麦わらぼうしの後には祭ばやしが聞こえる
緑おいしげる村。世界と切り離されたかのような美しさを残した村がある。
そんな場所のお話だ。
一人の少年は、ふとした理由で村を訪れた。ほんの夏休みの一時だけである。
彼は高校生となり馴染めずにいた。何もできずに無気力な状態が続く。もう生きていることにすら自信がなかった。
生と死について考えたが、そんなことは誰しもが通る道だろう。
親戚の家に居候させてもらった少年は不思議な体験をした。
それは縁側でスイカを食べていたときである。
縁側というのは内と外の間。曖昧な空間である。明確な区切りはない。
何も考えずにスイカを食べていた。
セミの音がうるさく、生暖かい風が肌に当たる。
クーラーという文明の利器は使われていない。こういう場所でクーラーのありがたみを理解できる。
そんな状態でスイカを食べていると、
「スイカおいしいですか?」
少女の声が聞こえる。幼い声が。
「ん?」
スイカに向けていた視線を上に向けると女の子がいた。
「スイカおいしいですか?」
もう一度同じことを聞いてくる。
「あぁ」
麦わらぼうしをかぶった白いワンピースの少女がいた。
「スイカください」
可愛らしい声の少女は近づいてくる。涼しい風が頬をなでる。何やら、ここだけ別の世界にいるような感覚におちいった。
「まぁ、こんなに食べれないし」
お皿には、これでもかというぐらいスイカが切って置いてある。畑でとれたスイカがたくさんあり隣の家から貰えたようだ。
「ありがとうございます」
やたら礼儀の言い子である。縁側に座りこみスイカを食べる。
おいしそうに食べる。
「おいしいです」
その笑顔に心洗われる。
「そりゃ良かったな」
突然の出来事に緊張してしまい、それ以上言葉が出ない。
セミの音が聞こえる。縁側には気持ちの良い風が通って行った。
空を見上げると雲一つない青空が広がる。太陽だけがまぶし光っていた。
「おいしかったです。ありがとうございます」
麦わらぼうしの少女は立ち上がると、家の竹林の方へ向かって走って行った。
「あぁ」
そのあと姿を消してしまう。竹林は夏の風に揺れて音を鳴らした。
「スイカたくさん切ったのに、もう食べたの。よくたべるわね」
と、おばさんが声を掛けてくる。皿の中を見ると、スイカは一つもなかった。あの短時間で食べてしまったのだろうか。
「うん、いつのまにかなくなってたんです」
あの麦わらぼうしの少女について説明するのが、なんだか嘘のような不思議な出来事だったので言わなかった。
それにもかかわらず、
「そう、それは良かった」
笑いながら、おばさんはお皿を片づけた。不思議な顔もせずに笑ったのである。
「不思議じゃないですか?」
ついつい聞いてしまうと、表情を一切かえずに行った。
「それは氏神様が食べに来たんだから、縁起良いってこと。それに、今日はお祭りの日。行って来たらどう」
「そうですね」
つい上辺で返事をしてしまう。放心したまま縁側に座り竹林を眺めていた。
おばさんに言われたので、なんとなく祭りを見に行く。もう星空が見える時間帯で、まわりには提灯が綺麗に道を照らす。
近くには川が流れていた。川と言って小さな川が神社の横を流れている。
神社の石段を少しずつ登ると、笛の音や太鼓の音が聞こえる。
「どうですか?」
隣から女の子の声が聞こえる。見てみると、隣には麦わらぼうしの少女がいた。
「なんだかいいな。祭りって」
この空気は嫌いではない。
「いきたいですか?」
少女は質問してきた。石段も終わりかけで鳥居が見える。それに先ほどに増して笛と太鼓の音が聞こえてくる。
「あぁ、いきたくなったよ」
「そうですか」
麦わらぼうしの少女は、にっこり微笑んだような気がした。
「きっと誰かに逢えます」
鳥居の向こう側には屋台が広がる。楽しそうに、いろいろな人が歩いていた。
「きっと誰かが逢いに来ます」
楽しい祭囃子が聞こえてくる。
「ありがとうな」
感謝の言葉が出て、隣を見ると麦わらぼうしの少女はいなかった。
「あれ?」
風が吹く。
優しく暖かい風が、あっちのほうから、こっちのほうから吹いてくる。
笛の音が鳴り響く。太鼓の音が響き渡る。
楽しい誰かの声が聞こえる。
麦わらぼうしの後には、祭囃子が聞こえてきた。