29.Villain Actors
〈SILENT〉構成員たちが一丸となって作戦に当たる中、戦闘に関してまったくの無力である自分には今回全く役目がない。
参謀の夜野帳は、自身の立場をそう考えていたが、実際にはそうではなかった。
〈千夜城〉の入り口近くで戦闘員達と共に待機している夜野は、先ほどからあちこちに電話をかけ続けている。
「それでは、契約成立ということでよろしいですね」
『我々も君たちに居なくなってもらっては困る。お互い、持ちつ持たれつだ』
「……ご協力感謝致します」
『こちらこそ、次も派手な花火を期待していると君たちの首領に伝えておいてくれ』
電話口の向こうから聞こえてくる男の声を聞きながら、夜野はふと思う。
これではまるで、悪の組織同士が秘密裏に取引をしているみたいだ――いや、実際そうなのかも知れない。
電話を切った夜野は、すぐさま総帥に連絡を入れる。
「総帥、脱出用のヘリと車を調達することに成功しました。もちろん格安で」
『さすがは我が右腕、金銭に関して右に出る者は居ないな』
「いえ、〝あちら〟も始めから協力的でしたので」
夜野がふと視界を高く上げると、そこには数基のヘリコプターが上空を旋回していた。
軍の戦闘用でも輸送用でもなければ、救助用のものでもない。
テレビ局の名前が入った、報道用ヘリの群れだった。
「それでは、負傷した戦闘員たちを報道ヘリと取材車両に乗せて現場を離脱します」
『無所属の記者には充分注意するようにな』
「はい。一応表向きには、テレビ局の報道ヘリを我々が襲って強奪した、という筋書きで行くことになっています」
彼らも〝事件を起こす者〟が居なくなっては商売が上がらない。だからこそ積極的に手を貸してくれる。
たとえ相手が悪の組織だとしても、利害が一致すれば協力し合うこともある。
世界は始めから悪意で出来ている――夜野には、そう思えてしまってならなかった。
「総帥も、早く脱出してください。警察の突入も、もう間もなくです」
『それなんだがな、参謀。実は今取り込み中で手が放せん。もう一つ頼まれてくれ』
「ええ、なんなりと。私は総帥の右腕です。手が放せなければ私の手をお使いください」
『城内に氷像が幾つかあるはずだ。記念に写真を撮って、こちらに送ってくれ』
「……総帥の深すぎるお考えは、私にはいつも理解しかねます」
文句を言いつつも、夜野は命令に素直に従うのだった。
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「――さて、どうする。まだ闘争を続けるか?」
参謀との通信を終えたクラヤミは、目の前で膝を突く吸血鬼に視線を向ける。
〈ライブリー・セイバーズ〉の攻撃をまともに食らったヴィオレッタは、体中から煙を上げ、苦悶の表情を浮かべている。
炎で焼かれた体組織の修復にはまだ時間が掛かるようだ。
「我々は吸血鬼だ……争いがなければ生きてはいけない」
「確かに貴様らは、血を吸わなければ自我を失ってグールと化してしまう。意識の喪失は死と同じだ。死にたくないと願うのは当然だろう」
自分で血液を生成する能力を失っている吸血鬼たちは、他者から血を奪うことで辛うじて生物のように振る舞うことができている。
だが、人の血を吸わなければ、血液が劣化して自我を持たないグールになってしまう。
ゾンビ映画に出てくるような、文字通りただの生ける屍だ。
「クラヤミ総帥。あなたは、我々から争いを奪い続けるというのか。それは、死ねとおっしゃっているのと同じだ」
「……ああ、そうだ。人はいつか死ぬ。お前も、わしも、同じようにだ。だが貴様達は、その平等を拒んだ。だから貴様は悪なのだ」
吸血鬼という呪われた体質を持ってしまった存在に対して、クラヤミは悪の総帥として、きっぱりと断言する。
「永遠の命を望んだ時点で、貴様達は人間ではない。ただの人語を話す化物だ」
「ではクラヤミ総帥。悪を滅ぼそうとするあなたは、一体何者だというのだ」
ヴィオレッタは戦う力を失っても尚、無音の〝悪の首領〟という仮面を外しにかかる。
だが無音は、痛烈な笑みを頬に浮かべあざ笑うように言い放った。
「わしが一体、いつ吸血鬼を殲滅すると言った? わしは、悪の首領だ。貴様らのような悪こそ配下に相応しい」
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クラヤミの言葉を聞いて目を丸くしたのは、ヴィオレッタだけではない。
横で話を聞いていた、〈ライブリー・セイバーズ〉達も同じだった。
「ちょっと、どうすんのよ!? アイツやっぱり吸血鬼と手を組むつもりじゃない!? 誰よ、敵の敵は味方とか言ったやつは!!」
真っ先に正論を言い放ったのは鳴矢だった。
ただでさえ厄介な悪の組織が吸血鬼と和解して手を組めば更に強大な敵となってしまう。自分たち以外は敵だと見なすべきだ、という彼女の主張は間違っていなかった。
雲行きの怪しさを感じ取ったアスィファも、鳴矢の意見に賛成を示す。
「どうも状況が変わったみたいですね……今なら二人とも同時に倒せます。レッドさん、攻撃するなら今しかありません」
「……ごめん、二人とも」
蓮花は声を微かに震わせながら言う。
武器を握る手から、すっかり力が抜けてしまっていた。
「私に、あの人は倒せない……」
「ちょっと、何やる気無くしてるのよ! 確かに武器の相性は悪いかもしれないけど、戦いようはいくらでもあるでしょ!!」
「違うの! 私、気づいてしまったの。クラヤミ総帥の、本当の目的は――」
蓮花が言いかけたその時、不意に部屋の入り口から冷たい風が吹き込んだ。
凍て付くような一声が、蓮花の言葉を途中で遮る。
「――あなたのような他人に、一体総帥の何が理解できたとおっしゃるのですか?」
室内の空気がピリッと凍り付いていくのを感じる。
真っ黒いセーラー服に、烏羽のような黒髪。
そして顔には古風な狐面。
超能力者特有の感性が、敵意を肌で感じ取ったのか。鳴矢が真っ先に口を開いた。
「……ねえ、二人とも。あれ、何に見える? アタシには、吸血鬼以上の化物が立ってるように見えるんだけど」
「レッドさん、話は後にしましょう。目の前の敵をなんとかしませんと」
狐面を被った少女は、腰の鞘から一振りの日本刀を引き抜く。
刃の先端からは、まるで植物の蔦が伸びるように、氷柱が少しずつ伸びていく。
「……あなたが、吸血鬼を氷漬けにしていたのね」
手に力を取り戻した蓮花は、武器である大剣をしっかりと握り締める。
刃からは、まるで花びらが散るように炎が溢れて吹き出している。
顔を隠す仮面に、一振りの刀。姿形だけなら自分と同じ自警団に見える。
だが掲げる正義の色と、言葉の温度は、全く異なるものだ。
「その言葉を続きを、口にさせるわけにはまいりません。氷漬けにしてでも、その口を止めさせていただきます」
「……私の炎は絶対に熱を失ったりはしない。口を閉ざすこともできない――私の名前は、沈黙を破る者だから」
凍て付く冷気を放つ刃と、燃えさかる熱気を放つ刃。
対照的な二つの武器がぶつかり合い、凜とした鐘のような音が響いた。
誰かこの話の畳み方教えてくれ!!




