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5.アタシの平穏を乱すアイツ

 小鍬高校二年B組。今日の一限目は現代社会の授業。

 現代社会の授業を受けている梔子(くちなし)鳴矢(めいや)の気分は最悪だった。

 普段ならぼーっと考え事でも聞き流していればいいだけの退屈な授業だが、今日に限ってはそうもいかない。

 教壇に立って授業をしているのは妙齢の女性教諭、桐敷(きりしき)(すみれ)。なんでも西洋人種とのハーフだという話で、光に照らされると長い髪が紫っぽい色合いを見せる。彫りの深い美しい顔立ちも、まるで洋画に登場する女優のような堂々とした美しさだ。こんな普通の高校で学校の先生をしているのが勿体なく感じられるほどである。

「お前らは話にしか知らないと思うが、日本という国は二十年前に国外から侵入した吸血鬼によって侵略を受け、彼らによって二年間の実効支配を受けていた」

「先生はそのとき何歳だったんですかー?」

 生徒の一人がふざけて声を上げるのを、菫はじろりと鋭い目つきで睨み付けるだけ睨み付けて、そのまま何事も無かったかのように授業を続行する。

「だが吸血鬼の軍勢はたった一人の人間によって駆逐され、日本の支配から手を引くことになる。もっとも、その残党はまだ社会に潜んでいるという話だがな」

 現代の日本には、伝説的な五人の〝救世者(ヒーロー)〟が実在する。

 世界で最初の人工吸血鬼、久世(くぜ)理央(りおん)がその一人だ。

 海に囲まれた島国である日本を支配し、夜の世界へと変じさせた吸血鬼の軍勢。

 その支配者である吸血姫(スカーレット)を打倒し、この国を再び昼の世界へと呼び戻した英雄。それが、久世理央という男だと言われている。

 彼がその後どこへ消え、今は何をしているのか、世に知られてはいない。

 ただ、彼のような者たちの活躍が、現在の【自警法】の成立に繋がったことはよく知られている。

「人間との戦いに敗れた吸血鬼の軍勢が退いた三年後、今度は異世界との門が開いてしまい、いわゆる魔界と呼ばれる世界との交流が開始された。例えばこの学校にも、交換留学生という形で、一人魔法使いの生徒が転校してきているのは皆も知っているな」

 今朝一緒に登校してきた青髪の少女、そして放課後は共に〈ライブリー・セイバーズ〉として活動しているアスィファ=ラズワルドこそ、その留学生だ。

「それと並行して、今度は超能力と呼ばれる力に目覚めた人間が世界中で生まれるようになり……とにかくここ数十年の間、世界は話し始めたらキリがないほど危機的事態に曝され続け、既存の価値規範は瞬く間に崩壊してしまった」

 授業を聞いている間、鳴矢は終始うつむいて他の生徒と目が合わないようにしている。

 梔子鳴矢――彼女自身もまた、授業で語られている〝超能力者〟と呼ばれる者の一人だ。

 彼女が超常の力を生まれ持ってしまった理由は、現代の科学では未だ解明されてすらいない。

 だがいずれにせよ、世間が彼女達に向ける目線に混じるのは「人ならざる力を持った人でない存在」に対する恐怖と排斥の感情だった。

「超能力に目覚めた人間の中にはその能力を使って犯罪に手を染める人間も多かった。また、吸血鬼の支配によって社会システムをボロボロにされたこともあって、とにかくここ十年近く日本の治安は最悪な状態に陥っていた」

 授業で語られる過去の話も、当事者である鳴矢にとって他人事ではない。

 数年まえまで世間にとって、〝超能力者〟という単語は〝凶悪犯罪者〟と同じような意味としてとらえられていた。

 超能力を持って生まれたこと以外、他は普通の人間と何も変わりが無い。それなのに、世間は自分たちに対してずっと冷たかった。

 いわれの無い冤罪で、何度も無視されたり除け者にされたり――それは区別ではなく、差別と言っていいものだった。

 当時のことを思い出してしまった鳴矢は、憂いを帯びた表情で、ふと教室の片隅に視線を送ってみる。

「……こっち向きなさいよ、ばーか」

 鳴矢と同じクラスの男子生徒、黒間無音はずっと教壇に立つ教師、菫に目線を向けている。長い前髪で目元を隠しているが、自分の方を見ていないことだけは分かる。

 授業で〝超能力者〟という単語が出てきてからずっと、他の生徒たちは皆揃って鳴矢にジロジロと無遠慮な目線を向けてきている。当人達は単なる好奇心なのだろうが、向けられる方にとってはたまったものではない。

 そんな中、自分の方をちらりとも見てくれない無音の態度は、ちょっと冷たいように思えるが彼の優しさだとも、理解できていた。

「でも……アンタのそういうトコが気に入らないのよっ」

 聞こえるか聞こえないかの声で呟いて、鳴矢は机の上にあった消しゴムの欠片を手にとって、指の上に乗せる。

 超能力で物を飛ばすには、ちょっとしたコツが要る。

 飛ばす物に対してだけ能力を働かせる〝シングルアクション〟では、ただ物を移動させることしかできない。飛ばす物それ自体と射出する機構、二つに対して能力を作用させる〝ダブルアクション〟でなければ勢いを得て飛ばすことはできない。

 鳴矢は狙いを定めて、指先に乗せた白い消しゴムの欠片を指で弾く。

 大仰な段取りを踏んではいるが、結局のところやっているのはデコピンで消しゴムを飛ばすというただのいたずらである。ただし、普通ではあり得ない超常の速度と精度で。

 無音の後頭部に、放たれた消しゴムの欠片が強かに当たりビシィと音がする。

 消しゴムの当たった箇所を手でおさえながら「なんで?」という表情で無音が自分の方を振り向く。

「やっとこっち向いた」

 鳴矢は満足げに笑みを浮かべる。

 別にいじめるつもりはないし、無音の方もそれがいじめだなどと思ってはいない。

 二人はある意味で、この教室で唯一の同類同士だった。

 中学生の頃。

 自分が超能力者というだけでいじめられていたのと同じ頃に、別に超能力者でも何でもない普通の人間なのに、大人しいというだけで執拗にいじめられていた男子が居た――情けないことに、自分と同じ痛みを理解してくれるのは彼しかいなかった。

 無音は、鳴矢にとって中学の頃からの幼馴染みであり、誰にも代えられない唯一人の理解者なのだ。だから彼に気を遣われるのは、嬉しいけれど、ちょっとムカつく。

 痛そうに頭をさすりながら鳴矢の方を振り向いた無音は、不思議そうに首を傾げつつも再び教壇の方へと目線を戻す。

 鳴矢も居心地の悪い授業の時間を、しばらくは耐えてみようと心に決めて、同じく先生が続ける話に意識を向ける。

「――そして最後に、秘密結社〈SILENT〉。今挙げた六つの組織が、近年世界の平穏を乱している主要な組織だ。これは試験に出すので覚えておくように」

 やばい。無音にちょっかいを出すのに夢中で聞いていなかった。

 背中にたらりと冷や汗が流れ、髪の毛が怒った猫のようにぶわっと逆立つ。後ろの生徒が「黒板見えない」と文句付けるように鳴矢の背中をつんつんとペンの先で突く。

 慌てて超能力を使って逆立った毛を無理矢理寝かせる。ちょっとした感情の動きに反応して、力が暴発してしまうことは日常的によくある。特に髪の毛は重量が軽いため、ちょっとした感情の機微ですぐに反応してしまうのだ。

 必死にノートへメモ書きをしながら、鳴矢は教師の言葉に耳を傾ける。

「こうした大規模犯罪組織の活動により、世界の情勢は混乱の一途を辿り続けた。そんな中、日本は世界に先駆けて【自警法】と呼ばれる法律を制定した。これは市民が自己の安全を守る為に自ら武装し、武装自警団を組織することを認可するという法律だ」

 やっぱダメ。今すぐ逃げ出したい。

 鳴矢はそう思わずにはいられなかった。

 教室中の全ての生徒が、彼女に対して一斉に奇異の目を向けている。

 居心地が悪いどころの騒ぎでは無い。もはや完全にただの罰ゲームだ。

「これは皆も知っているだろう。巷で人気を博している……あれだ、あのなんとかセイバーズというやつも、元を正せばこの武装自警団という組織の一つだ。もっともその正体は、【自警法】の定めるところによって秘密とされているがな」

 菫もまた、生徒の一人である鳴矢にわざとらしく目線を配ってから白々しい口調で言う。

 別に秘密なんて建前のものでしかない。

 校内のほとんどの人間が、鳴矢が〈ライブリー・セイバーズ〉の一人であることを知っている。

 周知の事実であり、羞恥の事態だ。

 〈ライブリー・セイバーズ〉として活動する際はマスクやバイザーで顔を隠し、世間に素顔がバレないように配慮はしている。

 だが、知っている人間が見ればすぐさま誰だか分かってしまう。学校にマスコミが押しかけてくることは【自警法】に保護されている為、今の所はないが、学校の新聞部はしょっちゅう自分たちの所へ押しかけてくる。

 学校でも放課後でも全く休まるときがない。

「自警団とは本来、法的な手続きを取らず犯罪や災害などで治安が悪化した際に組織される私設集団のことを指すが、近年組織化する犯罪者の活動に対して、この法律は有効な解決策として充分に機能している。その他の先進諸国にも同様の法律があり、例えば米国では【自警団】のことを見張り役という意味を込めて〈ウォッチメン〉と――」

 鳴矢は授業を聞くともなく聞きながら、生徒達が一斉に向けてくる好奇の目からどう逃れたものかと頭を悩ましている。しかもこれは、今回に限ったことではない。

 授業中に出動せねばならないときは、手を上げて「お腹が痛いので早退します」と言うのがパターンになっている。

 そして言った途端に、教室中が歓声に包まれる。

 一斉に「がんばってこいよ」と皆からエールが送られるのだ。

 もし本当にお腹が痛くなったときは、一体どう言えばいいのか。

 生徒達の歓声に囲まれながら、トイレまで行く? 冗談じゃない。

 最近の一番の悩みの種がこれだった。

「そしてニュースでも最近耳にするように、政府は新たに【修正自警法】と呼ばれる法案を提出しているが……これに関してはまた来週にしよう」

 菫は黒板の上にかけられた時計に目線を向ける。

 と同時に、教室の中に授業の終わりを知らせるチャイムの音が響き始めた。

 鳴矢は「ふう」と、深い溜息を吐き出して迷わず席を立ち、教室の外へ向かって歩き始めた。

 これで、罰ゲームみたいな居心地の悪い教室の空気から逃げ出すことができる。

 教室をさっと歩み出て、早足で廊下を横切っていく。別にトイレに行きたいわけでもなかったが、とにかく教室から逃げるための目的が欲しい。

 廊下をしばらく歩いたところで、三年生の教室がある上階から、階段を駆け降りてきた女子生徒と目があった。

 鳴矢がもっとも校内で顔を合わせたくない人物。最近の悩みの種その2――しかもこいつは、発芽すると所構わず苦悩を開花させるので手に負えない。

 燃えるような朱色の髪を持った妙に背の高い女子生徒、緋色(ひいろ)蓮花(れんか)その人だ。

「ねえねえ、梔子さん! さっき授業で【自警法】のこと先生が話してたんだけど、教室の皆がずっと私のこと見てきたのよ。不思議よねー」

「……ほんっっと、アンタって脳天気よね」

 鳴矢は殊更に深い溜息を吐きながら「しっしっ」と手を振って蓮花を追い払う。

 なぜ自分は、こんな馬鹿女に力を貸すことを決めてしまったのか――ふとした拍子に、あの日の選択を後悔せずにはいられない。

「アンタ、悩みとか考え事とかってないわけ?」

「私だって、いつも色々と考えてるわよ? どんな決めポーズがカッコイイかな、とか。新しく作るコスチュームのデザインはどんな風にしようかな、とか」

「……ちなみにアタシも、今すっごい重要なことで悩んでるんだけど」

「梔子さん、悩み事があったの? だったら、このリーダーに――じゃなくって、この緋色先輩に相談してちょうだい!」

 大ぶりな胸を張って「任せなさい」と体全体で表現する蓮花に、鳴矢は髪の毛を逆立てさせながら大声で当たり散らす。

「私はね! どうやったら! アンタと上手く縁を切れるのかって悩んでんのよ!!」

「えっ、えー!? ひどい! なんで、どうして!?」

「『どうして』じゃない! ちょっとはアンタも悩め! アタシばっかりこんな下らないことで悩むのはどう考えても理不尽だ!!」

 蓮花が大声を上げて、鳴矢の肩に掴みかかる。対する鳴矢も、威嚇する猫のように尖った八重歯を剥き出しにして応じる。

 周囲では、一般の生徒達が遠巻きに二人のことを眺めてやいのやいのと騒ぎ立てている。

「おっ、レッドとイエローがまたケンカしてるぞ」

「〈ライブリー・セイバーズ〉今月入って五回目の解散の危機だ」

「大変だ。このままだと世界の平和も危ういな」

 観客たちは呑気に観戦を始めている。プライベートも何もあった物では無い。

 蓮花に両肩を掴まれ、がくがくと揺らされながら鳴矢は思う。

 『アタシの平和は一体誰が守ってくれるのか』と。

 自分の目の前に居る一つ年上の先輩――そして世界の平和を守るために戦う女子高生、ライブリー・レッドこと緋色蓮花は、梔子鳴矢にとって日々の平穏を脅かす敵以外の何者でもなかった。

文章の読みやすいよみにくいについてちょっと試行錯誤中です。

会話文の前後に空行入れた方が良いか否か、なんらかの形で意見いただけると幸いです。

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