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2.嫌味なブラッシュ

「おはよー!」

「あ、はづきちゃん」

「おはよう!」

 

 学校にたどり着いたはづきを迎えたのは、いつも通り明るい笑顔を見せる彼女の友達でした。嫌な授業を除いて今日も楽しい時間が過ごせそうだ、と明るい気分になったとき、彼女は友達の一人の様子がどこかおかしい事に気づきました。度々頬を押さえ、痛そうな素振りを見せていたのです。一体どうしたのか、と尋ねようとしたはづきでしたが、先に別の友達が理由を教えてくれました。


「え、虫歯?」

「うん、朝起きてからズキズキ痛んでるんだって……」


 どうやら友達は、ミュータンス菌というバイキンによって歯に穴が開く、歯にとって致命的な病気の一つ「虫歯」の餌食になってしまったようです。何かするたびに歯が痛くなり、その友達は見るからに辛そうです。

 大丈夫か、と心配するはづきでしたが、学校が終わったら即歯医者に行くから大丈夫だ、と友達は語りました。そして、こんな事ならお菓子ばかり食べているんじゃなかった、と反省していました。虫歯になる原因には、甘いものばかり食べ過ぎるというのものあるのです。

 話題が虫歯でもちきりのなか、ふと友達の一人がはづきの事を羨ましがりはじめました。


「はづきはいいよねー、今まで虫歯になった事ないんでしょ?」

「いやそれが当然なんだよ……」


 厳しいツッコミをする友達もいましたが、確かにはづきはこれまで一度も虫歯の被害に遭ったことがありませんでした。あれだけ歯磨きが大の苦手、時間の無駄とすら思っていた彼女ですが、何故か今まで虫歯とはずっと無縁だったのです。一体どういう事なのか、気になった面々に答えを出してくれたのは、クラスで一番の成績を誇る友達の一人でした。虫歯の原因となるミュータンス菌は、食器や口移しなどでうつされてしまう事が多いと言われており、もしかしたらはづきにはそういう過去がなかったからではないか、と言うのです。


「へー……」

「そういえば、虫歯になりやすい人となりにくい人がいるもんね」

「あ、あくまで仮説らしいけど……」


 それでも、はづきを含めた面々はその友達の頭のよさに感心していました。これでまた一つ、歯に関する知識が増えたからです。ですが、はづきはそこで都合の良い考えを抱いてしまいました。もしその友達が言うとおりなら、自分はこれから一生虫歯と無縁である歯の持ち主である、と。そして、別に歯磨きなんてする必要はないんだ、と。

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



 ところが、その日の夢の中ではづきを待っていたのは、あの優しいイケメン御曹司のペリオンではなく――。


『駄目ですお嬢様、そんなにお菓子を食べては……』


 ――イケメンながらもいつも厳しく口煩い、執事のブラッシュでした。


「いいじゃん、ここは私の夢の中なんだから……」


 せっかく良い気分で夢の世界を味わおうとしたのにそれを邪魔されたはづきは、当然ながら不機嫌な表情を見せました。そもそも夢の中ならいくらお菓子を食べても太らないし歯も汚れないし、それに現実の世界でも自分は一生虫歯にならない可能性が高いはず、それなのにどうして食べてはいけない、なんて言うのか、と彼女は不満を露にしました。

 ですが、執事ブラッシュも負けじと彼女に反論しました。いくら「夢」だからといっても限度がある、と。彼を始め、この夢に登場する人物たちの多くも、ここが『はづきお嬢様』が創り出した夢の世界である事を、しっかり認知していました。それでもなお、ブラッシュは何故かいつも『お嬢様』に対して、強気の姿勢に出ていたのです。


『全く、夢の中とは言えもっと現実を考えたらどうです?お菓子を食べてばかりなのが会長ではないと……』

「はぁ……」


 嫌そうに頷きながら、はづきは溜息をつきました。どうして自分は、こんな執事を夢に出してしまっているんだろう、と。いくら忘れようとも、ずっと同じ夢を見続けている以上、どこまでも執事ブラッシュは彼女に厳しく付きまとってくるのです。何かを伝えたがっているようにも見えましたが、どうせ碌なことじゃない、と彼女は諦めきっていました。

 そして、眼鏡が似合う美形が台無しになりそうなほどに続く説教は、はづきにとって避けたい内容にまで及び始めました。


『それに、お嬢様は歯みがきもせずに……』

「……待って。それは関係ないじゃない」


 自分が嫌いな「歯みがき」に対する文句を言われたはづきは言葉を荒げました。まるで腫れ物に触れた際に発する痛みのような心地を彼女は覚えていました。それほどまでに、彼女は歯みがきという行為に対して苦手意識を持っていたのです。その理由が思い出せず分からない事も、よりその苦手意識や不安を強めていました。

 ですが、執事ブラッシュはそれに気づかないかのように、強く歯みがきをするよう勧め続けていました。


『虫歯にならないからといって歯みがきをサボるのは頂けませんね』

「だって苦手なんだもん……」

『それでも必要な行為です。苦手だからといって逃げてばかりでは……』


「逃げてない!私、逃げてない!」


 その行動こそが逃げている証拠、いつか歯みがきをしなかった事を後悔する日が来る――確かにそれは正論であり、はづきが心の中で密かに思っていた事でもありました。ですが、それを「言葉」にして表されれば、怒りや辛さが増さない訳がありません。そしてその日の夢も――。




「うるさあああ……はっ……」



 ――はづきの絶叫で終わってしまいました。


「……歯みがきかぁ……」


 複雑な気持ちを抱えたまま朝の準備をしていたはづきは、顔を洗うために洗面所へ向かいました。

 その横の棚に、うがい用のコップや練り歯みがき粉などと共に、家族が使う歯ブラシが置かれていました。お父さんやお母さんの歯ブラシは何度も使い続けブラシの部分が広がっていましたが、はづきのものは新品同様の姿を未だに保ち続けていました。それを見た彼女は、試しにそれを手に取り、ブラシを歯に当ててみました。ですが、結局歯の全体を短い時間でデタラメに擦っただけで終わってしまいました。


「……好きにならないと、いけないのかな……」


 どうしてあの『執事』はあんなに口煩く厳しいのか、どうしてあそこまで『歯みがき』にこだわるのか、この時のはづきはその理由が全く予想できませんでした……。

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