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17.正義のヒーロー、悪の怪人と出会う

だらだら書いてたら前置き長くなってしまいましたすいません

 広い会議室の中で、百名近い聴衆が講壇上の男の説明に耳を傾けている。

 説明を聞いている者達は老若男女様々で、一部にはきっちりとしたスーツを着た者も居るが、大半は思い思いの私服姿をしている。学校の制服を着た若者の姿もある。

 事情を知らないものが見れば、例えば免許更新の講習会にも見えるだろう。

 だが、その解釈は一側面間違ってはいない。

「えー。以上で【修正自警法】が公布された場合の自警団認定免許の更新手続きに関する説明を終えさせていただきます」

 壇上の男がマイクを通して聴衆たちに呼びかける。

 そう、会議室に集められた百名近い男女は全て、自警省から認可を受けて正義の為に活動する【自警団】たちなのである。

 よくよく見渡してみれば格闘技選手のような頑強な体格をした者が多い。

 スーツ姿の人々は、普段は会社勤めをしながら空いた時間で自警団活動に参加しているのだろう。

 制服姿の者――つまり、学生のかたわら自警団活動を行う者も僅かに居るようだが、ほぼ全員が学ランを着た男子で、女子学生はたった一人しか居ない。

 ただ一人セーラー服を着た女子高生、緋色蓮花の姿も説明を受ける人々の中にあった。

 会議室に居る聴衆の誰よりも真剣な表情で、説明を聞きながらノートにメモを取っている。彼女の隣には、本来なら一緒に説明を受けているはずの仲間の姿はない。

「それでは最後に、説明会の最初にお渡しした『修正自警法反対の署名』をこの箱に入れてから退出してください。あ、あくまで署名ですので、強制ではありません」

 自警省の職員が何気ない調子で言ったのに遅れて、説明を聞いていた自警団員たちは次々と署名した紙を提出用の箱に入れて会議室を後にする。

 要するに自警省側としても、【修正自警法】には反対の姿勢なのだが、大っぴらに公言するわけにもいかず、こうした署名集めといった控えめな反対活動が精一杯だ。

 普段は犯罪者や悪の組織に対して武力で抗う自警団員たちも、法律改正に立ち向かうのは至難の業だ。何せ法の後ろに居るのは守るべき市民達なのである。

 講習会が終わり、蓮花は一人静かに席を立ち会議場を出て行く。配られた署名には何も書かず、白紙のまま鞄の中にしまい込んだ。

「……私が署名するのは、やっぱり何か違う気がする」

 正義を掲げて剣を持つ以上、自分はペンを取るべきでは無い。ペンは力なき市井が持つべき武器だ――無意識にそう感じていたのだろう。

 だが蓮花は自分が署名を行わなかったことの意味を、自覚してはいなかった。

 一人思い悩みながら会議場の廊下を歩いていると、ふと野太い男の声が耳を叩いた。

「おお、ライブリーの赤じゃないか! ()!」

「あ、獅子堂(ししどう)さん。お久しぶりです」

 彼は蓮花と同じく自警省から認可を受けて活動する【自警団】の一人、獅子堂である。

「さっきまでちょうど、別のチームとお前の話をしていたところだ。例のカマキリの事件以来、本当にお前達は有名人だな。ん? 他の二人は一緒じゃなかったのか?」

「ああ、ええと、それは……」

 青年の隣には、もう一人同じぐらいの年頃の女性が立っている。

 獅子堂の能天気な呼びかけに、その女性は苦い顔つきを浮かべて彼の小脇を突いた。

「失礼ですが師範代、言い方ってものを考えて下さい」

「なんだ猫羽(ねこは)。俺の言い方が何かまずかったか?」

 猫羽と呼ばれた女性は大げさにため息をつくと、気まずそうな表情で蓮花に向き直る。

「ほんと武術しか頭にない空手バカなんだから……ごめんね蓮花ちゃん。この人も悪気があるわけじゃないの。バカなだけなの」

「あ、いえ。別に私、気にしていませんから……噂になっているのは事実ですし」

「それを気にしてるって言うの! このバカみたいに、もっと堂々としてたらいいのよ」

 猫羽は獅子堂にクイッと親指を向けながら蓮花に気遣いを送る。

「ああ、そうだな。もっと堂々としているといい。何を気にしてるのかは知らないが」

「獅子堂師範代、あなたさっきの講習の話、本当に聞いていたんですか?」

「ああ、もちろん聞いてたぞ。組み手のイメージトレーニングしながらな」

「それを聞いていないと言います」

 〈ライブリー・セイバーズ〉の大活躍が、修正自警法成立の引き金となってしまったのは紛れもなく事実だ。

 強すぎる力は、敵だけでなく、あまりにも多くの物を動かしてしまった。

 当の本人である蓮花はそのことを気にしており、猫羽はそんな蓮花を気にしている。そして獅子堂は二人が何を気にしているか全く理解していない。

「あの、今日は獅子堂さんと猫羽さんのお二人だけなんですか?」

「うむ。十角(じっかく)熊谷(くまがい)は道場で門下生の稽古見ている」

「で、私がこのバカのお守りというわけ」

 獅子堂と猫羽は、この場に居ない二人のメンバーをあわせて〈ビースト・フィスト〉という自警団(チーム)として活動している。

 彼らの実力は中堅どころ。凶器を持った犯罪者や戦闘員レベルなら余裕で勝てるが、怪人や怪物といった人間を超えた存在には一歩劣るというレベルだ。

 そもそも自警団の大半、七割程度が彼らと同じレベルの戦闘力と言われている。そして戦闘を得意としない二割ほどが、人命救助や情報収集などの役割を担っている。


 自警団の全てが超兵器や超能力を持った戦闘集団というわけではない。


 そして、怪人や怪物といった人外の力に対抗できるのは残りの一割にすぎないのだ。

 中でも〈ライブリー・セイバーズ〉のように、メンバー一人一人が個人で怪物を相手にできるレベルの戦闘力を持った自警団というのは完全に規格外で、他の自警団たちからも一目置かれている。

 誰も彼女たちを女子高生ばかりの浮ついたイロモノチームなどとは思っていない。

「そっちは一人のようだが、黄色いのと青いのは一緒じゃないのか?」

「その……二人は今回の法改正を機に、自警団を辞めると言っていて――」

「そうなのか? もったいことだな、せっかく二人とも優れた力があるというのに」

 獅子堂の無遠慮な物言いに、猫羽は苛立った様子で釘を刺す。

「言い方ってものを考えてください。チームにはそれぞれ事情があるんですから」

「ふむ、そうか。どこもうちのように単純なわけではないのだな」

「あの〈ビースト・フィスト〉って、どういう理由で結成したんですか?」

 控えめに尋ねる蓮花に対し、獅子堂と猫羽は同時にきっぱりとした態度で言葉を返す。

「武術の素晴らしさを多くの人々に伝えるためだ」

「そして門下生を増やして傾いた道場の経営を建て直すためよ」

「おい猫羽、その言い方はないだろう。まるで俺達が金のために活動しているみたいじゃないか」

「それは理想論というものです、師範代。門下生が増えなければ道場も続けられません。同情が無くなったらどうやって武術を教えるつもりですか」

「確かに、自警団の活動を始めてから門下生は増えているみたいだしな。お前の勧め通り、自警団を始めてみた甲斐はあったと言える」

「あなたほんと私が居ないと何もできませんね。自覚してください」

 二人のやり取りを、蓮花は呆気に取られながら聞いている。

 誰もが皆、自分のように〝正義〟を目的として自警団に参加しているわけではない。

 経済的事情で活動しているチームも存在するなどと、想像してみたこともなかった。

 猫羽は蓮花に同情の念を込めた声で呟きを漏らす。

「でも、蓮花ちゃんたちみたいに強いチームが存続できないなんて、何のための自警法なのかしらね」

「猫羽さんたちは、法改正された後も自警団を続けられるんですか?」

「うちは今話した通り、かなり単純な理由でやってるから影響ないわね。師範代が個人的に、ちょっとゴネてるみたいだけど」

「何か問題があるんですか?」

 問いかけられて、獅子堂は腕組みをして堂々と言い切る。

「軍の指揮下に入る以上、今までのような素手では危険なので、武器を持てと言われた」

「それが何か問題なんですか……?」

「空手は武器を持たないから空手なんだ。武器を持ってしまっては意味が無い。武術を広めるためという本意に反している」

「確かに獅子堂さんの場合、武器を持たない方が強いという珍しい方ですものね……」

 獅子堂たちのチーム〈ビースト・フィスト〉は、目立った戦績や活躍がなく世間からの評価は低いが、蓮花個人としては彼らのことを高く評価している。

 実は彼らがいまいち活躍できないのは「武道家として素手で戦う」というスタンスを意地でも崩そうとしないからだ。

 強化スーツを着た戦闘員や武器を持った犯罪者に武術の技のみで健闘しているのだから、人間としてはかなり規格外の方に分類される。

「拳銃を鈍器がわりにして殴るというのはどうですか師範代? 〝拳〟と名前に入っているんですから、いちおうセーフではないかと」

「うむ、確かにいつまでも素手では拳を痛めるからな。それはいい案かもしれない」

「言っておきますが、実戦でナックルガードを着用していないのはあなただけです。空手の精神を守るのは立派ですが、はっきり言ってやりすぎです」

「ああ、そういえばそうだったか」

 猫羽に叱られる獅子堂を見つめながら、蓮花はふと思う。

 彼が守りたがる〝空手〟の精神も、自分が守ろうとしている〝正義〟という言葉も、他人からしてみれば価値のないものなのだろう。

 客観的に見せられてみて、よくわかる。

 自分が守ろうとしてきたのは、助けを求める弱い人々ではない。正義という独りよがりな信仰にすぎなかったのだと。

 暗い表情を浮かべる蓮花に何かを察したのか、獅子堂がふと声を掛ける。

「もし一人で活動を続けるのが難しければ、うちのチームの5人目として加わるつもりはないか?」

「……ごめんなさい、遠慮しておきます。私は正義の味方として、武器を置くわけにはいきませんから」

「ふむ、そうか……お前の実力なら武道家としても大成できるだろうに、残念だ……まあ、道場に顔を出せば稽古ぐらいはつけてやるぞ」

「いえ。でも、入門するつもりもないのに習うというのは申し訳ないような……」

「俺は武術の素晴らしささえ広められればそれでいいからな。入門するかどうかは本人の自由だ。習いたいという人間に教えない道理はない」

「その精神は立派ですけど、『月謝は要らない』とか言ってきたのが道場傾いた理由ですからね?」

 誇らしげに語る獅子堂の隣で、猫羽は冷ややかな声で指摘する。

 獅子堂は不器用なりに、落ち込む蓮花を励まそうとしているのだろう。口調の柔らかさから、その心は伝わってくる。

「それに指導というのも珍しい話ではないぞ。ほら、お前が好きなヒーロー番組を撮影するとき、着ぐるみの中身を演じる役者がいるだろう」

「獅子堂さん。着ぐるみの中身ではなく、スーツアクターっていうちゃんとした呼び方があるんですよ」

「それは失礼を言ったな。まあ、そのスーツアクターというのが、うちの道場に武術を習いに来たことがあるんだ。演技指導というやつだな。それと同じようなものだと思ってくれればお前も門を叩きやすいだろう」

「え、スーツアクターが来たことあるんですか!? すごい!! どんな名前の方ですか? 写真とか残ってませんか? 所属事務所だけでもわかりませんか!?」

「おお、急に元気になったな赤いの。与太話にここまで食いつくとは思わなかった」

「だって顔出しの俳優さんと違って、スーツアクターさんって露出が少なくって情報が凄く少ないんです!! だからこういう話って本当に貴重で……!!」

 声と表情に色と張りが戻った蓮花の姿に、獅子堂は満足そうに頷きながら言う。

「残念ながら、俺がまだ小さい頃の話だからな。名前も覚えていないし、おそらくあの歳では既に引退している頃だろう」

「とすると二十年ぐらい前のくらいの話ですよね? 家にある映像集から探せば誰のことか分かるかも!!」

「あとはそうだな……武術の筋が恐ろしく良かったのは覚えている。師範が『うちの門下生にならないか』と本気で勧誘していたほどだからな。あれだけの才を持ちながら〝演技〟でしか技を使わないというのは勿体ない話だ」

 獅子堂は心の底から残念そうに呟く。

 浮かれた表情をしていた蓮花が、ピクリと「演技」という単語に反応を見せた。目に見えて分かるほど、表情から熱が引いていく。

「……獅子堂さんみたいな武術家にとっては、やっぱり特撮やカンフー映画の格闘技って偽物だと思いますか?」

「ふむ……難しい質問だな。答えになるか分からんが、大陸の武術には形意拳というやつがある。その中に、動物の所作を真似て武術の形に取り入れた拳法がある。つまりは動物の演技だ」

 獅子堂は話しながら、形意拳を実演してみせる。確かに動きの中に、猿や蛇といった動物の動きが取り入れられていると一目に分かった。

「どの形も、武術として非常に良く出来ている……だが、よく考えてみれば実際の猿や蛇はそこまで強くない。龍形拳というやつもあるが、そもそも龍など実在しない生物だ。なのに龍を真似た拳法はある」

「確かに考えてみるとおかしな話ですね……実在しないものなのに、その真似は存在するなんて」

 緋色蓮花はヒーローに憧れる少女だ。

 だが、〝正義とヒーロー〟という生き物は、未だかつて存在したことがあるのだろうか。

 存在しないものに、どうやってなればいいのだろうか。

「俺が『もったいない』と言ったのは、別にスーツアクターという存在を軽んじているからではない。うちの十角なんかも『ブルース・リーになりたい』と言ってうちの道場に入ったクチだからな」

「ありがとうございます。獅子堂さんも、うちに今度遊びに来て下さい。父に頼んで、何か武器を作ってもらうようお願いしてみましょうか」

「いや、有り難いが断っておく。俺は武術家として、あくまでも素手で闘いたい」

 拳と剣。互いに違う武器を取る二人だが、その心根は良く似通っていた。


//


 獅子堂たちと別れ、講習会の会場を出て家路につこうとしていた蓮花は、まるで白昼夢のような光景に出くわしていた。

「そんな、まさか……」

 ふと散歩がてら、公園を通り抜けようとしていたところだ。

 ベンチに座っている一人の中年男性に目を留めると、蓮花は一目散に駆け寄った。

「あの……あなた、もしかしてスーツアクターさんですか?」

「確かにそうだが……お嬢ちゃん、よく俺の事なんか知ってるな」

「そんな、知らないわけありません!!」

 特撮ヒーローを嗜む者にとって、彼の名を知らない者は〝にわか〟とされる。

 ヒーローにとって無くてはならない存在――悪の怪人を何年にも渡って演じ続けてきたその男の名を、特撮を愛する緋色蓮花が知らない道理などなかった。

「怪人専門のスーツアクター、漆原さんの名前を知らないわけありません」

 顔も名前も知られぬ悪の怪人と、顔と名前を知られる正義のヒーロー。

 その出会いは訪れるべくして訪れたものであった。

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