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7.沈黙を破るもの

 黒間無音は一人で幾つもの顔を持つ。

 世界に名だたる秘密結社〈SILENT〉の総帥としての顔。

 蓮花や鳴矢、アスイファ達三人の女の子と仲良く学校に通う気弱な少年としての顔。

 無音自身は、この二つの顔のどちらも、自分が本来持つ素顔ではないと考えている。

 小鍬高校の旧校舎の裏手にある、外界から隔絶された人気の少ない区画。黒間無音と、数人の男子生徒達の姿がそこにはあった。

「黒間くーん。ボク実はこの間、お財布落としちゃってさあ。十万ぐらい入ってたんだよ。可哀そうだと思うよねー?」

「そ、それは災難でしたね……」

 無音の周囲をぐるりと取り囲んでいるのは、無音と同じ二年生の生徒達だ。同じ制服を身につけてはいるが、前のボタンを開けてだらしなく着崩しているせいで、一目に同じものだとは分かりづらい。

 男達は、全部で三人。三者三様、思い思いの色に髪の毛を染めて、制服の内側に来ているTシャツも自由気ままにも程がある。

「それでさ。ちょっと、カンパしてくんないかなあ。一万ぐらいでいいからさ」

「え、あの。なんで僕が……?」

「俺のことカワイソウだと思わないのー? ひどいなあ、黒間くんは」

「きっと落とした財布、誰かが拾って交番に届けてくれてると思いますよ……」

「ハぁ? そんなわけないじゃん。世の中そんなイイ人ばっかりなわけねえだろ。黒間クンはアホなんですかー?」

 ただ罵倒するだけとしか思えない男子生徒の言葉の中に、無音はどこか彼らの本質を見つけたように思う。

 彼らは皆、同じことを言う。

 人とは悪なのだ。だから、自分も悪であっていいのだと。

 ふと、近くを全く無関係な生徒達が通りかかり、怪訝な表情をしてこちらを見つめているのに気づく。

「おいお前、何こっち見てんの?」

「今取り込み中だからさあ、どっかいってくンね?」

 不良に睨まれた通りすがりの生徒たちは、関わり合いになりたくないと慌ててその場をあとにする。

 誰も助けてなどくれない。世界の悪意に翻弄されることしかできない、無力ないじめられっ子の弱者。これが本当の自分の顔なのだ。

 自然と涙が溢れてきた。

「あれー、泣いちゃってんの? 黒間くん?」

「オイオイ、ガチ泣きっすかー」

「やめてくれよー。俺たちがいじめてるみたいじゃん?」

 無音は涙を拭いながら、じっとふさぎこんでいる。

 別に、不良に絡まれたのが怖くて涙ぐんでいたわけではない。

 自分に絡んでくる不良達も、見ないふりをして通り過ぎていった生徒達も、誰もがみな臆病なのだ。

 この世界に正義が存在することを、誰も信じようとしてはいない。

 誰もが皆、見て見ぬふりをする。

 (もく)したまま目を逸らし、通り過ぎていく。

 この〝沈黙〟こそが、黒間無音が憎んできた悪意の実像だった。

「黙ってたって、誰も助けてなんかくンねーぞ」

「そうそう。黙って金だけ出せば、悪いようにはしないって」

 正義の味方なんて、自分の前には訪れない。

 自分がしてきたことなど、ただの自己満足に過ぎない。

「ちょっとお待ちなさい、そこの貴方たち!!」

 突然の大声が、無音の鼓膜と――そして、心を衝いた。

「蓮花さん!?」

「私が来たからにはもう安心よ。黒間くん!」

 無音と彼を取り囲んでいた不良達は、一斉に声がした方を見上げる(・・・・)

 彼らが居る中庭を見下ろせる位置にある渡り廊下。その柵の上に、真っ赤な髪色をした少女、緋色蓮花は腕を組んで仁王立ちしていた。

 高いところに居るせいでスカートの中が丸見えになっているが、当人は全く気にしていない様子だ。

「やめてくださいよ、緋色先輩。俺たち、ちょっと頼み事してただけっすよ」

「見え透いた嘘はやめなさい! おとなしい黒間君に寄って集って言うこと聞かせようとして、あなたたち恥ずかしいと思わないの!?」

「チっ……恥ずかしいのはアンタの方だろ」

「あら。それって、どういう意味?」

 不良は舌打ちをすると、ドスの利いた口調で睨みを利かせながら言う。

「恥ずかしいのは、いい年して正義の味方ゴッコなんかしてるあんたの方だって言ってんだよ!」

「あら、失敬ね――」

 蓮花はむっと頬を膨らませると、柵の上からひょいっと身軽に飛び出した。

 無音も、彼女を見上げていた不良達も、あっと表情に驚きを浮かべる。

 当の本人は、三階の高さにある渡り廊下から飛び降りたというのに、全く危なげのなく着地すると、大胆不敵に言い放った。


「――私、〝本物の〟正義の味方よ」


 無音は、思わず笑いながら泣きそうになってしまっていた。

 彼女の存在こそが、この冷たい世界で燃え続ける、正義という名の灯火だった。

 三人の不良生徒は、困ったように互いに顔を見合わせる。

「おっ、おいどうすんだよ……」

「やっちまうか? いくらなんでも、今はただの女子高生なんだし」

「そうだな。三人の中で魔法とか超能力とか得体の知れない力持ってないのは、確かこいつだけだ」

 三人の不良達はヒソヒソ声で互いに囁き合いをしている。

「……やめた方が良いよ。蓮花さんは、強いから」

 だが、彼らの会話を無音の静かな声が断ち切った。

「確かに三人の中で、特別な力を持ってないのは蓮花さん一人だけ――でも逆に言えば、何も特別な力を持っていなくても、怪人達と戦えるぐらいに強いってことなんだよ」

「ちょっと黒間君! それどういう意味!?」

 蓮花は大声で一喝すると、握り締めた拳をすぐ横の古ぼけたブロック塀に叩き付ける。

 ドカン! と爆発みたいな音が辺り一帯に鳴り響く。

 コンクリート製のブロック塀が粉々に砕け散り、周囲に粉塵が舞い上がった。

「確かに私、昔からヒーローになろうと思って鍛えてきたからほんのちょっと力が強いかも知れないけど、ほんのちょっとだけよ! 普段の私は普通の女の子なんだから!!」

 砕けたコンクリートがあたりに散らばり、不良達の足下にぱらぱらと転がる。

 言っていることとやっていることが全く釣り合っていない。素手の一撃でブロック塀をたたき割れる女子高生など普通なわけがないだろう。

 粉々になった破片を見つめながら、不良達は顔を真っ青にしてプルプルと震えている。完全なる戦意喪失状態だ。

 緋色蓮花の〝自称・正義の味方〟は伊達でも酔狂でもない。

 生半可な覚悟で彼女に立ち向かおうと思う者は、もはや一人としていなかった。

「おーい、お前たち。そこで何してるんだ?」

 ブロック塀が砕けた際の爆音を聞きつけたのだろう。

 現代社会担当の女性教諭、桐敷菫がひょっこりと校舎裏に顔を覗かせている。

 菫は片手に煙草の箱、もう片方にライターと携帯灰皿を携えて、面倒くさそうな表情を浮かべながら。どうやらこっそり校舎裏で一服しに来たらしい。

「あら、先生。どうもしていませんよ」

 蓮花は長身の身体を活かして、あわてて砕け散ったブロック塀を背後に隠そうとする。

 だが、三人の不良生徒に囲まれた気弱な少年と、彼らに対峙する〝制服を着た正義〟と噂の熱血風紀委員長。

 校舎裏で、一体何が起きていたのか、少し想像力があれば誰にでも分かる。

「ちょっと彼らが口論していたみたいなので、間に入って仲裁していたんです」

「へー。そうだったのか……そうなのか、お前ら?」

 大して興味も無い、という棒読み口調で呟いた菫は、三人の不良生徒達に訪ねる。

 彼らは無言で顔を見合わせると、申し合わせたようにがらりと態度を変えた。

「うーっす」「そうでーす」「もう仲直りしたんで、俺ら帰りマース」

 風紀委員長に出てこられただけでも厄介だというのに、これで教師にまで詮索を受けたら処分の対象になりかねない。

 引き際を間違えていない不良たちは、そそくさと校舎裏から姿を消した。

 無音と蓮花、そして菫。残された三人の内、教師である菫が蓮花に問いかける。

「黒間がカツアゲされそうになってて、それを止めに入ったってわけじゃないんだな?」

「えっ!? そ、そんなことは……」

「ああ、そんなことはない方がいいな。もしカツアゲの現場なんかに居合わせてしまったら、私は教師としてあいつらのことを学年指導に連絡して、停学だの処分だのと面倒な話に付き合わされるハメになる。面倒なことこの上ないな」

 携帯灰皿片手に、桐敷菫は手に持っていた煙草にライターで火を付ける。

 教師にこうも堂々と校内禁煙の規則を破られてしまっては、さすがの蓮花も注意したくてもできないようだ。

「事件は未然に防がれたし、誰も怪我はしていない。さすがは風紀委員長――いや、それともさすがは〝ラブリー・セイバーズ〟といったところかな」

「先生、〝ラブリー〟じゃなくて〝ライブリー〟です! そんな『私達可愛いでしょ♪』みたいなアイドル路線は狙ってません!!」

「おっと。そうだったか。図書館って意味だったか?」

「それは〝ライブラリー〟です! 別に私達は図書館守る為に戦ったりとかしません! 〝ライブリー〟ですってば!!」

「わかったわかった……ちなみにどうして、そんなややこしい名前にしたんだ?」

「ライブリーっていうのは、〝元気〟とか〝活き活きした〟とか、そういう意味です」

 蓮花は舌を少し出して、恥ずかしそうに付け加える。


「それに……あとで調べてから知ったんですけど、〝騒々しい〟って意味もあるみたいです」


 二人の会話を聞きながら、無音は一人満足そうに微笑んでいた。

 〈ライブリー・セイバーズ〉という名前は、とても好きだ。

 もしかしたら名乗っている彼女たち以上に、自分の方がその名前を気に入っているかも知れない。

 黒間無音の中に潜むクラヤミとしての人格が、彼の頬に痛快な笑みを作らせる。

 騒々しき守り手たちライブリー・セイバーズ――それは、沈黙(SILENT)を打ち破る正義の味方には、あまりにも相応しい名前だった。


だいたい僕がどういう話を書きたいと思ってるのか

このあたりで読者の皆さんに全容が見えてきたらなーって思います

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