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14-2.お前のような魔王がいるか


 半導体とは言わば、コンピューターという電子頭脳を構成する最も主要な脳細胞とも言うべき要素だ。

 電気を通す導体と電気を通さない絶縁体、二つの性質を併せ持つ半端な物質だが、半端であるからこそ状況に応じて色々な作用を引き起こす。

 その様々な作用を組み合わせることで、電気計算機や論理回路といった初期の電子技術を形作る礎となったのだ。

 魔王サマワートは熱っぽさを帯びた口調で言葉を続ける。

 プログラム言語について語っているときのアスィファと目の色がそっくりだ。つくづく親子なのだなとクラヤミ総帥こと、黒間無音は一人実感する。

「君たちの世界ではゲルマニウムという半導体の発見から、実に百年かけて現在の電子技術を作り上げてきた。だが魔界では、ゲルマニウムの採掘できる鉱脈は、ほとんど邪竜種や砿石生物の巣が近くにあってな。この発見の遅れが、今の技術格差に繋がったと言って良いだろう」

「別にゲルマニウムが必要というなら、わしの私財で提供しやってもいいのだが……」

「違うのだ、クラヤミ。百年遅れてしまったという事実そのものを、余は帳消しにしたい。我々が百年掛けて研究をしている間に、この世界はまた別の領域へ進んでしまう」

「技術力の格差を埋めたいという貴様の希求は理解できる。我々の世界ではかつて、弓矢しか持たない民族を銃で撃ち殺した過去があるからな」

 仮にもし、魔界に有用な鉱物や資源が発見されれば、こちらの世界の人間はそれを手に入れようとするだろう。代わりに差し出すものが対価なのか、武力なのかは、そのときになってみなければ分からない。

「ふうむ……集積回路の原料となるシリコンはあるだろうが、そもそも製錬技術が無ければ意味はないからな。そもそも生産能力はどうする? 蒸気機関はないのか?」

「石炭は空を汚すだけだと分かったから、【風の塔】の判断で使用を禁止したんだ。空を汚すと飛竜や怪鳥が攻め寄せてくるからね」

「なるほど。〝自然の猛威〟が文字通り牙を剥いてくるわけか」

「こっちの世界ほど発展はしてないけど、魔界では風車と水車による発電は研究されてる。【土の塔】は地熱発電に活路を見出してるし、【火の塔】は太陽光発電に取り組んでる」

「技術的に遅れてはいるが、最初から自然力発電を目指しているというのは面白い話だ。案外、クリーンエネルギー関係については魔界の方が技術は進んでいるんじゃないか?」

「魔法を内部のシステムに織り込んでいるからな。エーテルがこちらの世界にも満ちれば、おそらく利用はできるだろう」

「……だが、こういった話はわしではなく、この国の外交官とやるべきではないか」

「軽くしてはみたんだよ。でも、聞く耳を持たれなかった。今のところ、余が交渉に値すると確信できた人間は、貴様で二人目だ。クラヤミ総帥」

「ならば一人目は誰だ? そいつとすればよかろう」

「それはできないのだ。何故なら彼奴は――黒間遍音は、既に故人だからな」

「…………っ!?」

 黒間遍音。それは他ならぬ無音の祖父であり、彼に仮面を託した張本人だ。

 どうして魔王サマワートが遍音のことを知っていて、しかも会ったことがあるのか。

 驚きに目を白黒させるクラヤミを差し置いて、サマワートは尚も言葉を続ける。

「遍音は、〝異次元〟とこの世界を繋ぐ技術を研究していたらしいが、その過程でうっかり我々の魔界と繋がる〝門〟を開いてしまったらしい。しかもそれが原因で、〝門〟があちこちで開くようになってしまったそうだ」

「……なるほど。黒間遍音なら、確かにあり得る話だ」

 自分の祖父が犯した〝ちょっとした実験の失敗〟が、まさか二つの世界を巻き込む大事のきっかけになってしまうとは。

 クラヤミは無音として、遍音の孫として、心の中で密かに詫びる。

「魔界にひょっこり現れたあの老人と、余は二晩かけて語り合った。魔界の言語がアラビア語を起源にしていると知った彼は、一夜目には魔界の言葉をすっかり覚えてしまった。二夜目には、余にこの国の言葉(にほんご)を教えてしまった」

「黒間遍音は、この世界で〝知性の怪物〟と恐れられるほどの科学者だ。そんな男と二晩語り合えるとは、さすが魔界史上きっての知性派だ」

「だが、それにつけても驚きなのは貴様だよ、クラヤミ。貴様を初めて見たとき、余はてっきりこう思ってしまった。『遍音の奴、とうとう若返りの秘術を編み出したのか』と」

「わしのことを、遍音が若返った姿とでも思ったのか?」

「正直今も、その仮面を剥いだら、あの老人とそっくりの顔が出てくるものではないかと余は睨んでおる」

 冗談めかして言うサマワートだが、その言葉にこもる意思は本物だ。

 事実、クラヤミの正体は黒間遍音の孫、黒間無音なのだ。

 まさか異世界の人間に自分の正体を寸前まで見抜かれてしまうとは。

 この魔王、さすがに一国の王だけあって侮れない。

「つまり貴様は、わしのことがお気に入りだから、いっそわしがこの国を支配してしまったあとで、改めて代表者同士として交易を結びたいと、そういうわけだな」

「元々貴様はそのつもりなのだろう、クラヤミ総帥」

「いや、わしは――」

 世界征服を企む秘密結社。

 そんな謳い文句は所詮、世間の人間を騙すためのハッタリに過ぎない。

 サマワートも、そのことは十分理解しているはず。そう思っていた。

「クラヤミよ。貴様はこの世界を、自分の思うように変えたいと願って、その仮面を被って行動をおこしたのだろう」

「……まあ、間違ってはいないな」

 悪の秘密結社を立ち上げることで、正義のヒーロー達を立ち上がらせる。

 この世界の人間一人一人の心を正義で満たす。

 そんなクラヤミの思想に、魔王はずばりと切り込んだ。

「貴様がどんな世界を望んでいるのかは余にも想像がつかん。しかしだ。その「世界を自分の思い通りに変える」という行為のことを、〝世界征服〟と呼ぶのではないのか?」

「――――そう、だったのか」

 かつて無音に世界征服の夢を託した祖父、遍音は言った。


 『この世界を自分の好き勝手にしてみたい』と本気で思ったら、鍵を開けと。


 この世界を、自分が望む正義で満たしたい――その動機が既に、『世界を征服したい』という欲求となんら変わりはないものだ。

 魔界を統べる王だからこそ、サマワートは無音の本心を見抜いていたのだろう。

 共感を抱いていた、と言ってもいい。

「だが、しかし、それは……」

「ああもちろん、ただでとは言わぬ。貴様がこの国の代表に君臨した暁には、余から一つ最大限の贈り物を祝いとして届けよう」

「贈り物だと? わしは金銀財宝になど興味は無い」

「いいや、違う違う。他国の支配者へ友好の証に差し出すものなんて、古今東西一つしか無い。この世界だって、それは同じはずだ」

「というと……つまり?」

「政略結婚さ!」

 素晴らしいアイデアだろうとでも言わんがばかりにサマワートは立ち上がり、クラヤミに向かって高らかに宣言する。

「我が魔王の娘、アスィファ=ラズワルドを貴様の(きさき)としよう!!」

「なっ……なんだとォ!?」

「アスィファは器量もよく、帝王学にも通じておる。支配者の伴侶とするには最適だ。しかもアスィファと貴様が夫婦となれば、晴れて我々は血縁関係ということになる。互いの国交を円滑に進める介助にもなる。素晴らしい考えだろう」

「ちょっと待て魔王! ツッコミどころが多すぎる!!」

 アスィファはかつて、無音に対してこんな相談を持ちかけたことがあった。

 自分の好きな相手に許嫁(いいなづけ)が居たとして、一体どうするかと。

 彼女はきっと、顔も名前も知らない許嫁と結婚させられる自分の身上に納得できなくて、あんな問いかけをしたのだろう。

 せめてその許嫁がとても良い人なら良いね、と曖昧な言葉を返した記憶がある。


 それが、まさか。


「許嫁ってわしのことかよ!!」

「違う違う。アスィファが、貴様の許嫁だ。日本語がおかしくはないか」

「まさか魔界の人間に日本語の誤りを指摘されるとはな……」

 だが無音の心情問題としては、何ら間違っていない。

 アスィファの悩みの種である「顔も名前も知らない許嫁」が、まさか自分自身のことだったとは。

 同一人物とバレていないからこそ起きた悲劇ではあるが、同時に喜劇でもある。

「いや、本人に了承は取ったのか?」

「あれも魔王の娘だ。自分の立場は理解しているはずだし、それにあの子なら君のことをきっと気に入るはずだ。これは、一人の父親として言っている言葉でもあるぞ」

「いやいや。もし彼女に、好きな人間が居たらどうするのだ」

「それがどうもこの世界の少年に一人、どうも気があるらしいのだ。だが聞く限りその少年は気弱で非力で、支配者の器とは到底思えない。なんとか諦めさせたいのだが、どうしたものだろうかクラヤミよ」

「知らん。自分で考えろ」

「なんとひどい言い草だ。仮にも将来、貴様は余の義理の息子となるのだぞ?」

「誰が決めたのだそんなこと!」

「余が決めた。王の言うことは絶対だ」

「……わしがこの世界の王になったら、その言葉を言い返すぞ」

「おお、やる気になってくれたのなら余は嬉しいばかりだ」

 クラヤミは疲れた表情でどっと息を吐く。

 この国を支配して王となり、許嫁の当人として婚約を正式に破棄する。

 それがアスィファという少女を運命から救う唯一の方法だ。

 自分はクラヤミ総帥。秘密結社〈SILENT〉の首領、闇の帝王だ。

 決して、彼女に相応しい王子様などではない。

 世界征服をしているという自覚なく世界征服を行ってきた半端な男、クラヤミ総帥――そして黒間無音は、二つの性質が生んでしまった不幸な作用に悩まされるばかりだった。


だいたいジジイのせい

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Kindleを利用して前半部分のまとめを電子書籍として販売はじめてみました
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