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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

探し物は何ですか

作者: jin

真下の部屋に住む女性が行方不明になったらしい。部屋に訪れた警察官から名前を聞いたのだが、そもそも近所付き合いが悪いために誰のことを言っているのか分からなかった。

この方ですと見せてもらった写真には、こちらに向けて笑顔を見せている女性が写っていた。長めのポニーテールが似合う快活そうな女性で、確かに見たこともあるし言葉を交わしたこともある。しかしそれは、顔を合わせれば挨拶をする程度のものだ。それ以上の会話もなく、名前や年齢なども知らなかった。

下手に期待させるのもどうかと思い、話したこともないと嘘を吐いたのだが、警察官はあっさり、そうですかと答えて写真を仕舞った。どうやら初めから期待などしていなかったようだ。

ついでとばかりに、何か変わったことはありませんでしたかと聞いてきたが、そこでふと、その女性とは関係のない、別の問題が頭を過り、少し迷った挙句に特にありませんと答えた。近頃持ち物がよく無くなるなど、警察官相手に言うことではない。

何か思い出したら連絡をくださいと言い残すと、その警察官は扉の向こうに消えた。鍵を掛け、念のためにチェーンロックを付けると、リビングに戻る。


初めに感じたのは違和感だった。

いつも通りの日常で、普段通りの生活だが、何かがおかしい。まるで完成させたパズルから、一つだけピースが無くなっているような、その程度の違和感だ。

原因は何かと注意深く周囲を観察したが、すぐにはわからず、数日経った頃にやっと気づいた。

そうだ、テレビの横にあった自由の女神像がなくなっている。

土産物として貰ったものの、重たいだけで使い道もなく、置き場所にも困るものだったのだが、とりあえずと置いたテレビの横が長く定位置になっていたため、そこにあるのが当然というべきものになっていた。

ところが、その置物がいつの間にか無くなっていたのだ。


それからというもの、冷蔵庫に貼っておいた写真や、無造作に置いておいた眼鏡ケースなど、なくなっても困らないが無いことに気が付くものがなくなっていった。

初めは泥棒の仕業かと思ったが、誰かが部屋に入った様子もなく、金目の物や通帳は間違いなく残っている。無くなるのは決まって、数日経ってから気づくような些細なものばかりだった。

正直なところ、不必要なものが勝手に消えるのはありがたいではないかという考えもあって、念のために施錠は気を付けようと思う程度の事としか考えてなかった。


だが、その日は違っていた。騒がしさが消える夜になってわかったことだが、それまでの違和感が別のものになっている。

何かがおかしい。何かが足りないのではなく、何かがあるような違和感。

部屋をゆっくりと見回す。冷蔵庫、ソファー、テレビ。そして意識がクローゼットに向いて、やっとそこが原因だと分かる。このところ部屋を注意深く見る癖がついたため、微妙に感じる空気の気配から、何かが違うと分かるのだ。

季節の変わり目に衣類を入れ替える程度にしか使わないクローゼットは久しく開けておらず、無理やり詰め込んだ鞄などが崩れたのかもしれないのだが、ここのところ続く不可解な出来事を踏まえると、その程度のことだとは思えなかった。

できる限り慎重に近づき、やけに汗ばむ手を伸ばしてゆっくりと開ける。

その瞬間、クローゼットの中から伸びた手によって喉元を強く掴まれた。驚きのあまりその腕を振り払おうとしたのだが、張り付いたかのような掌はものともせずに首を締め上げる。クローゼットの奥からは荒い呼吸が聞こえ、腕の先には髪の毛で覆われ表情の一切が見えない中、血走った眼が憎悪を込めたように見開かれている。とても人間とは思えない力に膝が崩れ、自分の喉を爪で削るように動かすが、万力のような指先はさらに肉へと食い込んだ。

喘ぐ声が微かに漏れ、意識が肉体を手放しそうになった時、垂れ下がった手に何かが触れたため、咄嗟にそれを掴むと渾身の力を振り絞り掌の主へと叩きつけた。僅かだが首に掛かる力の弛む気配に、さらに何度となく手の物を振り下ろす。完全に掌が剥がれるまで、何度も何度も。

気が付けば、目の前には血まみれの女が横たわっていた。頭部は既にその形を成してはおらず、わざわざ確認せずとも二度と動かないことは分かった。

溺れたような荒い呼吸の中、先ほどまで振り回していた物を見ると、それはいつからか無くなっていた土産の置物だった。しかし、本来青銅色だったそれは赤黒く塗り変えられており、何本もの毛髪が絡みついている。

強く握っていたせいで離れなくなった手を剥がすようにして投げ捨てると、鈍い音を立てて床をへこませた。

念のためというようにクローゼットの中を覗き込むと、薄暗く見辛いが他にも無くなったものがあるのが分かった。いくつか知らないものがあるが、おそらく忘れるほどに些細なものなのだろう。とりあえず、新たに襲ってくる者の姿はなかった。

この女が盗ったのか? 何のために?

酸欠のためか頭が回らない。ふらつく足元のまま洗面所へと向かい、眼鏡を外すと頭を冷やすように水を被る。

滴らせたまま顔を上げて鏡を見ると、この世のものとは思えない酷い顔がそこには映っていた。首には指の痣がくっきりと付いており、何本もの搔き傷からは血が流れ出ている。興奮状態なためか、痛みはなかった。

とりあえず警察に連絡しなくては。色々な物がなくなっていたこと、あの泥棒女のこと、思わず殺してしまったことを、朦朧とする頭で考える。正当防衛になるのだろうかと考えながら、タオルを出して髪を拭いた。

冷静にならなくては。もう一度顔を洗い、手荒く拭くを眼鏡に手を伸ばす。置いておいた場所を触れるが感触がない。冷静になれ。ぼやける視界で眼鏡を探す。どこにもない。見つからない。あの長髪の女は誰だ? 冷静になれ。無くなったものはどこにあった? 見つからない。

あるはずのものが、そこにはない。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 日常で稀に、でも良くあるシチュエーションを用いてぞくりとさせてくれる作品です。 流石に一人暮らしで、テレビの横に置いてあった、それなりに主張がありそうな自由の女神像が無くなっていたら気付き…
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