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19.戦え、正義に捧げる者達よ

「かつて吸血鬼たちは、自分たちが人間の上に君臨する存在であると誇示するように、あの古城を〝ねぐら〟としていた」

 郊外の森の奥に、古ぼけた一棟の古城が建っている。

 クラヤミ総帥率いる〈SILENT〉の一団は、古城が見下ろせる丘の上に隊員を集め、急造の前線基地を築いている。

 〝千夜城〟とあだ名されるその城は、もともと遊園地のアトラクションの一つとして建設されていたものだ。

 ホラーな雰囲気を醸し出すため、意図的に古ぼけた外観を施されている。

 だが遊園地そのものが閉園し、打ち捨てられた今となっては、どこまでがわざと古めかしく作られたものなのか判別がつかない。

 外壁は蔓状の植物にびっしりと覆われ、塗装はところどころが剥がれ落ちている。

 まるで本当に怪物が住んでいそうな外見だ――そんな噂を体現するように、〝彼ら〟はその古城を占拠し、住処とした。

 二十年も前の話だが、その印象は未だ人々の記憶にこびり付いている。

「〈逆十字軍〉はご丁寧にも、人質を連れてあの〈千夜城〉に立てこもっている。二十年前、人類に植え付けられた、吸血鬼という名の恐怖を思い出させるための過剰演出(パフォーマンス)であろう」

 今なお、周辺一帯は立ち入りを禁止され、厳重に封鎖されている。

 参謀の夜野は、手元の資料に目を走らせながら、ため息混じりに口を開く。

「視覚的効果もですが、城塞としての機能にも優れています。城の周囲は遊園施設として整備されているため、隠れられるような場所がありません。奇襲は難しいでしょう」

「ふむ。印象と実態が伴った組織というのは、中々手強いものだな」

「総帥がおっしゃると皮肉にしか聞こえませんね」

 夜野は呆れたような表情で呟きを漏らす。

 この世界の〝悪の組織〟の多くは秘匿性を重んじるため、視覚効果や印象操作に力を注ぐことはない。見た目にこだわるのは、それだけ組織として余裕を持っている証だ。

 だが今回の戦闘において、クラヤミは〝見た目〟に割り当てる労力を全て切り捨てる決心をしていた。

「だが、我々の戦略上の目的は、戦って負けることでも、敵を殲滅することでもない。人質の救助、その一点のみだ」

 クラヤミは机上に開かれた周辺地図に、チェスの駒を並べていく。

 位置は千夜城の正門前。並べられているのは、全て同じ種類――歩兵(ポーン)の駒だった。

「まず、戦闘部隊と工作部隊を混成し、全戦力をもって正面から突入する」

 作戦会議に参加していた隊員達が、ぎょっとした表情を一斉に浮かべる。

 吸血鬼たちに真正面から立ち向かえなどと、正気の沙汰ではない。

 だがただ一人、漆原は落ち着いた表情で何気なく問いかけた。

「囮ってことですか?」

「無論だ。敵の戦力を正面に釘付けにし、その隙に影内が裏手から城内に潜入する」

 クラヤミは城の裏門側に、馬の頭部を模した騎士(ナイト)の駒を置く。

 騎士は相手の駒を飛び越え、縦横無尽に敵陣を駆け回れる。〈瞬間移動(テレポート)〉を使う影内を現すのには似合いの駒だ。

 クラヤミは仮面の下に真剣な表情を作り、影内を真っ直ぐに見つめる。

「今回の作戦で、もっとも重要な役目を担うのが貴様だ。人質の児童を確実に発見しろ。保護が不可能な場合は、居場所を伝えるだけでも構わん」

「任せといてくださいよ、総帥。この世の誰にできなくても、俺だったら楽勝っすね」

「それとだ……お前の〝背中の刀〟、今回は抜くことを許可する。お前が必要と感じたとき、躊躇わずその刀を使え」

「え、マジッスか!? やった! やっと俺様の必殺技が陽の目を見るぜ!!」

 浮かれた調子ではしゃぎまくる影内に、机の上にちょこんと座る黒猫のノワールが冷淡な声で一言漏らした。

「まあ、キミは単独潜入するわけだから、その必殺技とやらは誰も目撃しないまま終わるんだけどね」

「あっ、そうだよな。必殺技っていうからには、見られた相手は絶対生きて帰したらダメだもんなあ」

「でも吸血鬼って最初っから死んでるわけだから、必殺技にならなくない?」

「うるせーノワ公。俺様の必殺技はスゲーから、相手が死んでても絶対に殺すんだよ」

「論理学的な言い分だね。いや、キミの場合は国語が習得できてないだけかな?」

 互いに挑発しあう一人と一匹に、クラヤミは大げさなため息を吐きながら言う。

「ノワール。良ければお前も影内に同行してやってくれ。こいつの腕は信頼しているが、いざというときお前が居た方が安心だ」

「別にいいよ。この猫型疑似身体も、こういうときのために作ったものだからね。それに、彼の必殺技とやらの目撃者になるのは面白そうだ」

 影内は不満そうに口を尖らせているが、ノワールの方はかなり乗り気だ。猫の黒い尾を悠然と左右に振りながら、機嫌良さそうに影内の方に飛びのった。

「救出の段取りは分かりましたが、戦闘部隊はどうするんです? いくら囮とはいえ、なんの防備も作戦も無しに挑めば返り討ちですよ」

「それなら既に策を講じてある」

 漆原の問いかけられて、クラヤミは夜野に合図を送る。

 合図を受けた夜野は、輸送車両の中から一つの台車を運んできた。

 台車に満載されたものを目にして、漆原は首をぐいっと横に捻って疑問を示す。

「……秘策って、これいつもの戦闘スーツですよね? しかも、この量はなんですか?」

 クラヤミが夜野に持ってこさせたのは、〈SILENT〉の一般戦闘員――通称〈サイレンサー〉たちが着る、何の変哲もないスタンダードな戦闘服だった。

 真っ黒なヘルメットに、バイクのライダースーツのような特殊繊維の防護服。そして肩や膝部分にはプロテクターが取り付けられている。

 本来は〝正義の味方に蹴散らされる〟役回りの戦闘員達が着る服だ。怪人スーツと違って特殊な機能は持たされていないし、目立った特徴も無い。

 だが漆原を驚かせたのは、あまりに多いスーツの量だった。戦闘員達の人数に対して、明らかに倍近い数が用意されている。

 クラヤミはにやりと笑みを浮かべながら、彼の疑問に答えを示す。

「戦闘部隊と工作部隊には、全員同じ戦闘服を着てもらう」

 言葉と共に、クラヤミは地図上に並べたポーンの中の一つを摘まみ上げる。

「超能力者にも、戦闘員と同じスーツを着させ、その特異性を埋没させる。同じ歩兵(ポーン)の見た目でも、中身は城塞(ルーク)かも知れないし、僧正(ビショップ)かも知れない」

「……なるほど。普通の人間の中に、普通じゃない人間が混ざりこんでいる。敵にとっちゃ恐ろしいことこの上ないでしょうね」

「人間が吸血鬼に味あわされた恐怖を、逆に味あわせてやるわけだ」

「吸血鬼まで騙そうだなんて、さすがは世界を欺いてきただけのことはある」

「だが、逆に言えば戦闘員たちには、超能力者たちの隠れ蓑、引き立て役になってもらうことになる。その点については、各員には納得してもらうよう説得しておいてくれ」

「何言ってるんですか。俺達はいつも、正義の味方の〝引き立て役〟を命懸けでやってるんですよ? それが今回は〝味方の引き立て役〟をやれるんですから、納得するなって方がおかしい話でしょう」

「確かに、言われみればその通りだったな」

 漆原に言いくるめられてしまって、クラヤミは思わず苦笑を零す。

 作戦会議も終わりに近づき始めた頃、ふとクラヤミは漆原にこんな言葉を投げかけた。

「そうそう。漆原、今回は同じスーツを貴様にも着てもらうぞ?」

「……え、本当ですか?」

 それまで落ち着いた表情を浮かべていた漆原は、途端にぎょっと目を丸くする。

 彼が今まで着てきたのは、爬虫類を模した怪獣とか、蜘蛛型怪人といったゲテモノばかりだ。普通の人間の格好で戦う機会など滅多には無い。

「お前、人の格好をして、人として戦う演技をしたことはないのか?」

「……いや、一度しかないっすね」

 漆原は頭を搔きながら、照れくさそうに言葉を続ける。

「どうにも人間の技を使って演技するのは、下手くそみたいで。だからいつも、怪人や怪獣ばかりなんですよ」

「……それはつまり、〝やられ役がうまくできない〟ということか?」

「まあ、簡単に言えばそうですね。正義の味方を叩きのめしちまう戦闘員なんて、悪役として下手くそにもほどがありますから」

 漆原はそう言いながら戦闘スーツを手に取ると、上着を脱いでTシャツ一枚の姿になる。

 姿を現したのは、全身をみっしりと覆う筋肉の鎧だった。

 彼のずんぐりした体型を形作るのは、みっちりと皮の中に詰め込まれた繊維の太い筋肉である。とても現役を引退したアクション俳優の体つきとは思えない。現役の格闘家にも匹敵するような、作り込まれ維持されたプロポーションである。

 漆原はゆったりとした動作で戦闘スーツに袖を通していく。伸縮性のあるスーツの素材は、肉体の内圧に耐えきれず風船のようにパンパンになった。

「総帥――来ますかね、あの嬢ちゃん達」

「吸血鬼共の餌を増やすだけだ。できれば来ない方が良いな」

「それは総帥の希望の話でしょう?」

「……ああ、そうだな。おそらく奴は来るだろう」

 クラヤミはあえて、複数をさす「奴ら」ではなく、単数をさす「奴」という言葉を使って答える。

「許せぬ敵の、見過ごせぬ悪事を、奴は決して無視するわけがない」

 彼女は正義感が強くて、お節介で、強情で、実直なヒーローだ。

 年端も行かない少年が誘拐されたという事実だけで、敵が誰であろうと彼女の正義感には火が点いてしまうことだろう。

 戦闘スーツを着ながら、漆原は芯の通った声ではっきりと言い切る。

「……もしそのときは、俺が命懸けでも止めますよ」

「柄にも無いことを言うな。お前には妻子があるだろう。命をそう安く懸けるものではない」

「いや。俺はスタントマンとして、いつでも命懸けで演技してきました。それは、給料を貰って生活を守るためじゃない。だって俺達みたいのが居なけりゃ、特撮ヒーローは撮れないじゃない。俺はずっと、正義の味方を守る為に、命懸けで戦ってきた」

 スーツを一通り着終えた漆原は、最後にヘルメットを手に取ると作戦会議室となっていたテントの入り口を潜る。

 外に出る間際、彼は背中越しに呟くような言葉を送った。

「ヒーローの居る世界で、子供達に育ってほしい。あんたも、そう思ったからここまでやって来たんでしょう」

「ああ……そうだな」

 漆原の言葉は、ほとんどは正解だったが、肝心な部分だけが間違っていた。

 クラヤミは――黒間無音は、ヒーローなど何処にも居ないという絶望を抱えて生きてきた少年だ。

 どうして世界には、自分を救ってくれるヒーローが居なかったのか。

 無音の歩んできた道は、そんな世界への不満に対する復讐の道のりだった。

「いつかお前はこう聞いたことがあったな。いつになったら満ちるのかと」

「ええ。そんな話もありましたね」

「わしは、この世界に不満を抱いている。まだ、満たされていないのだ」

 こんなところで、世界に芽吹き始めた正義の芽を、潰えさせるわけにはいかない。

「わしはきっと、自分自身の不満を満たしたいのだ」

 彼女には――緋色蓮花には、この戦いに加わって欲しくはない。

 だがその思いと同じぐらい、来て欲しいと願う心が、無音の心には芽吹いていた。

突然ですが書籍化しました。自力で。

詳しくは活動報告か、作者のブログを参照ください。


http://kotsuzui-nyurutarou.blog.jp/

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Kindleを利用して前半部分のまとめを電子書籍として販売はじめてみました
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