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30.光満ちる世界への扉

 背後で【黒雪】が蓮花たちを足止めしている隙を狙って、クラヤミは懐から携帯端末を取り出すと一枚の写真をヴィオレッタに見せつけた。

 敵意に満ちていた目つきが、急激に驚愕の色へと変わっていく。

「っ……私の同胞に何をした!?」

「美しい氷像だろう? 中々よく撮れている」

 クラヤミは悪の総帥に似つかわしい、凶悪な笑みを浮かべながら吸血鬼を見下ろす。

 彼が見せた写真に映し出されていたのは、氷漬けになった吸血鬼たちの哀れな姿だった。

 それまで強者らしい余裕を見せていたヴィオレッタは、一気に消沈した様子で俯く。

 たとえ冷血な吸血鬼であっても、仲間のことは大切に思っているのだろう。

「……わかった、今ここで首を()ねてほしい。私一人生き残ったところで、もう何の意味も無い」

「早まるな、別に殺してなどおらん。吸血鬼の再生能力なら氷を溶かせば復活するはずだ」

「本当なのか!?」

「記録によればな。氷漬けにして無力化した吸血鬼が、氷が溶けた瞬間に復活して返り討ちに遭ったという悲惨な敗北例がいくつも残っている」

 普通の人間であれば、もちろん凍り付いた時点で生命機能が停止してしまう。

 だが、相手は超常的な回復力を持った吸血鬼達だ。元々死んでいるようなものなので、生き返るというわけにはいかないが、氷が溶ければ元のように動き出せる。

「適切な処置を施せば、長期の保存も可能だろう。これで永遠に死にたくないという貴様らの願いは達せられたわけだ。おめでとう」

「それでは死んでいるのも同じだ!」

「だが、氷を溶かせばまた人を襲う怪物に逆戻りだ。人類の敵として、また貴様らを虐げねばならん」

「では……一体、いつまで氷漬けにしておくつもりなのだ」

「決まっておる。〝吸血鬼を人間に戻すワクチンを人類が開発するまで〟だ」

「なっ……!?」

 当然と言わんばかりに言い切ったクラヤミに、ヴィオレッタは目を丸くして驚く。

 だが彼女の動揺など気に留めることなく、つらつらと言葉を続けて行く。

「吸血鬼は人間の遺伝子がウィルスによって書き換えられた結果、生まれたものだ。その書き換えの逆を行えば、理論上は元の人間に戻せる」

「吸血鬼は二千年前から続く不治の病だ。治す方法が見つかるまで一体何年かかると思っている」

「だが人類は二千年かけて、吸血鬼化のメカニズムを解き明かすところまで来た。治す方法が見つかるまで、そう長くはかかるまい。それまで彼らには大人しく寝ていてもらう。人類にとっても貴様らにとっても最善だ」

「綺麗ごとを……これでは人質と同じだ!!」

「諦めろ。悪党のよく使う常套手段だ」

 目には目を、歯には歯を、悪には悪を。

 人質を取って人類に牙を向けた吸血鬼に対し、同じように人質を取ることで(ひざまづ)かせる。悪でなければなし得ないことも世の中にはあるのだ。

 クラヤミは懐から注射器を取り出すと、吸血鬼に向かって針の先端を向ける。

「吸血鬼を治す方法の研究を行うために、まずはサンプルが必要だ。貴様の血をわしに差し出し、忠誠を誓え。そして二度と勝手な真似をしないと約束をしろ」

「……フフ。まさか吸血鬼が人間に血を差し出すはめになるとは思わなかった」

 ヴィオレッタは笑みを零すと、クラヤミの手から注射器を奪い取る。

 針を腕に押し当てると乱雑な手つきで血を吸い出し、言葉と共に押し返す。

「いいだろう、我々の敗北だ総帥閣下。〈逆十字軍〉は今ここに解体を宣言し、〈SILENT〉の軍門に降ると誓う」

「いいだろう。それで、貴様はどうする? 同胞と同じように氷の中で眠るか、血を吸わず人間の霧敷菫として生きるか。自由に選ぶがいい」

「そうだな……あなたが私の同胞を丁重に扱ってくれるか、しばらく見守らせてもらうことにする」

 ヴィオレッタ――改め霧敷菫という人間として生きることを選んだ女性は、窓に向かって歩を進めていく。窓から飛び降りて脱出するつもりなのだろう。

「元の生活に戻るつもりなのか?」

「あの三人がそれを許してくれればの話だがな。君と違って、正体を知られてしまった」

「……何だと?」

「君も彼女達に正体を悟られないように気を付けるといい、総帥閣下」

 ぎくりとクラヤミは表情を硬くする。

 彼女は無音の通う高校の教師として、人間社会に潜伏していたのだ。

 いつから正体に気づいていたというのだろう――まさか、最初に本拠地で対面したときには、既に知っていたのだろうか。

 問いただそうとした次の瞬間、霧敷菫は部屋の窓から飛び降りて、夜闇にその姿を消してしまった後だった。


//


「目的は達した。撤退するぞ、黒雪」

「はい! 了解しました、総帥!!」

 クラヤミ総帥に声をかけられた狐面の少女は、弾んだ調子で返事をする。

 〈ライブリー・セイバーズ〉の三人は、去って行く彼女の背中を追おうともしない。

 むしろ、安心した様子でほっと胸を撫で下ろす。

「な、何アイツ……絶対、人間じゃない」

 ゼエゼエと肩で息をする鳴矢が、震える声で呟きを漏らす。彼女の武器である長弓は、無残にも半分に切り裂かれてしまっている。残りの半分は粉々の氷になって地面に散らばっていた。

「次に戦うときは、魔界から氷竜討伐の専門部隊を招集したいと思います……」

 アスィファは冗談なのか本気なのか判断のつかない愚痴をこぼす。もはや相手を人間だと認識していない点では鳴矢と同じだった。

 武器である杖はなんとか無事だったが、肝心の魔道書を氷漬けにされてしまっている。開くことができず表紙しか見えないのでは、呪文を詠み上げようがない。

「待って! まだ、勝負はついてないわよ!!」

 だが、蓮花だけは唯一戦意を失ってはいなかった。

 彼女の武器は、エネルギーを炎として放出できる大剣だ。

 体を覆う装甲のあちこちに霜柱が立っているが、武器だけは炎の熱量によって凍り付かずに済んでいる。

「あ、そうでしたわ。総帥、あの赤髪の方だけは、今のうちに消しておきたいのですが」

 鳴矢とアスィファは、ぞっと顔を青ざめる。

 よほど手ひどくやられたのか、もう戦いたくないと表情全体で主張している。

「やめときなさいよ、バカレッド! どうしても戦いたいっていうなら一人でやって! アタシはもう戦う気ないから!!」

「そうです、レッドさん。今回はカメラも回っていませんから、逃亡してもテレビの前の子供達に失望される心配はありませんよ?」

 人は守るものがあるからこそ戦えるが、逆に言えば守るものが特に無ければ戦う必要もない。無用な戦いと判断すれば積極的に逃げる。その点に関して二人には全くブレがない。

 そして相変わらず守るべき正義を掲げてしまっている一人は、剣を鞘に収めること無くクラヤミ総帥に向かって問いかける。

「待って、クラヤミ総帥! 私、あなたに謝らなければいけない!!」

「……何の話をしている?」

 首を傾げるクラヤミに、蓮花は口ごもった様子で次の言葉を見つけられないでいる。

 相手が倒すべき悪ならば、すらすらと問い詰める言葉が自然と浮かんでくるのに。

 どうしてだろう。気づいてしまったときから、何を言うべきか浮かんでこない。


――どうしてあなたは、正義の味方にならなかったの?


 悪役専門のスーツアクター。漆原と会って会話をしたときから、既に答えの輪郭は掴め始めていた。

 そして、彼が少年に向けて浮かべた切なげな笑みを見た瞬間には、それが答えだと確信してしまっていた。

 彼はきっと、世界の誰からも理解されないと知りながら、世界の為に〝悪でなければできないこと〟を続けてきたのだ。

 それに気づいたとき、蓮花の胸に宿ったのは、自身の無慮に対する自責と後悔だった。

「私、あなたのことをきっと理解してあげられなかった。だから――」

「黙れ。それ以上は喋るな、我が宿敵よ」

 クラヤミ総帥は、突き放すように言い切って言葉をせき止める。

 彼の隣に立つ〝黒雪〟と呼ばれた狐面の少女は、無邪気な声で問いかけた。

「総帥。やっぱりあの女、消してしまいましょう。それがあなたの為です」

「ばかもの」

 クラヤミは黒雪の頭に、コツンと拳を落とす。

 たったそれだけで、少女はまるで幼い子どものようにメソメソと泣き始めてしまう。

「うぅっ……総帥がぶったぁ……」

「ああ、泣くな泣くな。手を上げたりして悪かった。頼むから言うことを聞いてくれ。脱出のヘリが来てしまう」

 凶悪無慈悲に〈ライブリー・セイバーズ〉を蹂躙したはずの少女は、鼻をずびずびと鳴らしながら泣き続けている。

 鳴矢とアスィファはドン引きした表情で言葉を発した。

「何あれ……ちょっと怖いんだけど、一体どんな魔法使ったらああなるのよ」

「やめてください、イエローさん。人間をあそこまで別の存在に変質させるような魔法は魔界には存在しません」

 クラヤミ総帥と黒雪の二人が窓際に向かうと、遠くの空から一基のヘリが近づいてくる。

 報道ヘリに偽装した、脱出用のヘリコプターだろうか。どうやらあれに乗り込んで、この場から撤退するつもりらしい。

 窓の外に身を乗り出し、ヘリに飛び移ろうとする黒い甲冑の背中に向けて、蓮花は大声で呼びかける。

「私……絶対に、あなたの野望を止めて見せるから!!」

「そうだ、それでいい。それでこそ我が宿敵だ」

 蓮花の言葉に、クラヤミは満足げな笑みを浮かべてから、迎えのヘリに飛び移って城から脱出する。

 遠ざかっていくヘリを見送りながら、蓮花は決意を新たに拳を握り締める。

 きっと彼は世界に失望して、報われない野望を抱えてしまったのだろう。

「あなたを暗闇の底から、きっといつか救い出してあげるから」

 深い暗闇の中で迷い続ける人が居るなら、光で照らして導いてあげなければいけない。


――「正義は光なんだ」


 光があるから、自分が暗い闇の中にいると気づける。

 進むべき道がどこにあるか、見つけ出すことができる。

 一番のファンを名乗る一つ年下の少年が、自分に教えてくれた言葉だ。

 暗闇の中で迷い続ける彼を、光で照らして導いてあげたい。

 蓮花は祈りのように、そう願うのだった。


//



 その後、人質にされていた少年は、無事に親の元へ帰された。

 法務大臣である少年の父親は、修正自警法に賛成の立場であったが、それを機に方針を一転。法案決議は無事に執り行われたが、多くの予想を裏切り法案は否決となった。

 〈ライブリー・セイバーズ〉は吸血鬼を倒し人質を救い出した英雄として称えられ、全ての問題行動も不問として処理されることとなったが、本人達はなぜか納得していなかったという。

次回で一応の完結(?)です。

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