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17-2.正義のヒーロー、悪の怪人と出会う

 二十年も怪獣の着ぐるみの中に入り浸っているうちに、外の世界では色んな人間たちが特撮の現場を通り過ぎていった。

 スーツアクターから抜け出してアクション俳優を目指して海外に渡っていく人間。

 変身前の役として充分顔を売り、イケメン俳優として花道を駆け抜けていく人間。

 とにかく色んな人間を見てきたが、古参の連中を除けば皆、外の世界に旅立っていった。

 若い女子高生から黄色い声援を送られ、サインを求められる。

 そんな若手俳優達の姿を、元スーツアクターの漆原は、自分とは関わり合いのない世界の出来事とばかり思っていた。

「きゃーっ! 本物の漆原さんだ! サイン、サインしてください!」

「そりゃあいいが……嬢ちゃん、俺なんかのサインで本当にいいのか?」

「もちろん良いに決まってます! 何のために私がサイン色紙を普段から持ち歩いていると思っているんですか!?」

「そうか、そいつは悪かった……」

 公園のベンチに座って缶コーヒーを啜っていた漆原は、立ち上がってからたじたじといった表情で色紙にサインをする。

 なんだか役所で書類にサインするときの手堅い感じになってしまった。そもそも自分が有名人のようにサインを求められる場面など、想定したことがない。

 しかもサインを求めてきている相手を自分は知っている。

「悪いな嬢ちゃん、なんだかサインらしくないサインになっちまって……」

「あの、こちらこそごめんなさい。取り乱してしまって……まさか、本物の漆原さんとこんなところでお会い出来るとは思っていなくて」

「ああ、俺もこんなところで嬢ちゃんみたいな子に声かけられると思ってなくて驚いた」

 赤髪の少女は頬を赤く火照らせ、恥ずかしそうに居住まいを正す。

 外面では平静を装っているが、漆原の方も内心では焦りを隠すために必死だ。

 俳優としてつちかってきた演技力を総動員して冷静を装っているが、あいにく顔出しの演技には自信がない。

 なぜなら自分は、この少女が誰か知っている――

 最強の自警団〈ライブリー・セイバーズ〉のリーダー、赤き正義の刃・緋色蓮花。

 はっきり言って世間では自分以上の有名人だ。

 しかも漆原は、以前こそスーツアクターの仕事をしていたが、現在は秘密結社〈SILENT〉で怪人スーツを着込み本物の悪の怪人として活動している。

 もちろん蓮花とは毎度のように戦い、剣を交えている相手だ。

 その彼女が自分のことを知っているなどと、夢にも思わなかった。

「どうして嬢ちゃん、俺のことを知ってるんだ? 俺はその……顔出しもないし、外身(そとみ)の連中ほど露出もしてないはずだ」

「えっとその……私、特撮番組で気に入った殺陣のシーンをあとで切り抜き編集して一本のディスクにまとめるのが趣味なんです!

「さ、最近の女子高生は凄い趣味持ってるんだな……」

「それで、あるとき気づいたんです。ヒーローの戦いばかり見てきたけど、それと同じぐらい怪人役も大事なんだなって。それで調べてみたら、どのシーンも同じスーツアクターさんが怪人役を演じていると知って」

「なるほど、それが俺だったってわけか」

 なるべく怪人のモチーフごとに戦い方は演じ分けるよう心がけてきたつもりだが、どうやらその甲斐があったらしい。

 幸いにも〝戦っている相手まで同じスーツアクターだ〟とはバレていないようだ。

「他のスーツアクターさんは顔出しの端役と兼役やられることも多いので、顔と名前を覚えればすぐに見つかるんですけど、漆原さんはあまり顔出しされないですよね?」

「怪獣役と怪人役以外の仕事はあまり受けなかったからなあ」

 だから自分は見つかるわけがないと思っていた。顔も名前もない役者で満足していた。

 だが、見ている人間は見てくれているものだ。本人が望むと望むとに関わらず。

「だから足跡を追うのが凄く大変で……所属されていた事務所がなくなったあと、色んな俳優さんが別の事務所に移りましたけど、漆原さんだけずっと行方が見えなかったから、個人的に心配だったんです。最近、特撮のお仕事はされてないんですか?」

「ええと、最近はその……撮影の仕事はやめて、地方の興行を中心に()っててな」

「あ、ヒーローショーのイベントってことですか! よかったあ、やっぱり活動は続けられていたんですね!」

「ま、まあ。そんなとこだ」

 漆原は引きつった笑顔で、満面の笑みを浮かべて見つめてくる蓮花にこたえる。

 まさか「今は本物の怪人をやっている」などと言うわけにはいかない。

 我ながら下手なごまかしだ。こんな演技も満足にできないから顔出しの役は受けてこなかった。

「俺なんかのことを心配してくれるファンがいるなんて、思ってみたこともなかったな。一応、安心してもらって大丈夫だ。今の雇い主にはスカウトされたんだが、対偶も良いし信頼もできる。俺の仕事もちゃんと理解してくれてる」

「ですよね! だって漆原さんは悪の怪人のプロですもんね!! ちゃんと価値が分かる人に出会えたみたいで、私も嬉しいです」

 蓮花はまるで、自分のことのように喜んでくれている。

 だが彼女の言葉に、どこか演技のような嘘が入り交じっていると、漆原は気づいてしまった。役者の勘というやつだ。

「お嬢ちゃんは、なんか悩んでるみたいな顔してるな。もしかして、人の心配してる場合じゃなくないか?」

「えっ? 私、そんな顔していましたか?」

「俺も役者の端くれだからな。表情の嘘ぐらい簡単にわかる」

 そういう漆原の言葉はまったくの出任せだ。

 彼女がライブリー・レッドであることも、正義の味方を目指す女子高生であることも――そして、世間が彼女を〝正義の味方〟としてどういう立ち位置に居るかも知っている。知っている上で、知らないふりをしている。

 蓮花は何かを言おうとしかけてはやめ、また口にしかけてはやめる。

 三度も同じ動作を繰り返したあと、思い切った様子で蓮花はその問いを口にした。

「実は私、わからなくなってしまったことがあって……」

「なんだ。進路の相談でも、恋愛の相談でも、まあ俺に答えられる範囲なら答えるぞ。こっちは社会人で既婚者だからな」

「……漆原さんは、〝本当の正義〟ってどこにあると思いますか?」

 少女の真剣な問いかけに対して、漆原は一瞬ピタリと動きを止めたあと、不意に再起動した。

「立ち話でするような相談じゃないな……」

「で、ですよね! ごめんなさい、突然こんな面倒なこと聞いてしまって。いいんです、忘れてもらって――」

「いや、問いに答える前に一つ聞いておきたいことがある」

「えっと、なんでしょうか?」

「好きな飲み物を答えろ。俺はそこの自販機に行って、それを買って戻ってくる。嬢ちゃんはこのベンチに座って待ってろ。いいな?」

「えっ、そこまでしてもらうわけには……!!」

「俺はたった120円で、女子高生とデートできるんだぜ? 相対的に見れば俺の方が断然に得してるんだ。それで、何が飲みたい?」

「えっと……じゃあ、漆原さんと同じものでお願いします」

「ああ、わかった」

 短く答えて自販機まで歩いて行くと、漆原は1分ほど悩んだ後、一番甘そうなフルーツジュースのボタンを二回押す。

 嫁と娘の事例を当てにするなら、おそらく女の子は甘い物が好きなはずだ。普通の女の子らしくない彼女にも、それが当てはまるかどうかは定かでないが。

「なんで俺はこんなことをしてるんだ……?」

 もしボロが出て正体がバレれば、ただ事では済まない。

 今の仕事だって続けられなくなる可能性すらある。

 それでも、正義を愛する少女の純粋な眼差しに、漆原は背を向けることなどできなかった。本物の悪の怪人として。

おそらく今回の話がこの作品の面白さのピークだと思います(作者談)

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