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18-2.雄弁は沈黙を駆逐する


「全員揃っておるかな?」

 まるで中世時代に建てられた古城のような広間の奥。

 これでもかと禍々しいデザインの豪華で巨大な玉座。

 全身に闇色の甲冑を纏った男が静かに座している。

 〈SILENT〉本拠地内最深部、クラヤミ総帥の玉座。

 普段は彼と参謀しか居ない広間に、構成員のほとんどが集まって整列している。ぎっしりと人が立ち並ぶと、広間が普段より狭く感じる。

 構成員達は戦闘服を着込んだもの、私服のまま駆けつけた非番の者、白衣を着た非戦闘員など様々だ。

 普段は役割毎に分かれて各自が独立して任務に当たっているため、こうして一同が一箇所に集められるのは珍しい事態だった。

「総帥、まだ戦闘部隊隊長が到着していません」

「漆原のやつか……この肝心なときに、一体何をしておるのだ」

 クラヤミが苛立った声で呟いたのと同時、広間の入り口に大柄な体型の中年が控えめに頭を下げながら姿を現した。

「いやあ、遅れて申し訳ない総帥。ちょっと年甲斐もなく、若い女の子とデートなんてしてたもんで」

「妻子持ちが何を言っておる。似合わない冗談は止めておくことだ」

「いやいや。実は俺も結構、この歳にしてはまだまだいけるみたいでして」

「ふむ? もし居たとしたら、その娘は相当な物好きだな」

「いやいや、滅多なことは言うもんじゃないですよ。そんな物好きな子を好きな人間も世の中には居るんですから」

 漆原は意味深な含み笑いを浮かべて、玉座の前の列に加わる。

 彼が柄にもない冗談を口にした真意は気になったが、今この状況において問いただしている暇は無かった。

 悪の首領らしく、玉座の前で堂々と仁王立ちすると、クラヤミ総帥は構成員達に向かって語りかける。

「全員揃ったようだな……既に全員耳にしていると思うが、〈逆十字軍(アンチクロス)〉を名乗る勢力が、法務大臣の子息を誘拐したと声明を出した」

 〈逆十字軍〉が何者かは、既にこの場に居る全員が知っている。

 吸血鬼の残党を中核とした戦争コンサルタント集団。

 悪の組織としてはまったくの無名だが、それは彼らが〝闘争〟を売り歩くことを目的とする特殊な組織だからだ。武器や傭兵、作戦立案まで何でも売る。

 自身が表立って活動することは今までなかったが、こうして堂々と存在を明らかにしたのには理由がある。

「連中は審議中の【修正自警法】の撤廃を要求しており、しかもこれらの行動は全て我ら〈SILENT〉の指示によるものだと騙っている。無論、そんなものは狂言だ。このわしは一切、そんなことを命じた覚えはない」

「えっ、あいつらそんなクソみてーなことやらかしたんっすか!!」

 立ち並ぶ構成員達の中から、心の底から驚いたと言わんばかりに大声が上がった。

 工作部隊員で随一の戦闘能力を持ち、なおかつ最も残念な知性の持ち主、〈瞬間移動〉能力者(テレポーター)の影内だ。

 〈逆十字軍〉の放った刺客、ヴィオレッタと間近に接した経験を持つ数少ない一人でもある。

 今一状況を理解出来ていない影内に、同じ工作部隊員の後輩が思わず苦言を呈した。

「いや、影内さん。なんで集まったか理解してなかったんですか?」

「え、なんか集合する感じの空気だったからとりあえず付いてきたんだけど……」

「控え室で一緒にニュース見てたじゃないっすか!!」

「だってあのとき俺、ジャンプ読んでたし……ニュースとか見ても何言ってるか全然わかんねえし……」

「あんたうちの部隊のトップなんですよ! もっとしっかりして下さいよ!!」

 くすくすとあちこちから苦笑が漏れ始め、緊迫した広間の空気が緩み始める。

 柔らかくなった空気に乗じて、クラヤミ総帥はさらりと言い放った。

「そうだぞ、影内。今回の作戦、貴様が最も重要な役目を担うのだ。そんな緩みきった態度では信頼して任せられんぞ」

「重要な役目って……何するんすか?」

「我々〈SILENT〉は全線力を持って誘拐された法務大臣の子息を救出作戦を行う。影内、貴様がその救出役だ」

「救出って……はあ!? 何スかそれ、悪の組織のやる仕事じゃないっすよ!!」

「確かに我々は悪の組織だ。決して正義ではない。だが、正しくなくとも大義はある」

「……その大義と、誘拐された子どもを助けるのと、何の関係があるんすか?」

 問いかけられて、クラヤミは唇をくっと釣り上げる。笑いというよりも、獣が威嚇するときの口の動きにそれは近かった。

「お前の言った通りだ影内。奴らのしでかしたことは、はっきり言って〝クソ〟だ。我らの名を騙り、(けが)し、愚弄した。このまま連中の策略に乗ってやるのは気が済まん。まず奴らから人質を奪い取り主導権を取り戻す」

 総帥の傍らに立つ参謀が、不安げな表情で問いかける。

「……その後は、どうされるおつもりですか?」

「わしの本意ではないと示し、人質を解放する。世間が信じるかどうか確証はない……だが、何もしないよりは圧倒的にマシだ」

 苛立った声で言い切るクラヤミに、今度は戦闘部隊長の漆原が訝しげに問いかける。

「ちなみに、今回の件を黙認した場合は?」

「我らは吸血鬼と手を組んだ組織として、これ以上ない最大の悪として世間に認識されることとなるだろう」

「俺達は悪の秘密結社でしょう。この際手を組んでみては」

 漆原は遠回しにだが、消極的な態度を言葉の端々に匂わせる。

 もし吸血鬼と戦うことになった場合、前線に立つのは彼ら戦闘部隊だ。無意味な戦いは避けたいという態度は、現場の代表として当然である。

「はっきり言って、吸血鬼の存在は完全にわしの手に余る、制御不能の悪だ。吸血鬼の仲間だと世間から見なされれば、この国だけでなく世界中を敵に回すことになる」

「なるほど。食うか食われるかの状況ってわけですね」

「少し違うな。わしらに連中は食えん。むしろ既に食われかかっておる。組織の存続の為に戦うか、今この場で組織を解散するかの二択だ」

 〝解散〟という二文字を口にしたのと同時、広間の空気がしんと水を打ったように静まりかえる。

 最悪の選択肢だが、最善の逃げ道でもある。無条件降伏にも近い。

「戦う気のない者は、今この場で退出しても構わん。ただし、二度とここに戻ってくることは許さない。さあ、好きに選ぶがいい」

 クラヤミが言い放つと、構成員たちは互いに顔を見合わせて思い悩んだ表情を見せ始める。もし逃げるならば、これが最後の機会には違いない。

 誰もが思い悩んだ表情を見せる中、重い空気をぶちこわすように軽薄な声が上がった。

「俺は抜けねーッスよ。どうせ他に行くとこないし。それより、さっさと作戦の説明始めてほしいんっすけど」

 ひらひらと手を振りながら、影内は余裕の表情で口にする。

 確かに超能力者である彼は、吸血鬼が相手でも互角に戦える能力がある。

 だが、彼が何気なく言った「どうせ他に行くところはない」という言葉は、その場に居る全員にとって共通の意思だった。

「漆原のオッサンはどうすんっすか? なんか戦うのイヤみたいな感じのこと言ってましたけど、出てくなら今のうちっすよ」

「ん、俺か? 別に出て行くつもりはないぞ。別に戦って倒そうって話じゃない。要は人質さえ取り返せばこっちの勝ちだ。いつものギリギリで負ける仕事よりは楽だな」

 漆原の言葉に、思い悩んでいた戦闘員たちがハッとした表情を浮かべる。

 確かに毎回正義の味方にズタボロに負けて、それでも無事に生きて帰ってきているのだ。全力で戦っていい今回の作戦の方が、よほど楽な仕事だとようやく気が付いたのだ。

 あるいは全員にそう気づかせるため、漆原は敢えてそんな言葉を大声で言ったのかも知れない。不器用そうな男だが、彼は立派な役者なのだ。

「参謀、広間の門を閉じよ。これより、作戦の説明に入る」

 時間切れを示すように、クラヤミは参謀へ命令を下す。

 夜野が命令に従い扉が閉じるまでの間、門を潜る者は結局一人として居なかった。


Q.なんで先週の更新なかったんですか?

A.先の展開を全然考えて無くて詰んでた。

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