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4.良薬口に苦し

 嫌な事ばかりいって目覚めを悪くさせてばかりの執事なんて、クビにしてしまえば良い――そんなアドバイスを夢の中で貰ってからも、はづきはずっと同じ内容の夢ばかり見続けていました。お菓子会社の会長のお嬢様として、許婚であるイケメン御曹司のペリオンとイチャイチャしつつ――。


『全く、貴方は相変わらず甘ったらしいですね』

『そういう君こそ、辛口にも程があるんじゃない?』


 ――眼鏡が似合うイケメン執事、ブラッシュが放つ厳しい一言に悩まされる、と言うものです。今回もまた、せっかくのよい雰囲気を彼に邪魔されてしまい、あっという間にペリオンとブラッシュの口喧嘩が起きてしまいました。

 確かに、はづきとしてはいつも優しく自分の相談も真摯に聞いてくれるペリオンの方が大好きである一方、何か質問をしても毎回一言多いブラッシュはいくらイケメンでも打ち解けることはできませんでした。ですが、どの言葉も正論だという事が、彼女を悩ませていました。クビにするのは確かに簡単かもしれませんが、かと言って怒りに任せて彼を追い出してしまうのはどうなのか、と考えていたのです。


『ブラッシュ、君はどうしていつもこうなんだ?』

『そちらこそ、いい加減私のいう事を聞けばどうなんです?』

「はぁ……」


 結局今夜の夢は、自分を放置したまま二人のイケメンが言い争う場面で終わってしまいました。


 普通なら、ここで目覚めて少し経てば不快な夢なんて忘れて、一日明るく過ごせるものです。しかし、ここ数日はづきが見続ける夢は、何故かいつまで経っても頭の中から消える事はありませんでした。ペリオンとデートした、一緒に美味しいお菓子を食べた、など嬉しい内容なら良かったのですが、あいにく今回はそうもいかず、ブラッシュに対するイライラが多く残ってしまいました。

 

「ねえはづきちゃん、元気ないけどどうしたの?」

「……あ、大丈夫だよ」


 とは言え、心配されるほどにその悩みが外に出てしまっても、流石に夢の仲の執事が原因だとはとても言えませんでした。こんなことを言ってしまえば、皆に笑われてしまうと感じてしまったからです。

 ですがある日、はづきはこの悩みを担任の先生にはっきりと伝える決意を固めました。前日に見た夢の中で、また彼女は執事ブラッシュの棘がある言葉を聞く羽目になってしまったからです。確かに手を洗わずにお菓子に手を出してしまったのは悪かったかもしれませんが、どうしてお菓子会社のお嬢様としてはしたない、レッドカードものだとまで散々馬鹿にされなければならないのか、と彼女は一日中イライラが収まりませんでした。


「うーん……つまり理由ははっきり言えないけど、嫌な事があったのね」

「ごめんなさい……」

「いいのよ、気にしないで」


 幸い、担任の先生ははづきの悩みを真摯に聞いてくれました。勿論夢の中で経験した具体的な内容までは伝えませんでしたが、優しい先生のお陰で彼女ははっきりと自分の思いを言う事が出来ました。自分が原因なのは分かっているけど、あそこまで酷く言われてしまうという事を聞く気になれない、どうしてあそこまで自分を責めるように文句を言い続けるのか、と。

 はづきの言葉を聞いた先生は、しばらく彼女の顔をじっと見つめていました。そして何かを悟ったように頷き、語り始めました。はづきの言葉を聞く限り、確かに相手の言葉が悪いというのは大きいかもしれない、と。その言葉を聞いたはづきの心が和らぎ、あの腹が立つ執事に対して有意に立てたと自慢そうな思いが生まれ始めました。ところが、その次に先生から出た言葉を聞いて、彼女は驚きました。


「え、先生、言う事を聞いちゃうんですか!?」


 毎回一言多くていちいち自分の邪魔ばかりしてくる執事ブラッシュの言葉を嫌っているのに、それにしたがってみるのも解決策ではないかと言われてしまえば、不満そうな言葉を口に出してしまうのも仕方ないでしょう。ですが、はづきに詰め寄られても先生は自分のペースを乱さず、一旦落ち着いて話を聞いて欲しい、と告げました。


「ねえ、『良薬は口に苦し』って言うことわざ、聞いたことあるかしら?」

「りょーやく……口から何を逃がしちゃうんですか?」


 国語が得意な先生は、近くにあったメモ帳にその諺を書きながら、この言葉は昔中国にいた偉い学者さんが考えた言葉で、どんな病気でも治してしまう良い薬ほど、口に入れると非常に苦く、飲みづらいものであるという意味だ、と教えてくれました。つまり、はづきが悩む心に刺さる言葉は、一見非常に腹が立って受け入れがたいような内容に見えるけれど、実はそれこそはづきにとって重要なものなのではないか、と言う訳です。

 

「良薬は……口に……苦し……」


 先生から教えてもらったことわざの効能を確かめるように、はづきはその言葉をもう一度繰り返しました。ですが、どうしても彼女はその言葉に納得する事ができませんでした。いくら効果が絶大でも、甘さが無いと人気もないし、誰も飲んでくれないんじゃないか、と。

 すると、先生は以前薬局に勤める人に聞いた話をはづきに伝え始めました。


「ずっと前にちょっと体が悪くなって、薬局の人にどんな薬がよいか聞いてみたの」

「先生はどんな薬が欲しかったんですか?」

「勿論すぐに治るのがよいって思ったけど、甘く飲みやすい薬を考えていたわね」


 ですが薬局の人が薦めたのは、体の調子をすぐに良くしてくれる代わりに、成分がそのまま残されているので不味いかもしれない、と言うものでした。どうしてそのような薬の方が良いのか、と尋ねた先生に返ってきたのは、はづきにとっては意外な言葉でした。確かに甘い薬の方が飲みやすいかもしれませんが、その代わり効能は落ちている場合が多い、というのです。

 最終的に先生が選んだのは、味はイマイチですが体の調子をすぐに良くしてくれる薬でした。


「お陰で私の体はすぐに良くなったの。あのことわざが本当だったって実感できたわ」

「そうなんですか……」


 先生の話はあくまでも『薬』に関するもので、はづきが悩む『執事の発言』とはあまり関係ないかもしれません。ですが、彼女の考えは次第に変わり始めていました。もしかしたら、執事ブラッシュがしつこく繰り返す小言の下に隠されている効能を、自分は無視していたのではないだろうか、と。

 ですが、それでも彼女は、完全には納得できませんでした。そして、いつまでも苦い薬ばかり飲まされているのは、効果があったとしても辛い、と率直な気持ちを述べました。


「……それもそうね。一度、貴方の気持ちをはっきり伝えてみるのはどうかしら?」

「自分の気持ち……」

「おどおどせず、はっきりと言えば、何かが変わるかもしれないわ」


 互いに心の中にある気持ちをぶつけ合い、苦い『薬』が最高の効果をもたらすようにしてみる――先生からもたらされた改善策を聞いたはづきに、安心感が生まれ始めました。そして、感謝のお礼をしたはづきが去ろうとした時、先生は明後日に行われる学校行事について伝えました。ですがその途端、彼女の笑顔は複雑そうな表情に変わってしまいました。


「歯の……検査……」

「そうよ。歯の先生がやって来て検査したりお話しするの。覚えておいてね」


 そう、歯磨きが嫌いな彼女にとっては、まさに苦い薬そのもののような内容だったのです。またお父さんやお母さんに歯ブラシをあまり使っていない事を咎められたり、歯医者さんに行って色々と歯の状態を注意されてしまったり、彼女の頭の中にはこれから起きるであろう様々な嫌な事が浮かんでしまいました。


「はぁ……」


 ですが、それでもはづきはちゃんと歯を磨く気にはなれませんでした。どうして嫌いになったのか彼女自身もよく分かりませんが、そのような事をしなくても一切虫歯にかかった事がないですし、ちゃんと毎日口をすすいでいるので大丈夫だろうと言う考えが、彼女の頭の中に渦巻いていたのです。

 そして今日も、彼女は口を二、三度すすいだまま洗面台を出ていってしまいました。ちらりと視線に入った、綺麗な毛並みを残したままの歯ブラシから目を反らしながら……。

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