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21.力と技と少女と中年

最初で最後のおっさんメイン回

 命懸けでも――言うのは簡単だが、実際やってみるのは難しい。

 そもそも自分のような男が命を張ってみたところで、一体何ができるのやら。

 漆原は後悔にも似た感情にさいなまれながらも、果敢に拳を振るい続ける。

「っ……強い。今まで戦ってきた、どの怪人より」

 打ち合う中で、蓮花の苦悶の声が耳に刺さる。

 当たり前だ。

 今まで漆原は、あくまで〝怪人として〟戦ってきた。

 獣をモチーフにした怪人なら、大げさに雄叫びをあげる動作(アクション)が要る。虫をモチーフにした怪物を演じるなら、その生態を学んで動きの中に取り入れる。

 だが、今は何一つとして戦いに不要な動きを混ぜ込んでいない。

 ただ純粋に、自分の持てる技術を総動員して、彼女を本気で止めに掛かっている。

 漆原は、蓮花の繰り出す怒濤の剣戟を、プロテクターに包まれた拳だけでいなしている。

 耐火性に優れた戦闘服だが、炎に包まれた刀身へ直に触れれば、それだけで手を焼かれかねない。深く間合いに踏み込み、柄の部分を拳で弾くことで、攻撃を無力化し続けているのだ。

「レッドさん、援護します! 間合いを取ってください!!」

 蓮花の背中越しに、巨大な杖を銃のように構えた魔法少女(ブルー)が見える。

 カメラが回っていれば、彼女に見せ場を与えるために一度距離を置いてやるところだ。

 だが、今日はカメラ映りなど気にする必要は無い。

 漆原は距離を置こうと後ずさった蓮花の先を読み、手首を折り曲げて鎌のような形を作り、先端を引っかけるようにして腕を絡め取る。

「この動き、形意拳――」

『巨大な蟷螂は倒せても、蟷螂拳(こいつ)はどうかな?』

 漆原は淡々とした口調で言い切ると、捕まえた腕を大きく弧を描くように回し、その勢いで蓮花の全身を一回転させてから地面に投げ落とす。

 若い頃から、アクションの演技に活かそうと、色々な武術の道場の門を叩いてきた。

 見よう見まねだが、様々な技を使いこなすことができる。今使って見せた蟷螂拳も、そうした技の中の一つだ。

 追い打ちを掛けるため、地面へ仰向けに寝かされた蓮花の足首を取る。

 この先へ行かせるわけにはいかない。

 足の骨、一本ぐらいは覚悟してもらおう。

「ザコ戦闘員のくせに調子乗ってんじゃないわよ!!」

 叫びが聞こえた方を振り向くと、金髪の弓使い(イエロー)が矢を射かけようとこちらに弓を構えているのが見えた。

 捕まえようとした足首を放して、代わりに蓮花の身体を引き上げて盾にする。

「駄目です、イエローさん! レッドさんにも当たってしまいます!!」

「一石二鳥だわ! 二人とも射抜いてやる!」

「イエローさんが言うと冗談に聞こえません!!」

 ブルーにたしなめられて、イエローは弓をつがえてた状態のまま、矢を射ることができないでいる。

 前衛を担当する大剣使い(レッド)と、遠距離から援護をする魔法使い(ブルー)弓使い(イエロー)の二人。

 確かにバランスの取れた良いチームだが、それはあくまで怪人や怪物を相手にするためのチームに過ぎない。

 徹底的に前衛へ近距離で組み付き、後の二人に援護する隙を与えない。

 それが漆原が一人で彼女達を足止めするために選んだ戦い方だった。

「っ、離しなさい!!」

 蓮花が息せき切った声を上げて、背後へ向かって裏拳を放つ。

 だが、その振るわれた腕を更につかみ取り、再び手首を捻って地面へ投げ飛ばす。

 悪役の仕事は、本来ヒーローを活躍させるためのものだ。

 だが今回漆原に与えられた役割は、ヒーローを活躍させないことだ。

 怪人の衣装を捨てた今の彼に、本来の実力を縛るものなど一切無い。

 もっとも、それが怪人の演技に活かされたことなど一度もない。

 怪人や怪獣は、人間の技や武器によって倒されるのが仕事だ。

 ただ拳法を使う怪人の役も、一度だけなら演じたことがある。

 だが技があまりに実戦的すぎて地味だと監督に怒られ、さらに関節を極める技が共演者に危険すぎるということで、結局別の役に代えられてしまった。

 あらゆる怪人を演じこなしてきた漆原が、今まで演じることを許されなかった役。

 ただ普通に強い人間(ストレングス)――総帥が今回彼に与えた怪人としての役名には、そんな意味が込められていた。

 腕の関節を取られて身動きの取れない蓮花は、顔を苦痛に歪めながら仲間の二人に呼びかける。

「ブルー、イエロー。この敵は私が一人で止める。二人は迂回して、別の侵入経路を探して!!」

「……あ、そっか。めんどくさい敵はアンタに任せとけばいいのか」

「了解ですレッドさん! 死なない程度に頑張ってください!!」

 鳴矢とアスイファはリーダーの指示に従い、城の壁面に沿って別の侵入口を探すために駆け出していく。

 さすがにこの行動は、漆原にとって予想外だった。

『あっ、ちょっと待てお前ら! 正義の味方が味方を見捨てるな!!』

「残念だけど、正義の味方はそのバカ一人だけなんで!」

「わ、私はレッドさんのこと信じているからこそ、この場を任せるだけなので!!」

 二人は何の後ろめたさも見せずに走り去ってしまう。

 まさかヒーロー達が苦戦している味方を一人置いて戦いを放棄するとは、ヒーローモノのお約束が染みついた漆原は考えもしなかった。

 怪人役として経験の長い漆原だからこそ、招いてしまったミスだと言える。

『くそっ、最近の若いのは好き勝手しやがる!』

 今、城内に突入されてはこちらの目論見が水泡に帰してしまう。

 蓮花の腕を放して、二人を追いかけようとした漆原の足に、今度は蓮花が両腕でしがみついた。

 足に組み付く蓮花を、漆原は両腕を使って引きはがしに掛かる。

「こっちだって、貴方の好きにはさせない!」

『悪いがこっちは好きでやってるわけじゃねえんだ!』

「私だって、好きで戦ってるわけじゃない!!」

『……何?』

 足に組み付いた蓮花を引きはがした漆原は、どさくさにまぎれて飛び出した、少女の意外な一言に驚きの声を上げる。

 別の潜入口を探しに行った二人の姿は、もうとっくに見えなくなってしまった。

 今さら追いかけたところで無駄だろう。

 ヘルメットの奥で諦めの表情を浮かべながら、漆原は膝を突いて座り込む蓮花を見下ろしながら、純粋な疑問を口にする。

『……お前。ヒーローが好きだから、ヒーローの真似をしてるんじゃなかったのか?』

「確かに、ヒーローは好きよ……本気でなりたいと思ってる。憧れて、近づきたくて、だから強くなりたいと思った」

 一人の少女は、震える足に力を入れ、弱々しく立ち上がる。

 叫ぶ声には、どこか悲しげな感情が滲み出ていた。

「でも、皆から怖がられるために、強くなりたかったわけじゃない」

 ヒーローらしく、強くあるために、隠し続けてきた本音だろう。

 【修正自警法】は明らかに、彼女一個人に対する人々の恐れが結集して生まれたものだ。

 一人の少女に対する恐れが、様々な形で騒乱を呼び起こし、今こうして法案をめぐった人質事件まで起きてしまっている。

「人を傷つけるために、強くなりたかったわけでもない」

『……はっ、何を馬鹿なことを言ってやがる』

 漆原は昼間、公園で偶然出会った無邪気な少女の笑顔を思い出す。

 完全無欠の超人でも、宇宙の果てからやってきた光の使者でもない。緋色蓮花は、正義という言葉に憧れてしまった、ただの無邪気な人間だ。

 一人の少女が背負うのに、正義という言葉はあまりに重い。


 だから、一緒に背負ってやらなくちゃならない。


 戦闘員のスーツを着た、悪役を演じ続けてきた中年は、年甲斐もなく力の限り叫ぶ。

『人間を怯え竦ませているのは悪役(おれたち)だ! 誰もお前みたいな小娘一人なんかを恐れちゃいない! 思い上がりもいいとこだ!!』

「私の、思い込み……?」

 掛かってこい。挑んでこい。全力でぶつかってこい。

 優れたアクションが成功する鍵はリアクションにある。

 どんなアクションも完璧に受け止めるリアクション役がいて、初めて一つのアクションが成り立つのだ。

『それでも戦うのが嫌なら、世界が悪に満ちるまで、黙ってそこで座ってろ』

 漆原はもはや、本来の自分の役割などすっかり忘れかけている。

 意気揚々と、蓮花に向かって語りかける漆原の耳元に、通信機を通した総帥の言葉が届いた。

『漆原、よく持ちこたえてくれた。人質は影内が無事に解放したぞ』

『城内の吸血鬼はどうしたんですか?』

『時間はかかったが、そっちももうすぐ片がつく』

『……つまり、俺の役目は終わったんですね』

『いいや、まだだ。お前の役目は終わっておらん』

 通信機越しに聞こえるクラヤミの声が、冷酷無慈悲に言い渡す。

『ここからが、お前の本当の仕事だ』

『……相変わらずあんたって上司は、人使いが荒くていけねえ』

 漆原が皮肉げに呟きを漏らした直後だった。

 挑発を受けて闘志を取り戻した蓮花は、立ち上がって真っ直ぐ漆原を見据える。

「……どうしても、本気を出さなければいけないみたいね」

『剣を抜く気か、〈ライブリー・レッド〉。また、あのときのように』

 自信たっぷりに言い放つ漆原だが、内心穏やかではない。


――このままだとやばい。


 蓮花をやる気にさせるまでは良かったが、またあの〝炎の刃〟を振るわれたらタダでは済まされない。上手くやる気に乗せすぎてしまった。

 もしまともに食らえば消し炭にされてしまう。

 漆原は、スーツの中を冷や汗まみれにして次なる一撃に備える。

 だが蓮花はなぜか、予想を裏切り大剣を背中の固定具に装着し直した。

「私はもう、間違った力の使い方はしない」

 背中に取り付けた刃の先端から、まるで推進器(ブースター)のように炎が噴出し始める。

 炎の勢いを攻撃力から推進力に変えることで、彼女は短時間だけ空を飛んだり、瞬間的に高速移動を行うことができる。

 だが、この状態では肝心の武器がない。

 一体どうするつもりなのか――身構える漆原の目の前で、蓮花は隠し持っていた武器を手にする。いや、最初から彼女は武器を手にしていたのだ。

 コンクリートをたたき割れるぐらいの並外れた腕力という武器を。


「【火拳・百花繚乱】!!」


 蓮花は叫びと共に、漆原に向けて突撃を仕掛けた。

 背中から噴出される炎の勢いで、弾丸のような速度が出ている。

 そして握り締めた拳を、まさに百烈の勢いで次々と漆原に浴びせかけた。

『っ、ぐおおおっ!?』

 ただ勢い任せた、技術も何も無い拳の乱打。

 最初の数発はなんとか受け止めたのだが、次々と繰り出される拳の奔流を捌ききることができない。

 何より、その拳の一打一打がまるで鉛玉のように重い。これのどこが普通の少女だというのか。

 防御を抜けて一発、また一発と拳が打ち込まれる。


――まあ、これが俺の仕事だからなあ。


 怪人は正義の味方にやられるまでが仕事だ。

 まるで堤防にヒビが入るように、最初の一発を許したあとは総崩れになるばかりだった。


//


 四肢を投げ出して地面に寝転がったまま、漆原はぼんやりと思う。


――まじで死ぬんじゃねえかこれ。


 あんな可愛らしい女子高生の(なり)をして、なんて恐ろしい腕力なのだろう。

 戦闘スーツを着込んでいるはずなのに、ダメージで全身がピクリとも動かない。肋骨(あばら)にもヒビぐらい入っていそうだ。

 まさか、剣を使わなくてもあそこまで強いとは思わなかった。

 というか、下手すると素手喧嘩(ステゴロ)の方が強い気もする。

『あの嬢ちゃん、随分と強くなったなあ……』

 倒れた後、蓮花は倒れ伏した自分に対してぺこぺこと頭を下げ、謝罪の言葉を長々と並べてから〈千夜城〉の中へ人質救出のために飛び込んでいった。

 もっとも、人質はすでに影内が救い出してしまった後だ。

 よほどの運の悪いこと(アクシデント)が起きない限り、これ以上事態が悪化することもないだろう。

 全身を駆け抜ける激痛に耐えながら、漆原は満足そうに空を見上げながら呟く。

『……ヒーローが成長していくのを、いつも一番の特等席で見られるんだ。こんなに良い仕事もねえもんだ』

 悪役一筋三十年のベテランスーツアクター。

 そして今は、秘密結社で悪の怪人。

 何だかんだでこの悪役という仕事が好きなんだと、気づかされる漆原だった。

最近書く気力が落ちまくって上手く続きも思い付かなくなってきています

ので、整った文章とか練った構成とか全部捨てちまおうと決心したら書けました(謎)


ただ文章とか展開とかかなり犠牲になってるんで、駄目だと思ったら容赦無くブクマはずしてください

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Kindleを利用して前半部分のまとめを電子書籍として販売はじめてみました
ちょっとした書き下ろしの短編もついております。
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