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26.貴女は無慈悲な雪の女王

「なんてこった。撃っても撃ってもキリがねえな」

 吸血鬼たちが占拠している〈千夜城〉のだだ広い玄関ホール。

 大樹のように巨大な石膏の柱に背を預け、〈SILENT〉戦闘員――通称〈SILENCER(サイレンサー)〉部隊の一人である男は小さく悪態を漏らす。

 周囲の安全を確認してから、武器である大ぶりな散弾銃に、手慣れた動作で弾を込めていく。

 支給されている弾は、政府の鎮圧部隊が使うようなゴム弾をばらまくタイプのものだ。

 今まで撃った経験は無いが、撃たれた経験は何度かある。ゴム弾なので死ぬことはないが、至近距離で撃たれれば死ぬほど痛い。骨が折れたこともある。

 男は元犯罪組織の一員だった。組織を〈SILENT〉に潰されてしまい、組織が吸収された際にクラヤミの配下についたのだった。

「お、まだ元気なやつが残ってた」

「っ……誰だ!?」

「ちょっと、慌てないでくださいよ。銃を下ろしてください」

 突然、背後から聞こえてきた声に、男は振り返り様に銃を向ける。

 そこには自分と同じ戦闘服を着た、〈SILENCER〉部隊の味方が居た。

「いつ背後に回り込んだ? 気配が全然なかったぞ」

「ああ。俺、戦闘部隊じゃなくって工作部隊なんですよ」

 工作部隊を名乗る男が、そう言った途端に姿を消す。

 いや、体を透明化してしまったのだ。これが彼の能力なのだろう。

 戦闘員の男が呆気に取られていると、今度は真横からまた声が聞こえた。

「これが俺の能力、〈透明化(ステルス)〉です」

「……工作部隊ってのは本当にバケモノなんだな」

 いつ側面に回り込まれたのか、全く気配が感じられなかった。これが敵だったらあっという間にやられていたところだ。

 戦闘員としての実力に自信を持っていた男だが、格の違いが嫌と言うほど理解できてしまった。

「ステルス使い。お前、その能力で何人倒せた?」

「普通の人間なら不意打ちで十人ぐらい黙らせてきました」

「吸血鬼は?」

「……ゼロですね。殺す気でかかっても駄目でした」

「超能力者でもやっぱり難しいか」

 〈逆十字軍〉は吸血鬼と人間の混成部隊だ。

 普通の人間はほとんど無力化できたが、吸血鬼を倒したという報告はまだ誰からも上がっていない。消耗戦になれば押し返されるのも時間の問題だ。

 総帥から撤退の指示が来るのを待つしか――そう思いかけたとき、玄関ホールに敵の吸血鬼が姿を現した。

 普通の人間でないとは一目で分かる。腰から上半分が体毛に覆われて、まるで獣のような姿をしているのだ。おそらく〝人狼〟と呼ばれるタイプの吸血鬼だろう。

「おい、なんかやべえ奴が来たぞ」

「どうします、逃げますか?」

「そうはいかねえ。俺たち戦闘部隊は鉄砲玉だからな」

 戦闘員の男がショットガンを構えて柱の陰から身を乗り出そうとしたその時。

 通信機越しに、クラヤミ総帥の息せき切った声が跳び込んで来た。

『各員、よく持ちこたえてくれた。すぐその場から撤退しろ』

「総帥! 作戦は成功したんですか!?」

『いいや、まだ成功していない』

「……じゃあ、放棄するってことですか」

『それも違う。作戦は続行だ。お前らを撤退させる理由は別だ――』

 総帥が言いかけたそのとき、戦闘員の男は不意に寒気を感じた。

 隙間風でも吹き込んできたのだろうか。城の入り口に目を向けると、そこには一つの黒い人影が立っているのが見えた。

『――今から、敵より厄介なやつが来る。巻き添えを食いたくなければ裸足になっても逃げろ』

 入り口から姿を現したのは、上下ともに真っ黒なセーラー服。そして長い黒髪。

 顔には、狐をかたどった古風なお面を被った謎の少女。

 あれが、総帥の言う「敵より厄介なやつ」なのだろうか。

「な、なんだあの女子高生は!?」

「セーラー服美少女戦士とかじゃないですか?」

「いや、それにしちゃ制服の色が地味すぎる」

「それによく考えたらお面で顔も見えないですね」

 二人の構成員が様子をうかがう中、城内に現れた少女は玄関ホールの中央を堂々と真っ直ぐに進んでいく。身を隠す気などさらさら無いと言った様子だ。

 単なる馬鹿なのか、それとも自信の表れか――少女は倍も身の丈がある怪物じみた人狼型の吸血鬼の目の前で足を止め、ふっと笑いを零した。

「お退きになっていただけますか。もしあなたのような犬畜生に、人の言葉が理解できればの話ですが」

 人狼は「グォウ」とうなり声を上げて豪腕を振り下ろした。

 言葉を理解していないわけではない。理解したうえで返した答えが、殺意をこめた無慈悲な一撃だったのだ。

「おい、あれ死んだぞ!?」

「……いや、よく見てください。まだ死んでません」

 人狼が振り下ろした腕は、少女へ届いてはいなかった。

 それどころか、肘から先が消えてなくなっていたのだ。

「私、「お手」と言った覚えはないのですけど」

 少女の手には、いつの間に抜いたのか。一振りの日本刀が握られている。

 斬り飛ばされた人狼の腕が、大理石の床にカツンと固い音を立てて落ちる。

 見れば、切断された腕はなぜか真っ白に凍り付いていた。

「なんだあの女……工作部隊の超能力者か?」

「いや、あんな女の子は工作部隊に居ません。居たら口説いてます」

 二人の男が呆気に取られた表情で見守る中、狐面の少女は日本刀を音もなく振るって、残るもう片方の腕をも斬り飛ばす。

 切断された切り口も、やはり真っ白な氷に覆われていた。吸血鬼の再生能力をもってしても、凍り付いてしまった状態では機能ができない。

「これで汚い前足に引っ掻かれずに済みました。次はどこを斬り飛ばしましょう。やはり狂犬は去勢しないと大人しくならないのかしら?」

 様子を見守る野郎二人は、更に体感温度が一段と下がるのを感じた。特に下腹部のあたりが寒さでヒュンと萎縮していく。

 思わぬ助っ人に感謝するどころか、敵の人狼に同情したくなってくる――それほどまでに一方的な展開だ。

 両腕を失った人狼は、悪あがきとばかりに顎門(あぎと)を開き、鋭い牙を剥き出しにして噛み付こうと襲い掛かる。だが――攻撃はかすりもしない。

 少女はトンと軽く跳躍して噛み付きをかわし、人狼の頭を踏みつけて刀を振り下ろす。

「【淡雪の太刀】」

 ヒュンと風を切って、刀が振り下ろされる。

 彼女はためらいもなく首を斬り飛ばすつもりだ。

「待て、そこまでだ〝黒雪〟」

 高速で振り下ろされた刀が、ピタリと機戒のように停止した。

 狐面で隠された少女の顔が、声のした方へ向けられる。

 〈SILENT〉の首領、クラヤミ総帥の姿がそこにはあった。

「首を落とすことはない。氷漬けにしておけ。まだ吸血鬼には使い道がある」

「はい、お兄――いえ、クラヤミ総帥!!」

 〝黒雪〟と呼ばれた少女は、総帥が現れた途端、急に声が可愛らしい少女のものになる。

 そして言われた通りに刀を人狼の首筋に突き立てると、刀が刺さった部分から氷が広がってあっという間に巨体を氷漬けにしていく。

 戦闘部隊と工作部隊が総出で倒せなかった吸血鬼が、あっという間に一体無力化されてしまった。

 戦闘部隊の男は、興奮気味の声で総帥へ呼びかけた。

「総帥! あれが噂の【黒雪】って部下なんですか!?」

「あれはただの協力者だ。あいつはわしの命令すら聞かないからな……それより貴様ら、撤退しろと指示をしたはずだ」

「あんな心強い助っ人がいるなら百人力ですよ! 俺も微力ながら手伝います!!」

「駄目だ。自分の足下を見てみろ。それが答えだ」

 総帥に言われて、戦闘部隊の男は自分の足下に目を落とす。

 そして、絶叫じみた声を上げた。

「げっ、凍ってやがる! いつの間に!?」

 男は慌てて戦闘服のブーツを脱ぎ捨てる。

 人狼を凍り付かせた氷はまるで生き物のように部屋の床や壁を這い回り、近くで見ていた男の足下まで迫っていたのだ。

 脱ぎ捨てたブーツは完全に凍り付き、ひび割れて粉々になる。

 あと一歩遅ければ、中の足も巻き込まれて〝同じように〟なっていただろう。

「……俺達、もしかして足手まといですか?」

「そんなことはない。お前達が人間の敵を倒してくれたおかげで、黒雪を存分に暴れさせることができる。あいつは人間も吸血鬼も見境がないからな」

「じゃあ……まさか総帥は最初から、敵の人間も助けるつもりだったんですか?」

「敵とは限らん。かつて犯罪組織の鉄砲玉だったお前のように、今後わしの配下につきたがる者も居るかもしれんからな」

 戦闘員の男は、胸がじんと熱くなるのを感じる。

 まさか自分のような戦闘員のことを、覚えてくれているとは思っていなかった。

「さあ、二度も言わせるな」

「了解です、総帥! 裸足でも逃げ出せ、でしたね」

 戦闘員の男は元気よく応えると、城の出口に向かって一目散に駆け出す。

 ブーツを失った片足は裸足になって、奇しくも総帥の言った通りとなった。


//


 戦闘員の男が姿を消し、敵の人狼も氷漬けになって完全に動きを止めてしまった。

 二人きりになったところで、クラヤミは肩の力を抜いて黒雪と向かいあう。

「総帥! 黒雪の活躍、ご覧になって頂けましたか」

「少しやりすぎだ。敵は氷漬けにして動けなくするだけでいい」

「わかりました、総帥」

「どうした? 二人きりのときは――」

 クラヤミが言いかけた瞬間、有希は氷漬けになった人狼の腕を足下から拾い上げ、何もない壁に向かって勢いよくぶん投げた。

「痛えッ!!」

 腕のぶつかった壁が悲鳴を上げる。

 否。そこに居たのは壁と一体化して透明化していた、一人の工作部隊員だった。

「盗み聞きとは趣味がよろしくありませんね」

「待った、謝るから命だけは勘弁!」

「そんなことは致しません。私も、総帥の貴重な手駒を減らしたくはありませんから」

「ああ、あくまで総帥のためね……見逃してもらえるなら文句は言わないですけど」

 だが、状況にいまいち納得がいっていないのか、〈透明化〉使いの超能力者は、首を傾げながら問いかけた。

「そのお嬢さん……超能力者じゃないですよね」

「どうしてそう思う?」

「その刀、総帥の鎧と同じ技術ですよね。エネルギーを奪う機能を〝熱量だけ〟に限定することで、攻撃力に変換してるとか」

「さすがは工作部隊のナンバー2だな。影内の馬鹿では見抜けなかっただろう」

 彼が指摘した通り、黒雪の振るう〈六ノ雪〉は、技術の出所自体は無音が着ている鎧と同じ、祖父が発明したものだ。

 〈常闇の鎧〉が与えられるエネルギーを無差別に吸収するのに対し、〈六ノ花〉は熱量だけに限定して吸収能力を発揮する。

 絶対零度に至るまで熱量を食い尽くし、その余波として氷結が起きるに過ぎないのだ。

「氷結能力は武器の性能――じゃあ、バケモノじみた戦闘能力の出所は何ですか? 肉体強化か、先読みか、何かの超能力だと思うんですけど」

「いいえ。私の力は、全て総帥への愛情によるものです。二人きりの空間を邪魔する者が居れば、無意識に分かります」

「なるほど。総帥も隅に置けませんね」

「おい待て。何を勘違いしている」

 クラヤミが慌ててツッコミを入れるが、工作員の男は単なる照れ隠しと取ったらしい。

 壁から離れると、入り口の方へ歩きながら言葉を続ける。

「そのお面の下が美人だったら口説こうと思ったんですけど、そういうことなら諦めときます。実は前に居た(クミ)でも、同じ事やって追い出されたもんで」

「……お前、そんな生き方でよくやっていけるな」

「ご存知の通り、逃げることにかけては生まれついて自信があるんで。それじゃ、逃げ損なってる連中の援護に回ってきます」

 工作員の男はそう言うと、再び体を透明化して姿を消した。

 有希は室内をぐるりと見渡し、本当に居なくなったのを確認してから

「それでお兄様。どうして城内に来られたのですか? もしかして、私の活躍を間近でご覧になるために!?」

「いや、違う。城内の一掃はお前に任せる。わしは自分の用事を済ませてくる」

「……残念です。私が薄汚い血吸い虫(ヴァンプ)を駆除する様を、特等席でお見せしたかったのに」

「後でお前が作った氷像は見させてもらう。楽しみにしているから沢山用意しておいてくれ」

「はい! さっきの人狼の氷漬けは、少々みすぼらしかったですものね……次からはもっと、形を残したまま芸術的に凍らせなくては!!」

 有希は学校の勉強は出来るはずなのだが、どうも考え方が一々極端だ。

 そして、極端な考えを実行してしまうだけのずば抜けた身体能力も併せ持っている。

 血の繋がった兄妹でありながら、得意不得意が極端に真逆であった。

「それでお兄様は、どちらへ向かうおつもりなのですか?」

「こうなったからには、わしが自分で人質を救出してくる」

「危険です! 私も一緒にお供します!!」

「駄目だ。お前に任せては、敵も人質も一緒に蹴散らしてしまいかねない」

 無音は仮面を外し、妹の顔を真っ直ぐに見つめる。

「お前が吸血鬼を封殺してくれれば、僕は背中を刺される心配なく人質を追える。頼んだよ、有希」

「はい、お任せ下さいお兄様!!」

 無音は素直な返事に安堵のため息を漏らす。

 もし彼女が一緒に来て、〝正義の味方〟達と鉢合わせになったら――それこそが、実は一番の心配の種だった。

 

実はキャラクター紹介にちらっと書いてありますが

妹は無音とは別の全寮制の女子校に通ってる設定です

隔離とも言う

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Kindleを利用して前半部分のまとめを電子書籍として販売はじめてみました
ちょっとした書き下ろしの短編もついております。
詳しくはこちらの作者ブログ
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