20.The Lively Savers
落ち込んで書けないと思ってたけどなんか書いたら意外と書けちゃったのでやっぱり更新します(気分屋)
「報告します! 突入を試みた特殊部隊が攻撃を受けました!!」
「なんだと! 生き残りはどのぐらい居る!?」
「生き残りは一人居ましたが、吸血鬼になって敵に寝返ったそうです!!」
「状況を悪化させただけじゃねえか!!」
日がすっかり暮れて、薄闇に包まれ始めた郊外の遊園施設跡地。
施設を囲う柵の外に何台ものパトカーが停められ、機動隊の装備を着込んだ警官たちが互いに怒号を飛ばし合っている。
警察に突入の許可は下りていないし、そもそも突入したところで人外の存在である吸血鬼たちとまともに戦える保証もない。
「このまま日が暮れれば吸血鬼の有利になるばかりだぞ!」
日が沈み、暗闇に包まれ始めた空を警官の男は仰ぐ。
ふと黒く塗りつぶされていく空に、一つの光が走り抜けるのを見た。
不吉を告げる凶星か、あるいは天に願いを届ける流れ星か。
だが、星にしては妙に明るく、何より炎のように煌々とした赤色に輝いている。
光がこちらへ向かって近づいてくる――そう気づいた直後、尾を引いて流れる赤い光は、地上へと向けて一直線に降下した。
警官達が一斉に、光の落ちた場所に視線を向ける。
衝撃で立ち上がる土煙の中から現れたのは、一つの人影だった。
全身を覆う赤い装甲具に、一つに束ねられた紅色の挑発。
黒いバイザーで顔の半分を覆った少女は、感情の失せた声を警官達に向ける。
「武装自警官〈ライブリー・レッド〉、救援のため到着しました」
その異様な雰囲気に、警官達は息を呑む。
少女が誰か、一同全員が知り及んでいる。
一つの街を壊滅に追い込んだ巨大昆虫型怪物を、たった三人で倒した、一個の軍にも匹敵する武力を持った武装自警団〈ライブリー・セイバーズ〉のリーダー。緋色蓮花だ。
どうして一人だけなのだろうか。後の二人の姿は見えない。
しかも彼女はなぜか、〝自警団〟でなく〝自警官〟と自分を名乗った。
蓮花は背中の固定装置から大剣型の武器〈花一匁〉を取り外し、片手で軽々携えると警官達の方へ向かって歩み近づく。
「どうしてここへ来たんだ。今回、自警団への出動要請は出ていないはずだ」
「私は自警団である以前に、一人の正義の味方です。明確な悪の存在を、見過ごすわけにはいきません」
蓮花はきっぱりと、はね除けるように言葉を返す。
彼女は何か、苛立ちのような感情を言葉に滲ませている。
それは、吸血鬼が起こした行動に対する怒りだけではないと、警官の男は悟った。
「このままでは相手を刺激するだけです。人質の安全を守るためにも、これ以上の被害を出さないためにも、警官隊は包囲を解いて撤退すべきです」
「……いや。既に人質の安全は考慮されていない」
警官の男は、苦々しい表情で言葉を続ける。
彼女はただの自警団――民間人の協力者に過ぎないが、警官隊を突破できるだけの武力を持った存在でもある。実力行使でどうにかできる相手ではない。
「……人質は〝殺されたもの〟という前提で行動するよう、命令が下りている」
「どういうことですか。人質の安否は、確認されていないはずです」
「いや、そもそも人質の安否は考慮されてはいない」
苦渋に歪んだ表情で、警官は言い切る。
法治国家が犯罪者の要求を聞き、法を曲げるわけにはいかない。政府は犯人の声明に対して『交渉の余地はない』と結論を出しているのだ。
蓮花は淡々とした口調のまま、問い詰めるように言葉を続ける。
「つまり、人質になっている子どもを、見捨てるんですか」
「……見捨てたわけではない。既に殺されているはずだと、結論が出たんだ」
彼女は既に、この状況が〝人質の救出作戦〟ではないことを把握している。
国家という多数の正義を守る為、一人の子どもを切り捨てる判断を下した残酷さに対し、蓮花は怒りを抱いていたのだ。
「国防軍の部隊が到着次第、我々は撤退する。君にも私にも、出る幕は無い」
「人質ごと、敵を攻撃するんですか?」
「何度も言わせるな。人質は、既に死んでいる」
「……了解しました」
蓮花は機械的な声で一言告げると、すうっと大きく息を吸う。
全員の耳に届くよう、透き通った声を一面に広げる。
「私、緋色蓮花は一人の個人として人質の救出に向かいます」
「っ、本気なのか!? 大人しく命令に従え! でなければ、君は――」
「自警団の活動免許は返上します。私が戦うのは、私が信じる正義のためです」
「だめだ、許可はできない!」
彼らが城を包囲しているのは、民間人が近づくのを阻止し、犠牲者を出さないためだ。
警官の男はホルスターから拳銃を取り出し、蓮花に銃口を向ける。
彼女の戦闘能力と武器の威力を考えれば、他に止める方法はない。
〈千夜城〉に向けて歩を進めていく蓮花の足下に照準を合わせる。
止まらなければ撃つ――そう口を開こうとした、瞬間だった。
青い雷が、警官めがけて波打ちながら降り注いだ。
「ぅガっ!?」
不意を突いた一撃に、男は苦悶の声を口から漏らす。
まるでスタンガンを押し当てられたような衝撃が全身を貫き、痺れた指先から拳銃が零れ落ちた。
「【雷鳴の章・紫電】――後ろの方々も、銃を下ろしてください」
上空から姿を現したのは、巨大な機戒杖にまたがった、三角帽子を深く被った、異世界からやってきた魔法少女。
「武装自警官〈ライブリー・ブルー〉。同じく許可免許を返上し、レッドさんと行動を同じくします」
地上へ静かに降り立った小柄な少女――アスイファは、きっぱりとした声で言い切った。
未だに手の痺れが取れないのか、警官は腕を押さえながら怒声を送る。
「クッ……君は異世界から来たよそ者だ。我々の問題に首を挟まないで欲しい」
「それでは、私を逮捕して頂いてもかまいません。魔界の王女である私に危害を加えた場合、魔界との関係に悪影響がなければよいのですが」
「くそっ!」
警官は舌打ちをすると、突然勢いよく地面を蹴り、落とした拳銃に向かって駆け寄った。
痺れていない方の左腕を伸ばし、拳銃に指をのばしかける。
グリップに指が触れようとした刹那、突然地面に落ちていた銃が何かに横合いから弾き飛ばされた。
拳銃を弾き飛ばしたあと、地面に突き刺さった細い棒のようなものを男は見つめる。それは、金属製の矢だった。
「ったく……ブルーの言う通りね。どうせこうなるだろうと思ったわ」
右手に構えるのは羽根のような装飾の施された弓。身体には弓道着風の衣装を纏い、マフラーのような布で口元を覆い隠している。
束ねた二房の金髪を頭の両横から垂らした、目つきの鋭い少女。
「同じく元武装自警官〈ライブリー・イエロー〉よ。んでもって、アンタ達の大嫌いなA級超能力者。掛かってくるなら掛かってきなさい」
弓を盾のように突き出し、まるでチンピラの脅しみたいな声で強がる少女。
梔子鳴矢は、苛立った声の調子で警官達に告げた。
「ブルー! イエロー!! 来てくれたのね!?」
「ふんっ! これは自警団の活動じゃ無いわよ」
「じゃあ、どうして……?」
「バカな〝友達〟の手伝いに来たってだけよ」
鳴矢の問いかけに、蓮花は言葉を失ってきゅっと唇を噛んでいる。
隣に並ぶアスィファが、小憎らしい笑みと共に2人へ告げた。
「そして私は、先輩お二人のお手伝いです」
警官達は、和やかな表情で会話を交わす女子高生達を、本気で冷や汗をかきながら取り囲み、冷や汗に濡れた手で拳銃を握り締める。
あのA級超能力者は、巨大蟷螂〈チャリオット〉が振るった大鎌の一撃を、翼上に広がった光の盾で弾き飛ばしたことがある。
あれと同じ障壁を張られてしまえば、拳銃程度では全く太刀打ちできないだろう。
背後には杖を構える魔法少女、アスィファ=ラズワルドが控えている。スタンガン程度の威力の雷だが、撃たれれば無力化されてしまうことは間違いない。
そして強力無慈悲な大剣型兵器を持つ自称〝正義の味方〟、緋色蓮花。
たとえ銃を捨てて接近戦で挑んだとしても、彼女の炎に焼かれて終わるだけだ。
全くつけいる隙が見いだせない。悪の怪人達は、こんなとんでもない少女達を相手に毎回健闘していたのか――と、警官の男はふと同情の念を覚えた。
そして、皮肉った微笑みを浮かべながら両手を挙げて降参を示しながら言う。
「……わかった。だが、君たちに一つ、頼みがある」
「なんでしょうか?」
「決して吸血鬼に血を吸われるな。Vウイルスに侵されて死亡するだけならまだいいが、ウイルスを克服して吸血鬼化したら最悪だ」
「……もしそうなったら、私は自分で自分を悪として切ります」
「大した覚悟だ。行ってこい、正義の味方。戻ってきたら公務執行妨害罪で厳重注意だ。始末書に書く内容を考えとけ」
警官は悪意たっぷりの送り言葉で、少女達を事実上素通りさせてしまう。
〝元〟武装自警団〈ライブリー・セイバーズ〉は、柵を乗り越え廃棄された遊園施設の中へと飛び込んでいった。
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三人は、城に向かって走っていく。
誰も言葉を言い出せない中、ふと鳴矢が蓮花をじろっとジト目で睨んだ。
「ところでアンタ、なんで命令無視してんのよ! 自警団続けるんじゃなかったの!?」
「でも、だって……私、納得できなかったから」
「子どもみたいなこと言わないでよ! アタシたちより年上のくせに!!」
ニュースを聞き、迷わず現場へ急行した蓮花は、既に何が起きるかを理解していた。
国家の正義が、一人の少年を見捨ててしまうかもしれない危険性を。
今の自分は、国家の判断に逆らってしまった――国家にとって悪というべき存在なのだろうか。
彼女の正義を支えていた、自警団という資格も先ほど勢いで捨ててしまった。
不安で止まりそうになる足に力を込め、蓮花は走りを続ける。
「二人こそ、どうして……修正自警法には反対なんでしょ?」
「そうですね。確かに犯人の要求を通して、修正自警法が撤回されれば、私たちにとって都合はいいと思います」
アスィファは淡々と、問いかけの意味するところを察して応じる。
政府は結局、交渉の余地無しという結論を下したわけだが、やり方が悪くとも意見の方向は同じはずだ。
他の自警団が駆けつけてこないのも、言わばそれが理由だろう。
「その方が都合がいいなんて理由で連中のやることを無視したら、アタシたちは連中に手を貸したのと一緒よ」
「私も同じ意見です。無関係だからと口を閉ざせば、それはただの黙認です」
鳴矢とアスィファは、きっぱりと蓮花の言葉を否定する。
沈黙を破る者――騒々しき守り手たち。
三人は一気に敷地内を駆け抜け、城の裏門まで近づく。
そろそろ敵の吸血鬼に遭遇する頃だろうか――そう思われたとき、暗闇に紛れた一つの黒い影を蓮花が見つけた。
「ブルー、イエロー。正面に敵、〈SILENT〉の戦闘員よ!!」
「あんなザコ、一発で蹴散らしてやんなさい!!」
蓮花は構えた剣を振りかざしつつ、ふと一つの疑問を抱く。
――あの戦闘員、どうして一人だけなの?
黒いスーツを着込んだ戦闘員は、仁王立ちして蓮花達をまっすぐに見つめている。
まるで、自分たちを待ち伏せしていたかのような様子だ。
怪人でも戦闘怪獣でもない、ただの一般戦闘員のはずなのに――微かな違和感を抱きながら、蓮花は炎を纏った刃〈花一匁〉を振るう。
「【火剣・山茶花】!!」
蓮花が剣を振り抜こうとした、次の瞬間だった。
「――ッ!?」
振り抜かれるはずだった剣が、ぴたりと途中で止まる。
いつの間に間合いを詰めていたのだろう。目の前に現れた戦闘員は、手の甲で蓮花の手首を押し止め、剣が振り抜かれるのを止めている。
そのまま腕を捕まえると、柔術のような腕の捻りで、意図も容易く投げ飛ばされてしまった。
「ちょっとバカレッド!! 戦闘員ごときに何てこずってるのよ!!」
「……いや、違う。この人、ただの戦闘員じゃない」
見た目からすれば、いつもと同じ単なるやられ役の戦闘員だ。
だが、中身の強さは全く異なる。武術をしっかりと収め、自分のものとしている。
「あなたは……そういう姿をした、怪人ということですね」
昆虫型や爬虫類型、果ては機戒型や植物型まで。様々な形質を取り込み、蓮花は毎回のように特殊な能力を持つ怪人と戦ってきた。
だが、目の前にいるこの戦闘員の強さは、それらに匹敵する。
あれは、〝人間型の怪人〟なのだ。
『俺の名は、怪人〈ストレングス〉』
ヘルメットの中から、男の声が静かに聞こえてくる。
変声器で加工はされているが、どことなく男性のような低い口調だ。
『総帥の命令だ――お前達は、命に代えても止めさせてもらう』
静かな気迫と闘志に満ちた声が、重々しく響くいた。




