27.variety show
城内に突入したライブリー・レッド――こと緋色蓮花が目にしたのは、壁が吹き飛んで外の景色が一望出来るようになってしまった一室。
そして部屋の真ん中で不思議そうに首を傾げる、二人の仲間達だった。
「イエロー! ブルー!! 人質はどうしたの!?」
「いや、それが、ここに居たっぽい形跡はあるんだけど……」
イエローこと梔子鳴矢は、床に転がるものに目配せを送る。太いベルトのような拘束具と、機械が一体になったものだ。蓮花はすぐさまその正体に気が付いた。
「これ、もしかして爆弾!? 人質の子どもにこんなものを〈SILENT〉は巻き付けていたの!?」
「いや、私たちにもよく分かんないのよ。ここで敵と遭遇して、戦いが終わってからこれに気が付いて……」
「じゃあ、イエローがこの爆弾を外したわけじゃないのね?」
「そんなことできるわけないでしょ。こんなもの、どんな能力使ったら外せるかなんて見当も――」
鳴矢は一瞬ぴたりと言葉を止めるが、何かの思いつきを頭から追い出したがるように、首をぶんぶんと激しく左右に振るう。二房の黄色いツインテールが大きな弧を描く。
「いや、心当りはあるけど、違うと思う。そんなわけない。絶対に違うわね」
「それと……ここに来るまでに、氷漬けにされた吸血鬼を目撃したんだけど。ブルー、あなたもしかして、風と雷と雨以外にまだ使える魔法を隠してるの?」
真剣な表情で問いかけられたアスィファは、首を小さくふるふると振る。まるで怯えた小動物のように細かな動きだ。
「えっと、いいえ……氷属性の魔法は【水の塔】に所属する水魔法の専門家の中でも、使える人間はごく少数です。風を主体とする私には使えませんし、もし隠すとしたら別の種類の魔法ですね」
「……アンタって、いつも腹に逸物抱えてるわね」
「乙女には秘密が多いものなんですよ、イエローさん?」
「はいはい。どうせアタシは恥じらいも隠し事もない、乙女らしさのない女ですよ」
「そんなことありません! 私、もしイエローさんが男性だったら絶対に惚れてると思いますから」
「はいはい、ありが――ん? ちょっと待ちなさい、ブルー!! 今のどういう意味!?」
「あ、すみません。私、この世界の言語にまだ不慣れなもので」
「アタシはいい加減、アンタのたまに出てくる黒い何かに慣れてきたわ」
イヤミとツッコミの応酬を繰り返す二人に、蓮花はリーダーらしく割って入る。
「二人とも、言い合うのは後にして……今の話を総合すると、出てくる答えは一つよ。この城の中には、私たち以外に〝正義の味方〟が居るはずよ」
「いや、実在しないでしょ。〝正義の味方〟なんて。漫画やゲームじゃないんだから」
「そういう意味で言ってるんじゃないの! 私たちと同じ、人質を助けて悪を倒すために城内に突入した何者かが居るって、私は言いたいの」
「それが〝正義〟から来る行動だなんて限らないってアタシは言ってるの。正義感なんて目に見えない物質が動力になる人間はこの世界にアンタだけよ」
「……じゃあイエローは、どうしてここに居るの?」
「連中の気に入らない企みをぶっ潰すためよ。それが正義かどうかはアタシが決めることじゃないわ」
鳴矢の冷徹な断言に、アスィファは戸惑った様子でフォローを入れる。
「取り留めのない議論はよしましょう、お二人とも。確かに私たち以外に、何か別の勢力が動いているのは事実です。しかし利害が一致しているとは限りませんし、もしかしたら敵の内部分裂かもしれません。敵の敵であるから味方と考えるのは早計でしょう」
「正義の味方の敵の敵は、正義の味方じゃないかも知れないってこと?」
「蓮花さん。そもそも私たちは、国家の正義と背を向ける形で行動しています。〈|ライブリー・セイバーズ《わたしたち》〉の正義と近い正義を持つ何者かが居るというだけです」
「えっと……ブルー、意味がわからないわ。正義って、この世に一つでしょ?」
本気で理解ができないといった様相で首を傾げる蓮花に、鳴矢が諦めたように横やりを挟む。
「あきらめなさい、スイファ。この馬鹿の脳みそは私たちと異次元にあるの。この世界の理論や哲学は通用しないの」
「……そうですね。世界の広さを改めて痛感しました」
ひとまず状況を整理するため、三人は互いに肩を組んで円陣を作る。
顔を近づけた状態で、蓮花、鳴矢、アスィファの三人が口々に言葉を発していく。
「とにかく消えた人質を捜して保護しましょう」
「例の第三勢力が先に保護してたらどうすんのよ?」
「まず敵の定義がはっきりしていません。〈SILENT〉に従う吸血鬼が敵ですか? それとも、〈SILENT〉に与する全員を敵と見なすべきですか?」
「悪人は悪人よ。見れば分かるわ」
「そうね、その通りよ。悪そうな奴は敵、つまりアタシたち以外は全員敵よ。ぶっ潰せば問題ないわ」
「イエローさん、残念ながらあなたの表情と言動が一番悪者っぽいです……」
いまいちまとまりのない三人は、円陣を解いて各々の武器を手に取る。
蓮花は背中に刺した大剣〈花一匁〉を引き抜き、高らかに言い切る。
「誰が倒すべき敵か、指示はリーダーである私が出すわ」
続いて背中から長弓を取り出した鳴矢は、弦の張りと矢の残りを数えながら言う。
「アタシは人質以外は全員敵だと思ってるから、判断に迷ったら躊躇無く撃つわよ」
二人の平行線な言い分を宥めるように、アスィファは魔道書と杖を手にしながら言う。
「少なくとも顔見知り同士で打ち合う事態だけは避けたいですね……」
どこかまとまっているようで、決して混ざり合わない色とりどりの三原色。
それが〈ライブリー・セイバーズ〉の長所でもあり弱点でもあった。
三人は警戒陣形を取りながら、城内の階段を上へ上へと向かって進んでいく。
やがて、展望室と名前の付いた部屋の扉が見えた。この城で一番高い塔のてっぺん、城の外が一望出来る部屋だろう。
室内からは、二人の人間が言い争う声が聞こえてくる。
――この中に、〝敵〟と〝人質〟がいるはず。
三人は互いに顔を見合わせ、黙って頷き合う。
扉を開いて城内に突入すると、そこには三つの人間の姿があった。
蓮花が裏返ったような声で一言目に発する。
「桐敷先生!? なんで先生がここに!!」
「ああ、緋色か。遅かったな。実はお前らが放課後は正義の味方をしているように、私も放課後は吸血鬼をしているんだ。黙っていて悪かったな」
自分を吸血鬼と名乗る妙齢の女教師――桐敷菫は、堂々とした態度でおくびも無く返す。
しかも彼女は左腕で少年の首を羽交い締めにし、右手に握る拳銃を額に押し当てている。
誰がどう見ても〝子どもを人質に取った凶悪な吸血鬼〟だ。
「よく見ろバカレッド! 見知った顔だろうと吸血鬼だろうと、アレは敵よ!!」
鳴矢はすかさず弓に矢をつがえ、吸血鬼の頭部へ慎重に狙いを定める。
だが、吸血鬼と対峙するもう一人の存在に気付いたアスィファが、悲鳴のような声を上げた。
「待って下さい! あの人、クラヤミ総帥じゃないですか!?」
人質へ銃を突きつける桐敷の存在に気を取られていた三人は、室内に居たもう一人の存在に気が付いて目を丸くする。
なんと、吸血鬼に対して――まるで敵対するかのように――相対していたのは、悪の首領であるはずのクラヤミ総帥だった。
「なっ、なんでこうタイミングの悪いときに……!!」
〈ライブリー・セイバーズ〉の思わぬ乱入に、クラヤミの方も予想外だったのか、珍しくうろたえたような声を発する。
一体、誰が敵で誰が味方なのか。何が正義で悪なのか。
静かな狂乱に満たされていく室内で、吸血鬼の女は怪しく笑みを浮かべる。
「クラヤミ総帥、あなたの負けです――」
桐敷はそう言った途端、羽交い締めにしていた人質を腕から放す。
そして、自由の身となった少年の頭部へ向けて、静かに拳銃の照準を定める。
「――茶番はここまでだ」
三人の正義の味方と、一人の悪の総帥が目線を注ぐ中。
無慈悲な一言と共に、銃口が吼え凶弾が放たれた。




