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24.overlord~まさに外道~


 影内が背中から一振りの忍者刀を取り出した瞬間、室内の空気がぐっと重くなるのを梔子鳴矢は感じた。

 当然ながら気圧の変化が起きたわけではない。おそらく、重圧感(プレッシャー)から来る錯覚だろう。

 どちらにせよ、あの武器は何かが危険だ。それだけは分かる。

「刀身に溝の細工……毒でも流す気?」

「いいや、こいつはもっと危ないやつだ」

 影内が自信ありげな表情でニヤリと不敵な笑みを作る。

 あの男は8年前から変わらず一貫してアホだ。思ったことがすぐ顔に出る。

 つまり、間違いなく本当に危険な技を使ってくるつもりなのだろう。

「【久遠流弓術・鶴翼】!!」

 鳴矢は背中から取り出した弓を盾のように構え、弓の両端から光の翼を展開する。

 先日の〈チャリオット〉戦において、巨大生物の一撃を弾き飛ばした、鳴矢が使える技の中でもっとも防御に優れた力場の障壁(バリア)だ。

 【早贄】による能動防御と、【鶴翼】による受動防御。この2枚の盾を抜ける攻撃を、影内は持ち合わせては居ないはずだ――鳴矢が知る限りにおいては。

「くそっ、せっかく血が止まってきたのに、また切らないといけねえ。結構痛いんだぞこれ」

「えっ……自分の腕を切った?」

 影内は鳴矢の見る前で、突然自分の腕を刀で浅く切りつけた。

 傷口から血が滴り、刀身の溝に血が伝っていく。

 一体何をするつもりだというのか――困惑する鳴矢が見つめる先、影内は血で濡れた忍者刀で何も無い空中を横薙ぎに一閃した。

「――【我流抜刀術・無影刃】」

 影内は技の名前を口にして、静かに振り切った刀を振り下ろす。

 次の瞬間、鳴矢が空中に並べていた数本の矢が、一度に全て真っ二つに断ち切られた。

 一体、何が起きたというのか。ただ、血の付いた刀を横に振っただけだというのに。

「まさか……斬撃だけ飛ばしてきた!?」

「いいねえ、その反応。必殺技ってのはやっぱこうじゃねーと」

 影内は余裕の表情を浮かべながら、刀の峰で肩をトントンと叩く。まるでバットを担いだヤンキーそのものの動作だ。忍者らしさなど欠片もない。

 だが技そのものは、まさに忍者が使う暗殺剣そのものだ。

 真っ二つにされた矢の先端が、床にポトリと落ちて地面を転がる。

 もはや矢による迎撃は一切使えない。【鶴翼】による障壁も、今の技を防ぐには全く意味をなさないだろう。

 一瞬にして二枚の防御を無力化されてしまった鳴矢は、ただ歯を強く噛みしめて、必死な形相で影内の顔を睨み付ける。

「なあ……梔子。一つ、お前に聞いておきたいことがあんだよ」

 トドメを刺しにくるかと思われた影内は、急に声を小さくして、穏やかな声で語りかけ始めた。

 いつでも倒せると踏んで、余裕を見せつけるつもりなのだろうか。

 だが、鳴矢の邪推に反して、影内の問いかけは真剣そのものな声色だった。

「俺達が昔、なんで下らない喧嘩なんてしちまったか。お前は覚えてるか?」

「……さあね。同じAランク同士、どっちが強いか試してみたくなったんじゃない」

「いいや違う。俺様はよく覚えてるぜ……俺が最初にこう言ったんだ。『どうして俺達を助けてくれる正義の味方は居ねえんだろうな』って」

 その言葉に、心の古傷がじわりと痛むのを感じた。

 超能力者ならば誰でも受け入れてくれる久遠流道場。師範は優しかったし、同じような境遇を持つ友達はたくさん居た。

 世間からの偏見やいわれの無い排斥に、誰もが同じように堪え、互いに傷を慰め合っていた。

 そんな中、〈瞬間移動〉という一際悪い印象のある能力を生まれ持った影内は、明るく振る舞ってはいるが誰よりも強い風当たりを受けていた。

 あの道場に居た超能力者達の中で、もっとも救いを求めていたのは、きっと彼だったのだろう。

「ああ、思い出したわ……そのときアタシはこう答えたのよ。『正義の味方は弱い者の味方だから、アタシ達みたいな化物なんか助けてくれない』って」

「俺はその言葉にムカついて、お前に喧嘩をふっかけた――なのに梔子、なんでそのテメエが正義の味方なんてやってんだ?」

「後になって気づいたのよ……自分が大して強くなかったって」

 今ならばはっきりと分かる。

 折れそうになる自分の弱い心を誰かに支えて欲しかった。

 折れそうになる誰かの弱い心を自分が支えてあげたかった。

「正義なんて無くったって、人は誰かの味方になれる。私は人と支えあって、化物じゃない人間になりたかったのよ」

 命の危機に直面した今だからこそ――はっきりと素直に口にすることができた。

 再び影内が同じ技を繰り出してきたら、自分は呆気なく命を落とすかも知れない。

 だからこそ、最後の言葉になるかもしれないから、偽りのない本音を残しておきたい。

 だが、幼い頃の記憶を取り戻したことで、鳴矢にもまた一つの疑問が生まれていた。

「そういうアンタは……何でよりにもよって悪党の手下なのよ」

「正義の味方なんて、お前の言う通り弱っちい無能力者の使いっ(パシ)りだって気づいたからだよ。俺様は、総帥みたいな強い人の下にしかつかねえ」

「……アンタも、うちのリーダーみたいな奴に出会えてれば、もっと違う生き方ができてたかもね」

「そりゃあこっちのセリフだ。お前こそ、総帥の下についてた方が、きっと今より自分のやることに満足できてただろうよ」

 影内は冷淡に言うと、再び必殺の斬撃を見舞うために刀を構える。

 低く腰の高さに刀を構え、そして逆袈裟斬りに斜め上へと刀を振り上げた。

 空間を跳躍した斬撃は【鶴翼】の障壁に阻まれることなく、一瞬のうちに鳴矢の眼前まで到達し、一挙に彼女へと襲い掛かった。

「……おっと、手元が狂っちまった」

 影内はおどけた調子で呟きを漏らす。

 次の瞬間、鳴矢の着ている衣装がバサリとはだけた。

「……へっ?」

「ひゃはは! これで文字通りの丸裸だな!」

 何が起きたのか理解できない鳴矢は、目を白黒させて自分の体を見つめている。

 転移された斬撃は、鳴矢の着ていた衣装だけを綺麗に切り裂き、彼女を文字通りの丸裸にしてしまっていたのだ。

 自分の置かれている状況に気が付いた鳴矢は、慌てて切り裂かれた衣服を掴むと急いで露出してしまった胸元を隠す。

「なっ、なぁあっ……!!」

 一度は死すら覚悟したというのに、まさかこんな恥ずかしい目に合うとは。

 顔を真っ赤にして狼狽する鳴矢に、影内は更に残酷な追い打ちを仕掛ける。

 主にただの悪口で。

「おいおい梔子! お前、体の方は全然成長してねえじゃねーか!! 超能力はエネルギーを大量に使うからな。俺は頭に栄養が行かなかったが、お前は胸の方に栄養が行かなかったってわけだ!! ひゃっはっは!!」

「……【鶴翼包囲】」


 バン!! という巨大な破裂音が室内に木霊する。


 鳴矢が大きく横に広げていた光の翼が、突然手の平を合わせるように閉じたのだ。

 二枚の障壁の間には、影内の体が挟まっている。

 明らかに体の厚みが半分ぐらいに減っていた。

 飛び回る羽虫を両手で叩いて潰すとき、人は大した感情は起こさない。ただ鬱陶しいから、一撃で確実に仕留める。

 鳴矢の一撃は残酷ですらない。ただただ無感情で機械的なものだった。

 突然の不意打ちをもろに食らった影内は、挟まれた状態から慌てて転移して脱出する。

「……あっ、やべえ。たぶん内臓が逝った」

 だが、逃れた先で影内はふらりと足下をふらつかせ、地面にばたんと倒れ伏す。

 反撃を行う力も残されていない。そもそも今の一撃で、刀が真っ二つに折れてしまっていた。特殊金属で出来た刀をへし折るなど、尋常な力ではない。

 だが、既に無力と化した影内に対し、鳴矢は慈悲など与えず更に追い打ちを掛ける。二枚の光の翼を倒れた影内に向かって叩き付けた。

「殺す」

 鳴矢はぞっとするほど冷たい声で呟く。

 ただ死に損なって地面に落ちた虫を今度こそ確実に仕留めたい。

 それぐらいの考えしか彼女の頭にはなくなっている。

「ま、待てよ! ちょっとからかっただけじゃねーか!!」

「黙れ。殺す」

 鳴矢は【鶴翼】を更に大きく広げて、部屋全体を巻き込むように覆い尽くしていく。

 影内が逃れようと後方に飛び退くと、そこには運悪くアスィファと交戦中のノワールがちょうど足下に居た。

「おい、バカ忍者! 何やってるんだ!? 僕を巻き込むな!!」

「うるせえ、ちょうどいい! テメエも道連れだ!!」

 罵りあう二人に構うことなく、鳴矢は広げた翼をバタンと無慈悲に閉じた。

「うぎゃあ」

 湿り気を帯びた悲鳴が影内の口から漏れる。

 一切の容赦がないが、しでかしてしまったことがことだけに仕方がない。

 鳴矢は障壁による束縛を維持しながら、ノワールと交戦中だったアスィファに大声で呼びかける。

「ブルー!! 私が動きを止めているうちにトドメ刺してやんなさい!!」

「えっと……でしたら私、実は前から考えていた〝必殺技〟があるので、それを試してみてもよろしいでしょうか? 発動に時間が掛かるので、実戦では使う機会がなくて……」

「いいわよ、遠慮無くやんなさい。あ、でもなるべく早くしてね。私が勢い余って先に殺しちゃうかもしれないから」

「……鳴矢さん、本気になるとこんなに強かったんですね」

「超能力者ってね、憎しみだけで人が殺せるのよ」

 二枚の翼による拘束は、弱まるどころか次第に強くなって圧力を増していく。

 ミシミシと自分の骨がきしむ音を聞きながら、影内は小さな声で悪態を吐いた。

「くそっ、なんだこれ。この技って防御用の技じゃなかったのかよ。完全な殺戮技じゃねーか!!」

「君の必殺技とは同じだね。生殺与奪、どちらにも使えるみたいだ……それで、どうするんだよエセ忍者。お得意の瞬間移動で逃げないの?」

「転移斬撃を使いすぎた。それに、逃げたところでまた(これ)に捕まる」

「じゃあどうするんだよ。このまま黙ってやられるつもりか?」

「腹括れ、ノワ公。それが俺達の仕事だろ。違うか?」

「……まさか君、わざと挑発して本気にさせたの?」

「悪役が正義の味方を斬り殺したら総帥に怒られちまう……まあ、まさか俺が殺されそうになるとは予想外だったけどな」

「つくづく君はバカだね……でも、面白いよ。君は」

 二人が小声で話し合う間にも、アスィファは長い長い詠唱を続けている。

 三冊の魔道書を次々と入れ替えながら、三つの魔法を同時に編み上げているのだ。

「【暴風の章】【轟雷の章】【豪雨の章】――三行程同時詠唱トリプルアクチュエート

 長い詠唱が終わると、アスィファの杖の先端に、重なった三つの魔方陣が同時に展開された。

 一つは風、一つは雷、一つは雨。

 三つの解放された力は、重なり合って巨大な一つの嵐となる。

「【嵐帝の剣(テンペスト)】」

 杖の先端から放たれる暴風雷雨は、まるで渦巻く巨大な剣だった。

 蓮花の炎刃には遠く及ばないが、それでも小規模な天変地異そのものだ。

 アスィファは嵐の剣を、身動きの取れない影内達に向かって振り向ける。

 暴風が城の外壁を削り取り、大穴を開け、雷雨を見舞いながら城の外へと二人を吹き飛ばす。

 夜空の彼方に消え去った一人と一匹を見送ったあと、鳴矢はぎこちない笑顔をアスィファに向けた。

「……アンタ、大人しい顔して、まさかこんな隠し技をもっていたとはね」

「自警団活動もこれで最後ですからね。せっかくだし、一度この世界でも使えるか確かめてみようと思いまして。魔界で使うより、ちょっと威力は落ちるみたいです」

「ちょっ、ちょっと待った! じゃあ、本来の威力だったらどうなんのよ!?」

「蓮花先輩の炎刃と、同じぐらいの威力にはなるでしょうか……以前、反乱軍を制圧するときに使ってみたんですが、村を一つ地図から消してしまいまして――」

「……魔王の娘っていうか、魔王そのものね」

「やめてください、イエローさん。私、父の王位を簒奪しようだなんて、一度として考えたことなんかありませんから」

「それでアンタ率いる魔界の軍勢がこっちの世界に攻め込んでくるとか?」

「安心してください。もしそうなっても、蓮花先輩と鳴矢先輩と、あと無音先輩のことは決して悪いようにはいたしませんので」

「ちょっと、ちゃんと否定しなさいよ! アンタのそういうところ、ときどき本気で怖いんだから!!」

 容赦無く悪を殲滅しきった二人の少女は、屈託のない笑顔で互いに笑いあう。

 カメラが回っておらず、正義の味方らしくしろと指示をするリーダーが居ない状況において、二人は全くヒーローらしく振る舞うことなどないのだった。

「ところで、人質ってどこにいるのかしら? まさか今の嵐で吹き飛ばしたりしてないわよね?」

「大丈夫だと思いますけど……あ、鳴矢さん。あそこに目隠しと縄がありますよ。あと、何かベルトみたいな形をした機戒も」

「……なんか爆弾っぽいわね。見た感じ動いてないみたいだけど、もしかして人質を拘束するのに使ってたんじゃないかしら」

 二人は室内の様子を軽く見渡してみてから、異口同音に言葉を発した。

「「肝心の人質はどこ?」」


 事態は更に混迷を極める。

総帥の崇高な野望を守る為に次々と散っていく〈SILENT〉の戦士達!

自分達が余計なことをしなければ事態は丸くおさまっていたというのに

そうとは知らず全力で悪を叩きのめしてしまう〈ライブリー・セイバーズ〉!

そして話の畳み方を完全に見失ってノリだけで更新を続けてしまう作者!

一体誰が正義で誰が悪なのか! あと1ヶ月ぐらいで完結予定です


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Kindleを利用して前半部分のまとめを電子書籍として販売はじめてみました
ちょっとした書き下ろしの短編もついております。
詳しくはこちらの作者ブログ
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