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9.悪魔の真実

「……はっ!」


 気付いた時、はづきの周りに広がっていたのは先程までとは全く違う光景でした。豪邸も庭も一切見えず、薄暗い灰色の壁や床ばかりが広がっていたのです。ところが、すぐ彼女はこの異様さ以上に、自分自身の体が大変な事態に巻き込まれているのに気づきました。


「え、え……!?」


 はづきの体は椅子に縛られ、動けなくなっていたのです。手足は動かせましたが、体の自由を奪うきついベルトを解くだけの力はありませんでした。一体何がなんなのか、誰か助けて、と叫ぼうとした時、部屋の中に誰かが入ってきました。夢の中で彼女の許嫁であるイケメン御曹司のぺリオンが、部下らしき男たちを引き連れ、やって来たのです。

 屈強な体や見るからに悪そうな顔をした部下たちに一瞬怖がりかけたはづきでしたが、それでもぺリオンの姿を見ただけで安心した彼女は、早くこのベルトを何とかして、と助けを求めました。ところが、彼ははづきを見下ろして笑顔を見せたまま、何もしようとしませんでした。


「ねえぺリオン、お願い!こんな暗い場所なんていや!このベルトを取って!」


 ですが、必死な彼女に返ってきたのは、信じられない言葉でした。何故先程閉めたばかりのベルトを、すぐさま取らなければならないのか、と。

 そしてぺリオンは笑顔を――優しさは一切なく、まるではづきを馬鹿にするような表情を見せながら言いました。



『いい加減気づかないかな?君をここに閉じ込めたのは『僕』だってこと♪』



 今までずっと優しく朗らかで、どんな悩みも聞いてくれて前向きに励ましてくれたあのぺリオンとは思えないような言葉を、はづきは信じる事が出来ませんでした。一体どうしてそのような事をしたのか、見当すらつかずに頭が混乱する彼女を眺めながら、御曹司を名乗るイケメンは次第に本性を表し始めました。



『警戒心が全く無い君に取り入るのは簡単だったよ。こんなに呆気なく、君を乗っ取る事が出来たからね』

「け、警戒……だから、どういう事なの……ねえ、貴方は一体誰なの?」


 困惑するはづきを見ながらやれやれと言う顔を部下らしき男たちとし合った後、ぺリオンはその顔を一変させました。あの優しい目つきは消え、まるで冷たく突き刺さるようなものに変わったのです。

 そして、彼は自らの正体を告げました。



 『ぺリオン』と言うのは偽りの名、真の名前は『ペリオドンティティス(Periodontitis)』――日本語に訳せば、『歯周病』である、と。



 その途端、はづきも表情を一変させました。当然でしょう、彼女が起きている間に聞いた、歯ぐきや骨を容赦無く蝕み、どんなに健康的な歯でもポロリと抜けさせてしまうあの恐ろしい「病気」の名前が、目の前にいるスーツ姿のイケメン――いえ、スーツを纏う悪魔のような男の口から出たのですから。


「そ、そんな……」

『これはほんの挨拶代わりさ。間もなく君は『僕』と共に暮らす事になるからね』

「い、嫌だよ!そんなの嫌!」


 ですが、目の前の『歯周病』は余裕の態度を崩しませんでした。今のはづきに自分を防ぐ方法は残されていない事を、彼は見抜いていたのです。歯周病の原因であるバイキンの溜まり場「歯垢」を消し去る方法を、彼女は非常に苦手としている事を。

 それに気付いた彼女は、死に物狂いでベルトを取ろうと手足を動かし始めました。急いでこの場所から抜け出し、洗面所へ急ごうとしていたのです。しかし、彼女は抜け出すどころか『歯周病』の部下である男たちに抑えられ、身動きが取れなくなってしまいました。

 しかも、悪魔のようなイケメンは、いくら洗面所へ逃げ込んでも、自分たちを追い払う事は出来ないのを見抜いていました。はづきが歯磨きや歯ブラシが苦手である事を、彼は既に知っていたのです。そして、彼は愕然とした表情のはづきに向け、何故彼女が歯ブラシが苦手になったのかを語りだしました。


『小さい頃、君は歯ブラシの感触をとても嫌がったんだ』

「……ど、どうして知ってるの……」


 はづきが忘れていても、その頃から彼女に狙いを定めていた自分ははっきり覚えている、と理由を言いながら、『歯周病』は過去にあった出来事を語りだしました。小さい頃、歯磨きを覚えようとしていた際にはづきが嫌がってしまい、それを見てつい怒ってしまったお母さんが、無理やり歯を磨かせようと歯ブラシを押し付けたのです。その結果はづきは大泣きしてしまい、心の中に歯ブラシと言うのはとても怖く恐ろしく、そして忌まわしいものだ、と言う意識が宿ってしまった――これが、彼女が歯磨きが苦手になった、最大の要因だったのです。


「……お母さんが……」

『ふふ、すっかり忘れていても、未だにトラウマになっているみたいだねぇ、可哀想に♪』


 自分の怒りを娘に押し付けたせいで歯周病になったと知ったら、あの『バカ親』はどう思うだろうか、と笑顔のまま言う彼に対して怒りを露にしようとしたはづきでしたが、それは出来ませんでした。お母さんを馬鹿にしないで、と飛びかかろうとしても、彼女の体は悪魔のようなイケメンに従う部下たちに押さえつけられ、身動きが取れなくなっていたからです。



『ふふふ……その腕白ぶり、流石だね』


 まさに自分が婚約するに相応しい相手だ、と嬉しそうに語る『歯周病』を前に、はづきは悔しい気持ちでいっぱいでした。どうしてこんな奴に騙されてしまったのだろうか、どうしてこんな昔の重要な思い出を忘れてしまったのだろうか、と。ですが、いくら叫んでも、いくら涙を流しても、最早彼女は無力でした。屈強な部下たちを振りほどけないまま、はづきは無理やり『歯周病』から悪魔のキスをされそうになっていたのです。


『さあ、これで僕と君は、ずっと一緒だよ♪』

「や、やめて……」


『そうはいかないよ、『歯周病』はしつこいからねぇ……♪』


 そして、彼の顔が目の前に近づいた瞬間、彼女は口を大きく開き助けを求めました。暗い部屋を突き破りそうなほどの大きな声で。それに構わず、『歯周病』がねっとりした唇を当てようとした、その時でした。突然、部下の1人が呻き声を出し、倒れ込んだのです。


 その方向を見た時、皆の表情は変わりました。悪魔の顔は驚愕に、はづきの顔は笑顔に。


『……お嬢様は……渡しません!!』


 灰色の長髪をたなびかせ、眼鏡を光らせながら、はづきお嬢様に仕えていた「元」執事ブラッシュが、彼女を助けに馳せ参じたのです!

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