たりにしている。

 そして全ての人間が一度に邪影者化し、その全てが負のエネルギーとして吸収されたとすれば、エクストレイルに人がいない理由も納得できる。強いマテリアの持ち主が集結しているサークルばかりの、エクストレイルのテイマーが負に飲まれたというのは考え難いが、負が溢れた事でスオウが力を取り戻しているとしたら、それすらも可能に出来てしまうのだろう。

 エクストレイルを独占したいのであれば、ただ追い出せば良かっただけの事を。

 ギリッと奥歯を強く噛む。

「何で、何でそんなんになっちまったんだよ、スオウ!」

「何を言っているんだい。これが皇帝としての僕だ」

「……皇帝としてのスオウ。それはつまり、今まで自分達が知っていたスオウとは別人と言う事かな」

 この状況下でも、シキは冷静だった。

 それが気に食わないのかスオウは一瞬笑みを消したけれど、再び嘲笑するような笑いを浮かべる。

「知っているだろう。皇帝とはつまり、皇帝の意思を継いだ者のこと。皇帝として覚醒することはつまり、二度目の目覚めだ」

「でもそれ、おかしいよ。スオウが皇帝なら、今してることはどういうことなの? 邪影者化なんて、騎士の行為としか思えない。それでもスオウは、皇帝だって言うの?」

 真っ直ぐにユウイに見つめられて、しかしスオウは笑ったままだ。

「皇帝は人々を統治する者、即ち、その心すらも掌握できる。そしてマテリアは負を浄化する。取り込んだ負は浄化され、自らの糧となる。マテリアを操るのは皇帝であっても難しい。負を変換するのが、一番効率が良かったのさ」

 そこまで言って、スオウはずっと黙ったまま佇んでいる希咲を見る。

 見つめられ、蛇に睨まれた蛙のように体を強張らせる希咲。

「僕の女皇。早く僕の許へおいで。一緒にエルグランドの頂点に立とう」

「い、嫌……あたしはリュウセイ達といたい」

 震えている希咲の声。

「ッ! スオウ!」

 思わず、リュウセイは声を張り上げた。

「お前に希咲は渡さねえ。希咲を苦しめるような奴なんかに、希咲の傍にいる資格なんかねえ!」

 吐き捨てるように、ぶつけるように、リュウセイは声を荒げた。

 ユウイも、シキも、メイミも、こんな風に激昂したリュウセイを見るのは初めてだった。

 スオウは、憎々しげに目を眇める。

「資格がない? それは君の方だよ、リュウセイ。女皇に近付くことも触れることも最も許されない存在。キサキ、いいことを教えてあげよう。君が慕っているリュウセイは……騎士だ」

 誰もが、絶句した。

 それはリュウセイ自身も同じ。信じられないと言うように、自分の両手を見つめる。

 希咲は目を丸くしていて、リュウセイは自身の耳を疑った。

 何を言われたのか理解できない。

 リュウセイが、騎士。騎士がエルグランドにおいてどのような存在なのかはハルトも言っており、希咲も重々承知していた。全てを負に導く者。エルグランドに崩壊を招き、皇帝と女皇が封じなければならない存在。

 それがリュウセイだと、信じられる筈がなかった。

 思い起こされるのは、リュウセイと共に過ごした時間。初めて逢った時、サークルまでおんぶしてくれた事、一緒に買い物に行った事、噴水の広場まで迎えに来てくれて隣り合わせに座って話した事、リュウセイのベッドでユウイと一緒に話した事、フォルティスで手を引いてくれた事、陸羽艇のベッドで一緒に眠っていた事、泣いている自分を抱きしめてくれた事。

 その総てがとても暖かくて、優しくて、大切なもの。

「でも、リュウセイは凄く優しくて、あたしのこと考えてくれてて……」

「それは君を油断させる為だよ。騎士は世界の崩壊を望んでいる。皇帝と女皇が揃えば、再び封印されるかもしれない。そうならないようにする為に」

 女皇が希咲であり、騎士がリュウセイだと知った時、リュウセイの中に言い知れない恐怖が沸き起こった。希咲に優しくするのは、女皇だからだとスオウは言う。

「女皇。自分が何故、そんなにもみんなから愛されていたか判るかい? それは君が女皇だからだよ。テイマーは皆、女皇を愛する。そう、魂に刻まれているからだ。そしてその女皇を、我が物にしようとするのが騎士。間違えないでほしい。君達の敵は、そこにいるリュウセイだ」

 ユウイもメイミも動揺している。突然、騎士がリュウセイだと告げられて混乱するのは当然だ。希咲も、リュウセイを見つめたまま動けなくなっていた。

 心に突き刺さる。

 調和を司る女皇を愛しいと感じるのはテイマーにとっては当たり前の事。何より、テイマーを生む事になったマテリアの持ち主であり、正の感情で溢れ、民を愛していた女皇は母親のようなもの。自分を生んだ母を愛さない者はいない。だから皆が希咲を愛した。

 判らない。あんなに優しくしてくれたのは全て、希咲を騙す為だったなんて。全てが偽りのものだったなんて。信じられない。信じたくない。

「……嘘、嘘ッ……!」

 何が何だか分からなくなる。頭の中がごちゃごちゃで、ぐちゃぐちゃで、何が正しくて何が間違っているのか。スオウの言葉が頭の中に響く。心の中まで侵食してくる。

 こわい。

 偽りだったと思う事が、希咲を見ていた訳ではなかったと思う事が。まるでそこに自分は最初から存在していなかったかのようで、女皇という別の人間が自分の中にいるようで。

 こわい。

 ぎゅっと、希咲の手が握られた。とても暖かくて大きな手。力強くて、不安なんか一瞬にして消えてしまうほど。

 見上げれば、山吹色がそこにはあって。

「俺は、自分が騎士でも構わない。希咲が女皇でも構わない。女皇だって希咲は希咲だ、俺がこれまで一緒にいた希咲だ。俺と一緒にいたのは女皇じゃねえ、希咲なんだよ! 希咲を女皇としてしか見てねえのはスオウだろ!」

 リュウセイの有りっ丈の想い。

 強く、逞しく、心に響く彼の想い。

 そっとハルトのテイマーコアに手を添えると、仄かな暖かさを感じた。

 そうだ。そうなんだよね。

 繋がれている手に、希咲は力を込める。

「ハルトが皇帝でリュウセイが騎士だったとしても、あたしはリュウセイのこと信じてる。今までの暖かい言葉も優しい気持ちも全部本物だったから。誰かを哀しませたり苦しませたりするようなことを、リュウセイがするはずない……どんな理由があったって、ハルトを、友達を殺すような人が王様になれる筈ないよ!」

 その時、強い光が一冊の本から放たれた。

 広いエントランスを白で満たすほどの光に、皆がそちらへ視線を向ければ光を放っている本がひとりでに棚から抜け出し、空中に浮いた。

 それは先程、希咲が手に取ろうとして触れた本。純白の本の表紙に、黒抜きの文字が現れた。それは紛れもなく、希咲が見たあの文字で。

「ユア、テイル……」

 希咲の声に呼応するかのように光を一層強く放つと、本は自らのページを捲っていて、開かれた本から声が降り注いだ。

 落ち着いていて澄んだ水のような、大人の女性の声。

――太古の昔。この世界には皇帝と女皇がいた。二人が統治する世界はとても平和で穏やかだった。正の思いや感情が溢れ、幸せに過ごしていた。

「これは、始まりの物語……」

 それはエルグランドの、テイマーの起源とも言える話。

――だがある日、一人の騎士が世界に現れた。騎士と出逢った女皇は騎士と心を通わせるようになり、それまで正の感情しかなかった皇帝の心に負の感情が生まれた。

「何なの、これ……」

「話が、入れ替わってるです……」

――それまで穏やかだった皇帝は急変し、統治していた皇帝が変貌した事により、世界が負で満たされようとしていた。嘆き哀しんだ女皇は騎士に助けを求め、皇帝を封じる事を決めると、強い正の感情を解き放った。正の感情を開放した女皇と騎士は眠りにつき、小さな十二の石となり飛び散った皇心の影響で封じられた皇帝は、世界に負を蔓延させながら復活する期を窺い、女皇を我が物とし、再び負で世界を満たそうと目論んでいた。

 声がスゥッと消えると本は閉じられ、光が消え去った本は重力に従って落ちてきて、丁度真下にいた希咲がその本を受け取った。

 愕然とするスオウ。

「設定が変わった事で、世界の理さえも変わったのか」

「どういう、ことだ」

 静かなシキの言葉に対し、問いかけるのはリュウセイ。

「言っただろう。希咲が来た事によって、この世界は本来の物語からずれている。生じた歪を正すには、矛盾した部分を修正する必要があると。つまり、騎士が悪の根源であるという理が書き換えられたんだ」

「嘘だ……そんなものでたらめだ!」

 驚愕し、叫ぶスオウ。

 しかしユウイは真っ直ぐにスオウを見つめる。その姿は、エンドレステイマーでの皇帝そのもので、希咲は何かを納得したような気がした。本物の皇帝と、偽りの皇帝の違い。

「これが真実だよ。スオウが皇帝だったら、邪影者化できるはずない。でも、負の感情を持っていたのが皇帝だったら可能になるから。気付いてなかったの? スオウは本来の騎士と同じことをしてたんだよ。スオウは皇帝の能力だって言ってたけど、それこそ、スオウの心を偽ったものだ」

 邪影者化をして世界を負で満たす。それは本来ならば負の感情を持つ騎士が行おうとしていた事。それが、今のエルグランドで負の感情を持っているのが皇帝となった事で、目的がすり替わった。皇帝と騎士の存在が真逆になった事を示している。

 彼は無意識に、憎むべき騎士と同じ事をしていたのだ。

 それが皇帝という彼にとってどれほど屈辱的な事なのだろうか。皇帝になりたいとずっと夢見て実際に皇帝になれたというのに、結末は本物の皇帝ではなかったというもの。

 胸が、苦しくなるような現実。

 頭を抱えているスオウと対峙するシキとユウイ。

 そんな中で、希咲は自分の手の中にある本をまじまじと見ていた。話は聞こえていたけれど、意識は本に向けられている。

「リュウセイ。この本だ」

「え……?」

「あたしがエルグランドに来る前に開いてたのと同じなの。あっちは真っ黒だったけど、タイトルも、見た目もおんなじ」

「じゃあそれが、異界の扉ってことか……!」

 あの時、ベッドの上に寝転がっていた希咲は、本を開いて瞬きをするとエルグランドへ来ていた。この本がもし本当に異界の扉であるならば、希咲の手で本を開けば元の世界に帰れるかもしれない。

「う、ああぁあ!」

 頭を抱えていたスオウが唸り声を上げる。瞬間、スオウの体から黒い靄のようなものが滲み出る。それは邪影者が纏っている靄と同じもので、どんどん膨れ上がっていく。

「スオウ、どうしたですか……」

「自分が騎士と同じ存在だって思ったことで、スオウの中の負が暴走してるのかも」

「取り込んだ負が大きすぎたというのもあるだろう。制御しきれていない」

 その間にも靄はスオウの体を取り巻いていき、スオウの姿が完全に見えなくなってしまった。それでも負の暴走は止まらない。

 恐怖、憎悪、様々な負の感情が入り混じり、大図書館の中を埋め尽くしていく。希咲の足が震える。

「女皇……女皇はどこだ……僕の女皇……!」

 最早、人の形を保つ事すら出来ていない、負の塊と化しているスオウはそれでも尚、女皇を求めている。

「女皇に執着してるのは、スオウの心じゃない!」

「スオウ!」

「戻って来い、スオウ!」

 意志を持っているかのように靄は一直線に希咲へと向かっていて。

 リュウセイ、ユウイ、メイミ、シキの皇心がそれぞれ光を放った。

「ブレイブマテリア!」

 リュウセイの腕輪についていたルベライトコアから放たれたブレイブマテリアが、炎を模した青龍偃月刀の刃を持つ双刃の剣になり。

「グレイスマテリア!」

 ユウイのつけていたペンダント中央にあるジェダイトコアから放たれたグレイスマテリアが、龍笛を形成し。

「ハピネスマテリア!」

 メイミのつけていた胸元のブローチのクリスタルコアから放たれたハピネスマテリアが、卵型にファンシーな翼を生やし。

「ハーモニーマテリア!」

 シキのつけていたピアスの藍色の石――トルマリンコアから放たれた、藍色の粒子――ハーモニーマテリアが、黄金色に輝く太陽を模した譜面台のような杖を構築する。

 これだけ勢揃いすると壮観だった。テイマーの心の形を表している武器。誰一人として同じ形はしていないその武器は、心そのものだと言っていい。

「ベータ・レーティクリ!」

 譜面台の台座に開いた状態で本が現れ、前に翳せば防護壁が展開され、靄を防ぐ。

 靄が弾かれれば防護壁は消え、本も消え去る。

 そこへすかさず。

「タウ・ケーティ!」

「ユプシロン・レオニス!」

 ユウイが龍笛を吹けば音符が降り注ぎ、メイミの言葉に卵形の皇心からハートが大量に放出された。

 音符とハートに取り囲まれ、スオウが苦しそうな声を上げる。

「邪魔をするなああぁあ!」

 悪意と負の塊である靄が更に膨れ上がり、音符やハートを呑み込み消滅させ、そのまま勢いを止める事無く一面を埋め尽くした。感じた事のない膨大な負に押し潰されそうになり、膝をつくリュウセイ達。

「……くっ……」

 負に呑み込まれないように心を保つので精一杯で、立ち上がる事が出来ない。

 少しでも気を緩めれば呑み込まれてしまいそうだ。

「……や、あ……」

 漏れ聞こえた声に、ハッとして振り返るリュウセイの目に飛び込んできたのは、靄に纏わりつかれている希咲の姿。

「希咲……!」

「とうとう手に入れた、女皇。これで、エルグランドは全て僕のものだ!」

 響くスオウの笑い声。もう、声だけがあの靄の塊がスオウである事を示している唯一のもので、原型など留めていない。

 その声すらも、スオウのものなのかどうかハッキリしない。

 双刃剣を握り、足にぐっと力を込めるリュウセイ。奥歯を噛み、膝に力を込めて立ち上がり、負の塊であるスオウを睨み付ける。

「てめえに、希咲は渡さねえ……俺は、希咲を護り通す!」 

 双刃剣についているルベライトコアが強い光を放ち、周囲の靄を吹き飛ばした。靄から解放される希咲。

 靄が消えた事と、リュウセイのブレイブマテリアが溢れている事で勇気が湧き上がってくる。

 差しのべられたリュウセイの手を、希咲は握った。

「何故だ、何故、皇帝ではなく騎士を選ぶ!」

 スオウを見据え、希咲はリュウセイと共に歩き出す。

 ゆっくりだけれども確実に、スオウに近付く。

「スオウ、もういいんだよ。スオウがなりたかった皇帝は、どんな人だったの? 尊敬してた皇帝はそんな姿だった? 違うよね。今のスオウは皇帝じゃない。思い出して、なりたかった自分を」

 目の前に立ち、希咲はリュウセイの手を離して、そっとスオウに触れた。靄に覆われていて見えないけれど、それでも感じ取れたスオウに。

「……ファイ・エリーダニ……」

 ぶわっと希咲を中心に花が咲き乱れ、一面が花園になる。

 スオウを取り巻いていた靄は、風で吹き飛ばされたかのように消え去っていた。

 花畑に座り込み、呆然としているようなスオウ。

「スオウ……もういいんだよ。もうキミは皇帝じゃない。スオウとして生きていいんだよ」

 優しい微笑み。

 濁ってくすんでいたスオウの目に、光が宿る。

「……キサキ……リュウセイ……そうか、僕は負に呑み込まれて……」

「ああ。だが、もう負はない。皇帝の負は意思と一緒に溶けた。スオウの心しか残ってないだろ」

「……そうだね……」

 そっと微笑むスオウ。

 希咲とリュウセイからも笑みが零れた。

「けれど、もう僕はスオウとしては生きていけない」

「え……?」

 スオウの足元から、黒い粒子――ウィルマテリアへと変わっていく。これはハルトが消えた時と同じ、マテリア化。

 靄が消えた事で立ち上がったユウイ達もその目を見開いている。

「何、で……だって心は消えてねえだろ! なのに何でだよ!」

「どうやら、体が保たなかったらしい。僕は本当の皇帝じゃなかった。僕の心だけじゃ支えきれない」

 どんどん消えていく体。

「……どう、して……スオウは悪くないじゃない! 何で、何で消えなきゃいけないの!?」

「これでいいのさ。僕はこの手でハルトを殺めた。友を手にかけた罰だよ」

「でもそれは――」

「キサキ、君も言っていただろう。どんな理由があったって友達を殺すような者は王にはなれない」

 彼は本当に王になりたかったのだ。なろうとしていたのだ。その想いが強すぎて、皇帝に呑み込まれてしまった。

 希咲は、首を横に振った。

「キミは王だよ。スオウ……漢字で書いたらきっと、統べる王。強い想いで統治する王様だよ」

「統べる王、統王……か。ありがとう、希咲。やっと、僕も王になることができた」

 ニコリと笑ったスオウ。その目には涙が浮かんでいて、その笑みはとても優しくて、慈しむもので。

 体全てがマテリアへと変換されるとウィルマテリアはスオウの指に嵌められていたリングへ入っていき、床にはリングと、スオウがつけていたクロスタイが落ちた。

 希咲の目から零れ落ちた涙が床を濡らす。メイミも声を殺して泣いていて、目に涙を溜めたユウイが優しく抱き締めていて、シキは俯いて黙祷していた。

 どうして、こうなってしまうのだろう。

 どうして救えないのだろう。

 これからだったというのに。


 数分、そうしていただろうか。哀しみはすぐに消えてはくれなかったけれど、いつまでも泣いている事も出来なかった。リュウセイに宥めてもらって気持ちが落ち着いてきた頃、希咲は地面に落ちていた純白の本を拾い上げた。

 そんな希咲を真っ直ぐ見つめるリュウセイ。

「その本があれば、帰れるんだよな」

 そっと本を撫でるように触れる希咲。

 帰れるという言葉に反応するかのように、ユウイ達が集まってくる。

「希咲、帰るんだろ」

 リュウセイの言葉に、急に実感が湧いてきた。これを開けば地球に帰れるのだと。けれども希咲はそこで思い留まる。

 帰りたいのだろうか、と。

 あの時、帰りたいと思ったのは一時的なものだったのではないか、本当はまだエルグランドに居たいのではないか。

 そう思って口を開こうとして、でも聞こえたシキの声に言葉を呑み込んだ。

「この期を逃せば帰られなくなるかもしれない。決断するなら急いだ方がいいと、自分は思う」

 希咲の帰る方法を見つける為にエクストレイルへ来た事も重々承知していた。けれど、まさかこんなに早く別れの時が来るとは思っていなくて、正直、大図書館に入ってからいろいろ衝撃的な事実が多すぎて、頭はまだ混乱した状態だ。一度に起こった事を受け入れられるようになるには、希咲はまだ幼い。

 けれど渋っているのは希咲一人だけだ。

「希咲。未来は判らないけど、僕達は明るい未来の為に頑張って歩いて行くから。希咲も、自分の未来の為に頑張って」

「ユウイ……」

「わたしと希咲はお友達です。世界が違っても、それは変わらないです。だから希咲、笑顔で毎日を過ごすのですよ。きっと楽しいことがいっぱい待ってるです」

「メイミ……」

「いつかエルグランドと希咲の世界が繋がるように、自分は研究しようと思う。もし、自分が希咲の世界に行けた時はいろいろ教えてほしい」

「シキ……」

 どうしてだろう。

 あまり多くの時間を過ごしていないのに、あまり話もしていないのに、それでも、確かな絆がある事が感じ取れる。こんな事、初めてだった。クラスメイトの方がずっと多く関わっていた筈なのに、友達よりも、家族よりも強く繋がっている気がした。

 そして、リュウセイがそっと希咲の手に自分の手を添える。

「離れてても心は繋がってる。思い出せばすぐ傍にいる。忘れんな、俺達はずっと一緒だ」

「リュウセイ……」

 離れたくない、けれど想いを告げる事は出来ない。住む世界が、否、住んでいる世界が違う。小説の中の人と現実の世界の人間では、ずっと一緒にいる事など出来ないのだから。

 好きだという気持ちは心の中に封印してしまおう。リュウセイを好きだった、その気持ちがあるだけで充分だ。

 そっと微笑み、満面の笑みを浮かべた。

「ありがとう、みんな。元気でね!」

 純白の本を開き、瞬きをした次の瞬間、希咲は真っ暗な部屋の中に立っていた。


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